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第五章 恋する乙女大作戦編
第99話 ウミヘビ狩り、始動
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人工島アバトンから遥か西の果て。国際連盟秘密警察アメリカ支部、その女子寄宿寮にて。
ネフェリンは秘密警察として各国の要人と密談が出来る、完全防音室の一つを訪れていた。その部屋の中で通話記録の残らない彼女独自の通信機器を用い、人工島アバトンひいてはオフィウクス・ラボであった出来事を報告していた。
ペガサス教団の本部に。
『一晩いたというのに、大した情報掴めてないじゃないか』
ネフェリンの話を聞いた通話相手の一人、ラリマーが不機嫌そうに言う。
「仕方ないでしょうっ、ほとんど意識がなかったんですもの!」
『やはり、ステージ2は身体が弱くて使えないな』
『まぁまぁ、ラリマー。下手にステージが高い方の方がラボでは危険ですよ。そのまま処分されなくてなによりです』
ラリマーの隣で話を聞いていたルチルは、さらっと怖い事を口にしている。
「1人くらい馬鹿で純朴な子が居た方が、相手も油断するかと思ってクリスも連れて行ったのだけど……。何だかよくわからない土産を渡されただけで終わってしまったわ。人選失敗したわね」
ネフェリンはラボの体制に疑問を抱いているマイクに付き従い、ずっとラボに接触する機会を伺っていたのだが、結果は惨敗。1日無駄に過ごしただけで終わってしまった。
ペガサス教団の天敵であるオフィウクス・ラボ。教団の教えを遂行するに大きな障害となる組織。
そこに侵入する事によって不祥事を引き起こしラボの解体や、危険な生物兵器であるウミヘビの廃棄処分、そこまで叶わなくともウミヘビの弱点やラボの虚弱な点を探りたかったというのに。
『いえいえ、全く成果がなかった訳ではありませんよ。クリスさんはウミヘビが【頭と心臓さえ欠けなければいい】と言っていたのを聞いたのでしょう?』
「そうだけど……。人間の急所と同じじゃない。誰でも予想できる情報よ」
『いいえ。予想とウミヘビ本人の口から告げられる確証は違いますよ』
ルチルは話を続ける。
『ウミヘビは地雷で下半身が消し飛ぼうとも、再生の象徴たる蛇そのもののように治してしまって、本当に不死なのではないかという噂もあるぐらいでした。しかしそんなウミヘビも再生出来ない場所がある。そこを突けば死ぬ。……ワタクシ達でも殺せる、という事ですよ』
ルチルの言葉にネフェリンが、通話機器越しのペガサス教団の信徒らがざわつく。
『これは今回の事がなくとも、いずれ判明する事だったかもしれません。しかしその場合、多くの時間と犠牲を費やした事でしょう。何せ彼らの血は猛毒。負傷させる程にこちらのリスクが大きくなる』
ウミヘビの厄介な所は強力な毒素を操る所だけではない。寧ろ本当に恐ろしいのは、傷を負えば負うほど辺りに蔓延る猛毒【青い血液】。
そしてどれだけ傷を負おうとも迅速に治ってしまう再生力と、至近距離で銃弾を撃ち込もうと皮膚に穴が空く程度で終わってしまう頑丈な身体。骨は特に硬く、頭蓋骨は勿論、心臓を覆う肋骨もろくに砕けない。それこそ『珊瑚』の菌糸並みに。
故にウミヘビを殺すという行為は、毒ガスがたっぷり詰まった爆弾、それも自己修復機能のある出鱈目な爆弾を相手にしているのと同じ事だ。
『その検証を省けたのです。故に確証を得られた事は、大きな成果です』
ルチルが賞賛してくれた事により、気落ちしていたネフェリンの顔が喜色に染まる。
「……そう、そうよね! 殺し方がわかったのだもの! これでやっと私達の悲願への道のりが……!」
『しかしあの馬鹿みたく固いウミヘビの骨を、どう砕くというのだ。根本的な問題は解決していないぞ』
『狙う場所が絞れたのですから、後は試行錯誤になるのでは?』
『結局それか』
『その前にどうやって上手い事、ウミヘビを呼び寄せるのか。という懸念点もありますがね。単に菌床を用意しても軍に鎮圧されて終わる事も多いですし、その軍の方々にワタクシ達の顔をあまり知られたくないですし』
「……いいえ、呼べるわ。顔がバレる事なく」
ルチルの懸念に対して、ネフェリンは得意気に話し始めた。
「私が【誕生日】を迎えればいい! そしてウミヘビの手を借りざるを得ないレベルの菌床を作ればいい! ここで大事なのはクリスを巻き込む事ね。ウミヘビの一人が彼女に入れ込んでいたみたいだから、きっと危険を知ったら駆け付けてくれるわよ!」
『【誕生日】とは、そういった下心の元に迎える物ではないんだが……。オニキスといい、どうしてそう我欲にかられるのやら』
『まぁまぁ、ラリマー。ここはネフェリンさんにお任せしてみましょう。しかしアメリカ支部所属の貴方が、ヨーロッパで菌床を作るのは難しいのでは?』
「何もヨーロッパでなんて言っていないわ。ここアメリカで行動を起こせばいい。ラボから距離があればクスシの邪魔も入り難いのだし」
クスシは遠征先がヨーロッパ圏外の場合、ウミヘビに同行しない事が多い。
ウミヘビを孤立させる為にも、アメリカで事を起こした方がネフェリンにとっても教団にとっても都合がよかった。
『……待て。場所はいいがどうやって【誕生日】を迎える気だ? お前はステージ2だろう? 今ある菌床に籠るか、俗世を離れひたすら待つ気か? 何ヶ月も何年も?』
「そんなまどろっこしい事をしなくっても、貴方達がアメリカで手伝ってくれたら解決するじゃない」
『はぁ? 俺とルチルにアメリカに行けと?』
「ペガサス教団の中には指名手配になっている方もいらっしゃるけど、貴方達は好きに動けるでしょう?」
『あ、ワタクシはパスで』
ネフェリンの提案に対し、ルチルは一も二もなくばっさりと断ってきた。
『どうしたルチル。お前は飛行機には乗り慣れているだろう』
『いえワタクシこれから学会の準備があるので。無理です』
それも仕事を理由にである。
そう。パラスの感染病棟の災害騒動の後、ロベルト院長に疑われている事を察して他国に勤務先を変えたものの、ルチルは変わらず外科医の仕事は続けているのだ。
故に学会など、医者として学者としての仕事が当然、降りかかってくる。
『ワタクシは向かえませんが、もしもモーズ先生と会えた時は勧誘よろしくお願いいたします』
『相変わらず執着をしているな。いい加減、飽きないのか?』
『いいえ、全く。……それにそろそろ彼も、此方の手を借りたくなる頃合いかと、思いますしね』
ルチルは通信機器の向こう側でくすくすと喉を鳴らして笑っている。
それに少し不気味さを覚えながらも、ネフェリンはこう宣言した。
「わかった。それじゃラリマーの到着を待って……。いよいよウミヘビ狩り、本格始動よ」
▼△▼
次章より『恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『恋する乙女大作戦編』これにて完結です。この章の構成は元々、ウミヘビがアメリカへ向かう話も含まれていたのですが長すぎたので分割しました。
ずっと登場させたかったパラチオンが生き生きと暴れている様を書けて筆者は楽しかったです。
次章にも筆者がずっと登場させたかった、ミステリー小説やミステリードラマでお馴染みの毒素が登場します。お楽しみに!
もしも面白いと思ってくださいましたらフォローや応援、コメントよろしくお願いします。
励みになります。
ネフェリンは秘密警察として各国の要人と密談が出来る、完全防音室の一つを訪れていた。その部屋の中で通話記録の残らない彼女独自の通信機器を用い、人工島アバトンひいてはオフィウクス・ラボであった出来事を報告していた。
ペガサス教団の本部に。
『一晩いたというのに、大した情報掴めてないじゃないか』
ネフェリンの話を聞いた通話相手の一人、ラリマーが不機嫌そうに言う。
「仕方ないでしょうっ、ほとんど意識がなかったんですもの!」
『やはり、ステージ2は身体が弱くて使えないな』
『まぁまぁ、ラリマー。下手にステージが高い方の方がラボでは危険ですよ。そのまま処分されなくてなによりです』
ラリマーの隣で話を聞いていたルチルは、さらっと怖い事を口にしている。
「1人くらい馬鹿で純朴な子が居た方が、相手も油断するかと思ってクリスも連れて行ったのだけど……。何だかよくわからない土産を渡されただけで終わってしまったわ。人選失敗したわね」
ネフェリンはラボの体制に疑問を抱いているマイクに付き従い、ずっとラボに接触する機会を伺っていたのだが、結果は惨敗。1日無駄に過ごしただけで終わってしまった。
ペガサス教団の天敵であるオフィウクス・ラボ。教団の教えを遂行するに大きな障害となる組織。
そこに侵入する事によって不祥事を引き起こしラボの解体や、危険な生物兵器であるウミヘビの廃棄処分、そこまで叶わなくともウミヘビの弱点やラボの虚弱な点を探りたかったというのに。
『いえいえ、全く成果がなかった訳ではありませんよ。クリスさんはウミヘビが【頭と心臓さえ欠けなければいい】と言っていたのを聞いたのでしょう?』
「そうだけど……。人間の急所と同じじゃない。誰でも予想できる情報よ」
『いいえ。予想とウミヘビ本人の口から告げられる確証は違いますよ』
ルチルは話を続ける。
『ウミヘビは地雷で下半身が消し飛ぼうとも、再生の象徴たる蛇そのもののように治してしまって、本当に不死なのではないかという噂もあるぐらいでした。しかしそんなウミヘビも再生出来ない場所がある。そこを突けば死ぬ。……ワタクシ達でも殺せる、という事ですよ』
ルチルの言葉にネフェリンが、通話機器越しのペガサス教団の信徒らがざわつく。
『これは今回の事がなくとも、いずれ判明する事だったかもしれません。しかしその場合、多くの時間と犠牲を費やした事でしょう。何せ彼らの血は猛毒。負傷させる程にこちらのリスクが大きくなる』
ウミヘビの厄介な所は強力な毒素を操る所だけではない。寧ろ本当に恐ろしいのは、傷を負えば負うほど辺りに蔓延る猛毒【青い血液】。
そしてどれだけ傷を負おうとも迅速に治ってしまう再生力と、至近距離で銃弾を撃ち込もうと皮膚に穴が空く程度で終わってしまう頑丈な身体。骨は特に硬く、頭蓋骨は勿論、心臓を覆う肋骨もろくに砕けない。それこそ『珊瑚』の菌糸並みに。
故にウミヘビを殺すという行為は、毒ガスがたっぷり詰まった爆弾、それも自己修復機能のある出鱈目な爆弾を相手にしているのと同じ事だ。
『その検証を省けたのです。故に確証を得られた事は、大きな成果です』
ルチルが賞賛してくれた事により、気落ちしていたネフェリンの顔が喜色に染まる。
「……そう、そうよね! 殺し方がわかったのだもの! これでやっと私達の悲願への道のりが……!」
『しかしあの馬鹿みたく固いウミヘビの骨を、どう砕くというのだ。根本的な問題は解決していないぞ』
『狙う場所が絞れたのですから、後は試行錯誤になるのでは?』
『結局それか』
『その前にどうやって上手い事、ウミヘビを呼び寄せるのか。という懸念点もありますがね。単に菌床を用意しても軍に鎮圧されて終わる事も多いですし、その軍の方々にワタクシ達の顔をあまり知られたくないですし』
「……いいえ、呼べるわ。顔がバレる事なく」
ルチルの懸念に対して、ネフェリンは得意気に話し始めた。
「私が【誕生日】を迎えればいい! そしてウミヘビの手を借りざるを得ないレベルの菌床を作ればいい! ここで大事なのはクリスを巻き込む事ね。ウミヘビの一人が彼女に入れ込んでいたみたいだから、きっと危険を知ったら駆け付けてくれるわよ!」
『【誕生日】とは、そういった下心の元に迎える物ではないんだが……。オニキスといい、どうしてそう我欲にかられるのやら』
『まぁまぁ、ラリマー。ここはネフェリンさんにお任せしてみましょう。しかしアメリカ支部所属の貴方が、ヨーロッパで菌床を作るのは難しいのでは?』
「何もヨーロッパでなんて言っていないわ。ここアメリカで行動を起こせばいい。ラボから距離があればクスシの邪魔も入り難いのだし」
クスシは遠征先がヨーロッパ圏外の場合、ウミヘビに同行しない事が多い。
ウミヘビを孤立させる為にも、アメリカで事を起こした方がネフェリンにとっても教団にとっても都合がよかった。
『……待て。場所はいいがどうやって【誕生日】を迎える気だ? お前はステージ2だろう? 今ある菌床に籠るか、俗世を離れひたすら待つ気か? 何ヶ月も何年も?』
「そんなまどろっこしい事をしなくっても、貴方達がアメリカで手伝ってくれたら解決するじゃない」
『はぁ? 俺とルチルにアメリカに行けと?』
「ペガサス教団の中には指名手配になっている方もいらっしゃるけど、貴方達は好きに動けるでしょう?」
『あ、ワタクシはパスで』
ネフェリンの提案に対し、ルチルは一も二もなくばっさりと断ってきた。
『どうしたルチル。お前は飛行機には乗り慣れているだろう』
『いえワタクシこれから学会の準備があるので。無理です』
それも仕事を理由にである。
そう。パラスの感染病棟の災害騒動の後、ロベルト院長に疑われている事を察して他国に勤務先を変えたものの、ルチルは変わらず外科医の仕事は続けているのだ。
故に学会など、医者として学者としての仕事が当然、降りかかってくる。
『ワタクシは向かえませんが、もしもモーズ先生と会えた時は勧誘よろしくお願いいたします』
『相変わらず執着をしているな。いい加減、飽きないのか?』
『いいえ、全く。……それにそろそろ彼も、此方の手を借りたくなる頃合いかと、思いますしね』
ルチルは通信機器の向こう側でくすくすと喉を鳴らして笑っている。
それに少し不気味さを覚えながらも、ネフェリンはこう宣言した。
「わかった。それじゃラリマーの到着を待って……。いよいよウミヘビ狩り、本格始動よ」
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次章より『恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『恋する乙女大作戦編』これにて完結です。この章の構成は元々、ウミヘビがアメリカへ向かう話も含まれていたのですが長すぎたので分割しました。
ずっと登場させたかったパラチオンが生き生きと暴れている様を書けて筆者は楽しかったです。
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