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第六章 恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編

第109話 発信

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 モーズにはずっと、考えていた事があった。
 洋館で少女の〈根〉の声を聞いた時から、ずっと。
 オニキスとの接触でその声が幻聴ではないとわかって、パラスで遭遇した感染者の一方的な発言を聞き続けて、更に深く考えるようになった。

(どうすれば〈発信〉が、感染者との意思疎通が、出来るだろうか?)

 珊瑚症ステージ5感染者の成れの果て、〈根〉が発する電気信号を受け取る事によって聞こえる声。ならば意思疎通をするには、同じように電気信号を発信しなくてはならない。
 声を使わず。音を使わず。振動を使わず。電気を操作しなくてはならない。
 『珊瑚』のネットワークに接続できるよう、チャンネルを合わせた上で。

(受信は出来ている。そして受信できている要因は恐らくアイギス。ならばアイギスの手を借りれば、発信する方法が見付けられるかもしれない)

 アイギスに指示を下すにあたって、大切なのはイメージ。

(その為にも、『珊瑚』の電気信号を読み解く)

 都合のいい事に、オフィウクス・ラボには人為的に感染者にした人工人間がある。脳が機能せず自発呼吸の出来ない人工人間。
 モーズはこの人工人間に培養液越しで送っている電気信号を、あえて切ってみた。そして電気を読み取れるよう脳波測定装置を付けて観察をした。
 するとどうだ。脳も神経も機能していない肉塊に、電気が流れた。これは間違いなく『珊瑚』の電気信号だ。他に発せられる対象はいないのだから。
 人体に寄生した時に発せられる、何者とも混ざっていない純粋な、『珊瑚』だけの電気信号。
 その電気信号は弱々しく、死体も同然の宿主の中では『珊瑚』も保たずに直ぐに死滅し、観測は困難を極めた。

 だからモーズは何体も『珊瑚』を感染させた人工人間を用意し、『珊瑚』が死滅するまでの僅かな時間の観察、記録を続けた。
 何度も。
 何度も。
 何度も。
 何度も。
 何度も。
 そして『珊瑚』の電気信号、その法則性を頭に叩き込み、アイギスに伝わるよう繰り返しイメージをして、徹底的に覚え込ませた。

 ***

「クリスさん!」

 モーズは手首からアイギスの触手を生やし、声を発する。針山のように階層全体に生える菌糸に囲まれ、菌床となったオフィスの壁に、触手の先を触れた上で。
 それを電気信号へ変換したアイギスが、菌床伝いに〈根〉へ届ける。
 ぶっつけ本番だったが、これによって〈根〉との対話が、成功した。

「落ち着いてください、クリスさん!」

 刺々しい、トウゴマの花に似た真っ赤な菌糸の繭の中。
 そこから一歩踏み出して出てきたクリスは――超規模菌床の〈根〉は、真菌の重みで身体が不自然に曲がり、左腕は折れ曲がっていて、足は引きずっていて、至る所から棘のような菌糸が生えている。
 そんな中バングルを付けた右手だけは、庇うように、胸元にずっと添えていた。

「貴女は何もしなくていい! ただ〈根〉を切り離すまで、大人しく……!」
【あっ! モーズさん、そのようなお顔をしていたのですね!】
「か、顔!?」

 モーズはずっとフェイスマスクを着けていて、一度も外していない。顔など目視出来る筈がない。

【赤いお目目に緑のお目目。キラキラしていて、とっても素敵です! まるで宝石! そう、アレキサンドライトのよう!】

 アレキサンドライト。赤や緑に変色する宝石の名前。何だか前にも聞いたような。
 思い出そうとしてつい思考してしまって、モーズは周囲の警戒が緩慢になって、背後から迫る感染者への反応が遅れてしまう。
 しかしその感染者の手がモーズに届く前に、タリウムのダガーナイフから伸びた黒い靄が腕を両断、そのまま首を落として絶命させた。

「モーズさん! もう少し壁際に下がっていてくださいっス!」
「す、すまない!」

 ドカンッ!
 響く爆発音。上がる白煙。しかしその白煙の中から虚な目をした感染者がぞろぞろと現れる。
 下層から上層から、移動手段である階段を壊しても壁を張ってこの階層にやってきて、モーズ達を取り囲む。ゾンビ映画さながらの光景だ。

「感染者どんだけいるんだ! キリねぇじゃねぇか!」
「そりゃ〈根〉を切ってないんだから、ここに集まるに決まっているじゃん! 馬鹿じゃん!?」
「わかっているわそのぐらい! 単純に多過ぎるって話だ! まさかこのビルに居た人間全員、感染者になっているんじゃねぇだろうな!?」
「もしそうなら、恐ろしい被害者数っスね……」

 ダーツの矢状抽射器を投げ、オフィスに集ってくる感染者を片端から対処しているナトリウムが嘆いている。
 カリウムも〈根〉であるクリスを守るように囲う、感染者を矢状抽射器で一蹴しようとするが、いかんせん数が多過ぎる。
 この43階層だけで、確認できる感染者は50人を超えていた。

「普段追い詰める側の俺達が袋の鼠とは、笑えねぇじゃねぇか!」
「タリウム~! まだ行けなさそう~!?」
「障害が多過ぎるっス! シアンさんが居れば楽だったんスけど……!」

 タリウムはモーズを時折守りつつも〈根〉に向かって特攻を仕掛ける機会を狙うが、先端が鋭く尖った菌糸が、床から壁から天井から、四方を固めるよう次々と生え機動を活かせる場所をなくしている。
 ダガーナイフを駆使して斬っても斬っても、時間経過と共に感染者は増え、菌糸も増殖する。このままではジリ貧。どうにか突破口を見付けなければとタリウムが思考を巡らせた時、

 ゴゴゴゴ……ッ

 ビルが、揺れた。それも地震ではなく、明らかに上層階を震源地とする揺れ。
 恐らくシアンが戦闘をしている。待機命令を、解除されている。
 タリウム達3人はそれを察し、さっと顔を青くした。

「上は上で、ヤバそうな感じじゃん?」
「俺達だけで、どうにかするしかないって事だ」
「本当、頼みますよお二方。連携さえしてしまえば無敵な事、俺知っているんスからね?」

 カリウムとナトリウムよりも毒素が強い、タリウムからの素直な賞賛。
 それを聞いた2人は視線を交わらせ、にやりと勝気な笑みを同時に浮かべた。

「フレッシュマンも見ている事だし、いっちょ格好付けようじゃん?」
「はん。てめぇこそ、力み過ぎてすっ転ぶんじゃねぇよ?」

 そして2人はゆっくりと後退して背中合わせになるまで密着すると、手に持つ抽射器の矢を周囲ではなく、足元へ落とす。
 ボトボトと、2人の周りを囲うサークルを作るように。

『合わされ』
『《ナック(NaK)》』

 次いで2人が同時に声を発した直後、矢の先端から銀白色のが、泥のように溢れ出したのだった。
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