毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第三章 不夜城攻略編

第54話 奈落

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 落ちてゆく。急降下してゆく。
 テーマパークにあるアトラクションに乗ったらこんな体験を味わえるのだろうか、なんて、モーズは一瞬足を踏み入れた事のない施設を思い浮かべてしまった。
 ただの現実逃避だ。床に叩き付けられる前にオニキスの手を振り払い、どうにかしなければと内心焦るが、満面の笑みを浮かべている彼の手は溶接したかのように腕から離れない。

 ドンッ! ドンッ!

 そんなモーズがどうしようも出来なかったオニキスの手を、後から降り立ったニコチンが的確に撃ち抜き穴を空ける。

「いっ、ったぁ~っ!!」

 穴が空き力が入らなくなったオニキスの手から、モーズの腕が離れた。

「モーズ! 手ェ伸ばせ!!」

 そして解放されたモーズに向けてニコチンが左手を伸ばす。
 時間差で落下した二人の距離は、どう足掻いても縮まる事はない。手を伸ばしても届く事はあり得ない。

(手を、手を伸ばす)

 しかしモーズは既に教わっている。アイギスは、手足の延長線なのだと。
 それに応えるように、腕を伸ばしニコチンの手を掴むイメージを浮かべた途端、アイギスは一本の触手を伸ばしてニコチンの手を取ってくれた。
 その触手をぐいと引っ張り、ニコチンはモーズを自分の元まで引き上げ左腕で雑に抱えた。

「よし! これで、狙い易くなったなァ!」

 ドンッ! ドンッ! ドンッ!
 そしてモーズという障害がなくなったや否や、ニコチンは容姿なくオニキスに白い発光体を撃ち込む。ちょっとやそっとの毒では効果がないとわかっているからか、直接身体にダメージを与えにかかっているようだ。
 空中だろうと彼の腕は健在で、二発は見事オニキスの片腕と脇腹を撃ち抜いた。外した三発目は、地上階で山積みになった感染者ごと床を破壊した。硬質な菌糸を貫く事が可能な銃撃だけあり、威力がとんでもない。
 しかも小さな穴をキッカケとして、床は積み上がった感染者と落下してきた瓦礫の重みに耐え切れなくなり、大穴が空いてしまう。

「うぅうっ! 酷い~っ!」

 痛みに喘ぎながら、オニキスは壁から生えた菌糸に視線を向けると、その内の一つを急速に成長させて伸ばし、ニコチンの右腕を思い切り叩き付けた。

 ゴキンッ!

 骨が折れた音が、空に響く。
 同時に持っていられなくなったニコチンの拳銃が、手から離れ宙に飛んだ。

「ニコチン!」
「……っ! 再生すっから気にすんな! それよりアイギスで落下どうにかしねぇと真っ平になるぞ俺ら! 俺は再生出来るがお前ぇは死ぬ!」
「その状態でも再生出来るのか!?」
「仮に俺を上手くクッションに出来たとして、お前ぇ青い海の中で死ぬぞ?」
「つまり君の血で中毒死になると!? え、ええと、浮かぶ、浮かぶイメージ……!」

『初っ端から分離しようと目論んでいたのかよ。アレ上級者向けだから今はやんなくていいって』

 訓練場で聞いたフリーデンの教えがモーズの脳裏を過ぎる。
 アイギスを分離しコントロールするのは上級者向け。ユストゥスのようにアイギスに乗って飛ぶのは至難の業だろう。モーズは決して器用な方ではない。土壇場で成功出来るとは考えない方がいい。

『何か高い所にある物を見て届かないな~、届きたいな~って感じの場面を想像して、届きたいな~って感じの場面を想像して、アイギスに手の延長線として触手を出して貰う!』

 先程と同じだ。
 ニコチンの手を掴んで貰ったように、何かを掴めばいい。

(掴む、掴む。手を、届ける)

 例えばそう、海中の珊瑚礁のように、壁から無数に生える菌糸を。
 モーズは上に向かって腕を伸ばし、更にアイギスの触手を四方へ伸ばした。


 ***

「間一髪、ってか」

 地上階の穴を通った先、地下の床に叩き付けられる直前。
 モーズの右腕から生えたアイギスの触手は、地上階の菌糸や穴の端から剥き出しになった床材を掴み、どうにか宙吊りになる事が出来ていた。
 そして少しの間を置いて床に届くまで触手を伸ばし、モーズらを降ろす。

「衝撃殺せなかったろ。お前ぇ腕脱臼してねぇか? おい、モーズ」

 ニコチンは雑に左腕で抱えていたモーズを床に降ろすが、モーズは起き上がれずに寝転がってしまった。
 脈も呼吸もあるが、意識を失っている。恐らく穴を通過する際に、剥き出しになっていた床材に頭をぶつけてしまったのだろう。顔の側面から軽く出血をしている。
 その際にフェイスマスクのベルトも千切れてしまったようで、彼の顔を覆っていた筈のマスクが消えていた。

「おいおい、マスクどこやったんだ。……いや、抽射器手放しちまった俺も人の事は言えねぇか。ユストゥスに知られたら怒鳴られちまうな」

 ニコチンは肩をすくめつつ、折れた右腕を左手で掴んで雑に形を整える。
 途端、右腕はバキンゴキンと音を立てた後、骨がくっ付き元通り動かせるようになった。そして床に転がしていたモーズの様子を軽く見てみると、予想通り右肩を脱臼していたので力技で腕を肩にはめた。
 激痛が走った筈だが、唸り声を上げただけで依然としてモーズは起きない。これは暫く意識が戻らないだろう。

「うぅ~! 足ずっと痛い! お腹も痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 何で何で!? 何で塞がんないの!? これが悪いんだ、これが!!」

 オニキスの嘆きと共に、地上の穴からガンガン、ガチャガチャと硬質な物を踏み付ける音が聞こえる。
 恐らく、地上階に落としたニコチンの拳銃を蹴っている。

「おいクソ餓鬼! 俺の抽射器で何してんだ!!」
「……あぁ。わかった君が、かぁ」

 ふと、オニキスの声が駄々を捏ねる子供じみた声から、冷え切った声音に変わる。

「悪い子は、死んじゃえ」

 それを合図として、影に隠れていた人影が動き出す。感染者だ。しかも一人や二人ではない。
 100人は、居る。

「おいおい。どう見ても村の人口越えてンだろ。どっからかき集めたんだコイツら」

 村の集落、地上階と最上階で片した感染者の時点で既に村の人口を越えている。その上、更に人数が増えるとは。ニコチンは苦笑した。
 実際、地下で蠢く感染者の服装は農家の作業服などではなく、軍服が多い。災害を鎮圧しに来て感染させられた軍人がここに放り込まれたのかもしれない。
 腕章を付けている者も見受けられる。恐らくメディア関係者だろう。後は通行人か野次馬か。

(逃げるか? いや、厳しいな)

 テーマパークの施設としてカラクリを仕込もうとしていたのだろう、城の地下は異様に広かった。
 1階分、3メートル程の高さならば一っ飛びで上がれるが、ここはそれ以上の高さがあり、モーズを抱えてとなると少々厳しい。

(マスクをしていないモーズの前で毒霧は使えねぇ。とは言えこの数を相手に素手でってのはキツいな。俺単体ならどうにでもなるが、意識のないモーズを庇いきれん)

 クスシがどこでどう命を落とそうが、ニコチンにとってはどうでもいい事。だが自分の手の届く範囲で亡くなれば、その責任はウミヘビに向かう。
 連帯責任。

(こいつに何かあったら、関係のないアセトにまで罰が下る)

 それはニコチンが最も避けたい事態。
 しかし彼は今、2丁とも拳銃を手放してしまい丸腰だ。

(となると、か)

 ニコチンは常に白衣のポケットに入れている携帯灰皿を手に取ると、金具をカチカチと弄ってさせる。
 そして、手の平に収まる小さな銃へ姿を変えた。

 ――3丁目。

 それを自分のこめかみに向けて、撃った。
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