毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第六章 恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編

第101話 フリッツの診察

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 共同研究室を出た後。モーズは医務室にある無菌室でフリッツ直々の診察を受けていた。ちなみに下着を除き衣服は全て引っ剥がされた。
 フリッツ自身もモーズの容態をよく診る為、フェイスマスクは外し代わりに不織布マスクを付け、視診、触診、打診、聴診まで行いじっくりと診察をする。

「……うん、安心して。認可されていない薬を使う程じゃない。と言葉で言っても不安は払拭されないだろうから、処方薬の量を調整しよう。一度に服用する量が増えてしまうけれど、いいかな?」
「あ、あぁ。それは別に構わないが……。わざわざ診て貰って、すまないな」
「いいんだ。これは僕の、自己満足に近いから」

 フリッツはそう言って、ぽつりぽつりと自分の事を話し始めた。

「僕も昔ね、国に認可されていない薬を服用した事があるんだ。珊瑚症に感染しないよう」
「それはつまり、ワクチンの新薬を自分で試したという事か?」
「いいや。感染者から植え付けられた『珊瑚』を、殺菌するのに使った」
「……え。体内に侵入した寄生菌を殺菌出来たというのか!? それはつまり特効薬! 世紀の発明では!?」
「僕はそれで一度、死にかけた」

 特効薬の可能性を前に興奮しかけたモーズに冷や水を浴びせるかのように、フリッツは淡々と語る。

「体内の『珊瑚』を殺菌する薬は到底、人が耐えられるものじゃない。僕が僕に打った薬、いや毒はウミヘビの血を元に作られたものなのだけれど、10日間生死を彷徨ったよ。あれは安楽死の薬と変わらない。いや、もがき苦しむ分より質が悪い」

 フリッツはモーズを連れた初めての遠征先で、「病原菌を体内で死滅させてしまうウミヘビと同じ状態を人が再現しようとすると、服毒するのと同じになってしまう」と話してくれた事があったが――
 その裏付けを、自分自身で行なっていた事になる。

「感染した直後で殺菌する範囲が狭かったのと、ユストゥスが尽力してくれたのと、アイギスの治癒力を借りられたから、どうにか一命を取り留めた形だ。じゃなきゃ僕はとっくに死んでいる」
「感染者から植え付けられた、という事は、遠征先でその薬を使用したのだろうか?」
「ううん。その薬を打ったのは僕がまだクスシになる前。友達と一緒にお見舞いに行った感染病棟で、入院中の患者の鎮痛剤が切れ、僕らは襲われて……。その時に咄嗟に使った。どうせ死ぬならって、ヤケクソでね」

 感染病棟。入院中の患者の災害化。
 モーズがラボに来るキッカケにもなったパラスでの冤罪事件と、よく似た状況だ。

「……よくぞ、ご無事で。あと、その、ご友人は……」

 一緒に見舞いに行ったという友人達。その結末を、フリッツは悲しげな表情で首を横に振る事で答えた。
 自分以外は全員、亡くなったと。

「服毒した僕が意識を取り戻した頃、丁度ユストゥスにラボ入所の推薦が来た。そこで彼は僕の分ももぎ取って、入院中なのにそのまま入所試験を受けさせられて、噂に聞いていたアイギスを寄生させて貰って、それでようやくまともに歩けるようになったんだよ」
「その状態で入所試験を突破するとは……。それとアイギスの治癒力は思いの外、高いのだな」
「そうだね。でもだからって過信は出来ないし、何より君には僕と同じ目に合って欲しくない」

 今でこそ健常者と同じレベルまで回復しているが、入所してから暫くはリハビリの方に時間が取られて大変だったのだと、フリッツは話してくれた。
 酷く寂しげに、笑いながら。
 ユストゥスがフリッツに対して何処か過保護な面があるのは、こういった背景が関係しているからかもしれない。

「モーズくんは自分を鑑みないでよく無茶をするみたいだけれど、僕のようにヤケになってはいけないよ? 大抵それはロクな結果を齎らさないし、周囲の人を傷付けてしまうから」
「……ご忠告、痛み入る」
「もし冷静でいられなくなったら、いつでも僕を頼ってくれ。人は話を聞いて貰うだけでも落ち着くものだから。抱え込む事が一番問題なのだし」
「そ、うか。では、訊ねるが……」
「何かな?」

 モーズはちらりと自身の変色した腕を一瞥した後、フリッツを真っ直ぐ見詰めてこう問い掛けた。

「貴方はどうして、感染者の意識レベルを知りたいのだろうか?」

 それは今まで、聞くに聞けなかった質問。
 モーズはステージに関係なく感染者が保護できる事を目指して意識レベルを調べているが、フリッツはステージ4も人間ではなく『珊瑚』だと、処分対象を広げたいかのような仮説を立てて調査をしている。
 穏やかで物腰柔らかで、出会ってから僅か2週間であるモーズに対しても心から心配し、真摯に優しく接してくれるフリッツが目指す研究にしては、些かチグハグだ。
 彼の性格からすると、モーズと同じくステージに関係ない感染者保護を目指しそうなものだが。

「……あぁ、それはね」

 ウ~ッ! ウゥ~!
 その時、無菌室に突如としてけたたましいサイレンが鳴り響く。次いで電子音がスピーカーから流れ警報内容を告げた。

。アメリカ西部で『珊瑚』感染者による【超規模】菌床が発見されました。エマージェンシー、エマージェンシー。手の空いているクスシヘビは資料を拝読後、速やかに現場へ向かってください。エマージェンシー、エマージェンシー。繰り返します。アメリカ西部で……』

 警報からは初めて聞くエマージェンシーコールに、ヨーロッパ圏外であるアメリカの名。
 加えて【超規模】という知らない規模に、モーズは戸惑った。

「アメリカ……!? それに【超規模】とは一体!?」
「【超規模】って言うのは、街一つ覆える菌床の事だよ。具体的に言うと1日で1万人分の感染者を生み出せる規模って事」
「1万人!?」
「菌床の中でも最大規模だ。尤も人里離れた場所なら今までの危険度と大して変わらない。ただ菌床が馬鹿に広いってだけ。問題は都市部に発生した場合。被害が際限なくなる。――感染爆発パンデミックが起きる」

 フリッツは直ぐに携帯端末を起動し、災害現場の情報をざっと読み込む。
 そして目を見開いた。
 彼はそのまま落ち着かない様子で席から立ち上がり、モーズに衣服を手渡す。

「モーズくん、行こう。もしかしたらこれで、意識レベルの確証を得られるかもしれない。……その時。確証が得られた、その時に。僕の話を、聞いてくれるかい?」

 衣服を持つフリッツの右手は必要以上に力が入っていて、震えている。
 仮説の立証が出来る期待よりも、不安に駆られているように見える。それが何を意味するのか、モーズにはまだわからない。

「無論だ」

 ただフリッツがいつでも話を聞いてくれると言ってくれたように、モーズもまた話を聞く事を、約束したのだった。
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