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第八章 特殊学会編
第135話 テーマ決め
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医療業界における学会とは。
確固たる定義はないが、基本的に医者や研究者が一箇所に集い、各々が探究してきた研究成果を発表をする場の事である。
研究者同士の貴重な交流の場であり、互いの研究を評価し合う事による発展が望める場であり、新たな知見を得られる場として、各国で定期的に開催されている。
では【特殊学会】とは。
端的に言うとオフィウクス・ラボのクスシが研究発表をする為だけに開かれる学会である。しかも招待される聴講者は国連機関の1つ世界保健機関所属医師に、感染病棟の院長やノーベル賞含む医学賞受賞者または候補者など、確固たる地位や実績を持つ知見者のみに限定される。
それでいてクスシは、ただ研究発表するだけでは済まされず、聴講者の中で『審査役』に選ばれた者による審査が通らなくては『再研究』を突き付けられる仕様となっている。
これは国際連盟管理下研究所という責務を全うしているかどうかの確認であり、ラボの内情を機密で通す為の条件である。知見者を一堂に会し、確固たる成果を見せる事によって、本来ならば各国を巡って参加すべき学会の手間も省略している。
この『審査役』の審査に通らなければ、予算の減額や機密の開示請求、視察の増加、研究内容の指示、方向性の口出し、ウミヘビの管理権の譲渡……。最悪の場合に至っては、オフィウクス・ラボそのものの解体を突き付けられる可能性がある。
それを防ぐ為にも、『審査役』には1つの穴もない研究を見せ付けなければならい。
纏めると、新人のモーズに課すのに全く釣り合っていない指令である。
***
朝の共同研究室の室内。
そこに並ぶ実験台の1つでは、指導係のフリッツから【特殊学会】の説明を受けたモーズが突っ伏して頭を抱えていた。
「モーズ、見るからに疲れてんな~」
今までとはまた違う形で追い込まれているモーズを見て、フリーデンが心配そうに後ろから声をかける。
「新人の身で研究発表しなくてはならないのも辛く……。当分は足を運びたくなかったパラスに再び赴くのも憂鬱であり……。せめて3ヶ月後ほど後であったのならば……」
「人の噂も75日、って青洲さんの故郷では言い伝えられているみたいだしな」
「そもそも私は発表できるほどの研究を何もなせていない。どうすればよいのだ……」
もう数日で、モーズがラボに入所してから3週間。
逆に言えば現時点で、モーズは入所してから3週間も経っていないのだ。年単位で取り組んだ研究成果を発表する事もザラな世界で、数週間如きの研究成果など検証が足らな過ぎる。どう頑張っても説得力を持たせられない。
他のクスシの研究をモーズが代わりに発表する、という手もあるにはあるが、自分の研究を発表する場である学会で他者の成果を披露するのもおかしな話だ。それに他者の研究を持ち込めば理解が浅いままでの発表となってしまい、どちらにせよ説得力を持たせられないだろう。
「それじゃあ、共同研究をしている僕から1つ提案をしてあげよう」
そんな見るからに困っているモーズに、フリッツが実験台を挟んで正面から助け舟を出してくれた。
「共同研究……。というと、ステージ5感染者の意識レベルについてについてだろうか?」
「意識レベルはまだまだ発表できる段階じゃないね。サンプルが1つしかないうえに、残念ながら水銀くんの測定は世間だと客観性がないから。僕が勧めるのは、これの事だ」
言いながら、フリッツは実験台に突っ伏しているモーズの前に何かを培養したシャーレを1つ差し出す。
そのシャーレの蓋には、《ステージ6》と書かれたテープが貼られていた。
「《ステージ6》。これを正式名称として、学会を通して名を広げる。何せアメリカの災害といい、緊急性が高い。暫定的だろうと、サンプルが極小数でも発表しておいた方がいい。このシャーレに入った『珊瑚』だけでなく、ネフェリンさんのご遺体も保管してある。是非、活用して欲しいな」
いつの間に保管を、とモーズは起き上がってシャーレの中身をまじまじと見詰める。
臨床試験でよく使っているステージの低い寄生菌『珊瑚』とあまり変わりのなさそうな外見をしているが、シャーレに入った真っ赤なその真菌は目に見えて蠢いているのがわかって、今まで見てきた物とは違う状態というのが一目でわかった。
「これは、凄いな……! ……うん? ちょっと待ってくれ。ネフェリンさんのご遺体を保管? そういえばアメリカ遠征の帰り際、マイクさんが彼女の遺体がなくなっていた、と話していたが……」
「うん。転移装置を使って国連警察に内緒で持ち帰ったからね。そりゃあ把握してないよね」
「フリッツさん変な所で大胆ですよね」
フリーデンが淡々と突っ込みを入れる。
その突っ込みにフリッツは「一応、保管処理の通達自体はしたよ。事後報告だけど」と、全くフォローになっていない言い訳を述べたのだった。
「な、内緒で……? 許可を申請をすればよかったのでは?」
「それだと時間がかかって保存状態が悪くなるだろう? しかも彼女の遺体はグズグズで、とても人の手じゃ運べない。焼却処理を優先されても嫌だったし、シアンくんに頼んで遺体の下の床を剥がして貰って、床材ごと転移装置に入れてラボに送ったんだよね。いやぁ、万が一の為の増援用に転移装置を持ち運んでおいてよかったよ」
「その、災害対処以外の理由で建物を壊してよかったのか?」
「ビル倒壊の許可貰っていたんだし大丈夫、大丈夫」
その為に許可を下ろした訳じゃない。絶対に。マイクがこの場に居たら怒り狂うだろうフリッツの自由さに、モーズは「この方も研究者なのだな」と妙な所で感心してしまっていた。
研究室の奥で黙々と試薬を混ぜていたユストゥスも、その話を聞いて「ほう」と感心した声をあげる。
「警察の目を盗んで保管していたとは、私も知らなかった。フリッツのいつ何時も探究心を失わない姿勢は素晴らしいものだな」
「ユストゥスさんフリッツさんのこと甘やかし過ぎじゃね?」
「成る程。その口縫われたいと見た」
「パウル先輩よりずっと物騒っ! やめてくださいっ!」
確固たる定義はないが、基本的に医者や研究者が一箇所に集い、各々が探究してきた研究成果を発表をする場の事である。
研究者同士の貴重な交流の場であり、互いの研究を評価し合う事による発展が望める場であり、新たな知見を得られる場として、各国で定期的に開催されている。
では【特殊学会】とは。
端的に言うとオフィウクス・ラボのクスシが研究発表をする為だけに開かれる学会である。しかも招待される聴講者は国連機関の1つ世界保健機関所属医師に、感染病棟の院長やノーベル賞含む医学賞受賞者または候補者など、確固たる地位や実績を持つ知見者のみに限定される。
それでいてクスシは、ただ研究発表するだけでは済まされず、聴講者の中で『審査役』に選ばれた者による審査が通らなくては『再研究』を突き付けられる仕様となっている。
これは国際連盟管理下研究所という責務を全うしているかどうかの確認であり、ラボの内情を機密で通す為の条件である。知見者を一堂に会し、確固たる成果を見せる事によって、本来ならば各国を巡って参加すべき学会の手間も省略している。
この『審査役』の審査に通らなければ、予算の減額や機密の開示請求、視察の増加、研究内容の指示、方向性の口出し、ウミヘビの管理権の譲渡……。最悪の場合に至っては、オフィウクス・ラボそのものの解体を突き付けられる可能性がある。
それを防ぐ為にも、『審査役』には1つの穴もない研究を見せ付けなければならい。
纏めると、新人のモーズに課すのに全く釣り合っていない指令である。
***
朝の共同研究室の室内。
そこに並ぶ実験台の1つでは、指導係のフリッツから【特殊学会】の説明を受けたモーズが突っ伏して頭を抱えていた。
「モーズ、見るからに疲れてんな~」
今までとはまた違う形で追い込まれているモーズを見て、フリーデンが心配そうに後ろから声をかける。
「新人の身で研究発表しなくてはならないのも辛く……。当分は足を運びたくなかったパラスに再び赴くのも憂鬱であり……。せめて3ヶ月後ほど後であったのならば……」
「人の噂も75日、って青洲さんの故郷では言い伝えられているみたいだしな」
「そもそも私は発表できるほどの研究を何もなせていない。どうすればよいのだ……」
もう数日で、モーズがラボに入所してから3週間。
逆に言えば現時点で、モーズは入所してから3週間も経っていないのだ。年単位で取り組んだ研究成果を発表する事もザラな世界で、数週間如きの研究成果など検証が足らな過ぎる。どう頑張っても説得力を持たせられない。
他のクスシの研究をモーズが代わりに発表する、という手もあるにはあるが、自分の研究を発表する場である学会で他者の成果を披露するのもおかしな話だ。それに他者の研究を持ち込めば理解が浅いままでの発表となってしまい、どちらにせよ説得力を持たせられないだろう。
「それじゃあ、共同研究をしている僕から1つ提案をしてあげよう」
そんな見るからに困っているモーズに、フリッツが実験台を挟んで正面から助け舟を出してくれた。
「共同研究……。というと、ステージ5感染者の意識レベルについてについてだろうか?」
「意識レベルはまだまだ発表できる段階じゃないね。サンプルが1つしかないうえに、残念ながら水銀くんの測定は世間だと客観性がないから。僕が勧めるのは、これの事だ」
言いながら、フリッツは実験台に突っ伏しているモーズの前に何かを培養したシャーレを1つ差し出す。
そのシャーレの蓋には、《ステージ6》と書かれたテープが貼られていた。
「《ステージ6》。これを正式名称として、学会を通して名を広げる。何せアメリカの災害といい、緊急性が高い。暫定的だろうと、サンプルが極小数でも発表しておいた方がいい。このシャーレに入った『珊瑚』だけでなく、ネフェリンさんのご遺体も保管してある。是非、活用して欲しいな」
いつの間に保管を、とモーズは起き上がってシャーレの中身をまじまじと見詰める。
臨床試験でよく使っているステージの低い寄生菌『珊瑚』とあまり変わりのなさそうな外見をしているが、シャーレに入った真っ赤なその真菌は目に見えて蠢いているのがわかって、今まで見てきた物とは違う状態というのが一目でわかった。
「これは、凄いな……! ……うん? ちょっと待ってくれ。ネフェリンさんのご遺体を保管? そういえばアメリカ遠征の帰り際、マイクさんが彼女の遺体がなくなっていた、と話していたが……」
「うん。転移装置を使って国連警察に内緒で持ち帰ったからね。そりゃあ把握してないよね」
「フリッツさん変な所で大胆ですよね」
フリーデンが淡々と突っ込みを入れる。
その突っ込みにフリッツは「一応、保管処理の通達自体はしたよ。事後報告だけど」と、全くフォローになっていない言い訳を述べたのだった。
「な、内緒で……? 許可を申請をすればよかったのでは?」
「それだと時間がかかって保存状態が悪くなるだろう? しかも彼女の遺体はグズグズで、とても人の手じゃ運べない。焼却処理を優先されても嫌だったし、シアンくんに頼んで遺体の下の床を剥がして貰って、床材ごと転移装置に入れてラボに送ったんだよね。いやぁ、万が一の為の増援用に転移装置を持ち運んでおいてよかったよ」
「その、災害対処以外の理由で建物を壊してよかったのか?」
「ビル倒壊の許可貰っていたんだし大丈夫、大丈夫」
その為に許可を下ろした訳じゃない。絶対に。マイクがこの場に居たら怒り狂うだろうフリッツの自由さに、モーズは「この方も研究者なのだな」と妙な所で感心してしまっていた。
研究室の奥で黙々と試薬を混ぜていたユストゥスも、その話を聞いて「ほう」と感心した声をあげる。
「警察の目を盗んで保管していたとは、私も知らなかった。フリッツのいつ何時も探究心を失わない姿勢は素晴らしいものだな」
「ユストゥスさんフリッツさんのこと甘やかし過ぎじゃね?」
「成る程。その口縫われたいと見た」
「パウル先輩よりずっと物騒っ! やめてくださいっ!」
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