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第六章 恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編

第114話 超長距離射撃

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 事の始まりはほんの10分前。
 超高層ビル上層階から見下ろせば豆粒に見える、小さな土産屋の中。菌床が広がり菌糸が蔓延り、無人となった店内の、ガラスショーケーキの上。
 そこに腰を下ろした澄んだ海に似た水色の瞳をした男、ラリマーは、眉間に深々とシワを寄せて苦虫を噛んだかのような顔をしていた。

「〈根〉の女は使命に抵抗した上に自決、ネフェリンは【核】1つ残さず死滅。目論見通りやってきたウミヘビに、2人も来てしまったクスシ、そのどちらも始末できないまま……。やはり我らの神ではなく、俺個人が仕立てた《御使い》では力不足か」

 わざわざアメリカに足を運び、ネフェリンに『珊瑚』を分け与え【誕生日】を迎えさせ、超規模菌床を展開させたのに、散々な結果となってしまった。
 ラリマーは溜め息を吐くと黒服のフードを被り、割れたショーウィンドウから土産屋の外へと出る。
 そうして街道の端を足を引き摺るようにして歩けば、そのうち周囲を巡回していたアメリカ軍に声をかけられ、逃げ遅れた観光客として避難所まで案内を受けた。

「感染者から生き延び、よく頑張ったな」
「怪我は? 胞子は吸い込んでいないか?」
「後で陽性検査をしなければな」
「今はともかく医務室へ」

 軍人達のうざったい掛け声を聞き逃しつつ、ラリマーは菌床の外に作られた仮設の避難所、ハイスクールの校庭へと足を踏み入れる。
 ここまで来れば大勢の人間に紛れて姿を消せる。さっさとずらかろうとラリマーが手洗いに行く体で軍人達から離れようとした時、

「そこの方、フードを取ってみてくれないか?」

 1人の軍人に背後から声をかけられた。
 彼を前にした他の軍人は「お疲れ様です! マイク指揮官!」とすかさず敬礼をしている。どうも上の立場の人間らしい。

「私の事はいい。そこの黒服の人、ともかく顔を見せてくれないか? 街中ではガラス片が飛び散ったりしていたんだ、頭を怪我しているかもしれない。それとも英語がわからないか? こうだ、頭の物を、外す」
「……」

 わざわざ自分が着けていたヘルメットを外す実践をした上で、マイクという男はフードを取るよう催促をしてくる。
 ここでゴネて拘束されても面倒だと判断したラリマーは、さっさとフードを外して素顔を見せた。
 だがその直後、ラリマーはマイクに銃口を向けられ、手を上げるよう命令される。

「何だ、いきなり」
「お前、警戒対象感染者だな?」
「警戒対象?」
「スペインの菌床で何をしていたのか、署でじっくりと聞かせて貰おうか」

 顔が、割れている。
 人間の前でみだりに信仰を布教した事は一度もないのに。《御使い》として動く時も、監視カメラなどの映像機器に残るヘマは一度も犯した事はないのに。

(さては、ウミヘビか)

 顔が割れた原因を察したラリマーは、澄んだ海に似た水色の瞳を細めると、片足をあげダンと思い切り校庭の土を踏み付けた。
 その直後、ラリマーを中心に地面へ広がる真っ赤な血管、いや菌床。そして珊瑚状に生え彼を鬱蒼と覆う菌糸。

「何だ!?」
「わぁあああ! 菌床が!」
「嫌だ! 助けて!」

 それを目の当たりにした避難者達は当然、パニックに陥りハイスクールの外へと逃げ出そうとする。避難者を管理していた軍人達が落ち着かせようとしても、人数に圧倒的な差があるので統率し切れない。

(この混乱に乗じて……)
「動くな!」

 だがマイクの銃口は以前とラリマーに向けられていて、視線も一切逸らさず隙を見せてくれない。

「私を誰だと思っている。指揮官である前に、秘密警察だ。……バイオテロリストは1人残らず、捕える」
「ほう。随分と使命感の強い男だ、なぁっ!」

 ラリマーが叫ぶと同時に、地面から角状の菌糸が続々と生えてきてマイクに迫ってくる。
 マイクはその菌糸を機関銃マシンガンで撃ち抜きつつ、それでも一歩も引かず、それどころか負傷も厭わず逆に前進を始めた。

「マイク指揮官! 危険です! ここは待避を!」
の事はいい! A班は避難誘導、B班は包囲を! 絶対に逃すな!!」

 ◇

 超高層ビルの展望台、そこに設置されてある望遠鏡をフリッツが覗いてみれば、菌床の外側にある校舎から硝煙が上がっているのが確認出来る。
 だがここは地上から遥か遠く、200メートルは離れている50階層。そこから菌床の外側、肉眼では豆粒にしか見えない場所まで向かうには、例え車やヘリを駆使しようとも時間がかかりすぎる。
 その到着するまでの間、避難者が集う避難所で、恐らくステージ6だろう相手に現状維持ができるとはとても思えない。アメリカ軍の軍事力を疑う訳ではないが、場所が悪過ぎる。

「彼処が連絡のあった現場のようだけれど、遠過ぎる。とても間に合う距離じゃない」
「その交戦中っちゅうマイクいう人、飛行機から降りた時に会った人やっけ?」
「あぁ、そうだよ。僕らが挨拶を交わした人」
「やっぱり! 自分が飴ちゃんあげたお兄さんやな! 何や何や、自分を頼らんなんて水臭い人やなぁ」

 シアンは楽しげにへらへら笑いながら、窓辺の上に立った。

「何があっても自分がみぃんなやっつけたるさかい。何も心配せんでええ言うたのに」

 そしてシアンは白衣の下、腰に下げていた“ガンホルダー”から小型の小銃マスケットを取り出すと、窓の外へ銃口を向ける。
 そして引き金にかけた人差し指を引いて、ただ1発、撃った。

 パァンッ!

 発砲音と共に発射された弾丸たる青白い発光体は、窓ガラスをぶち破り、空気抵抗をものともせず真っ直ぐに狙いすました標的ターゲットへ向かって直進する。
 そうして発光体はほんの数秒の間に校舎の中、マイクを串刺しにしようと生やした菌糸をいとも簡単に貫き、その先に居たラリマーの左腕に、着弾した。

「……なっ!?」

 訳もわからないまま吹き飛ぶラリマーの左腕。その断面から迫り来る毒素。
 嫌な予感がしたラリマーはすかさず黒服の下に隠し持っていた剣を持つと、左腕の二の腕を自ら斬り落とし毒を回避した。斬り落とした腕と銃撃によって吹き飛んだ腕は、既にどす黒く変色し死滅していっている。
 あまりにも早過ぎる、そして強力過ぎる毒を前にして、ラリマーの頬に冷や汗が伝った。

『あぁ、アカン。

 その時、菌床を伝って、ラリマーの耳元にシアンの声が届く。

『ニコちゃんがここにおらんくてよかった。おったら「下手くそ」言われてしまう所やったわぁ』

 ラリマーはハッとして顔をあげ、超高層ビルへ視線を向ける。その最上階で微かに見える、太陽光を反射してキラリと光る銃口。
 シアンは彼処から、撃ってきた。

『すんまへんな、フリッツ先生。もう一度撃つさかい。……今度こそドタマ、ぶち抜くわ』

 超高層ビルの最上階から、2発目の銃撃が、来る。

「あの、人造人間ホムンクルスめが……!」

 ラリマーは奥歯を噛み締めると、直ぐに自身の周囲を地面から生やした菌糸で覆い、繭に似た殻を作りそこに籠る。
 その直後にシアンからの2発目が直撃し、繭に大穴を空けた。
 だが中に既にラリマーの姿はなく、彼はいずこかへ雲隠れしてしまっていた。
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