毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
上 下
104 / 347
第六章 恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編

第103話 《ナトリウム(Na)》

しおりを挟む
 製作所に入室してから5分後。
 モーズは無言でドリンクパックの水を飲んでいた。口の中に残る酸っぱい味を誤魔化す為に。

「モーズ先生、酸っぱいの駄目でしたか。堪忍なぁ~」
「いや、駄目という訳では……。ただ飴とは甘い物、という先入観に囚われていたというか……」
「甘いと思って食べたら酸っぱいだなんて、脳がびっくりするよねぇ。まぁシアンくんと初めて会った時の洗礼だよ。大抵は引っ掛かる」

 ちなみにフリッツの話によると、ユストゥスが引っ掛かった際、シアンは腹を一発殴られたらしい。全く懲りなかったそうだが。

「ほんでほんで? 警報があった後に自分の元に来たゆう事は、遠征に連れて行ってくれますん?」
「うん、そのつもりだよ」
「嬉しいわ~っ!」

 相変わらず目は笑っていないものの、歓喜するシアンに対し、フリッツは「ただし」と条件を突き付ける。

「今回の君の役割は僕達と同じ、だ。戦闘は僕らの指示があるまで決して参加しない事」
「えぇ~? 見とるだけでっか。つまらないしょーもない
「君の毒素も強力だからね。極力使わせたくないんだ」
「パラチオンやテトラミックスの坊ちゃん方に比べたら自分、弱いのになぁ。何ならよりも下やで?」

 シアンが口にした毒素の名は、モーズがまだ出会った事のないアコニチン(トリカブト毒の主成分)を含め、全て強力な毒素だ。
 逆に言うと『そのレベルの毒素でなければ下回らない』と、彼は言っている。

「シアン。私は初めて君と会う。だから不躾な質問となってしまうのだが、遠征前に確認をしておきたい」
「何々? ええですわ、なんでも訊いたってや~」
「君は、強いのか?」
「そりゃ勿論っ! ウミヘビの中でも腕には自信がある方さかい! そこらの軟弱者はみぃんな吹っ飛ばし……」
「ニコチンよりも?」

 その質問に、シアンの笑みが一瞬消える。
 
「……ニコちゃんより、手数は多いつもりやで?」

 そして口角だけ歪にあげて、シアンは答えた。
 安易に「強い」と断言はせず、自分の得意なのだろう分野を口にしたシアンに、モーズは安堵した様子で「そうか」と短く頷く。

「もぉ~。何でそないな意地の悪い質問をしたん~?」
「私が現状で把握できている、最もわかりやすい比較対象だったものでな。軽率に人と比較する事はよくないとはわかっているが、これから向かうのは超規模菌床。信頼関係を築く時間がない以上、頼れる者という実感が欲しかった」
「そう。そうだね。君達は初対面だものね。これは僕が原因だ。どうか怒らないで欲しい、シアンくん」
「いやいや、怒っとるのとはちゃいまっせ?」

 へらへらと笑うシアンだが、フリッツは頭を下げ丁寧に謝罪をする。
 モーズも彼に続き頭を下げて謝罪をするとシアンは「そんなウミヘビに対して大袈裟なぁ~」と、遠慮がちに距離を置かれてしまった。

「モーズくんもごめんね。わざわざ君と面識のないシアンくんを選んだのは、これから呼ぶ子達の制御が出来るからなんだ。水銀くんの計画を任せられ、一度連携をすればピカイチの実力を持つ子達。でも基本は不仲」
「基本は不仲……?」
「タリウムくんにカリウムくん、そして、くんだよ」

 ◇

 ここはネグラの大食堂。白を基調とした清楚感のある、大きく広々とした建物内部。
 ここではウミヘビ達が持ち回りで食事当番をこなし、訪れたウミヘビに食事を提供する、大学の食堂に似たセルフスタイルの憩いの場だ。ここではアセトが切り盛りするバーとはまた違う交流が育まれていた。
 喧騒という形で。

「やんのかコノ野郎! 今日こそギャフンと言わせてやるこっっの高血圧!!」
「やらないでかコノ野郎! てめぇこそ叩きのめしてやるこっっの低血圧!!」
「何で2人とも俺を挟んで火蓋を切るんスか……」

 朝食のサンドイッチとオニオンスープを置いた長机の席に並んで座る、同じ顔をしたウミヘビが3人。
 真ん中にタリウムを挟んで、カリウムは黄色い髪色以外は瓜二つとなるもう1人のウミヘビに食ってかかっていた。

「こいつが悪いんじゃん! 俺のスープに勝手に塩ふりよってからに!」
「てめぇが先に俺のスープに(刻み)昆布入れたのが原因だろがこっっのダボ!!」
「高血圧奴野郎の血圧を下げてやろうっていう俺の親切心じゃん~? 人の親切を無碍にするとか薄情野郎だなぁ~?」
「ああん!? 頼んでもねぇ事を勝手にやるんじゃねぇぇえよ! 余計なお世話だわ低血圧野郎が!!」
「朝飯ぐらい静かに食わせて欲しいっス……」

 早朝に行われるネグラ中のゴミを回収する当番を終え、少し遅くなってからの朝食。
 カリウムは当番ではないのにタリウムに付き合って、一緒にゴミ回収をしていた。タリウムはその事はとても助かったのだが、その所為で運悪くというべきか、ネグラではなるべく避けていたカリウムと相性最悪のそっくりさんと食堂で邂逅してしまったのだ。
 だからと2人は食堂を離れたりはしない。何故なら相手に合わせて妥協をするのは、負けに繋がるからだ。何の勝ち負けかと言うと、プライドの。

「ふっふっふっ。俺にそんなデカい口を叩いていいのかな? 俺にはこの! 昨日の夜、水銀さまから頂いた高血圧野郎のさんすうドリル(回答済)を持っているというのに!」

 するとカリウムは肩にかけていた鞄から、伝家の宝刀と言わんばかりに1冊のドリル帳を取り出した。
 その表紙には《ナトリウム(Na)》。目の前のカリウムそっくりなウミヘビの名が、拙い文字で書き込まれている。
 それを見た黄色い髪のウミヘビことナトリウムは、頬を引き攣らせて激怒した。

「はぁあああ!? てめぇここ最近なんか余裕こいていると思ったら、なに水銀さまに媚び売ってんだ! 燃やせそんな過去の遺物!!」
「これは俺がパラチオンとの戦闘を頑張ったご褒美じゃん~? 責められる謂れはないじゃん~?」
「カリウムは場を引っ掻き回した程度っスけどね……」
「このドリルで知ったんだけどお前、最初は掛け算からしきだったみたいじゃん? ぷぷ、教育前の俺でも流石に出来たわその程度」
「うるせぇよ! いいから燃やせ! 今すぐ燃やす気ねぇならてめぇを昆布焼きにしてやる!!」
「はんっ! やってみやがれってんじゃん! お前こそ焼き塩にしてやんよ!!」
「その罵倒、食堂で聞くと料理しているようにしか聞こえないスよ?」
「なんや朝から元気やなぁ。自分も混ぁ~ぜぇ~て?」

 しん。騒がしかった食堂が一気に静まり返る。まるで天使が通ったかのように。
 ただしそっくりな顔をした3人の後ろに現れたのは天使などではなく、紫色の目が笑っていない青い髪をしたウミヘビ、シアンであった。

「なぁ? タリウムのタッちゃんにカリウムのカッちゃん。ほんで、ナトリウムのナッちゃん」



 ▼△▼

補足
ナトリウム(Na)
別名、ソーダ(曹達)
人体必須元素の内の一つ。所謂、塩。
ただし食塩ではなくミネラル。食塩はこのナトリウムに塩素クロールがくっ付いた物の事を指す。
不足すれば食欲不振、倦怠感や意識障害を引き起こし、逆に過剰摂取すると高血圧症や腎臓病を誘発し、単体に触れれば火傷を起こす、日本だと劇物に指定されている立派な毒。

人は塩分を摂りすぎると高血圧になるのは有名だが、この血圧を下げるのに役立つのが昆布などに沢山含まれる《カリウム(K)》。
カリウムを摂取するとナトリウムを拮抗的作用が働くので、結果として低血圧になるのだ。
つまりこの2つの元素は体内で陣取り合戦をしているとも言う。

外見について
単体としては銀白色の金属として存在する。よってカリウムやタリウムと全く同じ瞳をしている。
黄色い髪の色は炎色反応から。カリウムと鏡合わせなキャラなんで実は左利き。

カリウムと非常に性質が似ていて、同じようにナトリウムも空気中の水分と激しく反応するので、基本は石油またはそれに類する物の中にしまい込まれている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?

俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。 この他、 「新訳 零戦戦記」 「総統戦記」もよろしくお願いします。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

アンドロイドちゃんねる

kurobusi
SF
 文明が滅ぶよりはるか前。  ある一人の人物によって生み出された 金属とプラスチックそして人の願望から構築された存在。  アンドロイドさんの使命はただ一つ。  【マスターに寄り添い最大の利益をもたらすこと】  そんなアンドロイドさん達が互いの通信機能を用いてマスター由来の惚気話を取り留めなく話したり  未だにマスターが見つからない機体同士で愚痴を言い合ったり  機体の不調を相談し合ったりする そんなお話です  

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第五部  遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。 訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。 そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。 同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。 こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。 誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。 四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。 そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。 そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...