138 / 236
第八章 特殊学会編
第136話 山積みの問題点
しおりを挟む
「ステージ6について発表とか、そんなの絶対無理でしょ」
研究テーマが纏まりかけた時、水をさすように発言したのは、共同研究室の隅っこの丸椅子に座りふんぞり返っていたパウルであった。
「今まで遭遇したそれっぽいのが3人で? その内、実際に遺体が残っているのが1人だけ? そんなんじゃ情報が足りなさ過ぎるだろう。統計学として有意水準の400まではいかなくとも、せめて100人分のサンプルがなきゃさ」
パウルは座っていた椅子から立ち上がり、そのままズンズンとモーズの隣まで距離を詰める。
「それにステージ6、ステージ6、って進行度を決め付けているけど、それだって他人の話を元にした憶測じゃないか。進行に関係ない《変異体》の可能性だって充分あるし、災害現場にいた毒が効きにくい、かつ大怪我しても動けた子供とかも、他の要因によるものって説も捨てきれない。そもそも誰も感染者がステージ6に進行する瞬間を誰も見たことがない。エビデンスに欠けてて全部ふわふわしすぎ」
そしてモーズに接近したパウルは、捲し立てるように喋りながらモーズの眼前に人差し指を突き付ける。
「あと発表したところでどうするの? 健常者と全く同じ見た目をしている、って見解なんだろう? 見分け方がわからなきゃ、混乱を招くだけになる」
「それは……」
「あのさ、僕の指摘に押し黙っているようじゃ駄目だよ。審査役があのルイなんだ。僕なんて目じゃないぐらいのダメ出しが来る」
そこで手を下ろしたパウルは両腕を組み、天道虫が描かれたフェイスマスクで覆われた顔を、共同研究室の奥へ向けた。
「何せユストゥスが発表した論文を、完全に論破した事のある人なんだから」
正確には研究室の奥に立つユストゥスへ、視線を向けた。
視線を向けられたユストゥスは、パウルの発言を否定しない。
「それは、本当だろうか?」
「……昔の話だ。だが私の検証は足りていなかった。未熟だった。それは、事実だ」
恐る恐るモーズが確認をすれば、ユストゥスは苦々しげに肯定をした。
普段は感情的なものの、こと研究については理路整然と冷静に話すユストゥス。そんな彼の研究を纏めた数々の論文には、隙など一切見当たらない。彼の論文はいつ何時も、妥協を許さない徹底した検証とそれに伴う深い理解を元に綴られるからだ。
圧倒的な知見による説得力の塊。それを、『ルイ』という男は崩してきたのだ。ユストゥスを上回る、知見を持って。
生半可な研究発表では一蹴されてしまうのが目に見えて、モーズはごくりと生唾を飲み込んだ。
「ふんっ! まぁ予算が減るのは僕も嫌だし、僕は僕の研究発表の準備をしておくよ。君が醜態を晒した後のフォロー、穴埋めとしてね!」
「パウルくん、そこまで言うならモーズくんと共同発表をするというのは……」
「そいつの事なんて知らないっ! 公衆の面前で赤っ恥をかけばいいんだ! それじゃ僕は個別研究室に行くけど、誰も入ってくるなよ!?」
パウルは好き放題騒いだ後、荒い足取りで共同研究室から退室して乱暴に扉を閉めた。
バタン! と大きな音が共同研究室に響く。
異様なまでにモーズを拒絶するパウルの姿に、普段の彼を知るフリッツは困惑した。
「パウルくんは一体どうしたんだい? 普段はあんな意地悪な事を言う子じゃないのに」
「その、昨晩の出来事で徹底的に嫌われてしまって……」
「モーズがロベルト院長のスカウト受けているわ、そのスカウトを実質蹴ってラボにいるわ、更に退社時に院長に散々迷惑かけたのが悉く地雷だったみたいですよ」
「う~ん、あ~……。それは、嫌われてしまうかもしれないね……」
フリーデンから大まかな説明を受けたフリッツは、フェイスマスク越しに額に手を当てて悩ましげな声をあげる。
ロベルト院長といえばパウルの恩師であり家族。その事はクスシは全員把握していて、ロベルト院長に関する不祥事を起こすとパウルが烈火の如く怒るのも周知の事実。
故に「これはまともに話を聞いて貰えないな」と判断したフリッツは、さっさと頭を切り替えてモーズへ顔を向けた。
「パウルくんはああ言っていたけれど、やっぱり僕はこの発表を遅らせるべきではないと考えている。モーズくんが発表できる形になるよう、僕もできる限り手を尽くすよ」
「俺も手伝うよ、モーズ。ラボの命運めっちゃかかっているしな」
「新人に課す重荷が半端ないな……」
しかしフリッツとフリーデンの手を借りられるのは心強い。それにどうせ、このまま落ち込んでいても逃れられる課題ではないのだ。
何よりもステージ6の発表によって、回避できる悲劇があるかもしれない。街中で突如として発生する生物災害が今後も起きる可能性があると、その原因の一端がステージ6だと、正しく伝えられたのならば。
――備えが、大幅に変わる。
モーズは腹を括って、ステージ6の『珊瑚』を培養したシャーレを手に持った。
「だが私もフリッツと同じく、ステージ6の発表を遅らせたくない。必ずや世間に広め、その危険性を認知して貰わなくては」
研究テーマが纏まりかけた時、水をさすように発言したのは、共同研究室の隅っこの丸椅子に座りふんぞり返っていたパウルであった。
「今まで遭遇したそれっぽいのが3人で? その内、実際に遺体が残っているのが1人だけ? そんなんじゃ情報が足りなさ過ぎるだろう。統計学として有意水準の400まではいかなくとも、せめて100人分のサンプルがなきゃさ」
パウルは座っていた椅子から立ち上がり、そのままズンズンとモーズの隣まで距離を詰める。
「それにステージ6、ステージ6、って進行度を決め付けているけど、それだって他人の話を元にした憶測じゃないか。進行に関係ない《変異体》の可能性だって充分あるし、災害現場にいた毒が効きにくい、かつ大怪我しても動けた子供とかも、他の要因によるものって説も捨てきれない。そもそも誰も感染者がステージ6に進行する瞬間を誰も見たことがない。エビデンスに欠けてて全部ふわふわしすぎ」
そしてモーズに接近したパウルは、捲し立てるように喋りながらモーズの眼前に人差し指を突き付ける。
「あと発表したところでどうするの? 健常者と全く同じ見た目をしている、って見解なんだろう? 見分け方がわからなきゃ、混乱を招くだけになる」
「それは……」
「あのさ、僕の指摘に押し黙っているようじゃ駄目だよ。審査役があのルイなんだ。僕なんて目じゃないぐらいのダメ出しが来る」
そこで手を下ろしたパウルは両腕を組み、天道虫が描かれたフェイスマスクで覆われた顔を、共同研究室の奥へ向けた。
「何せユストゥスが発表した論文を、完全に論破した事のある人なんだから」
正確には研究室の奥に立つユストゥスへ、視線を向けた。
視線を向けられたユストゥスは、パウルの発言を否定しない。
「それは、本当だろうか?」
「……昔の話だ。だが私の検証は足りていなかった。未熟だった。それは、事実だ」
恐る恐るモーズが確認をすれば、ユストゥスは苦々しげに肯定をした。
普段は感情的なものの、こと研究については理路整然と冷静に話すユストゥス。そんな彼の研究を纏めた数々の論文には、隙など一切見当たらない。彼の論文はいつ何時も、妥協を許さない徹底した検証とそれに伴う深い理解を元に綴られるからだ。
圧倒的な知見による説得力の塊。それを、『ルイ』という男は崩してきたのだ。ユストゥスを上回る、知見を持って。
生半可な研究発表では一蹴されてしまうのが目に見えて、モーズはごくりと生唾を飲み込んだ。
「ふんっ! まぁ予算が減るのは僕も嫌だし、僕は僕の研究発表の準備をしておくよ。君が醜態を晒した後のフォロー、穴埋めとしてね!」
「パウルくん、そこまで言うならモーズくんと共同発表をするというのは……」
「そいつの事なんて知らないっ! 公衆の面前で赤っ恥をかけばいいんだ! それじゃ僕は個別研究室に行くけど、誰も入ってくるなよ!?」
パウルは好き放題騒いだ後、荒い足取りで共同研究室から退室して乱暴に扉を閉めた。
バタン! と大きな音が共同研究室に響く。
異様なまでにモーズを拒絶するパウルの姿に、普段の彼を知るフリッツは困惑した。
「パウルくんは一体どうしたんだい? 普段はあんな意地悪な事を言う子じゃないのに」
「その、昨晩の出来事で徹底的に嫌われてしまって……」
「モーズがロベルト院長のスカウト受けているわ、そのスカウトを実質蹴ってラボにいるわ、更に退社時に院長に散々迷惑かけたのが悉く地雷だったみたいですよ」
「う~ん、あ~……。それは、嫌われてしまうかもしれないね……」
フリーデンから大まかな説明を受けたフリッツは、フェイスマスク越しに額に手を当てて悩ましげな声をあげる。
ロベルト院長といえばパウルの恩師であり家族。その事はクスシは全員把握していて、ロベルト院長に関する不祥事を起こすとパウルが烈火の如く怒るのも周知の事実。
故に「これはまともに話を聞いて貰えないな」と判断したフリッツは、さっさと頭を切り替えてモーズへ顔を向けた。
「パウルくんはああ言っていたけれど、やっぱり僕はこの発表を遅らせるべきではないと考えている。モーズくんが発表できる形になるよう、僕もできる限り手を尽くすよ」
「俺も手伝うよ、モーズ。ラボの命運めっちゃかかっているしな」
「新人に課す重荷が半端ないな……」
しかしフリッツとフリーデンの手を借りられるのは心強い。それにどうせ、このまま落ち込んでいても逃れられる課題ではないのだ。
何よりもステージ6の発表によって、回避できる悲劇があるかもしれない。街中で突如として発生する生物災害が今後も起きる可能性があると、その原因の一端がステージ6だと、正しく伝えられたのならば。
――備えが、大幅に変わる。
モーズは腹を括って、ステージ6の『珊瑚』を培養したシャーレを手に持った。
「だが私もフリッツと同じく、ステージ6の発表を遅らせたくない。必ずや世間に広め、その危険性を認知して貰わなくては」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
未来世界に戦争する為に召喚されました
あさぼらけex
SF
西暦9980年、人類は地球を飛び出し宇宙に勢力圏を広めていた。
人類は三つの陣営に別れて、何かにつけて争っていた。
死人が出ない戦争が可能となったためである。
しかし、そのシステムを使う事が出来るのは、魂の波長が合った者だけだった。
その者はこの時代には存在しなかったため、過去の時代から召喚する事になった。
…なんでこんなシステム作ったんだろ?
な疑問はさておいて、この時代に召喚されて、こなす任務の数々。
そして騒動に巻き込まれていく。
何故主人公はこの時代に召喚されたのか?
その謎は最後に明らかになるかも?
第一章 宇宙召喚編
未来世界に魂を召喚された主人公が、宇宙空間を戦闘機で飛び回るお話です。
掲げられた目標に対して、提示される課題をクリアして、
最終的には答え合わせのように目標をクリアします。
ストレスの無い予定調和は、暇潰しに最適デス!
(´・ω・)
第二章 惑星ファンタジー迷走編 40話から
とある惑星での任務。
行方不明の仲間を探して、ファンタジーなジャンルに迷走してまいます。
千年の時を超えたミステリーに、全俺が涙する!
(´・ω・)
第三章 異次元からの侵略者 80話から
また舞台を宇宙に戻して、未知なる侵略者と戦うお話し。
そのつもりが、停戦状態の戦線の調査だけで、終わりました。
前章のファンタジー路線を、若干引きずりました。
(´・ω・)
第四章 地球へ 167話くらいから
さて、この時代の地球は、どうなっているのでしょう?
この物語の中心になる基地は、月と同じ大きさの宇宙ステーションです。
その先10億光年は何もない、そんな場所に位置してます。
つまり、銀河団を遠く離れてます。
なぜ、その様な場所に基地を構えたのか?
地球には何があるのか?
ついにその謎が解き明かされる!
はるかな時空を超えた感動を、見逃すな!
(´・ω・)
主人公が作者の思い通りに動いてくれないので、三章の途中から、好き勝手させてみました。
作者本人も、書いてみなければ分からない、そんな作品に仕上がりました。
ヽ(´▽`)/
【完結済み】VRゲームで遊んでいたら、謎の微笑み冒険者に捕獲されましたがイロイロおかしいです。<長編>
BBやっこ
SF
会社に、VRゲーム休があってゲームをしていた私。
自身の店でエンチャント付き魔道具の売れ行きもなかなか好調で。なかなか充実しているゲームライフ。
招待イベで魔術士として、冒険者の仕事を受けていた。『ミッションは王族を守れ』
同僚も招待され、大規模なイベントとなっていた。ランダムで配置された場所で敵を倒すお仕事だったのだが?
電脳神、カプセル。精神を異世界へ送るって映画の話ですか?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる