毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
上 下
124 / 355
第七章 死に損ないのフリードリヒ

第123話 集中治療

しおりを挟む
 感染病棟の東棟3階に向けて、ユストゥスは階段を駆け上がる。
 彼に続き、ルイも階段を登り上がる。

「ユストゥス教授! 向かったとして災害現場は既にシャッターが降りて隔離状態の筈である! 我らに出来る事はないぞ!?」
「シャッターなどこじ開ければいい!!」

 3階へ辿り着いたユストゥスは廊下を塞ぐシャッターまで駆け寄る。そのシャッターの真ん中に穴が空いている事に嫌な気配を感じながらも、シャッター脇の壁に設置されていたパネルの蓋を開くと、数字が書かれたボタンを叩き付けるように決まった順番で押す。
 するとシャッターの一部、人一人が通る分のスペースが開錠され、横にスライドして自動的に開いた。

(そう言えばこやつ、ついこの間まで軍属していたのだった……)

 本来、その扉は軍人や警察が中に突入する為に使う非常口で、パスワードを知らなければ入れないのだが、軍属していたユストゥスは緊急用パスワードの一部を見る機会があった。そして配属先と関係のない病棟のパスワードをも暗記していたのだ。
 そこでユストゥスは不織布マスクからフェイスマスクへ付け替えると、その開いた非常口から中へ足を踏み入れる。

「ルイはここに居ろ。この先は私だけで行く」
「っ、吾輩はここまで来ておいて逃げる臆病者ではないわ!」

 ルイもまた意を決してフェイスマスクを顔に付け、感染対策を万全にした後に非常口の中へ飛び込んだ。
 中の廊下は所々胞子が付着し、引っ掻き傷や重い物を引き摺ったような跡が残っていた。またシャルルが入院していた病室の前には沢山のガラス片が飛び散り、その中心には2人の男性が倒れ込んでいる。

「ジョセフ! アレキサンダー!」

 その2人の男性、自分の教え子の姿を見たユストゥスはすかさず駆け寄り、膝を付いて手を伸ばし彼らの身体を揺する。
 そして病室のベッドにはシャルルの姿はなく、代わりにミイラのように干からびたダニエルが床に横たわっている事も知った。

「起きろ! 何を寝ているんだ! ここは病棟の廊下だぞ!? 病室で寝転ぶダニエルもだ! そもそも貴様らは患者ではないだろう! 起きんか! 起きろ! ……起きてくれ!!」
「……よせ。彼らは、もう」

 必死に声をかけるユストゥスの肩に手を置いて、ルイはゆっくりと顔を横に振る。
 ジョセフもアレキサンダーもダニエルも、既に絶命している。脈を測らずとも、体温を測らずとも、呼吸を確認せずとも、血を失い真っ青になった顔を見ればわかる。

「何だ、これは。何なんだ。Scheißeクソッ。ふざけるな。こんな、こんなふざけた事があってたまるか!!」

 ユストゥスは肩を震わせて戦慄く。喉が痛むのも厭わずあらん限りの声で叫ぶ。
 彼は直ぐに立ち上がると、姿の見えないフリードリヒとシャルルを探しに再び駆け出した。

「フリードリヒ! シャルル! 何処にいる!? 返事をしろ! 私だ、ユストゥスだ! 頼む、頼むから返事をしてくれ!」

 幾ら叫んでも彼らから返事は来ない。しかし廊下の曲がり角を曲がった先、受付のカウンターの前に人影を発見した。

「シャルル……!?」

 その人影は見慣れた金髪を持つシャルルだったが、顔の一部は赤黒く変色し、菌糸の生えた手足や腹部はグズグズに溶けていて、まるで石灰のような粒子になっている。
 赤黒く染まった石灰に似た粒子。それが異形と化していた身体の組織が破壊された、と思われる箇所にダマとなっている。特に変異が激しかったと思われる腹部は凹み皮膚は裂け、腹の中身がなくなっているのが肉眼で確認できた。

「うわ……っ!? こ、これは、シャルルは、亡くなっているのか? 警官や軍が来る前に亡くなるなどと……」

 シャルルの無惨な、それでいて見た事のない姿に動揺するルイ。
 しかしユストゥスは無言のまま、群青色の瞳があらぬ方向を向いているシャルルの瞼を閉じさせた後に、カウンターの中で固く目を閉じて倒れているフリードリヒへ視線を向ける。
 ぐったりと脱力し、腹部から出血しているフリードリヒ。彼の元へ、ユストゥスは迷わず歩み寄る。

「ユストゥス教授!? 迂闊に近付いては……!」

 シャルルの側にいる以上、フリードリヒも感染している可能性があった。まずは離れた場所から感染状態を測定するのが定石。
 にも関わらずユストゥスはフリードリヒの前で膝を付き、脈を測り、弱々しくも胸が上下しているのを確認する。

「……息が、ある。生きて、いる」

 ユストゥスは震える声でそう呟く。
 次いでフリードリヒの近くに転がる、開けられたインスリンケースを見付けて、全てを察した。

「ルイ、手を貸してくれ……!」

 ◇

「急患だ! 集中治療室の使用許可をくれ!!」

 フリードリヒを横に抱きかかえたユストゥスは、ルイを連れて病棟1階の治療室に繋がる廊下を進む。
 そしてそこで職員の避難誘導をしていた副院長に詰め寄った。院長は学会で出張中の為、今は彼が感染病棟の最高責任者だったからだ。
 当然、突然の事に副院長は戸惑う。

「ユストゥス教授、何をするでありますか! 災害の最中でありますよ!?」
「シャルルは、感染者は、亡くなった……! これ以上の被害は出ない!」
「しかしまだ沈静化が確認できておりませぬ! 胞子の処理もしなくてはいけませんし、ここは避難を!」
「いいから早く使わせろ! 責任は私ユストゥスが負う! 時間がない!!」

 鬼気迫るユストゥスに副院長はたじたじになる。しかし医大で名を馳せる、他でもないユストゥス教授の頼み。副院長は困惑しながらも、彼に集中治療室の使用を許可した。
 ユストゥスは直ぐに許可を得た集中治療室の扉の奥へフリードリヒを運び込むと、ルイと共に手術着に着替え、治療に取り掛かる。
 ルイはまずバイタルセンサーのコードをフリードリヒに取り付け容態を確認し、表記された数値を見てギョッとした。

「体温、呼吸、血圧、脈拍どれも最低である! いつ心停止してもおかしくないぞ!?」
「そんな事わかっている! まずは腹部の傷の縫合手術だ! 人工呼吸器と輸血の準備をしろ! 縫合が完了次第、そのまま腎排泄を確保し、血液透析をする! そしてフリードリヒの全身に巡っている毒を体外に出す!」
「毒ぅ!? 何の毒なのだ! 成分がわからない事には……!」
「《モルヒネ》を主成分とした毒だ!!」

 そう言いながらユストゥスは集中治療室に持ち込んだインスリンケースから、自身が調合した解毒剤を取り出す。

「解毒剤ならばある! ここから更に拮抗薬を投与し、昇圧剤も使用する! 持ち堪えてくれ、フリードリヒ……!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...