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第一章 入所編
第7話 最終試験
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モーズは部屋の椅子に座らされ、フリーデンに特殊なイヤホンを手渡された。
「これラボの備品の最新のフルダイブVRイヤホン。このサイズでバーチャル空間にダイブ出来るんだ。企業努力って凄いよなぁ」
VR(バーチャルリアリティ)。所謂、オンラインの中に作られた仮想空間。本来ならばヘルメットや、専用の椅子とその椅子を包み込むようにして作られたダイブ装置を使わなければVR空間にフルダイブ出来ない。
しかしそれでは嵩張るからとここ最近、開発されたのが今モーズの手中にあるイヤホン型ダイブ装置。まだ量産がされておらず、かなり高価で希少な代物の筈だが……。どうやらラボには潤沢な予算があるようだ。
「これを装着し、目を瞑ればよいのだったか」
「そうそう。寝るつもりでリラックスしてな。そしたらバーチャルダイブ出来る」
フリーデンに教えられた通り、モーズはイヤホンを装着するとマスクの下で目を閉じる。
視界が暗闇に包まれて暫くして、フッと意識が、身体が落下するような感覚に襲われた。次いで閉じている瞼の裏に、星空を描く電子蛍光板のような景色が一面に広がる。
これは、VRの景色。フルダイブ成功である。
「ええと、面接相手の所長はどこに……」
モーズは宇宙空間を模したかのような景色を映す電子蛍光板に囲まれた中で、所長の、と言うより自分以外の人間の姿を探す。しかし人は見当たらない。
代わりに、一匹の赤い目をした白い蛇が宙に浮かんでいる。
「……もしや、所長ですか?」
人の姿が見当たらない以上、この白蛇が所長のアバターだと判断したモーズが声をかける。
『問い掛ける』
すると白蛇は返事をしないまま、モーズに質問を投げかけてきた。
その声は人工的に作られた電子音だ。年齢も男か女かも感じさせない。
『汝、珊瑚に何を求める?』
「『珊瑚』に何を……。それは勿論、根絶です」
これ以上、感染者を出さないように。
何も出来ぬまま目の前で絶ゆく命を、なくす為に。
『汝、ラボに何を求める?』
白蛇は質問を続ける。
「珊瑚症の治療法の模索、感染の対策、菌そのものの根絶。そして何よりも早急に取り組みたいのは、ステージ5患者の意識レベルの追究です」
『我、理由を問う』
「……今まで確信が持てませんでしたが、昨日の一件でわかりました」
モーズの脳裏に、母に懺悔をするトーマスの最期が過ぎる。
「ステージ5患者には、人間の意識が残っている。全員そうなのか、どの程度の意識が残っているのか、その状態から治せるのか、まだわかりません。
しかし身体が操られようとも意識が残っているのならば、それは人間だ。私はこの追究によって、処分されずに済む人を、救える命を一人でも増やしたい。それが、理由です」
その話を聞いた白蛇は、不意に鎌首をもたげた。
『汝、偽りを告げた』
次いで赤い目を光らせ口を開き、牙を剥き出しにする。
「い、偽りなどでは……!」
『綺麗事など沼底に捨てよ。我、問う。汝の剥き出しの願望、問う。如何なる障害に阻まれようとも叶えたい願望、問う』
「私は、患者の命を救いたい! 一人でも多く! それは確かな本心です! その為ならば私の命を投げ打っても構わない!!」
『偽り。本心。承知。汝、多重構造。【底】を曝け出せたし』
白蛇が何を言っているのか、モーズにはイマイチわからない。
嘘偽りは吐いていない。全て本心からの言葉だ。しかし内情の全てを語っていないのも、また事実。
白蛇はそれを見抜いてきた。
「私、私は……。患者を含め、近しい人が亡くなる可能性を、なくしたいのです。手の届かない所にある命も、取り零したくないのです」
なのでモーズは精一杯、本心を曝け出した回答を白蛇に伝える。
近しい人が亡くなるのを防ぎたい。それこそがモーズが、目の前の患者の死よりも避けたい、身勝手な願いだ。これで満足して貰えるだろうか。
『殻、分厚い。仕方なし。我、汝に覚悟を求める』
白蛇は口は閉じたものの、まだ満足いく回答ではなかったようで、鎌首を傾げたままであった。
そして、
――モーズ
モーズの背後から、その近しい人の声が、聞こえた。もう5年もの間、言葉を交わせていないその人の声が。
恐る恐る振り返ってみれば、その人は最後に言葉を交わした5年前の姿のまま、VR空間に立っている。
『殺せ』
白蛇は淡々と命じた。
『近しき者、立ち塞がる時。なきにしもあらず。殺せ。迷う事許されず』
気が付けばモーズの手には拳銃が握られている。
VR空間に突如として現れたこの近しい人は、同じ年頃の若い青年は、恐らくモーズの記憶から読み取った偽物。
しかしモーズが最も救いたいと願っている人を突き付けられては、殺せと命じられては平常心を保てなかった。
「医者の私に、感染者でもない人を殺めろというのですか!?」
違う。
モーズは知っている。わかっている。目の前に立っているこの人は、幼き頃より兄弟のように生活を共にしたこの人は、今は手の届かない何処かへ行方をくらませてしまったこの人は。
感染者だ。
『他者を救う知識、技術、熱意。それは尊ぶべき力なり。ただしその力を発揮したくば、医師のままであるべき』
白蛇は暗に、人助けをしたいならラボに来るなと言っている。
『我、求めるはクスシヘビ。他者の命を礎に、未来を切り拓く者成り』
酷い話だ。犠牲を減らしたい医者に犠牲を強いるとは。
けれどオフィウクス・ラボに入所すれば、この状況に陥る可能性は決して無視できない。
(もしも、もしもこの状況が実際に起きたとしたら、私は、何の為に今まで)
拳銃を持つ右手が震える。動揺を隠せない。
(……いいや、いいや。そんな事、わかっていた事じゃないか)
――時には人の形をした『珊瑚』を屠る処刑人となる。救命が仕事な医者が死体作りに加担するんだ。
既にニコチンとの面接で指摘された事だ。モーズはそれを理解した上で入所を望んだ。
一体今更、何を躊躇する事があろうか。
(彼に限らず私はこの先、人を殺めていく。意識レベルの確認や治療法が見つからない限り、救う手立てのない感染者を屠るしか出来ないのだから)
白蛇は求めている。
モーズの覚悟と決意と実行力を。
(だが、諦めてたまるか。『彼』が災害に成り果てる可能性があるからこそ、なおのこと早く、一刻でも早く、手立てを見付けてやる。そうでなければ、誰が『彼』を救えるというのだ!)
モーズは拳銃を構えて、近しい人に銃口を向ける。
(こんな所で足踏みをするなど笑止。そもそも私には時間がない。迷ってなどいられるものか)
そして近しい人の顔を、モーズが最も救いたい人の顔を真っ直ぐ見詰めて――撃った。
撃たれた穴からは血吹雪が噴き出て、モーズの身体を赤く染めてゆく。
「私は、オフィウクス・ラボに行く。ここで君の血を、浴びてでも。いつか本当に相対した時、浴びずに済むように」
崩れ落ちていく偽物を前にして、モーズは決意を表明する。
『見事。覚悟しかと見届けた』
白蛇はこれで満足してくれたようだ。小躍りするように宙をくるくる回っている。
『合否の通告、待たれし』
最後にそう言って、姿を消した。
「これラボの備品の最新のフルダイブVRイヤホン。このサイズでバーチャル空間にダイブ出来るんだ。企業努力って凄いよなぁ」
VR(バーチャルリアリティ)。所謂、オンラインの中に作られた仮想空間。本来ならばヘルメットや、専用の椅子とその椅子を包み込むようにして作られたダイブ装置を使わなければVR空間にフルダイブ出来ない。
しかしそれでは嵩張るからとここ最近、開発されたのが今モーズの手中にあるイヤホン型ダイブ装置。まだ量産がされておらず、かなり高価で希少な代物の筈だが……。どうやらラボには潤沢な予算があるようだ。
「これを装着し、目を瞑ればよいのだったか」
「そうそう。寝るつもりでリラックスしてな。そしたらバーチャルダイブ出来る」
フリーデンに教えられた通り、モーズはイヤホンを装着するとマスクの下で目を閉じる。
視界が暗闇に包まれて暫くして、フッと意識が、身体が落下するような感覚に襲われた。次いで閉じている瞼の裏に、星空を描く電子蛍光板のような景色が一面に広がる。
これは、VRの景色。フルダイブ成功である。
「ええと、面接相手の所長はどこに……」
モーズは宇宙空間を模したかのような景色を映す電子蛍光板に囲まれた中で、所長の、と言うより自分以外の人間の姿を探す。しかし人は見当たらない。
代わりに、一匹の赤い目をした白い蛇が宙に浮かんでいる。
「……もしや、所長ですか?」
人の姿が見当たらない以上、この白蛇が所長のアバターだと判断したモーズが声をかける。
『問い掛ける』
すると白蛇は返事をしないまま、モーズに質問を投げかけてきた。
その声は人工的に作られた電子音だ。年齢も男か女かも感じさせない。
『汝、珊瑚に何を求める?』
「『珊瑚』に何を……。それは勿論、根絶です」
これ以上、感染者を出さないように。
何も出来ぬまま目の前で絶ゆく命を、なくす為に。
『汝、ラボに何を求める?』
白蛇は質問を続ける。
「珊瑚症の治療法の模索、感染の対策、菌そのものの根絶。そして何よりも早急に取り組みたいのは、ステージ5患者の意識レベルの追究です」
『我、理由を問う』
「……今まで確信が持てませんでしたが、昨日の一件でわかりました」
モーズの脳裏に、母に懺悔をするトーマスの最期が過ぎる。
「ステージ5患者には、人間の意識が残っている。全員そうなのか、どの程度の意識が残っているのか、その状態から治せるのか、まだわかりません。
しかし身体が操られようとも意識が残っているのならば、それは人間だ。私はこの追究によって、処分されずに済む人を、救える命を一人でも増やしたい。それが、理由です」
その話を聞いた白蛇は、不意に鎌首をもたげた。
『汝、偽りを告げた』
次いで赤い目を光らせ口を開き、牙を剥き出しにする。
「い、偽りなどでは……!」
『綺麗事など沼底に捨てよ。我、問う。汝の剥き出しの願望、問う。如何なる障害に阻まれようとも叶えたい願望、問う』
「私は、患者の命を救いたい! 一人でも多く! それは確かな本心です! その為ならば私の命を投げ打っても構わない!!」
『偽り。本心。承知。汝、多重構造。【底】を曝け出せたし』
白蛇が何を言っているのか、モーズにはイマイチわからない。
嘘偽りは吐いていない。全て本心からの言葉だ。しかし内情の全てを語っていないのも、また事実。
白蛇はそれを見抜いてきた。
「私、私は……。患者を含め、近しい人が亡くなる可能性を、なくしたいのです。手の届かない所にある命も、取り零したくないのです」
なのでモーズは精一杯、本心を曝け出した回答を白蛇に伝える。
近しい人が亡くなるのを防ぎたい。それこそがモーズが、目の前の患者の死よりも避けたい、身勝手な願いだ。これで満足して貰えるだろうか。
『殻、分厚い。仕方なし。我、汝に覚悟を求める』
白蛇は口は閉じたものの、まだ満足いく回答ではなかったようで、鎌首を傾げたままであった。
そして、
――モーズ
モーズの背後から、その近しい人の声が、聞こえた。もう5年もの間、言葉を交わせていないその人の声が。
恐る恐る振り返ってみれば、その人は最後に言葉を交わした5年前の姿のまま、VR空間に立っている。
『殺せ』
白蛇は淡々と命じた。
『近しき者、立ち塞がる時。なきにしもあらず。殺せ。迷う事許されず』
気が付けばモーズの手には拳銃が握られている。
VR空間に突如として現れたこの近しい人は、同じ年頃の若い青年は、恐らくモーズの記憶から読み取った偽物。
しかしモーズが最も救いたいと願っている人を突き付けられては、殺せと命じられては平常心を保てなかった。
「医者の私に、感染者でもない人を殺めろというのですか!?」
違う。
モーズは知っている。わかっている。目の前に立っているこの人は、幼き頃より兄弟のように生活を共にしたこの人は、今は手の届かない何処かへ行方をくらませてしまったこの人は。
感染者だ。
『他者を救う知識、技術、熱意。それは尊ぶべき力なり。ただしその力を発揮したくば、医師のままであるべき』
白蛇は暗に、人助けをしたいならラボに来るなと言っている。
『我、求めるはクスシヘビ。他者の命を礎に、未来を切り拓く者成り』
酷い話だ。犠牲を減らしたい医者に犠牲を強いるとは。
けれどオフィウクス・ラボに入所すれば、この状況に陥る可能性は決して無視できない。
(もしも、もしもこの状況が実際に起きたとしたら、私は、何の為に今まで)
拳銃を持つ右手が震える。動揺を隠せない。
(……いいや、いいや。そんな事、わかっていた事じゃないか)
――時には人の形をした『珊瑚』を屠る処刑人となる。救命が仕事な医者が死体作りに加担するんだ。
既にニコチンとの面接で指摘された事だ。モーズはそれを理解した上で入所を望んだ。
一体今更、何を躊躇する事があろうか。
(彼に限らず私はこの先、人を殺めていく。意識レベルの確認や治療法が見つからない限り、救う手立てのない感染者を屠るしか出来ないのだから)
白蛇は求めている。
モーズの覚悟と決意と実行力を。
(だが、諦めてたまるか。『彼』が災害に成り果てる可能性があるからこそ、なおのこと早く、一刻でも早く、手立てを見付けてやる。そうでなければ、誰が『彼』を救えるというのだ!)
モーズは拳銃を構えて、近しい人に銃口を向ける。
(こんな所で足踏みをするなど笑止。そもそも私には時間がない。迷ってなどいられるものか)
そして近しい人の顔を、モーズが最も救いたい人の顔を真っ直ぐ見詰めて――撃った。
撃たれた穴からは血吹雪が噴き出て、モーズの身体を赤く染めてゆく。
「私は、オフィウクス・ラボに行く。ここで君の血を、浴びてでも。いつか本当に相対した時、浴びずに済むように」
崩れ落ちていく偽物を前にして、モーズは決意を表明する。
『見事。覚悟しかと見届けた』
白蛇はこれで満足してくれたようだ。小躍りするように宙をくるくる回っている。
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