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第七章 死に損ないのフリードリヒ
第126話 犠牲者の山
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ユストゥスがフルダイブしたVR空間では、星空を描く電子蛍光板のような景色が一面に広がっていた。
宇宙空間を模したかのような景色を映す電子蛍光板。その空間に、一匹の赤い目をした白い蛇が宙に浮かんでいる。
「貴方がオフィウクス・ラボの所長だろうか?」
ユストゥスはその白蛇が所長のアバターだと判断し、声をかける。
『問い掛ける』
「その前に私の他の推薦枠をもう1つ頂戴したい」
白蛇の人工的に作られた電子音による問いかけをガン無視し、ユストゥスは単刀直入に訊く。
「私の助手、フリードリヒの推薦枠だ。彼は私と同等かそれ以上に優秀な医者、クスシになる資質は十分と考える。推薦が出る条件が何なのかは存じ上げないが、私の枠を譲ってでも彼をラボへ招く価値はある!」
『……汝、偽りを申すな。剥き出しの願望を述べるべし』
「偽ったつもりはないが、剥き出しの願望か。では率直に言う。治癒機能があるというアイギスをフリードリヒへ寄生させたい。その為にはクスシにさせる必要があると聞いた。だから推薦枠を頂戴したい」
ユストゥスは嘘偽りのない願望を白蛇へ告げた。
『推薦を用意する仕組み。至極、簡単である』
すると白蛇はくるくると円を描くように宙を回って、ユストゥスの求める答えを口にする
『クスシヘビを招くのはクスシヘビなり。よって汝がクスシヘビとなれば誰であろうと、推薦を与えられる。尤も適正が認められるかは、本人次第である』
その回答にユストゥスは目を見開く。自分がクスシヘビになりさえすれば、フリードリヒに推薦を出せる。
ではまずは自分がこの試験に合格しなければならない。ユストゥスは頭を切り替え、入所試験を受ける事にした。
「了解した。面接をしよう、所長」
『汝、珊瑚に何を求める?』
「根絶やしだ」
それは端的かつ強烈な、憎悪。
「細胞の一片も残さない死滅。それが私が『珊瑚』に求める事だ」
『承知。汝、ラボに何を求める?』
白蛇は質問を続ける。
「珊瑚症がこの世から消える研究だ。確実に着実に、痕跡さえ消し去る。つまり『滅菌』の研究をオフィウクス・ラボでしたい。その際にはウミヘビの血も活用したいと考えている。希釈した血だけで感染者を殺めたウミヘビの血。珊瑚症根絶の足がかりになる筈だ」
『ウミヘビの血の活用。危険なり。許諾は不可である』
「不可、か。確かにウミヘビの血は希釈した状態でさえ強力な毒性を持っていた。簡単に使用許可を出していたら死人が出るな。私はウミヘビの仔細を知らぬのだから尚の事」
白蛇が許諾しない理由は十分理解できる。
ウミヘビの血は非常に危険で、並みの人間には到底扱えきれないと、ユストゥスは自身に分け与えられた血液パック一つ分の研究でも痛いほど知った。
そもそも扱えていたら災害処分作業には火炎放射器ではなく、ウミヘビの血を用いた毒液の散布で済ませるのが主流になっている事だろう。その方が延焼の危険も消火の必要もなく、短時間で楽に終わらせられる。
それをしないのはウミヘビの血は炎より凶悪だから、という簡単な理論だ。
「だが私は諦めんぞ。いつか貴方の席を奪ってでも、探究してみせる! そして『珊瑚』を、あの寄生菌どもを、殺す」
面接官に好感を与えられるよう振る舞うという面接の常識をガン無視して、ユストゥスは白蛇に言い放つ。
寄生菌『珊瑚』に対する、一切の混じり気のない殺意を。
『汝の剥き出しの願望、しかと受け取った。だが、もう一つ問う。我、求めるはクスシヘビ。他者の命を礎に、未来を切り拓く者。汝は近しい者の犠牲さえ厭わず突き進む覚悟はあるか、否か』
「犠牲?」
白蛇の問い掛けに、ユストゥスは思わず鼻で笑ってしまう。
「犠牲など、私の足元には既に積み上がっているではないか。軍属先で処分してきた感染者に、進行を止められなかった患者に、災害に巻き込まれた教え子達。それを踏み越える事に今更、抵抗がある訳がない。……だがもう沢山だ! これ以上、積み重ねてたまるものか!!」
ユストゥスはそう言って、拳を爪が食い込む程に握り締める。今の姿がアバターでなければ、ミシミシと骨が軋む音が響いた事だろう。
彼の回答を聞いた白蛇は静かに瞼を閉じると、
『承知。次にウミヘビと対話をこなすべし。合否の報告はその後に』
最後にそう言って、姿を消した。
◇
VR空間とのアクセスが切れ、ユストゥスの意識が現実に引き戻される。
「おっ。おはようさん、ユストゥス教授。ほなら次は筆記テストやなぁ」
そしてゴーグルを外して早々、ユストゥスはシアンが鞄から出した問題用紙を渡され、病室の机を借りそのまま筆記テストを受けた。問題は一問につき一点の全百問。
基本的な化学、医療、薬学の知識と、そこからの応用。そして最新の論文に書かれているレベルの、珊瑚症の知識が求められる内容。
(そういえばこのテスト、合格点は幾つなのだろうか? まぁ全て当てれば無問題だが)
しかしユストゥスはあっさりと、事前準備もなしに九割九部(妙な引っ掛け問題一問だけ引っかかってしまった)正解を叩き出した答案をシアンに渡し、シアンに「早過ぎません?」と逆に呆れられてしまった。
「話には聞いとったけど、エゲツない頭脳やなぁ。流石は弱冠21歳で教授になったお方やわ。それじゃラストになってしもたけど、最後に自分とお話しまひょか。ユストゥス教授」
そう言ってシアンは鞄から取り出した定点カメラをセッティングして起動させると、ユストゥスと立ったまま向き合い自身を面接官とし……。
最後の面接を、開始した。
宇宙空間を模したかのような景色を映す電子蛍光板。その空間に、一匹の赤い目をした白い蛇が宙に浮かんでいる。
「貴方がオフィウクス・ラボの所長だろうか?」
ユストゥスはその白蛇が所長のアバターだと判断し、声をかける。
『問い掛ける』
「その前に私の他の推薦枠をもう1つ頂戴したい」
白蛇の人工的に作られた電子音による問いかけをガン無視し、ユストゥスは単刀直入に訊く。
「私の助手、フリードリヒの推薦枠だ。彼は私と同等かそれ以上に優秀な医者、クスシになる資質は十分と考える。推薦が出る条件が何なのかは存じ上げないが、私の枠を譲ってでも彼をラボへ招く価値はある!」
『……汝、偽りを申すな。剥き出しの願望を述べるべし』
「偽ったつもりはないが、剥き出しの願望か。では率直に言う。治癒機能があるというアイギスをフリードリヒへ寄生させたい。その為にはクスシにさせる必要があると聞いた。だから推薦枠を頂戴したい」
ユストゥスは嘘偽りのない願望を白蛇へ告げた。
『推薦を用意する仕組み。至極、簡単である』
すると白蛇はくるくると円を描くように宙を回って、ユストゥスの求める答えを口にする
『クスシヘビを招くのはクスシヘビなり。よって汝がクスシヘビとなれば誰であろうと、推薦を与えられる。尤も適正が認められるかは、本人次第である』
その回答にユストゥスは目を見開く。自分がクスシヘビになりさえすれば、フリードリヒに推薦を出せる。
ではまずは自分がこの試験に合格しなければならない。ユストゥスは頭を切り替え、入所試験を受ける事にした。
「了解した。面接をしよう、所長」
『汝、珊瑚に何を求める?』
「根絶やしだ」
それは端的かつ強烈な、憎悪。
「細胞の一片も残さない死滅。それが私が『珊瑚』に求める事だ」
『承知。汝、ラボに何を求める?』
白蛇は質問を続ける。
「珊瑚症がこの世から消える研究だ。確実に着実に、痕跡さえ消し去る。つまり『滅菌』の研究をオフィウクス・ラボでしたい。その際にはウミヘビの血も活用したいと考えている。希釈した血だけで感染者を殺めたウミヘビの血。珊瑚症根絶の足がかりになる筈だ」
『ウミヘビの血の活用。危険なり。許諾は不可である』
「不可、か。確かにウミヘビの血は希釈した状態でさえ強力な毒性を持っていた。簡単に使用許可を出していたら死人が出るな。私はウミヘビの仔細を知らぬのだから尚の事」
白蛇が許諾しない理由は十分理解できる。
ウミヘビの血は非常に危険で、並みの人間には到底扱えきれないと、ユストゥスは自身に分け与えられた血液パック一つ分の研究でも痛いほど知った。
そもそも扱えていたら災害処分作業には火炎放射器ではなく、ウミヘビの血を用いた毒液の散布で済ませるのが主流になっている事だろう。その方が延焼の危険も消火の必要もなく、短時間で楽に終わらせられる。
それをしないのはウミヘビの血は炎より凶悪だから、という簡単な理論だ。
「だが私は諦めんぞ。いつか貴方の席を奪ってでも、探究してみせる! そして『珊瑚』を、あの寄生菌どもを、殺す」
面接官に好感を与えられるよう振る舞うという面接の常識をガン無視して、ユストゥスは白蛇に言い放つ。
寄生菌『珊瑚』に対する、一切の混じり気のない殺意を。
『汝の剥き出しの願望、しかと受け取った。だが、もう一つ問う。我、求めるはクスシヘビ。他者の命を礎に、未来を切り拓く者。汝は近しい者の犠牲さえ厭わず突き進む覚悟はあるか、否か』
「犠牲?」
白蛇の問い掛けに、ユストゥスは思わず鼻で笑ってしまう。
「犠牲など、私の足元には既に積み上がっているではないか。軍属先で処分してきた感染者に、進行を止められなかった患者に、災害に巻き込まれた教え子達。それを踏み越える事に今更、抵抗がある訳がない。……だがもう沢山だ! これ以上、積み重ねてたまるものか!!」
ユストゥスはそう言って、拳を爪が食い込む程に握り締める。今の姿がアバターでなければ、ミシミシと骨が軋む音が響いた事だろう。
彼の回答を聞いた白蛇は静かに瞼を閉じると、
『承知。次にウミヘビと対話をこなすべし。合否の報告はその後に』
最後にそう言って、姿を消した。
◇
VR空間とのアクセスが切れ、ユストゥスの意識が現実に引き戻される。
「おっ。おはようさん、ユストゥス教授。ほなら次は筆記テストやなぁ」
そしてゴーグルを外して早々、ユストゥスはシアンが鞄から出した問題用紙を渡され、病室の机を借りそのまま筆記テストを受けた。問題は一問につき一点の全百問。
基本的な化学、医療、薬学の知識と、そこからの応用。そして最新の論文に書かれているレベルの、珊瑚症の知識が求められる内容。
(そういえばこのテスト、合格点は幾つなのだろうか? まぁ全て当てれば無問題だが)
しかしユストゥスはあっさりと、事前準備もなしに九割九部(妙な引っ掛け問題一問だけ引っかかってしまった)正解を叩き出した答案をシアンに渡し、シアンに「早過ぎません?」と逆に呆れられてしまった。
「話には聞いとったけど、エゲツない頭脳やなぁ。流石は弱冠21歳で教授になったお方やわ。それじゃラストになってしもたけど、最後に自分とお話しまひょか。ユストゥス教授」
そう言ってシアンは鞄から取り出した定点カメラをセッティングして起動させると、ユストゥスと立ったまま向き合い自身を面接官とし……。
最後の面接を、開始した。
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