毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第144話 最終確認

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 時は過ぎ、特殊学会に赴く前日の日となった。
 夜にはパラス国に向かう為に車に乗り込み、長距離移動となる。学会用に用意した資料の校閲をしたパウルは、今日は早めにあがって明日に備えようと昼時に個別研究室を出た。
 そのままエレベーターに乗ってエントランスまで降りようとして、けど手が滑ったフリをして『2』と書かれたスイッチを押す。
 そして共同研究室のある2階へと到達した。

(あれから様子見てないけど、追い詰められてるかもなぁ。特殊学会の発表なんて新人がやる事じゃないし、当たり前だけどさ。けど指名は指名。人前に立てるぐらいの精神状態は残しているといいんだけど)

 そろそろと足音を立てないように出入り口まで移動をして、パウルは開いた扉の隙間からこっそりと中の様子を確認する。
 中の共同研究室では、モーズを中心として1つの実験台を囲み、フリーデンとフリッツにユストゥスが最終確認をしていた。

「ここのデータはルイに突っ込まれそうだな。もう何人か比較対象を追加するか」
「モーズ、この論文も参考になると思うんだよ。引用しようぜ?」
「うーん、原稿の内容は大体いいと思うんだけど、言葉選びを見直そうか。説得力が弱いところがあって、このままだとまだ不安が残るからね」
「すまない、助かる」

 研究データの洗練。他者の論文との比較。発表で読み上げる用に使う原稿の推敲。様々な角度でモーズの研究発表を形にしようとしている。モーズもそれに喰らい付いている。
 大学やゼミでのグループ研究でよく見かける光景。しかし個人主義者ばかりが集うオフィウクス・ラボでも見られるとは思っていなくて、パウルはマスクの下で瞠目していた。

(今までになく一致団結しているなぁ。ユストゥスなんて入所してきたばっかの頃とか、フリッツ以外と打ち解けないんじゃないかって思ってたのに。フリーデンも今と雰囲気違ったし……)

 ――パウルもかつては今のモーズのように、恩師ロベルトと彼の門下生達に囲まれて研究に打ち込む日々があった。切磋琢磨しあう日々があった。
 懐かしい日々。クスシとなってしまった以上、もう二度と来ないだろう日々。
 それをわかった上で、パウルはラボの入所を決めた。なのにいざかつての日々を彷彿とさせる光景を見ると、妙に眩しくて、羨ましいと、思ってしまう。
 未練がましい。そんな自分が、パウルは嫌いだった。

(……いいや。最後にちょっとくらい嫌味言っちゃおとか思っていたけど、仮眠でも取ろう)
「ロベルト院長の事でパウルがゴネた時は梅酒で誤魔化せ。奴の好物だ」
「チョコレートで餌付けしても機嫌よくなるぞ? パウル先輩、甘いもの好きだし結構チョロいからなぁ」
「長い時間一緒にいることになるんだから、仲良くしたいよね。僕は香りのいい石鹸を賄賂に選ぶといいと思うのだけれど」
「こぉら! 僕のいない所でなに好き勝手吹き込んでいるんだよ!!」

 研究室の前から立ち去ろうとして、聞き捨てならない台詞の数々にパウルは反射的に扉を開け放ち、怒鳴りつけた。

「あ、パウル先輩こんにちわ~」
「チッ、来たか」
「駄目だよユストゥス、舌打ちなんかしたら。するなら本人のいないところでしないと」
「君達あとで覚えておけよ……!?」

 本当ならばこのまま小一時間は生意気な後輩達に説教をしてやりたい所だが、彼らは今は見逃し、パウルは一番生意気な後輩モーズの元に荒い足取りで近付いた。
 そして実験台に置かれていた研究発表の内容を綴った原稿を鷲掴むと、その場で全ページを素早く巡り速読をする。そうして中身を確認したパウルは、モーズを叱った。

「ちょっと! まだまだ穴があるじゃん! ほらここ単位が統一されてないケアレスミスがあるっ! 書き直す! こっちの棒グラフは折れ線も追加した方がいいだろ! 中央値も書く事っ! 作り直しっ!」
「あ、あぁ!」
「タイムリミットは移動時間を考えると夜の8時なんだぞ! ほら急いだ急いだ!」
「りょ、了解した!」

 的確に修正の指示を飛ばすパウルに、それに従うモーズ。非常に熱心に、彼の面倒を見ている。
 口出す隙を与えない勢いで喋るパウルの姿を見て、フリーデンらは邪魔にならないようにと少し距離を置き、小声で話し始めた。

「ずっと口出ししたかった、って感じですねぇ」
「ふん。意固地にならず最初から素直になっていればよかったんだ。時間を無駄にしおって」
「ユストゥスさんに素直になれって言われても説得力ないかもですけどね?」
「どういう意味だフリーデン」
「どうどう、ユストゥス」

 また追いかけっこを始めそうになるユストゥスを宥めた後、フリッツは元気よく喋るパウルとそれを聞くモーズの姿に、安堵を覚えた。

「でもよかった、いつものパウルくんだ。この調子で、学会もうまくいくといいんだけど」

 ◇

「先生、先生。着きましたよ」

 翌朝。モーズはセレンに肩を譲られて目覚めた。寄宿舎のベッド……ではなく、空陸両用車の中で。
 セレンの言う通り、着いたのだ。特殊学会が開催されるパラス国、その会場のあるコンベンションセンターの駐車場に。

「意識が飛んでいたな……。身体が痛い……」

 後部座席の長椅子に横になっていたモーズは、ろくに寝返りを打てなかった身体をどうにか起き上がらせて、軽くストレッチをする。
 モーズの向かいの長椅子に座っていたパウルもまた目覚め、ふらふらと起き上がった。

「ううう、爆睡してした……。原稿の最終確認しようと思っていたのに……」
「出発ぎりぎりまで打ち込んでいましたものねぇ、お二方」

 ラボで仮眠を取ることなく研究し続けていたモーズとパウルは、その疲労と睡眠不足から車の中で寝てしまい、到着するまで何もできなかった。
 段取りはおおよそ定まっていたものの、最後の見直しができなかったのは失敗である。

「人間の必要睡眠時間って長過ぎるだろ。ますます標本預けられねぇよ」

 既に疲労している2人を見て呆れた様子でそう言ったのは、車内の座席でふんぞり返っていたホルムアルデヒドであった。
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