毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第六章 恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編

第105話 航空中飛行機内

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 飛行機が無事に離陸し気圧が安定した雲の上に辿り着いた頃。
 フリッツはシートベルトを外して席から立つと、リモコンを操作して座席スペースの中央にホログラム画像を投影させた。

「さて、到着前に手短に災害現場の情報を整理するよ。場所はアメリカの西部、カルフォニア州から程近い海岸近くのビル街」

 そのホログラムは立体的なビル街を形作り、180度どの角度からも超規模菌床の現状が観察できる。

「ここにある〈根〉を探し出して処分をするのが僕らの任務だ。いつも通りにね」

 いつも通りと言っても、菌床の範囲は街1つ分の広さ。全体を見て回るだけでも非常に時間がかかる。
 加えてこの菌床は昨日の今日、つまり一晩で作られた場所。未だ避難出来ていない住民も多く居るはずだ。フリッツに続き、席から立ったモーズはその事を指摘する。

「フリッツ、この街は災害発生から間もない。私達が着くまでの時間を入れても、住民が取り残されている可能性がある。そんな場所でウミヘビ達を戦闘させられるのだろうか?」
「今回の処分は国連との共同作業だ。住民の避難誘導や、取り残された人を見付けた時の対処はアメリカ軍に任せるから大丈夫だよ。ともかく僕らは〈根〉を探す事に集中しないといけない。それが一番、被害を抑えられる」

 住民の安全が確保されるまで待っていられないと、フリッツは暗に言っている。
 真っ先に〈根〉を処分しなければ菌床は際限なく広がり、感染者と死傷者を増やし続けてしまうから。

「……了解した。しかしこの広さだ。スペインに遠征した時のように、手分けして探すのがいいだろうか?」
「いや、それは危険だ。街中の超規模は感染者の数も膨大。見通しが悪い所や、逆に見通しが良すぎる所で囲まれたら目も当てられない事になる。ここは固まって動く」
「そうか。とは言え、闇雲に探すのも……。国連からの情報ではあまり菌床の解析が進んでいないようだが、どうしたものか」
「幾つかポイントを絞ろう。僕らには行けて軍の進軍が難しそうな場所、例えば銃や火薬、戦車が使えなさそうな所から……」
「あぁ、〈根〉の居場所かいな。ほんならここなんちゃう?」

 その時、ホログラムの前まで来たシアンがビル街のある一点を指差した。
 それは街の中で最も背の高い、50階建ての超高層ビル。その最上階。

「馬鹿でかく菌床を広げた『珊瑚』って、目立つ場所やたっかい場所が好きみたいやからねぇ」
「そ、そうなのか?」
「僕が把握しているデータには、特にそんな記述なかったと思うんだけど……」
「そりゃ自分の経験則上の見解やからねぇ。けど、4割方は正解やったで?」

 シアンはさらっと話しているが、それが事実ならば彼は確率を導き出せる程の回数、超規模菌床の処分をこなしてきた事になる。

「シアン。1つ訊くが、君の遠征経験はどれ程のものだろうか?」
「自分の? さぁ? もう数え切れへんほどしたからねぇ」
「それは、超規模も含めてか?」
「わからへんなぁ。自分がひっきりなしに駆り出されていた頃、超規模だの大規模だのの指標なかったもんで」

 菌床の規模の指標が定まったのはオフィウクス・ラボが創立される前、『珊瑚』が世界に蔓延ってから3年後。
 つまりシアンは17年以上前から、菌床処分に当たっていた事となる。

「あ、自分の事いい加減な男て思わんとってな~? あの頃に連れ回されてたウミヘビはみぃんなそう答えると思うで? 銀ちゃんなんて、『1日が菌床潰しで終わる!』て嘆いとったわぁ」
「銀ちゃん? とは?」
「水銀くんの事だね。シアンくんも古参の1人だとは知っていたけど、ラボ創設前から活躍していたとは知らなかった」
「せやで? やけん、全面的に任せてくれてもええんやで~?」
「それは駄目」
「……ガードが緩そうで、お堅い人やわぁ」

 フリッツにきっぱりと断られてしまったシアンは、口角を歪な形に上げ、不気味な笑みを浮かべた後に座席に戻ってしまった。
 幾らベテランだろうと、シアンには任せられない事情があるようだ。

「では、まずはこのビルから作業に入ろう。あとタリウムくんにカリウムくん、ナトリウムくんも座ったままじゃなくてこっちに来ておくれ。今回の菌床では、感染者の意識レベルの検証実験も行う可能性がある。そしてその時に君達の力が必要だ。よく作戦を聞いておいて欲しい」
「超規模を相手に、実験なんてしている暇あるかねぇ?」

 座席から立ちながら、ナトリウムが最もな疑問を呈する。
 カリウムも同じ意見なようだが、ナトリウムに素直に賛同するのは嫌らしく、タリウムの後ろでこっそり頷いている。

「あー……。あの作戦やる気っスか。だから俺達3人なんすね」

 しかしタリウムは作戦の概要を事前に知っていたようで、何処か脱力気味に納得をしていた。

「え、何? タリウムなんか知ってるの? 事前に教えくれてもいいじゃんっ!」
「低血圧野郎は信用ならなかったんじゃねぇ?」
「何だとこの高血圧野郎!」
「ナッちゃん、カッちゃん。喧嘩する気なら自分も混ぁ~ぜぇ~て?」
『何でもないです』

 食堂の時と同じように口喧嘩をしそうになった2人だったが、シアンが会話に入ってきた途端に揃って黙り込む。こういう時ばかりは息が揃っていた。

「けど上手くいくんスかね? 作戦の肝の水銀さん来てないのに」
「彼は地球の裏側に居ても支障は出ないらしいよ。寧ろ作業に集中したいからって、ラボに篭っていたね」
「うえええ。そんな遠距離でも実行できるとか化け物すぎでしょ、あの人」

 同じウミヘビである水銀を思わず『化け物』と称してしまう程、タリウムは辟易している。
 フリッツは構わず作戦の概要をウミヘビ達に共有する為、ホログラム画面に作戦の詳細が書かれたパワーポイントの表示を追加した。

「今回は菌床処分と同時進行で……! ……えーっと、この水銀くん命名の作戦名継続なのかい? 読み上げるの、ちょーっと恥ずかしいなぁ。モーズくん読まない?」
「私か? いや、私も遠慮したい……」
「何や何や? 面白いネーミング付けてあるんでっか? 見ぃ~せぇ~てっ」

 何やら躊躇しているクスシ2人を見て俄然、興味が湧いたシアンが席から立ってホログラム画面を凝視する。
 そして一拍の間を置き、腹を抱えて爆笑した。

「いや、ほんま、銀ちゃんらし、だはははははっ!!」

 何せ画面には、《恋する乙女大作戦》とポップな文字が並んでいたのだから。
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