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第六章 恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編

第116話 恋する心拍数

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「凄い凄い! 本当に凄いわぁ! 世紀の大発見じゃないかしら!?」

 人工島アバトンの白い巨塔の中。空いていた個人研究室の一室で、水銀は1人興奮した様子で壁を眺めていた。
 その壁には一面、大きな紙が何枚も貼り付けられている。無地ではなく、線が規則的に描かれた紙。その線は、心拍数を表すグラフ。時間と数値を緻密に正確に書かれた、クリスが亡くなるまでの心臓の動きを記録した物。
 タリウムを通してクリスに渡したバングル。その正体は、水銀だけが扱える《心拍計》。
 水銀はそれを用いて今の今まで、ずっと測定していたのだ。

「ここよ、ここ! お嬢さんがタリウムを認識した時! 心拍数が急上昇している! その後も彼が何かアクションをする度に、お嬢さん自身の状況と関係なく心拍数が変化している!」

 遠征先のモーズが送ってきてくれた、〈根〉となったクリスを撮影した球体型自動人形オートマタ記録ログ
 それと心拍を測定した時間と狂いがないよう合わせ、彼女の行動と状況と状態とそれに伴う心拍数の変化を照合。その結果、クリスの心臓は生命の危機に関係のない動きをしている事がわかった。

「宿主の心臓に悪戯に負荷をかけるなんて、『珊瑚』は絶対にしない! つまりステージ5でも人の意識が、感情がある!」

 それも顔も声も背格好も瓜二つなカリウムやナトリウムには反応せず、タリウムに何かあった時だけにクリスの心拍は激しく変化していた。

「パラチオンの試合に参加させた時に記録した、お嬢さんの心拍数と照らし合わせても変動が酷似している! 健常者だった頃と変わらない動きなんだから、間違いないはずよ!」

 中でも亡くなる直前。
 タリウムに触れるだけのキスをした時、クリスの身体はどう見ても瀕死の状態にも関わらず、心拍数は平常時の数値を大きく上回り、心臓だけは非常に活発になっていた。これは決して出血多量が原因の血圧の維持由来ではない。胸に大きな傷を負ってはいたもののダガーナイフが蓋となっていた為、彼女は大して出血していなかったのだから。
 加えて『珊瑚』には宿主たる人間の身体が朽ちないよう、維持をする本能がある。『珊瑚』が脳にも寄生し意識を完全に奪っていたのならば、この結果には絶対にならない筈だ。

「今はまだサンプルが1つだけだけれど、これを元に研究を進めればステージ5だろうと感染者は人の意識が残っている、って証明になるわ! これを報告したら所長、褒めてくれるかしら? 褒めてくれるわよね? えぇ、きっと褒めてくれるわ! あぁ、帰って来る時が楽しみ!!」

 水銀は所長に褒められた時を想像して、研究室で1人、上機嫌にくるくる回ってしまう。

「あはははは! 色々と手を回した甲斐があった! タリウムに恋をしてくれたお嬢さんには感謝しなくっちゃ! ボクが散々ダメ押ししたのも効果あったかしらね? うふふ。こんなにも役に立つんだから、恋する乙女って素敵ねぇ」

 この実験は、クリスに渡したバングルを肌身離さず身に付けたままでいてくれるか。その上でステージ5の感染者になるか。なったとして、恋をしたタリウムと上手いこと会わせられるか。と様々な課題があった。
 クリスの就いていた職、国連警察は災害に赴く機会が多く、感染しやすい環境下で過ごしている。なのでステージ5になる可能性はまぁまぁあったが、その処分依頼がラボに来るかは未知数。水銀自身もし将来クジの当たりが出たら利用しよう程度の、緩い期待しか持っていなかった。
 それがこんなにも早く実験の機会が訪れ、それも〈根〉としてじっくり観察できたのだから興奮もしてしまう。面白いぐらいに、万事上手く事が運んでしまった。

「他の警察も皆んなあのお嬢さんみたく使えれば、ボクも歓迎するのに。あのお嬢さん、お嬢さん……」

 水銀はクリスの名前を口にしようとして、

「名前、何だったかしら?」

 『国連警察の若いお嬢さん』という記号でしか見ていなかった彼女の名を、結局思い出す事はなかった。

 ◇

 アメリカ遠征からの帰りの飛行機内。そこは行きと時とは異なり、静まり返っていた。
 飛行機が雲の上まで上昇し、気流が安定した後も、誰も席から立ち上がらない。暇があれば口喧嘩をしているナトリウムとカリウムも、今はお互い寄り添うあうようにくっ付き熟睡してしまっている。何せ今回は〈根〉を切除した後も街中に徘徊する感染者の処分を続けたのだ。それも3000人近く。
 人間よりもスタミナがあるウミヘビだろうと、流石に疲労してしまった。

「ナッちゃんもカッちゃんもよう寝とるなぁ。よっぽど疲れたみたいや」

 すぅすぅと寝息を立てて眠る2人の姿を、前の座席から覗き込んで言うシアン。
 彼はステージ6のネフェリンの処分以降、戦闘行為が再び禁止されてしまったので全く疲労していなかった。またシアンの隣に座るタリウムも2人程は疲労しておらず、眠りに落ちる事はなかった。
 ただ、銀白色の瞳を伏せ気味にしているだけで。

「《ナック》使いまくっていましたスからね。集中力いるし毒素の消耗激しいし、負担が大きいスよあれ」
「使いこなせばめっちゃ凶悪な技になるんやけど、おしいなぁ」

 ナトリウムとカリウムの連携技《ナック》は水銀と同じ液体金属。ポテンシャル自体はウミヘビ最強格である彼に並ぶ。だが発動条件の多さに操作性の難しさに爆発しやすい反応性の強さから、汎用性に欠けているのが難点だ。
 何より、発動中は常に2人の息を合わせなくてはならない。喧嘩ばかりしている彼らにとっては、それが一番のネックであった。
 シアンはその事を残念に思いながらも後ろを向いていた顔を前に戻し、座り直す。

「それにしてもタッちゃん随分おセンチになっとらん? 何か嫌な事でもあったんか?」
「……いえ、別に」
「自分に黙っとるなんて寂しいわ~。話してくれへんの? なぁなぁ」
「2人が寝ているんスから、静かにしてくださいス」
「話そらさんといて?」

 シアンの言葉には、誤魔化しを許さない圧を感じる。白状するまで決して逃さない、圧を。

「ちょっと驚いた、だけっス」

 タリウムは諦めて、シアンに思っている事を話した。

「俺は今まで、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるぐらいの人を殺してきたけど、自分から死ににいった人を見たのは……初めてだったもんで」

 あの菌床で、クリスが自分のナイフを使って、自死した事を。
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