毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第151話 フルグライト

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「ルイ院長? 質疑応答でコテンパンにするつもりじゃなかったと?」

 モーズへ真っ先に拍手を送ったルイに、ワンテンポ遅れて拍手を送った柴三郎が問いかける。

「サンプルの少ない《ステージ6》がまことに実在するか否か、は議論の余地が残る。だがそれは時が経てば自ずと判明しよう。それよりも此度の発表で重要なのは、ステージ4の境界線が明確となった点である。1500万人分のデータを元に作成された境界線。これだけでも相当な価値がある」

 ステージ4は、感染者が人間でいられるか災害となるかの境界線。ここが明確となれば、災害化のタイミングを見誤る事がグッと減る。
 ステージ4と判断される症状は意識混濁に理性の欠如、攻撃性の上昇、そして何よりも『皮膚から菌糸の突起が突き出る』などがあるが、そこからどの段階でステージ5と判断するのかは不鮮明だった。何せステージ4と判断された時点で、患者は早々に安楽死もしくはコールドスリープに回されるのだから、詳しく調べる時間がないのだ。
 オフィウクス・ラボのクスシもそれは同じ。人権と倫理法の観点からステージ4の詳細な調査はできていない。臨床試験の協力をと国連に懇願したこともあったらしいが、突っぱねられたと聞き及ぶ。
 だが――

(体重の測定ならば、コールドスリープを解かぬまま行えるうえに、何の規約にも引っ掛からぬ。そこを突いたか)

 今までステージ4とステージ5の判別は、鎮静剤を無効化し災害化した場合のみ明確にできた。
 つまりは事後判断。
 よってステージ4の間は側に居たいと、安楽死やコールドスリープの決断を少しでも先送りに、と患者の身内が要求している間に生物災害バイオハザードが起こる事件が度々ある。
 このタイミングを見誤る事によって感染病棟で度々起きてしまう生物災害バイオハザード。それがこのデータによって撲滅できてしまうかもしれない。
 それは4年前の悲劇を、ユストゥスの教え子『シャルル』が引き起こした悲劇を目の当たりにしたルイにとって、何よりも価値がある物だった。

(ユストゥスらはシャルルがステージ4だったと判断しているようだが、吾輩の見解では……ステージ5だ)

 ステージ4ならば鎮静剤が効く余地がある。にも関わらず結果的に処分してしまった事に、フリッツは苦悩していた。
 しかし異形化し暴れた形跡が残っていたシャルルがステージ4だったとは、ルイにはどうしても思えなかった。
 何なら隔離病室で横になっていた時からステージ5だったのでは、と睨んでいる。シャルルは単に、養分が足りず休眠状態でいただけで、そこにダニエルという養分を得られたから暴走した。というのがルイの見解だった。

(確か、鎮静剤の散布が効いていた事を根拠にステージ4と判断したのだったか。……だが果たして本当に、効いていたのか?)

 フリッツから聴いた話では、シャルルは身体から生えた菌糸を手足として使い動いていたという。それは災害化の証。ステージ5の、症状だ。
 しかしでは何故、フリッツは他の教え子と同じように速殺されなかったのか、という話になるが――

(そこのモーズは、ステージ5感染者も人間の意識が残っている説を唱えていたな)

 真実がどうだったのか、もはや誰にもわからない。故にこれはただの憶測で、フリッツに伝えるつもりなど毛頭ない、妄想に等しい考察。
 ――親友の声を聞いたシャルルは、最後の力を振り絞って、寄生菌に抗った。
 そういう事ではないかと、ルイは考察していた。

「……。細かい所を突っ込む事もできはするが、所詮は重箱の隅よ。吾輩はそこまで嫌味な人間ではない」
「えっ、そうと? ユストゥスさん前とすごか違い……」
「何か?」
「ん~ん。なんもなか」

 なおモーズへ拍手を送らなかった聴講者も勿論いて、その者達は《ステージ6》の存在そのものに疑問を呈し意見を交わし合っていた。

「ステージ6の実在を認めるのか?」
「しかしステージ4患者の平均体重データが出た事は、間違いなく今後の指針に」
「ステージ3との境目もより明確になりそうだ」
「災害の詳細はいずれ国連から続報が出るはず。尤もそれを待たずとも体重計の設置ぐらい、容易に取り組める……」
「うまくいけば国内中に潜む感染者を炙り出せるのでは?」

 各々が各々の意見をぶつける中、ぱちぱちぱちぱちと、未だに拍手を続ける男が1人いた。

「素晴らしい。実に、素晴らしい」

 コンベンションホールの最奥、中央の座席に座る、黒山羊のフェイスマスクで顔を覆った男。
 彼はしわがれた声で、モーズへ賞賛の言葉を繰り返し送っている。

「あ、ありがとうございます。ええと、貴方はWHOの……」
「パラスWHO協会の会長『フルグライト』と申します」
「フルグライト、さん。長い拍手をありがとうございます」
「これでも足りない程ですよ。まさかこれほど早く、しかも最も簡易的な手段に辿とは、噂通り優秀ですね」
「……?」

 不可解な発言をする会長『フルグライト』に、モーズは小首を傾げる。

「特殊学会を開いて貰ってよかった。貴方と直接お話をしたくて、色々と根回しをしたものです」
「え、ええと」
「ラボに籠っているクスシは、こうでもしなければ会えませんから」

 パンッ!
 フルグライトの最後の拍手で、乾いた音がホール中に鳴り響く。

「それでいて『珊瑚』のもこれほど高いとなると……。あぁ、駄目ですね。こんな時に、こんな場所で。我慢、我慢しなくてはいけないのに」

 そしてマスクの下から「んっふふふ」と聞こえる、不気味な嗄声させい
 ただならぬ気配がして、モーズは思わず一歩分、後退りをしてしまう。
 モーズに身構えられた事を知ってか知らずか、フルグライトは唐突にガタリと音を立てて席を立ち、机に前のめりになって、こう言った。

「欲しいなァ。その、【脳味噌】」

 ◇

「……おや?」

 同時刻。
 展示場の自身のスペースでポスター発表をしていたルチルは、不意に指示棒を持っている右手をおろし、あらぬ方向を向く。

「ルチル先生? どうしましたか?」

 複数人集まって聴講してくれていた参加者を前にして、前触れなく発表の手を止めてしまったルチルに、同じ病棟勤めの同僚医師が声をかけてくる。

「いえいえ、何でもありません。ちょっと余震を感じたもので」
「余震?」
「はい。これから大きな本震が来るのでしょうから、避難しましょうか」
「え、えええっ!? ここは地震大国のギリシャでも日本でもないんですよ!?」
「震源地は会議場な以上、被害は免れないかと。急ぎましょう」
「何でわかるんですか!? エスパーなんですかルチル先生!?」

 ズシンッ!
 その時、展示場が大きく揺れた。その揺れは一度で収まる事はなく、大きく激しく縦に揺れ、床や壁、天井が軋み、ポスターを貼り付けていた掲示板スタンドも倒れてしまう。

「うわぁあああ!」
「きゃああああ!」
「じ、地震っ!?」
「頭を守れ! 机の下に隠れるんだ、早く!」

 突然の事に恐怖に慄く悲鳴や、地震に慣れた一部の参加者や警備員の声が展示場のあちらこちらから聞こえる。

「ほ、本当に起きたぁっ!?」
(今日はただのという話でしたのに、まさか【収穫】に走るとは……。気が早い方だ。それともよほど良い発表だったのでしょうか?)

 事前に聞かされていた段取りとは全く異なる事態に発展した事を察して、ルチルは地震に混乱する同僚を落ち着かせながらも、視線を会議場の方へ向ける。

(何にせよは教祖様に取り入り【】の座を奪う事に貪欲で、手段を選ばない苛烈なお方。厄介なお方に目を付けられて、苦労しますねモーズ先生)
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