上 下
137 / 275
第八章 特殊学会編

第135話 テーマ決め

しおりを挟む
 医療業界における学会とは。
 確固たる定義はないが、基本的に医者や研究者が一箇所に集い、各々が探究してきた研究成果を発表をする場の事である。
 研究者同士の貴重な交流の場であり、互いの研究を評価し合う事による発展が望める場であり、新たな知見を得られる場として、各国で定期的に開催されている。

 では【特殊学会】とは。
 端的に言うとオフィウクス・ラボのクスシが研究発表をする為に開かれる学会である。しかも招待される聴講者は国連機関の1つ世界保健機関WHO所属医師に、感染病棟の院長やノーベル賞含む医学賞受賞者または候補者など、確固たる地位や実績を持つ知見者のみに限定される。
 それでいてクスシは、ただ研究発表するだけでは済まされず、聴講者の中で『審査役』に選ばれた者による審査が通らなくては『再研究』を突き付けられる仕様となっている。
 これは国際連盟管理下研究所という責務を全うしているかどうかの確認であり、ラボの内情を機密で通す為の条件である。知見者を一堂に会し、確固たる成果を見せる事によって、本来ならば各国を巡って参加すべき学会の手間も省略している。

 この『審査役』の審査に通らなければ、予算の減額や機密の開示請求、視察の増加、研究内容の指示、方向性の口出し、ウミヘビの管理権の譲渡……。最悪の場合に至っては、オフィウクス・ラボそのものの解体を突き付けられる可能性がある。
 それを防ぐ為にも、『審査役』には1つの穴もない研究を見せ付けなければならい。

 纏めると、新人のモーズに課すのに全く釣り合っていない指令である。

 ***

 朝の共同研究室の室内。
 そこに並ぶ実験台の1つでは、指導係のフリッツから【特殊学会】の説明を受けたモーズが突っ伏して頭を抱えていた。

「モーズ、見るからに疲れてんな~」

 今までとはまた違う形で追い込まれているモーズを見て、フリーデンが心配そうに後ろから声をかける。

「新人の身で研究発表しなくてはならないのも辛く……。当分は足を運びたくなかったパラスに再び赴くのも憂鬱であり……。せめて3ヶ月後ほど後であったのならば……」
「人の噂も75日、って青洲さんの故郷では言い伝えられているみたいだしな」
「そもそも私は発表できるほどの研究を何もなせていない。どうすればよいのだ……」

 もう数日で、モーズがラボに入所してから3週間。
 逆に言えば現時点で、モーズは入所してから3週間も経っていないのだ。年単位で取り組んだ研究成果を発表する事もザラな世界で、数週間如きの研究成果など検証が足らな過ぎる。どう頑張っても説得力を持たせられない。
 他のクスシの研究をモーズが代わりに発表する、という手もあるにはあるが、自分の研究を発表する場である学会で他者の成果を披露するのもおかしな話だ。それに他者の研究を持ち込めば理解が浅いままでの発表となってしまい、どちらにせよ説得力を持たせられないだろう。

「それじゃあ、共同研究をしている僕から1つ提案をしてあげよう」

 そんな見るからに困っているモーズに、フリッツが実験台を挟んで正面から助け舟を出してくれた。

「共同研究……。というと、ステージ5感染者の意識レベルについてについてだろうか?」
「意識レベルはまだまだ発表できる段階じゃないね。サンプルが1つしかないうえに、残念ながら水銀くんの測定は世間だと客観性がないから。僕が勧めるのは、これの事だ」

 言いながら、フリッツは実験台に突っ伏しているモーズの前に何かを培養したシャーレを1つ差し出す。
 そのシャーレの蓋には、《ステージ6》と書かれたテープが貼られていた。

「《ステージ6》。これを正式名称として、学会を通して名を広げる。何せアメリカの災害といい、緊急性が高い。暫定的だろうと、サンプルが極小数でも発表しておいた方がいい。このシャーレに入った『珊瑚』だけでなく、ネフェリンさんのご遺体も保管してある。是非、活用して欲しいな」

 いつの間に保管を、とモーズは起き上がってシャーレの中身をまじまじと見詰める。
 臨床試験でよく使っているステージの低い寄生菌『珊瑚』とあまり変わりのなさそうな外見をしているが、シャーレに入った真っ赤なその真菌は目に見えて蠢いているのがわかって、今まで見てきた物とは違う状態というのが一目でわかった。

「これは、凄いな……! ……うん? ちょっと待ってくれ。ネフェリンさんのご遺体を保管? そういえばアメリカ遠征の帰り際、マイクさんが彼女の遺体がなくなっていた、と話していたが……」
「うん。転移装置を使って国連警察に内緒で持ち帰ったからね。そりゃあ把握してないよね」
「フリッツさん変な所で大胆ですよね」

 フリーデンが淡々と突っ込みを入れる。
 その突っ込みにフリッツは「一応、保管処理の通達自体はしたよ。事後報告だけど」と、全くフォローになっていない言い訳を述べたのだった。

「な、内緒で……? 許可を申請をすればよかったのでは?」
「それだと時間がかかって保存状態が悪くなるだろう? しかも彼女の遺体はグズグズで、とても人の手じゃ運べない。焼却処理を優先されても嫌だったし、シアンくんに頼んで遺体の下の床を剥がして貰って、床材ごと転移装置に入れてラボに送ったんだよね。いやぁ、万が一の為の増援用に転移装置を持ち運んでおいてよかったよ」
「その、災害対処以外の理由で建物を壊してよかったのか?」
「ビル倒壊の許可貰っていたんだし大丈夫、大丈夫」

 その為に許可を下ろした訳じゃない。絶対に。マイクがこの場に居たら怒り狂うだろうフリッツの自由さに、モーズは「この方も研究者なのだな」と妙な所で感心してしまっていた。
 研究室の奥で黙々と試薬を混ぜていたユストゥスも、その話を聞いて「ほう」と感心した声をあげる。

「警察の目を盗んで保管していたとは、私も知らなかった。フリッツのいつ何時も探究心を失わない姿勢は素晴らしいものだな」
「ユストゥスさんフリッツさんのこと甘やかし過ぎじゃね?」
「成る程。その口縫われたいと見た」
「パウル先輩よりずっと物騒っ! やめてくださいっ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

処理中です...