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第八章 特殊学会編

第147話 院長の集い

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 デフォルメされた白虎をモチーフにしたフェイスマスクを付けたアジア人、いや日本人の名は、『柴三郎しばさぶろう』。
 先鋭的な研究を綴った論文の著者として、モーズもよく知る方だ。実際に会うのは今日が初めてになるが。

「モーズやったっけ? わいとパウルはロベルト院長の門下生なんや。大学時代からよう知っとる兄弟弟子。こいつラボじゃ迷惑ばかけとらんかったか?」
「いいえ。勉強させて貰っております」
「そうけ? よかよか」
「つか柴三郎、日本から来たのお前だけ? きよしは? 佐八郎さはちろうは?」
「わいだけや。急な招集で調整が間に合わんかった。あとエミールも来とらんそうだ。残念ばい」
「く……っ! よりによって柴三郎だけとか……!」
「そりゃ院長なんやけん、来るならわいやろ」

 パウルには他にも日本人の知り合いがいるらしく、この場に柴三郎しか来ていない事を知ると非常に残念がっていた。

「日本といえば青洲先生は来とらんのか? 話してみよごたったけんな」
「ふん、残念だったね。来たのは僕とこの新人だけだよ」
仕方ないしょんなか。じゃあわいの可愛いむぞらしか部下である潔と佐八郎が選んでくれた、こんフェイスマスクでんパウルに見せびらかして時間ば潰すか……」
「ぐぁ~っ! ムカつくっ! 今はお前の部下かもだけど、元々は僕の大事な後輩だぞ、その2人ぃっ!!」
(仲が良いのだな……)

 そのままマスクの話題に突入した柴三郎曰く、自分も特殊学会は初参加で、気合いを入れて新調しようと最初は熊をモチーフにしたデザインを店で選んでみたところ、「厳つすぎる」「貴方は背も態度もデカいから威圧感が増す」と部下に全力で止められてしまったのだそうだ。
 そして現在のデフォルメされた白虎のマスクに落ち着いた、という経緯を聞かせてくれた。

「開場前に、騒がしい事である」

 柴三郎の雑談を聞いていた所に、今度はデフォルメされた白鳥の絵が描かれたフェイスマスクを付けた、男性医師がやってくる。
 その男性医師が誰なのか、モーズは顔が見えずともわかった。特殊学会に招待された医師の中で、白鳥がデザインされたマスクを付けている者は1人しかいないと、知っているから。

「蛇のマスク……。貴殿がモーズか、お噂はかねがね」

 相手もモーズのマスクのデザインを知っていたようで、名乗らずとも名前を当ててきた。

「貴方は、もしや『ルイ』。ルイ院長でしょうか?」
「如何にも」

 モーズの予想通り、その男性医師の名は『ルイ』。

「吾輩こそがフランスの感染病棟現院長、ルイである」

 特殊学会の『審査役』という大役を国連から任された、今回、最も注意すべき院長である。

「貴殿も同郷と聞いた。だが審査の手は抜かぬぞ?」
「はい。寧ろ抜いて貰っては困ります。信頼性が損なわれてしまいますから」
「ふむ、噂通り生真面目であるな。あのゴシップめいた世界ニュースも意外と信憑性があるではないか」
「いえ、そのニュースの内容は全力で否定したい所なのですが……っ!」

 研究に没頭して忘れかけていた世界ニュースの事を話題に出され、精神的なダメージを負うモーズ。

「そう謙遜するでない。時に貴殿はユストゥスと同じく、軍属経験もあると聞いたのだが……。それは誠か?」
「わいも軍属経験あるたいね~。正確には自衛隊やけど」
「話に割って入るでない、柴三郎。で、モーズよ。どうなのだ?」
「あっ、はい。軍医の経験はあります。珊瑚症の影響で右目の視力が落ちて、2年もせずに退役となってしまいましたが……」

 軍医をしていた経歴はあるが極短期間で、実績と呼べるようなものではない、とモーズは気まずそうに喋る。
 しかしルイはモーズが例え僅かな間だろうとも軍属していた事を知ると、声音がやや上機嫌な物へ変わった。

「――『科学には国境はないが、科学者には祖国がある』という言葉を残したのは、誰だったか。貴殿は己が力を我らが祖国、フランスの為に振るっていたのだな。特殊な事だ。研究発表の審査とは別として、吾輩は貴殿を讃えようぞ」
「あの、その、私はそのような立派な大義を抱いて軍医をしていた訳ではなくてですね、ええと」
「また謙遜か? あまり人の評価を拒むのは失礼に当たるぞ?」
「いいえ、謙遜でも何でもなくて」

 モーズは更に気まずそうな様子でルイから顔をそらし、

「在学中に軍医志願をすると、学生の頃から手当てが貰えたので……」

 馬鹿正直に軍医志願動機を伝えたのだった。

「ぶふぉっ!」

 柴三郎のマスクの下から堪えきれなかった笑い声が漏れる。
 モーズはそれを聞かなかった事にして、言い訳めいた理由をルイに懇々と語った。

「学生の頃から手当を頂けるのは、金銭的余裕がなかった私にとってありがたい救済措置だったといいますか……。しかし結局、規定されている8年間の軍属ができなかったので、貰っていた手当ては返済しなくてはならず、借金に変わってしまった。その借金はロベルト院長の推薦で感染病棟配属となり給与があがった事で、ようやく全額返せました」
「おっまえ! まさか金目当てでロベルト院長の推薦受けたのかぁっ!?」

 不純な理由込みでロベルト院長のスカウトを受けたと知ったパウルは激怒し、モーズの胸ぐらを掴んでガクガクと揺らす。

「違う、とは言い切れない……。珊瑚症の研究も捗り、借金返済もできる一石二鳥な話だったものだから……。飛び付かない選択肢はなかった……」
「ふざけんなぁっ! ロベルト院長のスカウトを何だと思ってんだお前ぇええっ!」
「パウル、落ち着いて。私はモーズくんの事情を知っていたからね? 知っていた上で推薦を出したのだからね?」

 乱暴に揺らされるモーズは抵抗せず、されるがままで、ロベルトが慌てて間に入ってパウルの怒りを鎮めた。

「がっはははは! 世間じゃ『英雄モーズは聖人君子』みたいな話広まっとるけど、結構俗っぽか所あるんやなぁ!」
「そうか、金の為であるか……。そうか……。いや、生活を成り立たせるのに金は必須。決して悪い事ではないのだが……。うむ……」

 悪い事ではないが、ルイの理想が含まれたモーズの人物像が崩れ、好印象ではなくなってしまった。
 故にルイは複雑な心境を心の奥に押し込めると、パウルから解放されたモーズの肩にぽんと軽く手を置き、

「モーズよ。元より手を抜くつもりはなかったが……此度の審査、覚悟しておくといい」

 とだけ言い残し、さっさと会議場の中へと向かってしまった。
 そこで一連の様子をずっと見ていたセレンが、心配そうにモーズへ話しかける。

「ハードルが上がってしまったようですねぇ、モーズ先生」
「私情で緩められても困るがな。準備はするだけしてきた。後は、ぶつけるだけだ」
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