上 下
29 / 275
第二章 初遠征、菌床処分

第29話 液体金属

しおりを挟む
 ドスッ
 黒い靄を纏ったナイフが足元の感染鼠を貫く。これで十匹目である。

「ちまちまちまちま。相変わらず菌床処分は雑草抜きみたいでキツいスねぇ。腰が痛くなるス」
「口じゃなくて手ぇ動かせ。てか何で俺に着いて来るんだよ。フリッツに手分けせ言われたろ」
「入る前に大きな足音が聞こえなかったって事は、今回の〈根〉は虫型の可能性が高いスから先輩の毒素にあやかろうかな~と」
「人を盾にすんな」

 タリウムはニコチンの後を追いかけ、東館の地下まで来ていた。いざとなったら虫型の処分を得意とするニコチンを頼る気満々である。
 そんなタリウムに呆れてはいるが突き放す事もなく、ニコチンはすたすたと石畳が敷かれた地下の廊下を歩く。
 しかしふと、何かに気付いた彼は足を止めた。

「先輩?」
「……おい、誰かいるぞ」
「ええ? 感染者スか?」
「感染者にしては随分と理性的な、二足歩行の何かだ」

 ドカンッ!
 ニコチンが拳銃をある部屋の扉に向けたと同時に撃ち抜き、強制的に開錠する。

「ノックも知らないのか、蛮族め」

 扉が吹き飛んだ部屋、ワインルームから一人の男が姿を現す。澄んだ海に似た水色の瞳をした黒服の男。
 その黒服には、剣を咥えた天馬ペガサスのシルエットをモチーフとした紋章が縫い付けられている。

「あのエンブレム、ペガサス教団……!」
「ま~た現場に首突っ込んできやがって、狂信者が」

 ペガサス教団とわかる格好をした彼の胸元は『珊瑚』の菌糸が生えていて、露出した肌も赤みがかり硬化しているのがわかる。
 関節も固まっているのだろう、動きがぎこちない。

「うん? どうやらクスシはいないようだな。ならお前達は俺に手出しが出来ないという事だ、残念だったな」
「ハッ! 目撃者なんていねぇんだ。ここでお前ぇを消し炭にして、証拠隠滅を謀ってもいいんだぜ?」
「いやいやいや、マズいスよ! 今回が居るんスよ? 死体作ったら見逃す訳ないでしょう!?」
「チッ」

 するとニコチンはタリウムの背中を蹴っ飛ばし、男のいるワインルームに入室させた。

「取り敢えずフリッツに連絡入れて、お前ぇを盾にする」
「うぇええっ!」

 タリウムが悲痛な声を上げているのを気にせず、呑気に腕時計の通信機器を操作しだすニコチン。
 そんなワインルームに不可抗力で入ってきたタリウムに対し、男は躊躇する事なく腰に下げていた剣を右手で抜き、左手は背中に装備していた拳銃を構えた。

「背徳者よ、せめてもの慈悲だ。これ以上罪を重ねる前に地獄に送ってやろう」
「うわ好戦的っ!」

 パンパンッ!
 拳銃から鉛玉が発砲されるが、タリウムは難なく躱わす。廊下に立つニコチンも最低限の動きで避け、流れ弾に当たるという事はなかった。
 銃は効果が薄い、またタリウムが至近距離に接近してきたのを見て、男は直ぐ拳銃を投げ捨てるとよく研がれた剣をタリウムに向かって振るう。対するタリウムは民間人への武器使用が認められていないので丸腰。ダガーナイフで受け止める事さえ叶わない。リーチの差からしても圧倒的に不利だ。
 しかし、

「タリウム相手に白兵戦持ち込むとか、馬鹿かよ」

 タリウムは目にも止まらぬ速さで男の懐に入り込み、男の剣を下から思い切り蹴り上げ手中から吹き飛ばす。

「こいつが一番得意な相手は虫でも鼠でもねぇ。……人間様だ」

 そして丸腰となった男の腕を掴むと、あっという間に床に組み敷いてしまった。

 ◇

「おや」

 西館の廊下にて。
 フリッツが腕時計の通信に気付き、穏やかな声を出す。

「ニコチンくんから連絡が来た。どうやら現場に余所者が紛れ込んでいるみたいだ」
「余所者?」
「恐らくペガサス教団の方かと」
「早めに合流しないとかな」
「あら残念ね。折角、生捕りを試してみようと思ったのに」

 そう言う水銀の目の前には、胴体から生える菌糸を虫の足のように伸ばした感染者の男女二人。
 胴からも針のように鋭い菌糸を生やしていて、攻撃対象である此方へ切先を向けている。元の人だった頃とは大きくかけ離れた姿だ。項垂れた頭も虚で、正気を失った顔をしている。

「水銀くん、手短に頼むよ」
「ボクに命令しないで。言われずとも仕事はするわよ」

 感染者を目視した時点でセレンと立ち位置を入れ替えていた水銀は、カツカツとハイヒールを鳴らして前に出ると、頭に乗せていた小ぶりのシルクハットを手に取る。

「水銀さんの戦闘久々に見ますっ」
「感染者を前に興奮するのは、どうなのだろうか」
「すみません、先生。でもあの方の一挙一動は舞いのようで、綺麗なんですよ」

 手に取ったシルクハットの中に水銀が右手を突っ込んだかと思えば、そこからマジックのように銀色の細剣を引き抜いた。

「……!? あの帽子が彼の抽射器、なのか」
「モーズくん、実は水銀くんは抽射器を所持していなくてね。あの帽子は彼の毒素の一部……つまり《水銀》だ」

 窓から差し込む自然光で輝く細剣。それを片手で構えて、水銀は駆け出す。
 まずは手前にいた男の感染者の菌糸を斬り落とす。いや、よく見たら斬っているのではなく接触面の菌を切り離している。どうやら彼は細剣に触れた先から毒素を送り込めるようだ。

「抽射器を介さずに毒素をコントロールし、その毒素一つで攻防一体に立ち回れ、更には生物だけでなく無機物相手だろうとも質量攻撃で捩じ伏せられる。それが彼が最強格と謳われる所以。普段はやる気を出さないものだから、なかなか見れない光景だよ。よく見ておくといい」

 感染者の男の口からけたたましい悲鳴が上がる。それに反応してか、感染者の女が足の菌糸を不気味に動かし胴から生えた針を水銀に突き刺そうと側面から接近する。
 しかし水銀はあくまで最初に斬りかかった感染者の男から目を逸らさず、代わりにというべきか、シルクハットを感染者の女に向けて投げ飛ばした。
 その直後、感染者の女を覆う程に面積を増やし、女に被さって動きを封じてしまった。それと同時に今度は甲高い悲鳴が銀の幕下から響き渡る。
 銀幕によって見えないが恐らく、水銀の毒素を全身に浴びているのだろう。

「……ニコチンくんが水銀くんを推したのは、あの卓越したコントロール術があるからだろう。加えて液体金属状態での水銀は人の身体に殆ど吸収されないから、無害に近い」

 今は水銀の操作によって毒素を感染者に注いでいるが、本来、液体金属状態の水銀の毒素は人体に作用しない。
 触れようが飲み込もうが、無害と言っていい。
 それはつまり、

「彼の力は、感染者を保護をするのに最適という事か!」
「尤も感染者が常時撒き散らしている胞子の対処法や、隙あらばアクアリウムを作ろうとする習性や、捕えた所で凶暴性をどう押さえ付けるのか、とか課題は残る。それに残念だけど今回は〈根〉の処分に教団の相手をしなくちゃだし、試す時間はないよ」
「いや、僅かでも可能性が知れただけで有難い……っ!」

 感染者を傷付けずに拘束できる。その力があるとわかっただけで希望が見えてくる。
 モーズがその事に内心歓喜している間に、水銀は感染者の男を細剣で切り刻み、感染者の女は毒の銀幕で絞め殺し【処分】を終えた。

「片付いたわ。行きましょう」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

処理中です...