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第七章 死に損ないのフリードリヒ

第129話 グーテンモルゲン、フリッツ

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「先生、結局ずっと起きんかったなぁ。ドイツのお出かけ楽しみにしとったのに残念やわぁ」

 座席に寝転がって爆睡しているクスシの側で、シアンは残念そうに肩をすくめている。本来、入所試験の進行はこのクスシが行う予定だったそうだ。あとついでに観光するつもりだったとか。
 ユストゥスは自己管理のなっていない目の前のクスシに呆れながらも、少しでも楽に座席に座れるように、と、隣の席に自分に寄りかからせて座らせているフリードリヒへ声をかける。

「フリードリヒ、君に1つ提案がある。あぁ、喋らなくていい。頷いてくれるだけで」

 そのままユストゥスは話を続ける。

「私は今日で教授職を辞任する。君も私の助手ではなくなる。そしてこれから私達は同じクスシとなる。オフィウクス・ラボでは同僚だ。だから、だな、その……」

 珍しく歯切れ悪く、視線もそらして。

「私と対等な関係に、なってくれないだろうか」

 しかし最後はきちんとフリードリヒの方へ顔を向けて、自分の望みを伝えた。

「元教授だの年齢だの関係なく、君と忌憚のない意見を言い合える間柄になりたいのだ。……どう、だろうか?」

 この提案にユストゥスは内心、ドギマギしていた。唐突だっただろうかとか、妙な事を言い出したと思われただろうかとか。しかユストゥスはフリードリヒが昏睡状態だった10日間、ずっと考えていた。
 今まで以上に切磋琢磨し合う関係になれないか、と。大学で何かと張り合っていた、ルイとの間柄のような。
 ユストゥスの提案を聞いたフリードリヒは少し考え込む素振りを見せた後、ゆっくり、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「……僕からも、おねが、い。あり、ます」
「何だろうか。何でも言ってくれ」
「フリッツ、と」

 亡くなったシャルルがよく使っていた、フリードリヒの愛称である『フリッツ』。

「僕のこ、と、は……。『フリッツ』と、呼んで、ほし、い」

 それをユストゥスにも使って欲しいと、フリードリヒは望んできた。

「フ、フリッツと? それは既に居るという同名のクスシに遠慮してか? そんな気遣い、私には必要ないぞ」
「親しげに呼び合う、方が、貴方と、対等になれるかな、と。……それ、から。僕、が、……あの日の感情を、薄れさせ、ない、為、に」

 これはフリードリヒなりの覚悟でもあった。
 学友の中で最も親しかったシャルルが使っていた愛称で呼ばれれば、その度に彼を亡くした記憶が呼び起こされ、きっといつまでも新鮮な気持ちで研究に打ち込める。そう思ったのだ。
 ユストゥスはそのフリードリヒの、いやフリッツの決意を汲む事とした。

「わかった。では、フリッツ。これから、よろしく頼む」
「う、ん。……ユストゥス」

 こうしてフリードリヒはその日から、『フリッツ』と名乗るようになったのだった。

 ◆

「それからラボでアイギスを寄生させた僕は、数ヶ月のリハビリを経て、ようやく健常者と同じレベルの容態になった。研修もリハビリが終わった後から始めて貰えて、ウミヘビとの交流を交えながら研究に打ち込んで……。それでも今日まで、時間がかかってしまったね」

 モーズに4年前の出来事を全て打ち明けたフリッツ――フリードリヒは、

「ごめんね、シャルル」

 最後に殺してしまった友人へ謝罪の言葉を告げた後、項垂れた。

「話を聞いてくれてありがとう、モーズくん。ちょっとスッキリしたよ。……少し疲れてしまったから、ラボに着くまで寝させて貰うね」
「あ、あぁ」
「モーズくんも、ゆっくり休むんだよ」

 そのままフリッツは座席の背凭れを後ろに倒すと、身体を横向きにして静かに眠りについてしまった。今回の遠征で、彼が精神的にも肉体的にも疲弊し切っていたのがよくわかる。
 モーズは一旦、席を立つと飛行機の後方に向かう。そしてそこにある棚から、カリウムとナトリウムも使っているブランケットを手に取ると、席に戻ってフリッツの上にかけてあげた。
 そして自分はフリッツの眠る席と通路を挟んだ反対側、窓から外の夜空が見える端の席まで移動して、座席に身体を預け両腕を組む。

(災害化した友人を手にかける……。私の身にも降りかかる可能性のある、最悪の事態。しかもステージ6の感染者は、見た目では健常者と区別が付かない)

 フリッツとシアンが接触した、ステージ6と推定されているネフェリン。彼女は健常者と何一つ変わらない姿で展望台に居た。フリッツが記録してくれた映像でもそれは確認できる。
 そこから湧き起こる疑問点が、一つ。

(フランチェスコは、本当にステージ2以下なのだろうか?)

 3年前にテトラミックスへ接触したという昔馴染み、フランチェスコについてだ。
 テトラミックスが見た限りでは健康的で、ステージ3以上にはとても見えなかったという話だが、ステージ6だった場合、見た目での判別は不可能。
 そもそも彼は立ち入り禁止区域にマスクをせずに出歩いていたのだ。モーズと共に感染対策に熱心だったフランチェスコが。その点からして疑問を持つべきだった。

(尤もステージ6が皆、ネフェリンやオニキスのような人と変わらない外見なのかはわからない。判断材料が足りない。私はステージ6を知らな過ぎる。だがその前にステージ5以下の保護手段の模索と、治療法の確立もしなければ。今回の遠征は検証が一回成功しただけで、依然とやる事は山積みだ。まず何から手をつけるべきか)

 ぐるぐるとまとまらない考えがモーズの頭の中を巡る。思考力が落ちているのがわかる。

(……。駄目だ、疲労で頭が回らない。私も、眠ろう)

 アメリカと人工島アバトンの時差によって感覚が狂うが、7時間かけて移動した後、アメリカには朝方から夕刻まで8時間近く滞在していたのだ。
 それも災害鎮圧の為、休みなく。当然、疲労も溜まる。
 モーズは諦めて座席の背凭れを後ろに倒すと、自分もまた眠りにつく事とした。
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