毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第三章 不夜城攻略編

第51話 不夜城

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「悪運強ぇ奴もいるなァ」
「ニコチンは手を出さないで!」

 落下のダメージを抑えた感染者に応戦しようと、拳銃を構えたニコチンをクロロホルムが止める。

『ギギ、グガガガ……ッ!』
(……? 感染者の動きが鈍い?)

 奇声を発しこちらを襲おうとする感染者の動きは、随分と怠慢だ。その隙にクロロホルムが槍を突き刺し、屠る。
 そういえば、城内に漂う甘い香りが強くなってきている。それに比例して感染者の動きが鈍っている事に気付いたモーズは、クロロホルムが毒素を漂わせている事を察した。
 ユストゥスも気付いているだろうが止めない。織り込み済みなのだろう。
 確かにクロロホルムは水銀よりも毒性が弱い。焼却での浄化も可能で、アイギスを扱う負担が少ないのかもしれない。

(ステージ5感染者がクロロホルムの毒素であれほど大人しくなるとは。麻酔としての効力は期待できないとユストゥスは言うが、動きを制限させる術を持つ彼は感染者保護に有効ではないだろうか)

 水銀に続き有用そうなウミヘビと邂逅した事に、モーズは内心歓喜をしていた。

「しかしクロロホルムは凄いな。目にも止まらぬ槍捌き……」
「俺あいつに任せて帰っていいか?」
「それは駄目だろう」
「チッ」

 モーズに却下を受けたニコチンは不服そうにタバコを吹かした。

「クロロホルム、油断するなっ!」

 順当に処分が進んでいると思った矢先に飛んできたユストゥスの警告。
 まるでそれを合図にするかのように、クロロホルムが仕留め損ねていた……落下時に頭を失い痙攣をしていた感染者が、城内に漂うクロロホルムの毒素をものともせず、アンデットの如く起き上がる。

 ――寄生菌は眠らない。

 車内で聞いたユストゥスの発言が、思い起こされた。

 ドンッ! ドンッ! ドンッ!
 起き上がった首なし感染者への反応が遅れたクロロホルムに変わり、ニコチンが拳銃で感染者らの胸を撃ち抜く。
 すると間もなく首なし感染者はバタバタと床に倒れ、動かなくなった。

「頭、つまり呼吸器官が潰れた者に毒素は吸入され難い! 閉所で毒霧を出しているからと慢心は厳禁だっ!!」
「っ、はい先生! 申し訳ありません!!」

 先程から、何だか違和感がある。モーズは怪訝に思った。
 珊瑚症感染者対策のエキスパートであるウミヘビ。その一人たるクロロホルムよりも、ユストゥスの方が対処に詳しく何なら
 それこそ教育者のように。

「ニコチン、クロロホルムはまるでユストゥスの生徒のようだがあれは一体?」
「クロロホルムは訓練場じゃいい成績なんだが、現場経験が少ねぇんだよ。ユストゥスは災害現場を学ぶ為だとか何だとかで、臨時で軍隊に入ってた事もあるんだと。クスシになる前からそんなだから、下手なウミヘビより場数踏んでンだよ」
「何と」

 時々ユストゥスが軍人のような物言いをしていたのはその名残りか、とモーズは納得した。

「そんで現場経験が少ねぇと……」

 不意にニコチンは拳銃を真上に向け、

「こういうのを見逃す」

 ドドドドドッ!!
 宙を舞う赤い胞子に紛れ飛んでいた『珊瑚』に感染した羽虫を、片端から撃ち落とした。
 人間の感染者に気を取られていると小さな物を見逃す。頭で理解はしていても、なかなか実践は難しい。

「き、気付いていたよっ! ただぼくの毒霧がちょっと届かなかっただけだ!」
「そもそも毒霧にあんま頼んなクロロホルム。水銀は例外として、本来は抽射器だけで処分すんのが理想だってお前ぇも知ってんだろが」
「う、ううぅ……っ!」

 クロロホルムに比べて、ニコチンは何というかベテランの風格だ。肩に力が入っておらず落ち着き払い、災害現場に慣れている。
 思い返せばセレンやタリウムは彼に対して『先輩』という敬称を付けていた。水銀は「ラボの中でも最古参」と自分で語っていたが、ニコチンも相当な古参なのかもしれない。

「口ではなく手を動かせ! 降りてくる感染者がいなくなった! 上層へ上がるぞ!!」
Jaヤー!」

 ユストゥスの指示に従い、モーズは螺旋階段に向かって足を運ぼうとしたが、
 ぐいっ

「……うん?」

 その足が床に着くことはなかった。
 ユストゥスのアイギスの触手に胴体をぐりんと絡め取られ、浮かび上がらされたからだ。ユストゥスもまた、アイギスの束になった触手に腰を下ろしている。
 そしてモーズは触手に掴まれたまま、アイギスによって最上階へ向け急浮上してゆく。

「うおっ!? ユ、ユストゥス、これは!?」
「こっちの方が早い! 今回は特別に私が手伝うが、次は自分のアイギスに運搬して貰え!」
「私はまだアイギスの分離に成功していないのにか!? 無茶を言わないでくれ!」

 そもそも意思疎通に成功したのもシミュレーターでの一回だけだ。上級者向けというアイギスの分離が出来るのはまだまだ先だろう。

「ウミヘビ置いていくとか正気かあいつ」
「先生は強いから大丈夫! それよりぼくらも早く行くよっ!」

 地上から聞こえるニコチンらの声を聞きつつ、モーズは気圧の変動に若干翻弄されながらも天井まで到達する。
 そこでアイギスに螺旋階段のステップに下される。次いで、ユストゥスも降り立つ。
 そこでアイギスは手の平サイズまで小さくなると、ユストゥスの腕の中へ戻っていった。

「では本丸を攻める。行くぞモーズ!」
「ユストゥス、ニコチンとクロロホルムは?」
「どうせ待っていても、最上階への出入り口を潜れるのは広さからして一人のみ! 私が先行する!」

 それにしても先ずは戦闘能力に勝るウミヘビを先行させるべきでは、とモーズが指摘する隙も与えずユストゥスは最上階へ上がってしまう。モーズも慌てて後を追った。
 幸い、最上階へ頭を出した途端感染者や菌糸に襲われる、などという事態には陥らなかった。動ける感染者は地上階で大方片したという事だ。

 残るは動けない感染者――〈根〉。
 最上階である屋根裏部屋。とんがり屋根の屋根裏を、蜘蛛が巣を張るかのように菌糸を張り巡らせ覆い付くし、そこから垂直に伸びる一本の菌糸の先に、若い青年の感染者がぶら下がっている。
 だがその〈根〉よりも目を引いたのは、床に山積みになった感染者の上に座る幼なげな顔をした黒髪黒服の少年であった。

「……民間人!?」
「民間人は民間人でも、あの胸のエンブレムは……ペガサス教団の者の証」

 ユストゥスが断言する。つまり、少年はバイオテロ組織の一人。
 警戒をしているとふと、少年が口を開いた。

「お兄さん方、だぁれ?」
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