毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第152話 《植物型》

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「……うわ」

 同時刻。
 駐車場に停めている空陸両用車の屋根に座って、ぼんやりと空を眺めていたテトラミックスは、突如として激しく揺れ始めた会議場に困惑した声をあげた。
 何せ揺れの震源地は会議場。よってそこは駐車場と比にならないレベルで、目に見えて揺れている。

「何あれ。えぇー。大きすぎる」

 しかし揺れの原因は地震ではない。
 菌糸だ。
 濃いの、蔦植物のように太く長く伸びた菌糸がコンクリートを突き破って、会議場の建物全体を覆っていっている。
 しかも菌糸は外からだけでなく建物内からも生えているようで、屋根を突き破り、大木の枝葉の如く太く大きく、それでいて急速に伸びていっている。
 そうして瞬く間に菌床が作られてゆく。その圧倒的な増殖スピードに、テトラミックスはドン引きしていた。

「規模は建物1個分だから『中規模』だと思うけど、菌糸のサイズがすごいことになっているなぁ。〈根〉はどうなっているんだろう、あれ」

 よほど珊瑚症の進行が進み、かつ養分を蓄えなくてはこうはいかない。
 何処からそんなエネルギーを捻出したんだか、とテトラミックスは不思議に思いながらも、今したが出来上がった菌床の映像を携帯端末で撮影し、そのままラボへ送信する。

「これは報告しないとねー。……先生達、無事かな?」

 特殊学会の最中であるはずのモーズ達がいる、会議場。
 被害に合っていたとしたら(十中八九被害を受けているだろうが)手を貸したいのは山々だが、テトラミックスは基本的に処分や戦闘が禁止されている身。それにここは街中、かつ大勢の人間のいる場所だ。安易に毒素を使えば、それはそれで大惨事になる。
 なのでテトラミックスは大人しくラボの指示を待つ事とした。

「まーパウルがいるし、大丈夫だと思うけどね?」

 ◇

「はぁああああ!?」

 突如として床から生え、壁となって四方を囲んできた深紅色の菌糸を前に、パウルは絶叫していた。

「何っっで菌床が発生しているんだよ! 感染者どこに居た!? 下から生えてきたっぽいけど、まさか地下!? というかこれ《植物型》じゃないかっ!!」

 ウ~ッ! ウ~ッ!
 暫くすると菌糸の壁越しに警報が大音量で聴こえてくる。しかもパウルはホールの壁際、スピーカーの真下にいたので音がモロに響いた。

「警報うるせぇ~っ! 見りゃわかるわ、こんなの!」

 苛つきながらパウルは菌糸の壁を拳でガンガンと乱暴に叩き、外へ向かって大声で叫んだ。

「モーズ! そこにいるんだろ、モーズ! 返事しろ! モーズ!」

 深紅色の壁の内側に閉じ込められているパウルは、菌床の全体像がわからない。パウルの周囲だけ菌糸が生えているのならば、モーズに対処して貰えれば直ぐに処分できる。
 しかし直ぐ手前の壇上にいる筈のモーズから返事は、なかった。

「セレン! ホルムアルデヒド!」

 もしや思ったよりも赤い壁が分厚くて声が届かないのだろうか、とパウルは人間よりも身体能力が優れたセレンとホルムアルデヒドを呼んでみる。
 しかしその2人からも返事はなかった。ウミヘビにも声が届かない事態は異常だ。

「ロベルト院長! アニリン! ルイ院長! ……柴三郎っ!」

 ならばいっそこの際、頼るのは癪な柴三郎含め誰でもよいからと近場に居た人物の名を片端から叫んでみるが、その誰からも返事は得られなかった。
 そこでパウルは気付く。

「……あれ? もしかして僕、孤立した?」

 ◇

「な、何だこれは……」

 その頃、モーズは現状を把握できないでいた。
 フルグライトが立ち上がったのとほとんど同時に、地震が起きた。かと思えば足元の壇上が盛り上がって、割れて、押し上げられた。
 倒れ込まないようバランスを取っている間に割れた壇上ごと上昇し、気付けば周囲は深紅の菌糸で作られた壁に囲まれていた。しかも上を見上げれば青空が見える。ここは、会議場の外だ。
 そこで閉じ込められた事を悟る。

「パウルさん! セレン! ホルムアルデヒド!」

 ひとまず近場にいたパウル達の名を呼んでみるが、分厚い壁に阻まれている事に加えて、外まで上昇してしまった所為で声は届かないようだった。
 予想だにしない事態にモーズは焦る。

「落ち着け。ええと、この形態は《植物型》で、ステージ5の変異の一種で、特徴は」
「頑丈。柔軟。分厚い。でかい。変則的。毒にも傷にも強か。処分作業ん手順が特殊で、ステージ5ん中でもレアでイッチバン厄介なタイプ」

 真横から《植物型》についての補足が入って、モーズは飛び上がらんばかりに驚愕した。
 割れて小さくなってしまった壇上の上。モーズの隣。そこにはいつの間にか、聴講席に座っていた筈の柴三郎の姿があったのだ。

「そぎゃんところばい」
「お、お詳しいのですね」
「それなりに軍属しとったからね。あと敬語はのうて結構。わいはそぎゃん柄やなかと」
「しかし、パウルさんの兄弟弟子に当たる方に無礼を働く訳には……」
「生真面目やなぁ。寧ろわいには生意気な態度しとった方が、あいつ喜ぶばい。パウルのが兄弟子やし」
「え、えええ」
「それに緊急事態に気ば使う事に頭回しとったら、判断が遅るるやろ。わいらは上下関係ん厳しか軍人じゃなかと? やけん気楽にいこうや」
「あ、その、ええと、……はい」

 緊急事態だというのに、相変わらず快活な声で喋り緊迫感を感じさせない柴三郎。
 この落ち着きさ加減は軍属経験が効いているのだろうか、とモーズは疑問に思いつつも、そもそも何故ここにいるのかを先に問いただす。

「柴三郎さんは席に座っていまし、……座っていただろう? 何故、壇上に?」
「それか? わいがぬしに拍手ば送った後あたりで余震ば感じたけん。大きか揺れが来そうな、余震。パウルは地震が苦手やけんね、あぁこら外に連れ出しちゃった方がええかな~と、しゃがんでこそこそ座席ん前移動しとったらなんか……。吹っ飛ばされて壇上に乗せられてもうた」

 菌糸が真下から生えてきたんかな~、と顎に手を当てて憶測を言う柴三郎。彼自身なんだかわからない内に壇上へ乗ってしまい、モーズと共に上昇してしまったようだ。
 それにしても、ホールの誰も気付いていなかっだろう余震に敏感に反応した辺り、流石は地震大国出身者と言うべきか。

「しかしパウルさんは地震が苦手なのか……。知らなかったな」
「まぁ欧州やと平気な奴ん方が珍しか。あ、わいが話した事は内緒にしてくれや? 苦手なこつバレたら拗ぬるけん」
「りょ、了解した」
「幸い《植物型》は燃費が悪うて動きが鈍か。今のうちにどぎゃんか脱出する方法ば探しゃんと」
「そっ、それならば私が」

 アイギスを用いて状況を打破してみせる、とモーズが宣言しようとしたその時、柴三郎は白衣の中、腰の辺りへ手を突っ込んだかと思えば、
 そこからスルリと短刀を引き抜いて、菌糸の壁に思い切り突き立てた。
 ドスッ!
 しかし分厚い菌糸は短刀の長さでは貫通する事ができず、刀傷が作れたのみ。尤も硬質の菌糸を道具込みだろうと人の手で傷を付けられた時点で、凄いことなのだが。

「あ~。やっぱ簡単には穴空かんねぇ」
「……その刀は?」
「近頃物騒やけん、帯刀してきたんや」

 言いながら、柴三郎は短刀を手中でくるくると軽快に回した後、峰を肩に乗せる。
 武器の扱いに、非常に慣れている。

「ステージ5にもある程度は対処できる、菌床の処分作業に使ゆる特製軍刀ばい。備品パクって、ンンッ、借ってきてよかったぁ。がっははは!」
(クスシの私よりも頼もしいな……)
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