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第六章 恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編

第112話 《ナック(NaK)》

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 カリウムとナトリウムの足元、43階のオフィスの床。そこからは今、銀白色の液体金属が溢れ出ていた。
 その液体金属の名は、《ナック(NaK)》。別名、ナトリウムカリウム合金。
 高い毒性、発火性、爆発性、腐食性を持つ、自然界には存在しない、人為的に作られた――水銀状の液体金属。
 間欠泉の如く溢れ出た《ナック》は、一枚の布のようにたなびくと辺りの感染者や菌糸を丸ごと上から覆ってしまう。

『寒さ』
『深々』
『凛々』

 《ナック》はカリウムとナトリウムの同時に発せられる声に合わせて蠢き、感染者達を押さえ付ける。当然、押さえ付けられた感染者達は抵抗するが、時間経過と共に段々と弱ってゆく。
 尤もこれは毒素の影響ではない。カリウムとナトリウムは毒素を敢えて抑え込んだ上で扱っていた。それによって下手に毒素を撒き散らす事もなく、空気中の水素と反応し爆発する事も起きない。
 そして2人は残った《ナック》の特性を、熱伝導率の高さを、如何なく発揮していた。

 《ナック》に覆われた対象は熱を奪われて冷え込み、寒さに弱い寄生菌『珊瑚』は行動が鈍る。
 そう、《ナック》はかつて冷却剤として扱われていた劇物。――『珊瑚』が如何に毒の耐性をあげようとも、逃れられない極寒。
 強制的に与えられる静止。

(あれだけの数の感染者の動きが、止まった)

 モーズがその光景を見て唖然としている間に、タリウムは床を蹴り上げオフィスを駆ける。
 クリスの背後、腰から生え菌床に繋がる〈根〉へ辿り着く為に。

 ◇

 どうしてでしょう。全身が痛いです。何処かで怪我をしてしまったのでしょうか?
 タリウムさんが直ぐそこに居るのに近付けないのは、怪我が原因でしょうか?
 なら怪我の原因を、取り除かなくっちゃ。この銀白色の何かを、窓の外にでも捨てましょう。

「クリスさん! 貴女に攻撃の意思はあるのだろか!?」

 攻撃?

「侵入者を排除する意思が、あるのだろうか!?」

 私はただ、タリウムさんに。タリウムさんと。タリウムさんが。
 あれ? タリウムさんが迫って、来ています。走って、きています。銀白色の瞳を向けて。……どうして私はこの銀白色を、彼の瞳を捨てようと思ったのでしょうか?
 タリウムさんという認識が、出来なくなっていたのでしょうか?

「――そこ!」

 あ、また。タリウムさんが視界から消えました。今度は物理的に。床を蹴って飛び上がったのです。そのまま私の真後ろに向かって落下して、私に繋がる赤い糸を斬ってしまいました。
 とても近いです。タリウムさんが、目と鼻の先にいらっしゃいます。

【殺せ】

 その時ふと、声が聞こえました。知らない方のお声なのに、従わなければならないような気がする、力強い声です。

【心臓を狙え】

 声は私のトゲトゲした手を使って、タリウムさんの胸を貫けと映像ビジョンで直接伝えてきます。

【串刺しにしろ】

 でも、嫌、です。嫌。
 絶対に、嫌。

【使えない女。ここで殺さねば自分が殺させるというのに】

 それでも。それでも。
 だって、恋した人を傷付けるなんて、できませんから。

【ならば俺が直接、お前がやるべき事を導いてやろう】

 感覚がよくわからなくなってきている手足に、引っ張られる感覚が生まれます。
 あぁきっと、このお声の方は私を傀儡に出来るのでしょう。直感的にそう思いました。これはただの乙女の勘です。確証は何もないです。
 私はぐるりと踵を返して後ろを向いて、胸元にずっと置いていた右手を伸ばして、タリウムさんの――

 ナイフを手に取って、自分の胸に、刺しました。

 ◇

 クリスの胸に深々と刺さるダガーナイフ。その傷口から流れる血。
 女性の力とは思えない力で手を掴まれ、自分のダガーナイフを用いて自決をした彼女に、タリウムは現状の把握が遅れた。

「クリスさん!?」

 だがモーズの驚愕した声を聞いてハッと我に返り、倒れ込み始めたクリスの背中に手を回して慌てて支える。
 そしてゆっくりと慎重に床に寝かせている間にモーズが側まで駆け寄ってきて、痙攣するクリスの容態を一目見た後、叫んだ。

「カリウム! こちらに来てくれ!」
「俺っ!? 今そっち行くと《ナック》切れちゃうけど!?」
「いいから早く! その間、ナトリウムは感染者を食い止めて欲しい!」
「てめぇも随分とウミヘビ遣いが荒いじゃねぇか!」

 矢に囲まれたサークルからカリウムが出ると、液体金属のコントロールが切れ、超高層ビル全体が揺れる大きな爆発を引き起こす。
 ドカンッ!!
 それによって感染者や菌糸諸共、窓は割れ床には穴が空き、43階は随分と風通しの良いオフィスとなった。ギリギリ崩落を免れている、といった風だ。
 それでもなお生き残っている感染者を追い払う為、ナトリウムは矢を構え直す。

「で? 何をすればいい感じ?」

 そうしてクリスの元までやってきてくれたカリウムに、モーズはこう言い放った。

「『』を試みる!」

 クリスの痙攣を起こしている症状は、タリウム中毒症状。だからと胸に深々と刺さった毒のナイフを引き抜けば、今度は大量失血で死に至る。設備も器具も輸血液も何もない場所で行うのは危険。
 ならばまずは毒を中和し容態を安定させる。その為には、カリウムの力が居る。
 そもそもタリウムの毒性は、生体内へ侵入した際にカリウムと置換し、カリウムの作用を阻害する事で毒性を働く。

 故にタリウムが置換し切れない程、大量のカリウムを摂取させれば、解毒ができるのだ。

「クリスさんに触れてタリウムの中和を試みて欲しい! 出来るだろうか!?」
「りょ、りょーかい! やってやんよ!!」

 カリウムは直ぐにクリスの首筋、太い血管が走る場所に指先を触れ、血中に巡ってゆくタリウムの毒素を感じ取りながら、
 解毒を、開始した。



 ▼△▼

補足
ナック(NaK)
別名、ナトリウムカリウム合金。なお混合比でカリウムの方が多ければカリウムナトリウム合金という名前になる。

名前の通り、ナトリウムとカリウムを混合した合金で、銀白色をした常温の液体金属。ただし水銀と異なり自然界には存在しない完全な人工物。
性質は元となるナトリウムとカリウムより更に水と激しく反応し、発火性、爆発性、腐食性を持ち、日本では劇物に指定されている。触れたらやっぱり火傷する。

その特徴は水よりも高い熱伝導率。なので原子炉の冷却剤として扱われている。しかし反応性が高過ぎるので現在では代用品が使われる事が多いもよう。

作中では2人の連携技として登場させた。なお技を成功させるには色々と条件が多い設定。
極寒をもたらす程に対象を冷やすかというと違うと思うけど、本作はSFファンタジーだしいいよね!
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