毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二章 初遠征、菌床処分

第21話 廃棄処分

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「ニコチン。訊きたい事があるのだが、ウミヘビの中にステージ5の感染者を生きたまま保護できる者はいるだろうか?」
「あ゙ぁ゙? ウミヘビは『珊瑚』の処分を仕事にしている連中だぞ、そんな器用なことした事ねぇよ」
「例えばそう、セレンは人を無力化できる力があるのだろう? それを感染者にも応用したりとか、出来ないだろうか? 感染者も人間、理論上は可能だと思うのだが」
「『珊瑚』の感染者は頑丈さの他、毒の耐性が跳ね上がっている。じゃなきゃ俺らを派遣するまでもなく、軍が処分出来る。そも感染者にゃ『珊瑚』の菌糸が全身に巡っているんだ、人間と同じ構造とはとても言えねぇよ」

 ニコチンの指摘にモーズはハッと気付きを得る。

「そうか。まずは感染者の解剖記録から当たるのが無難か。有難う、ニコチン。参考になった」

 まずは構造を把握してから対策を練る。当たり前の事だが失念をしていた。やはりモーズは今焦っていて冷静な思考力が落ちている。
 その中でニコチンのような冷淡さを持ち、かつ歯に衣着せぬ物言いをしてくれる者の存在は非常に有り難かった。

「また相談してもいいだろうか? ウミヘビとの連絡手段はどうしているんだ? 内線か? 支給された携帯端末には君たちの連絡先がないようだが?」
「いや、そういうのは俺に聞くんじゃなくて懐っこいセレンとかに……」

 距離を詰めて畳み掛けるように質問をしてくるモーズに、ニコチンは困惑している。
 しかし答えるまで引く気がないのを察したのか、彼はタバコの火を携帯灰皿で消すとまた盛大にため息を吐いた。

「はぁ~……。おい、端末を見せろ」


 ***

 戸建ての脇に設置されていたベンチに腰を下ろして、モーズはニコチンからレクチャーを受けていた。

「ウミヘビとの連絡はこのアプリを使うんだよ。ただし、好き勝手やり取りできる訳じゃない。メッセージも通話も全部記録されるしクスシにゃ筒抜けだ。それに直接会った事のないウミヘビと連絡は不許可。交流っつぅか、訓練を挟まないと使役が難しいと判断される。わかったか?」

 必要最低限ながらわかりやすい説明にモーズは感謝する。そして監視された端末の構成を知って、居住区の建物を見渡してみると彼方此方に、過剰なまでの監視カメラが設置されている事にようやく気付いた。
 ちなみにベンチの裏など、人が集まりやすい場所には盗聴器が設置されているのだともニコチンは教えてくれる。

「……ウミヘビとクスシは囚人と看守、か。私は君たちが、厳しい制限や監視が必要な罪人のようには見えないのだがな」
「何度も言うが俺たちは人間じゃねぇ。生物兵器だ。兵器に安全装置付けるのは当たり前だろが」

 鉄も火薬も使われていない、人の形をした兵器。自律型環境汚染物質。よく考えなくとも人類を滅ぼしかねない危険物だ。
 そんな兵器が隣に座って喋っているのにモーズが危機感を覚えられないのは、美しい容姿をしているからだろうか。

「俺達ウミヘビが不始末を起こしたその時には、お前ぇらクスシが俺達を《廃棄》するんだぞ。今からそんな日和ってて、やってられるのかよ」

 ニコチンが告げた言葉をモーズが飲み込むまで、暫しの時間を要する。

「……殺すのか、私達が」
「死刑執行も、看守の仕事だろ?」

 《廃棄》。《廃棄処分》。
 ニコチンやクロール、タリウムやセレン。どれも使用が終われば一定の手順に従って廃棄処分をしなくてはいけない毒物。
 現実で試薬として扱う時と同じように、ウミヘビらも扱わなくてはいけないのだと言われて、直ぐに飲み込める訳がない。

「何となく、察してはいたが……」

 尤もラボに向かう道中まででニコチンは既に廃棄について口にしていた。セレンもウミヘビには人権がないと教えてくれていた。フリーデンもウミヘビらはあくまで〈備品〉として扱わないといけないのだと言っていた。
 廃棄処分をするのに、人権は確かに邪魔である。

「殺生与奪の権利まで委ねられているのだと、改めて突き付けられるとなかなか堪えるな」
「一丁前に常識人ぶってんな。お前ぇは所長が認めた変人なんだ、どうせそのうち慣れちまうさ」

 ニコチンは尊大に足を組み、またタバコに火を付けて煙を吐いた。

「……一人」
「うん?」

 しかし不意に、彼は思案する素振りを見せたと同時にモーズにこう話してくれた。

「一人、生け捕りが得意そうなウミヘビに声をかけておくわ。存分にこき使え」
「……っ! 有難う、ニコチン」
「礼はいいからさっさと帰れ、帰れ。見送りが必要なガキでもなし。だからこれ以上、迂闊な事して俺の仕事増やすなよ」
「あぁ、わかった」

 予想外に有意義な時間を過ごせた事にモーズは内心慶ぶ。
 言われた通り素直に帰ろうと腰を浮かそうとして、その前に気になっていた事を最後に解消しておこうとまた口を開いた。

「そうだ、ニコチン。最後に一つ訊きたいのだが」
「んだよ。手短に言え」
「女性のウミヘビはどこに居るんだ?」
「……は?」
「ここには居ないようだから別に居住区が用意されている、と踏んでいるのだが。それともアバトンにはそもそも居ないのだろうか」
「えぇ、お前そんな事も……。……いや、そりゃ知らねぇか。アイギスもまだいねぇ新人だ、寧ろ知っている方が変、か……? え、これ俺が言わねぇといけねぇのか?」
「ニコチン?」

 モーズの素朴な疑問に対して、ニコチンは何故だか非常に困惑している。
 そして暫し面倒そうな顔で言い渋っていたが、黙っていても仕方ないと思ったのか彼は教えてくれた。

「ウミヘビに女はいねぇよ。全員、男だ」

 自然の摂理に真っ向から反する事を。

「し、雌雄同体、という理解でいいだろうか?」
「気持ち悪いこと言うなよ。身体自体は人間の男性体そのものだわ」
「しかしそれでは可笑しいだろう!?」

 男性しかいない。百人以上いるウミヘビ全てが突然変異でそう産まれたとは考え難い。
 故に女性が存在しない理屈は通らない。

「ウミヘビが人でなかろうとも、生物である以上どこかしらで女性体の要素がなければ『産まれる事が出来ない』ではないか!?」

 生物は単性でも増える事は出来る。クラゲのように分裂をしたり、魚や鳥でも単為生殖をする事例は幾らでもある。
 しかし構造上、雄がいない状態で子は作れても雌がいなくては作れない。ウミヘビは身体が人間、哺乳類なのだから特にそうだ。子宮も卵子もなしに一体どう産まれてくるというのか。それとも人ではあり得ない形で繁殖をするのだろうか。
 医者として学者として興味が尽きない話に思わず前のめりになってしまうモーズに対して、ニコチンは片手で顔を覆い話した事を心底後悔している様子であった。そして案の定もう教えてくれなかった。

「これ以上話すのはクッッッソ面倒臭ぇから他当たってくれ」
「ニコチン!? ここで話を切り上げるのは非道では!?」
「うるせぇ。もうお前ぇ帰れ。帰ってクソして寝ろよホント」

 そのままニコチンに襟首掴まれ、開いたままだった門から鉄柵の外にポイと投げ捨てられてしまうモーズ。しかも門はモーズが出たと同時に自動で閉まってしまった。
 疑問を解消するつもりが新たな疑問が生じて追い出されてしまった事に消化不良を覚えつつも、日がすっかり沈んでしまった時間なのもあり、モーズは諦めて重い足取りで寄宿舎に戻ったのだった。
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