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第七章 死に損ないのフリードリヒ

第124話 目覚め

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 ピッ……。ピッ……。ピッ……。
 規則的に聞こえる電子音を目覚ましに、フリードリヒの意識が浮上する。

(……ここは、何処だろう)

 目の前には見慣れない白い天井。横になっているのは柵のついたベッド。人工呼吸器含む装置が沢山付けられた身体。周囲は白いカーテンで覆われ、その向こう側は見えない。

(初めて見る、天井だけれど……。病院、だよね?)

 シャッ
 その時、軽快な音と共にカーテンが開け放たれ、ユストゥスが姿を現した。

「フリードリヒ?」

 彼はフリードリヒの瞼が開いている事に気付き、飛び付くようにベッドの柵を掴んで距離を詰める。

「目が覚めたか!? ああ、よかった……! 私の声は聞こえるか? 喋れるか?」

 フリードリヒはユストゥスの問いかけに答えようとして、身体がほとんど動かせない事に気付いた。手足の感覚が怪しい。力が入らず起き上がる事も出来ない。
 精々ゆっくりと頷く事しか出来ない。しかしそれでもユストゥスは震えるほど歓喜していた。

「よかっ、た。君だけでも、助かっくれて……!」
「きょ、じゅ。みんな、は……」

 今度はマスク状の呼吸器が付けられたフリードリヒが、か細い声で問いかける。
 それに対してユストゥスの返答はなかった。それだけで友人達がどうなったのかわかってしまって、フリードリヒは目を伏せる。

「葬儀は、火葬で済ませた。動けるようになったら、共に墓参りに行こう」
「……シャルル」

 フリードリヒはほとんど力の入らない肺を精一杯膨らませて、意識を失う間際、身体が崩れていく様を見たシャルルの名を口に出す。

「きょ、じゅ。僕、は、シャルルを……殺して、しまったのですか?」
「……フリードリヒ、彼は既に人ではなかった。君はシャルルを寄生菌から解放してあげたんだ。しかも君自身は珊瑚症に罹らずに。これは、素晴らしい事だぞ」

 やはり、あのままシャルルは亡くなったのだ。新薬を用いた、フリードリヒの手によって。
 目を閉じれば瞼の裏に焼き付く、もがき苦しむシャルルの姿が見える。耳をすませば、彼の悲痛な断末魔が頭に直接叩き込むように聞こえてくる。
 現在、珊瑚症のステージ4の状態は人の意識がある、という説の方が強い。そしてシャルルはステージ4だった。少なくとも直前の診断では。散布されていた鎮静剤も少しずつだが効いていた。ステージ5にはなっていなかったと思われる。
 ならば自分は、

 ――人の意識があるまま、殺してしまったのでは?

 途端、罪悪感に蝕まれ、自責の念に苛まれ、フリードリヒの呼吸が乱れる。
 バイタルセンサーが異常値を指し示し、ピーーと甲高い警告音を発した。

「フリードリヒ! 優しい面も君の利点だが、今は自分が回復する事だけを考えろ! 悩むのは、後からでも出来る……!」
「……は、い」

 ユストゥスがフリードリヒの容態を落ち着けようと、必死に声をかける。それでもバイタルはまだ乱れたまま。当分は正常値にならなそうにない。
 尤もそれ以前に、フリードリヒが健常者に戻れるか怪しい事を、ユストゥスは知っていた。

(未だに四肢に麻痺が強く残っている。このまま寝たきりになるか、よくて車椅子。人工呼吸器も外せるかどうか)

 フリードリヒは今、自力で呼吸が出来ていない。容態が悪化すれば心臓も動かせなくなるかもしれない。
 加えてウミヘビの血を元にした新薬の影響か、珊瑚症に罹患こそしなかったもののフリードリヒは免疫が極端に弱っていて、合併症を引き起こしやすい状態。
 それが原因で命を落とす可能性も十分ある。

(自力での回復は厳しい。しかし現在の医術ではこれ以上の治療は……!)

 ユストゥスは必死に思考を巡らせた。10日もの間、生死を彷徨ったうえで奇跡的に助かったフリードリヒの命。
 だが依然として風前の灯火。その灯火をこのまま、なす術なく消してしまう事は絶対に回避したかった。
 そこでユストゥスの脳裏に浮かんだのは、先日の菌床処分の際にもう1人のフリードリヒが扱っていた、寄生生命体《アイギス》。

 もう1人のフリードリヒにしつこく《アイギス》の生態を訊いた所、彼はぶっきらぼうに毒を蓄える生物濃縮がある事と、宿主を守る防衛機能とについて、話してくれた。
 その治療機能がどれ程の効果をもたらすのか、はっきりとした事は把握していないが……。
 試す価値は、ある。

(アイギスを、手に入れたい)

 ユストゥスはベッドの柵が軋むほど強く握り締め、手段を選ばない意思を固めた。

 ◇

「おぉ~。おっきな病院やねぇ。荘厳やなぁ」

 ドイツで一番と言っていい程に巨大な、大学附属の総合病院。
 そこの立体駐車場の屋上に停めた空陸両用車から、棒飴を咥えた青髪の青年、シアンが感心しながら降り立つ。

! 目的地着きましたで? ~!」

 そして自分の次に下車する筈の同行者かつ自身の管理者、クスシへ呼び掛ける。
 が、全く反応がない。聞こえてくるのは規則的な寝息のみ。

「アカン、爆睡しとる。昨日は興奮しとって寝とらへんかったからねぇ」

 滅多にない『任務』を前に、遠足前の幼児のようにはしゃいで徹夜をしてしまったこのクスシは、今になって疲れが出て深い眠りについてしまっていた。
 シアンが開いた扉から腕を伸ばして耳を引っ張っても頬をぺちぺち叩いても、肩を揺すっても大声で呼び掛けても手をパンと叩いて大きな音を立てても、死んでいるかのように寝こけている。これは天地がひっくり返っても起きそうにない。
 シアンは肩をすくめた。

「しゃあない。自分が代理務めましょ」
「え、クスシ置いて行くの?」

 運転席の窓を開けてそう言ったのは、赤毛のテトラミックスだ。ウミヘビがクスシの監視なしに出歩くなど、余程の許可がなければ禁止されている。ここはクスシが起きるまで待つべきではなかろうか、と。
 しかしそこはオフィウクス・ラボ古参のシアン。水銀に続くなかなかの立場を持つ彼は、「例外処置で済ませられる」と手をひらひら振って言った。

「起きへんものはしゃあないでっしゃろ。それに今回は戦闘あらへんし、毒素の管理は必要ない。抽射器もここに置いときますわ。そんで耳にはインカム付けときますんで、堪忍な」

 武器は全て車に置いて無防備になり、加えていつでも連絡が取れるようインカムを付けてシアンは駐車場を歩き始める。
 目指す先はフリードリヒが入院している、目の前の総合病院だ。

「ほな。が起きたら連絡よろしゅう、ミックスの坊ちゃん」
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