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第七章 死に損ないのフリードリヒ

第125話 推薦状

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 裏地が蛇の鱗柄をした奇妙な白衣を羽織った、青髪の美青年が総合病院の廊下を歩く。しかも口に棒飴を咥えて。
 それは冷静に考えると、不審者が院内を闊歩している。という変ちきりんな光景だというのに、その美青年ことシアンの堂々とした佇まいと顔面の圧倒的な美しさから妙に絵になっていて、院内ですれ違う医者も職員も患者もその付き添いも、視線こそ奪われるが何も言えないままだった。
 シアンはと言うと周囲から向けられる数々の視線を全て無視し、インフォメーションの女性に声をかける。

「お姉さん、少しよろしいでっか?」
「は、はい……っ!」
「付属大学の学生さんから、ユストゥス教授はこちらにいらっしゃる。って聞いたんやけど、どこにいらっしゃるやろ? 自力じゃ広すぎて探せそうにないわぁ」
「えっと、恐らくフリードリヒという患者さまが入院しているB棟4階の個室に……」
「馬鹿! 素性がわからない人に個人情報教えちゃ駄目でしょ!?」

 シアンの質問に思わず素直に答えてしまった受付の女性看護師だったが、一緒に受付を担当していた隣の女性事務員に嗜められる。

「教えてくれておおきになぁ! 飴ちゃんあげるわ。あ、そちらのお姉さんも」

 が、ファッション雑誌の表紙を飾るモデル並みの美しい笑顔を向けられてしまった受付2人は思考がフリーズし、その間にシアンは飴を渡すと足早に去ってしまった。

「ほな、失礼しますわ」

 患者でもその関係者でも誰でも、病院では物の受け取りは規則で禁止されている。しかし渡されたのは包装紙でパッキングされた、ただの既製品の飴玉。
 受付2人はその飴玉をゴミ箱に捨てるふりをして、こっそりとポケットに忍ばせたのだった。

 インフォメーションから離れたシアンは、そのまま患者が入院する病室のあるB棟4階まで足を運んで個室を目指す。
 階段近くの見取り図から位置を確認してみると、個室は病棟の一番奥にあり、個室だというのに広々としていて、この階層の看護師常駐の受付からも近く、設備が整った部屋だとわかる。

(フリードリヒ先生と同じ名前の人が入院しているんやっけ? その人、重症なんかなぁ)

 そんな事を考えながらシアンが個室に続く廊下を歩いていると、個室病室の壁に背中を預けて腕を組む、ラボで聞いた特徴を持つ男性が視界に入った。

「おっ! そこにいらっしゃるお兄さんがユストゥス教授でっか?」

 あっさり見付けられた事に喜びつつ、シアンはその男性、ユストゥスへ歩み寄る。

(青い髪……?)

 歩み寄られたユストゥスはシアンの自然ではあり得ない髪色、しかし染めた形跡が一切ない青い髪を訝しんでしまう。

「自分、シアンいいます。よろしゅう」
「シアン……。そのシアンとはもしや、『青酸』のシアンか……!?」

 そこでユストゥスは、シアンの白衣がクスシのフリードリヒが着ていた白衣と同じデザインだという事に気付く。裏地が蛇の鱗柄をしたその白衣はオフィウクス・ラボの制服。
 つまり目の前の青年シアンはラボの関係者、そして奇怪な髪色からウミヘビと呼ばれる有毒人種の筈だ。

「おお! 大正解! 自分、ウミヘビのシアンで」
「クスシは何処だ!?」
「うおっと」

 ユストゥスはすかさずシアンの白衣の襟を掴み、詰め寄った。

「私はクスシと話したい! ウミヘビはクスシと共に行動する規則と聞いた! 近くにいるのだろう!? 今すぐ会わせろ!!」
「クスシの先生は今、深ぁい眠りについていらってなぁ。会いに行っても話せないと思いますわ」
「関係ない! 私はその者を叩き起こしてでも……!」
「叩き起こしてでも、何や?」

 陽気に喋っていたシアンから突如として発せられた、固く低い声に、ユストゥスの背筋がゾッと凍り付く。

にかすり傷一つ付けてみぃ? ……いてまう殺すぞ」

 次いで向けられる、氷のように鋭く冷え切った紫色の瞳。
 そこから感じる殺気は本物で、軍で戦闘訓練を積んだユストゥスだろうと、いや訓練を積んだからこそ、シアンの指先一つで自分は絶命させられると理解してしまう。

「まぁまぁ、深呼吸したってや。自分は喧嘩しに来たんじゃあらへん。ただのお使いや、お使い」

 しかし次の瞬間にはシアンはふっと殺気を収め、ユストゥスの肩をぽんぽんと優しく叩いた。

「推薦状をユストゥス教授に渡しに来たんや」

 そして肩に掛けていた鞄から白い封筒を取り出すと、ユストゥスへ手渡した。これが今回、シアンが病院に足を運んだ理由だ。
 これによってユストゥスはオフィウクス・ラボの入所試験を受ける権利を得たのだ。

「おめでとさん。フリードリヒ先生に熱心にアピールしたのが効いたみたいやで? 今後もその熱意を毎度ぶつけられたらめんど、いや心打たれたからって用意してくれたんよ? 感謝せなあきまへんなぁ」
「……フリードリヒの分は、用意できないか?」
「うん? ですからその推薦状こそフリードリヒ先生の」
「この病室で眠るフリードリヒの分の推薦状だ! 用意できるのか! できないのか!? できないのならば譲る事は可能なのか!!」
「ちょ、ちょっと落ち着きまひょ!?」

 切羽詰まった様子で再び詰め寄って来るユストゥスに、シアンは狼狽してしまう。

「譲るのは不可や! この推薦状はあくまでユストゥス教授の物でしかない!」
「しかしクスシに強請れば推薦を貰えたという事は、更に強請れば推薦の枠を増やせるのでは!? 寄越せ! それが出来ないのならば《アイギス》だけでも手に入れさせろ!!」
「アイギス? アカン、アカン。あれは所長がクスシにしか使用許可を出しとらん生き物や、余所者よそもんに渡せるものちゃう」
「では推薦枠を増やせ! 今すぐ!!」
「自分にそんな権限はあらへんて~っ! わかった、わかった! 所長に直接訊いたってや~!」

 ユストゥスの気迫に根負けしてしまったシアンは、彼に所長と面接が出来るVRゴーグルを手渡す。
 推薦を受ける場合はどの道、貸し渡す予定ではあったが、真っ先に渡すことになった事にシアンは「とほほ」と情けない声を出してしまう。

「ホンマはこれ最終試験なんやけどなぁ。順番あべこべになってもうたわ……。ま、前情報からしてユストゥス教授なら筆記も面接も余裕でしょうけども」

 このゴーグルを用いてVR空間にフルダイブする関係上、椅子に座る必要ができたユストゥスはフリードリヒが眠る病室へ入り、そこのパイプ椅子を使う事とした。
 そしてベッドで静かに横たわるフリードリヒの姿を横目に、ユストゥスはゴーグルを装着する。

「気張ってきてや~」

 ユストゥスが意識をダイブさせる直前、シアンの呑気な声が聞こえた。
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