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第二章 初遠征、菌床処分

第25話 初遠征

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「待て水銀! 何故食い付くんだ!?」
「だって、感染者の保護だなんて今までした事ないじゃない。刺激的で楽しそうだわ」
「くっ、この享楽主義者め……っ!」

 にやにやと嫌な笑みを浮かべる水銀に戦慄くユストゥス。その間、モーズは腕を掴まれたまま固まるしか出来なかった。

「それにステージ5の奴らは稼働時だろうと死体扱いだから、幾らでも玩具おもちゃに出来そう。コールドスリープの連中は手出し出来ないから盲点だったわぁ」
「その、水銀さん。例え死者だとしても冒涜はしないで頂きたいのだが」
「あら? 人体実験をしなきゃ得られない情報なんて、五万とあるじゃない。治療方法を見付ける近道になるかも。それはクスシ達の本望でしょう?」
「弄ぶのは反対だ。私はあくまで治験として携わりたい」
「紳士ねぇ。――そんな貴方がを見てどんな反応をするのか、すっごく見物」

 水銀の紅をさした薄い唇が緩い弧を描く。その笑みも美しいのだが、何だか悪魔の笑みに見える。
 しかし力量差からとても腕を振り解けないモーズは彼から離れられなかった。

「楽しみが増えたわ。それじゃ行きましょ」
「水銀くんストップ。モーズくんにはアイギスを渡したばかりで扱い方を知らない。ウミヘビを伴う現場には連れて行けないよ」
「面倒臭いわね、じゃアンタも来なさいな」
「僕も?」

 いきなり指名されたフリッツが困惑しながら自身を指差す。

「貴方、この子の指導役なんでしょう? 実戦で指導すればいいじゃない」
「水銀! いつまで我儘を言うつもりだ!」
「う~ん、あぁ~……。わかった、今回の処分依頼は僕が請け負う。モーズくんは見学者として同行。それでいいかな?」
「フリッツっ! いいのか!?」
「普段は所長の命がなくては動かない水銀くんが乗り気なんだ、行かせてあげよう。それに一緒に来てくれるのは正直、とても頼もしいからね」

 話しながら、フリッツは携帯端末を操作して今回の災害現場の情報に目を通した。

「とは言え、今回の現場は随分と範囲が広いみたいだ。モーズくんも同行する事だし、水銀くんだけでは大変だろう」
「ボクの実力を疑う気?」
「とんでもない。君はウミヘビの中でも古参で場数を踏んでいて、毒素も強力。間違いなく《最強格》の一人だよ。けれどそれでも身体は一つ。効率を考えると人手は多いに越した事はない」
「ふぅん。それじゃウミヘビの選別はボクにさせなさいな」
「いやそれは……。えぇっとモーズくん、どんな子が来てくれると嬉しいとか、希望あるかな?」
「あぁ、それでは」

 ◇

「何で俺がまた呼ばれてんだよ……!!」
「モーズ先生っ! ご指名頂き嬉しいです!」
「俺も連勤なんスけど。普段は持ち回りでしょ」

 三十分後。港には招集がかかったニコチンにセレン、タリウムが集っていた。
 モーズに引っ付いているセレン以外乗り気ではないようだが。

「ニコチンくんとセレンくんはモーズくんの希望から選抜。あとタリウムくんは再教育の一環で呼ばせて貰ったよ」

 フリッツが理由を告げるが二人は納得していない様子であった。
 そんなニコチンに対し、水銀はツカツカとハイヒールを鳴らして詰め寄ったかと思えば、首に腕を回して絞技を決めた。

「アンタねぇっ! ボクを誑かすなんていい度胸じゃない!」
「いだだだだ! もげる! 首がもげるっ!」
(デジャヴ……)

 何日か前にニコチンがタリウムに仕掛けていた駱駝固め(キャラメルクラッチ)を彷彿とさせる動き。
 身長差がある二人がやるとニコチンの足が浮いてより苦しそうだ。

「はい、そこ静かにっ! 僕の話に集中してっ!」

 フリッツがぱんっ! と手を叩き乾いた音を響かせて、二人の乱闘を強制終了させた。
 何だか彼が引率の先生に見えてくる。幼稚園児相手ぐらいの。

「いつもより大所帯だけど、今回はこの六人で『珊瑚菌床処分』に取り掛かる。皆んな、気を引き締めて」

 そしてフリッツは今回使用するリムジンタイプの車の後部ドアを開けた。
 その車の運転席には、既に黒衣を着た赤毛の青年が座っている。

「フリッツ、運転席にもう一人いるようだが」
「彼は車番だから気にしなくていいよ。目的地に着いたら車を長時間放っておくことが多くてね、そうなると悪戯されたり盗難されたりとよくトラブルに見舞われてしまうんだ。その対策」
「成る程」
「それよりモーズくんは覚えることがあるから、車内でも休んでいられないよ」

 車の後部座席に乗り込み、モーズはフリッツと向かい合うように座らされる。
 他のウミヘビは自由に席に着かせた所で車は浮かび上がり、海上を移動し始めた。

「モーズくん、『珊瑚』の菌床を見たことはあるかな?」
「写真ならば資料で拝見した事がある。実際に見たのは一度だけ、それも遠目からだな」

 菌床。ステージ5感染者の症状が進んだ際に作り出す、周囲に菌糸を張り巡らせたコロニー。
 モーズも以前、『珊瑚』の真っ赤な菌糸が一軒家の壁を覆い、蔦植物のように隙間なく埋め尽くしてしまった菌床を見た事がある。
 人間を糧とする寄生菌とはいえ『珊瑚』もカビ、胞子散布の為には無機物だろうと構わず支配する。その毒々しい景色にモーズは嫌悪感を覚えた記憶があった。

「なら外観だけ見た事があるんだね。という事は〈菌の根〉は見た事がないかな?」
「〈菌の根〉……? とは違うのか?」
「違うね。菌根は植物の根に侵食して共生している菌の事だけど、『珊瑚』の〈菌の根〉は植物に寄生はしても共生はしない。ただ植物が土に根を張るように、『珊瑚』も菌床に根を張っている」

 それは初めて聞く情報だ。
 フリッツ曰く寄生した人間には菌糸が張り巡るばかりで〈根〉と言えるような部位は確認できないが、菌糸が体外に出るほど『珊瑚』が成長すると〈根〉を作り、辺り一帯を取り込み始めるのだとか。

「『珊瑚』の菌床はその〈菌の根〉を突かなくてはなくならないんだ。例え菌床を丸ごと燃やしても〈菌の根〉が焼け残っていたら、そこからまた菌床が作られる。イタチごっこだね。だからまずは根を探し出して対処しなくてはいけない」
「その〈菌の根〉は名称からして地中にありそうだが、道具を用いて探し出すのだろうか?」
「それは大丈夫。『珊瑚』の根は地中にはないし肉眼で見えるんだ。道具も特別な技術も必要ないから安心して」
「わかった。では具体的にはどのような形をしている?」
「それは、」

 モーズの問い掛けに答えようとして、フリッツは言い淀む。

「……実際に見てもらうのが、一番だ」

 口にするのは憚れると、彼は暗に告げていた。

「モーズくん、わかっていると思うけど菌床は『珊瑚』の巣窟。民間人なら立ち入り禁止の危険地帯。相応の覚悟をしておいて」
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