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第三章 不夜城攻略編
第55話 満身創痍
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しんしんと雪が積もる教会の門の内側、庭の中にて。
6つになる年頃の少年が、目を輝かして雪だるまを作っている。
『そこのきみっ! 見て見て、雪だるまっ!』
少年の腰の高さ程に作られた雪だるまを指さして、その子は近くで雪かきをしていた同じ年頃の子供――モーズに声をかけた。
『……。きみはフランチェスコ、だったよね? 雪かきをサボってはいけない。シスターにおこられる』
『雪をひとつのばしょにあつめたんだ、これも雪かきっ!』
『人はそれをヘリクツというんだ』
モーズは雪だるまを作っていた少年フランチェスコにそう言うと、小さな手に持つシャベルで懸命に雪かきを続ける。
『でもただ雪をうごかすのもつまらないよ。どうせならたのしもう?』
『たのしむ……』
ただの作業をどうして楽しむのか、モーズにはわからなかった。
『きみ、なまえは?』
『……モーズ』
『モーズ! どっちが大きく雪の山をつくれるかショウブしようっ!』
『どうして?』
『たんじゅんさぎょーよりモクヒョウがあったほうがたのしいよ! それともモーズはぼくより雪をあつめられるジシンがないの?』
『む』
つい先日、孤児院にやってきたフランチェスコに雪かきの手際で負けるなど考えられず、モーズは緑色の目を細める。
『ぼくはモノゴコロモノがついたときからシスターのてつだいをしているんだ、きみにはまけない』
『じゃあショウブしようかっ! このへんはぼくのテリトリー! ぜんぶかきあつめるんだ~っ!』
『じゃあこっちはきみの2ばいあつめる』
『えっ!? じゃあ4! 4ばいっ!』
『8ばい』
倍々の量を集められるほど庭に雪はないのに、大きい数字を言い合う勝負に発展している。
そのまま2人は霜焼けができるほど雪かきに熱中してしまい、教会の事務室にあるストーブの前で手を温めながらシスターに叱られた。
『けっきょく、おこられてしまった……』
『そうだねぇ。でも、たのしかったでしょ~?』
フランチェスコはにこにこと笑っている。
親のいないモーズに親を亡くした子供の内面なんてわからないが、悲しい出来事から間もないのにそれを感じさせないほど明るく振る舞っているフランチェスコを見て、それが彼なりの悲劇との向き合い方なのだと子供心に思った。
――モーズ、よいですか? 顔が笑っているからと、心が悲しんでいないとは限りません。
――心の整理がついて現実と向き合えるその日まで、心の傷と距離を置くのも手段の一つなのですよ。
フランチェスコを始めとする災害孤児が孤児院にやって来て間もなく、モーズはシスターにそう教わっていた。
現実をただ直視をしても苦しいだけ。トラウマを植え付けられるだけ。
悲しみの向き合い方は人それぞれで、きっとフランチェスコは時間をかけてゆっくり受け入れていくタイプなのだと、思う事とした。
『……まぁ、たのしかった、よ』
だからモーズは、そうとだけ答えた。
そしてこの日を切っ掛けとして2人は、おともだちになった。
◆
「全っ然ダメじゃん! 使えないしつまんない! 楽しくないっ! もういい、帰る~っ!!」
頭上から喧しい声が聞こえて、モーズの意識が浮上する。
それと同時に右肩に激痛が走り、顔を歪めた。骨を無理矢理動かしたかのような痛み。
じんじんと断続的に走る激痛を堪えながら、モーズは左手で何とか起き上がる。
(ここ、は……?)
確か最上階から落ちて、アイギスに菌糸を掴んで貰って落下を止めて、それからどうしたのだったか。
辺りは薄暗く、真上の天井に空いた穴だけが光源。
その光源が照らす光景は、真っ赤な胞子と血の海で染まった床と、辺り一面に転がる感染者の死体であった。
「はー……。はー……」
そしてその血の海の真ん中、モーズの目の前で、背中を向けているニコチンが肩を激しく上下させている。
「起きた、かよ。寝坊助が」
彼の白衣は真っ赤に染まり、白い箇所の方が少ない程になっていた。
呼吸も荒く声も途切れ途切れで、体力を消耗している事が見てわかる。
「すまない、何処かで、頭を打ったようで……ニコチン?」
「ンだよ。アセトに情けねぇ土産話が、出来て、凹んでんのか? ま、俺もあのクソ餓鬼、逃しちまったけどよ」
「呼吸が乱れている。無理をして喋らなくていい。……と言うか、この数を、君一人で……?」
目に見える範囲だけでも、頭を破壊されてたり胴を引き千切られたり、恐らく中毒症で口から泡を吹いて絶命していたりと死因は様々だが、感染者の死体は100は越えている。
それもニコチンの手にはいつもの拳銃はなく、両手足は特に赤が染み付いていて、生身で片した事が見て取れた。
「死体の山作った俺に、嫌気でも、さしたか?」
「……いや。それよりも今は、具合が悪そうな君を心配させてくれたまえ」
「ハッ! ウミヘビの正体を知った上で、また心配なんざ……。ほんと、変人だな、お前ぇは……」
ふらり
ニコチンの足がもつれる。そして彼はそのまま血の海に沈んでしまった。
「ニコチン! おい、どうしたというのだ!?」
モーズは腕の痛みを押して慌ててニコチンに駆け寄る。
まずうつ伏せに倒れた彼を仰向けにさせて、頬を軽く叩きながら声をかける。反応はない。次に呼吸を確認し、脈を測る。
(白衣に付着した血は全て返り血! 目立った外傷はない! だが呼吸と脈が異様に速い! 発汗も激しい! 瞳孔は!?)
瞳孔チェックに使うペンライトがこの場にないなが悔やまれるが、モーズは手早くニコチンの瞼を開いて瞳孔の状態を確認した。
そして言葉を失った。
「何だ、この、青い瞳は……」
ニコチンの真紅の薔薇の如き鮮やかな赤色をした虹彩。
その周囲、本来なら真っ白に見えなくてはならない結膜が、真っ青に染まっている。
青い海のように。
「モーズ! ニコチン! 大事ないか!?」
その時、頭上からユストゥスの声が聞こえた。
彼もまた地上階へ降りてきたようだ。
「〈根〉の処分は終えた! ペガサス教団の少年は見当たらんが、クロロホルムも疲弊している! ここは深追いせず引き上げるぞ!」
「ユストゥス! ニコチンの、彼の意識が……っ!」
6つになる年頃の少年が、目を輝かして雪だるまを作っている。
『そこのきみっ! 見て見て、雪だるまっ!』
少年の腰の高さ程に作られた雪だるまを指さして、その子は近くで雪かきをしていた同じ年頃の子供――モーズに声をかけた。
『……。きみはフランチェスコ、だったよね? 雪かきをサボってはいけない。シスターにおこられる』
『雪をひとつのばしょにあつめたんだ、これも雪かきっ!』
『人はそれをヘリクツというんだ』
モーズは雪だるまを作っていた少年フランチェスコにそう言うと、小さな手に持つシャベルで懸命に雪かきを続ける。
『でもただ雪をうごかすのもつまらないよ。どうせならたのしもう?』
『たのしむ……』
ただの作業をどうして楽しむのか、モーズにはわからなかった。
『きみ、なまえは?』
『……モーズ』
『モーズ! どっちが大きく雪の山をつくれるかショウブしようっ!』
『どうして?』
『たんじゅんさぎょーよりモクヒョウがあったほうがたのしいよ! それともモーズはぼくより雪をあつめられるジシンがないの?』
『む』
つい先日、孤児院にやってきたフランチェスコに雪かきの手際で負けるなど考えられず、モーズは緑色の目を細める。
『ぼくはモノゴコロモノがついたときからシスターのてつだいをしているんだ、きみにはまけない』
『じゃあショウブしようかっ! このへんはぼくのテリトリー! ぜんぶかきあつめるんだ~っ!』
『じゃあこっちはきみの2ばいあつめる』
『えっ!? じゃあ4! 4ばいっ!』
『8ばい』
倍々の量を集められるほど庭に雪はないのに、大きい数字を言い合う勝負に発展している。
そのまま2人は霜焼けができるほど雪かきに熱中してしまい、教会の事務室にあるストーブの前で手を温めながらシスターに叱られた。
『けっきょく、おこられてしまった……』
『そうだねぇ。でも、たのしかったでしょ~?』
フランチェスコはにこにこと笑っている。
親のいないモーズに親を亡くした子供の内面なんてわからないが、悲しい出来事から間もないのにそれを感じさせないほど明るく振る舞っているフランチェスコを見て、それが彼なりの悲劇との向き合い方なのだと子供心に思った。
――モーズ、よいですか? 顔が笑っているからと、心が悲しんでいないとは限りません。
――心の整理がついて現実と向き合えるその日まで、心の傷と距離を置くのも手段の一つなのですよ。
フランチェスコを始めとする災害孤児が孤児院にやって来て間もなく、モーズはシスターにそう教わっていた。
現実をただ直視をしても苦しいだけ。トラウマを植え付けられるだけ。
悲しみの向き合い方は人それぞれで、きっとフランチェスコは時間をかけてゆっくり受け入れていくタイプなのだと、思う事とした。
『……まぁ、たのしかった、よ』
だからモーズは、そうとだけ答えた。
そしてこの日を切っ掛けとして2人は、おともだちになった。
◆
「全っ然ダメじゃん! 使えないしつまんない! 楽しくないっ! もういい、帰る~っ!!」
頭上から喧しい声が聞こえて、モーズの意識が浮上する。
それと同時に右肩に激痛が走り、顔を歪めた。骨を無理矢理動かしたかのような痛み。
じんじんと断続的に走る激痛を堪えながら、モーズは左手で何とか起き上がる。
(ここ、は……?)
確か最上階から落ちて、アイギスに菌糸を掴んで貰って落下を止めて、それからどうしたのだったか。
辺りは薄暗く、真上の天井に空いた穴だけが光源。
その光源が照らす光景は、真っ赤な胞子と血の海で染まった床と、辺り一面に転がる感染者の死体であった。
「はー……。はー……」
そしてその血の海の真ん中、モーズの目の前で、背中を向けているニコチンが肩を激しく上下させている。
「起きた、かよ。寝坊助が」
彼の白衣は真っ赤に染まり、白い箇所の方が少ない程になっていた。
呼吸も荒く声も途切れ途切れで、体力を消耗している事が見てわかる。
「すまない、何処かで、頭を打ったようで……ニコチン?」
「ンだよ。アセトに情けねぇ土産話が、出来て、凹んでんのか? ま、俺もあのクソ餓鬼、逃しちまったけどよ」
「呼吸が乱れている。無理をして喋らなくていい。……と言うか、この数を、君一人で……?」
目に見える範囲だけでも、頭を破壊されてたり胴を引き千切られたり、恐らく中毒症で口から泡を吹いて絶命していたりと死因は様々だが、感染者の死体は100は越えている。
それもニコチンの手にはいつもの拳銃はなく、両手足は特に赤が染み付いていて、生身で片した事が見て取れた。
「死体の山作った俺に、嫌気でも、さしたか?」
「……いや。それよりも今は、具合が悪そうな君を心配させてくれたまえ」
「ハッ! ウミヘビの正体を知った上で、また心配なんざ……。ほんと、変人だな、お前ぇは……」
ふらり
ニコチンの足がもつれる。そして彼はそのまま血の海に沈んでしまった。
「ニコチン! おい、どうしたというのだ!?」
モーズは腕の痛みを押して慌ててニコチンに駆け寄る。
まずうつ伏せに倒れた彼を仰向けにさせて、頬を軽く叩きながら声をかける。反応はない。次に呼吸を確認し、脈を測る。
(白衣に付着した血は全て返り血! 目立った外傷はない! だが呼吸と脈が異様に速い! 発汗も激しい! 瞳孔は!?)
瞳孔チェックに使うペンライトがこの場にないなが悔やまれるが、モーズは手早くニコチンの瞼を開いて瞳孔の状態を確認した。
そして言葉を失った。
「何だ、この、青い瞳は……」
ニコチンの真紅の薔薇の如き鮮やかな赤色をした虹彩。
その周囲、本来なら真っ白に見えなくてはならない結膜が、真っ青に染まっている。
青い海のように。
「モーズ! ニコチン! 大事ないか!?」
その時、頭上からユストゥスの声が聞こえた。
彼もまた地上階へ降りてきたようだ。
「〈根〉の処分は終えた! ペガサス教団の少年は見当たらんが、クロロホルムも疲弊している! ここは深追いせず引き上げるぞ!」
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