毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第四章 一時帰宅編

第71話 電気信号阻害(自爆)装置

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 アイギスの触手が出ない。ならば取る行動は一つ。
 方向転換し襲われている警察官に向けて一直線に駆け寄り、最早異形と化した感染者の前に、立ち塞がる事。
 ガッ!
 その結果、菌糸の重い一撃がモーズの構えた左腕にめり込み、ミシミシと骨が軋む。激痛が走る。しかし幸い、折れてはいなさそうだ。
 ただ、ビビは入ったかもしれない。

「モーズ先生っ!」

 それを見たセレンはすかさず近場のパトカーのボンネットを鷲掴みにすると、片手で持ち上げた。

「うわぁあああ!?」

 そのパトカーの陰に隠れていた警察官が驚愕の声をあげる。

「賠償請求はラボにお願いいたしますっ!」

 セレンは警察の反応など一切気にせず、パトカーを上に向けて投げた。
 放射線を描いて飛んだパトカーは半回転した後、狙い通り異形と化した感染者に落下。押し潰す。それによってモーズは腕にめり込んでいた菌糸から離れる事が出来た。
 しかしこの程度で感染者が動かなくなる事はないと知っている彼は、背後の警察に退避を促す。

「逃げたまえ」
「あ、あんた……」
「早く! 逃げたまえ!!」
「ひ、ひぃっ!」

 背後の警察官は手に握っていた拳銃を放り出して、とうとうアパートから逃げ出してしまった。恐怖で限界だったのだろう。
 一人を皮切りに他の警察も逃げて行く。感染者の中には後を追おうとする者もいたが、セレンのチャクラムによって足を輪切りにされ防がれた。
 そうして駐車場に残ったのは、モーズとセレン、そして感染者のみ。

「アイギス、出てくる気はないか?」

 息を整えた所でモーズがアイギスに声をかけるが、体表で触手が蠢くのみで姿を現さない。

「……了解した。無鉄砲な宿主で、すまない」

 モーズは駐車場に落ちた拳銃を拾うと、鼠型を真っ直ぐ見詰めて、再び駆け出す。

「セレン! 取り巻きの牽制を頼む!!」
「はいっ!」

 人がいなくなった分、〈根〉に集中しやすくなった。
 警察官が落とした拳銃は自動拳銃 オートマチックピストル。引き金を引けば連射をしてくれる拳銃。球数は全弾入っていれば13発。
 これを全て、〈根〉である鼠型の尾にぶち込む。
 本当ならばセレンのチャクラムに切り落として貰うのが確実なのだが、鼠型は素早く簡単には捕えられないのに加えて、モーズのアイギスが使えない今、被害抑制の為にコンクリートから生える菌糸や、他の感染者達の対処に集中して欲しかった。
 胴から五体を切り離されても切断面から急速に伸びる菌糸を支えに動く、感染者達を。

(背中、背中に回らなければ!)

 電気信号で周囲を把握し、機敏に動く鼠型の背後に回る方法。
 モーズは思考を巡らせる。

(電気信号を乱すには電気を扱うしかない! しかし私は受信が出来ても発信は出来ない! 駐車場で電気といえば電気自動車だが……っ! ……あっ)

 そこでモーズは、歩道にある消火栓に目を付けた。

「セレン、歩道の消火栓を切ってくれ!」
「はい! ……はい!?」

 反射的に返事をした後、戸惑った声をあげるセレン。しかしモーズの言う通りセレンは歩道の消火栓をチャクラムで切ってくれた。
 当然、栓のがなくなった消火栓からはドドドドと激しく水が噴出し、歩道に車道に駐車場と、届く範囲全てを水浸しにしてゆく。
 一体が水浸しにされていく最中、モーズは駐車場の端、アパートの住民が電気自動車の充電に使うスタンドのコードを、手に取った。
 そこで彼が何をしようとしているのか察したセレンはぎょっとし、黒目がちの目を丸くした。

「ちょ、ちょっと待ってください先生!」
「セレン、……気張れ」
「本気ですかぁっ!?」

 モーズは手早く電源を入れたコードの先を、駐車場に、水に濡れたコンクリートに向けて、落とす。

 ビビビビッ!

 直後、水を伝い電気が四方八方に放たれる。すると電気信号を阻害された鼠型は、見るからに挙動がおかしくなった。頭を振ったり足を折り曲げたり、宿主の身体が感電しているのもあって支離滅裂になっている。
 当然だが、同じく水辺にいるモーズ自身も焼けるような痛みに襲われる。
 しかし、動ける。
 モーズにはアイギスが寄生しているだけでなく、『珊瑚』が寄生し珊瑚症を患っている。体内に真菌を巡らせ、身体を変質または硬化させる珊瑚症が。
 それは宿主の痛覚を、鈍らせる効果があった。

(どうかこの処分が終わるまで、保ってくれ!)

 焼けるような痛みを押して、モーズは駆け出す。そして混乱から痛みから火傷から飛び跳ねるように動く、鼠型の背後を取る事に成功した。
 モーズは渾身の力を込め〈根〉である尾を踏み付け拳銃を構え、撃つ。
 ドドドドドドッ!
 真っ赤な菌糸の尾に穴が空く。傷が付く。しかし、浅い。〈根〉を切り離せない。

「アイギス、頼む、今だけ、これだけ、これさえ切り離せば、被害を押さえられるんだ……!」

 残り4発、3発、2発、……1発。
 瞬く間に残弾を減らし、拳銃は空っぽになってしまった〈根〉は駐車場に繋がったまま。絶望しかけたその時――にゅるりと、モーズの右手首から触手が伸び、目の前の尾に巻き付いた。そして剣状棘から毒素を注いでくれる。
 注いだ毒素は勿論、タリウムだ。

 それによってとうとう、〈根〉が菌床から切り離される。

「よし! アイギス、感謝す」
【ナニしやがンだぁあああっ!!】

 ザンッ!
 鼠型の背中、ボコボコとした膿疱が急激に形を変え、鋭い針山となってモーズを襲う。

「うわっ!」

 咄嗟に仰け反ったはいいが躱し切れず、一部が腕や上着やマスクのベルトに刺さり、流血と共にフェイスマスクがずり落ちる。
 ドカッ!
 そして畳み掛けるように、モーズの腹部に断尾によって棍棒のような状態となった菌糸がめり込み、吹き飛ばした。

「が……っ!」

 吹き飛ばされたモーズはアパートの外壁に背中を強かに打ち付け、吐血をする。内臓が損傷したかもしれない。
 身体が駐車場に転がる。起き上がれない。全身が痛む。視界にモヤがかかる。意識が朦朧とする。

「先生っ!!」

 セレンの声が遠くから聴こえる。彼の事だ、駆け寄ってくれているとわかる。しかしウミヘビとして戦闘力の高い彼の足よりも、鼠型の方が更に素早い。
 モーズは思考が鈍っている中でも、眼前にもう鼠型が来ている事を察していた。

「すま、ない。セレン、アイギス……

 キコ。モーズが探し求めるフランチェスコの愛称。
 幼い頃は毎日のように呼んでいたその愛称が、つい口から零れ落ちる。
 モーズはもう何も出来ないと悟った後でも、マスクが顔から外れて視界が広がってなお、モヤがかかった鼠型感染者を見た。手立てがなく救えない感染者から、最期まで目を逸らしたくなかった。

【アレキサンドライト! アレギザンドライド! 殺ス! 死ネ!】
「人払い、終わった感じ?」

 セレンの切羽詰まった声とは違った、どこか呑気な声。
 どかんっ
 それが聞こえたと同時に、鼠型感染者が、真横に吹っ飛んだ。
 車だ。20世紀末辺りに流行った、レトロなデザインの車が、薙ぎ払うように真横に移動して鼠型感染者を轢き飛ばしてしまったのだ。

「今でも違法車、結構、あるものだね」

 いつから居たのか。アパートの駐車場の出入り口で、ルービックキューブの角を指先に乗せてくるくる回す――赤毛の車番。
 白衣ならぬ黒衣を纏った彼は微笑みながら、頭上に浮かぶ4台のレトロ車を呑気な声と共に見上げていた。
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