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第二章 初遠征、菌床処分

第19話 クスシの寄宿舎

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 昔馴染みがいない。
 明るく陽気で社交的なフリーデンが口にした台詞としては、とても意外であった。モーズから見たフリーデンの印象は『学生時代はクラスメイト全員と友人関係を築いていそう』である。
 それだけコミュニケーション能力が高く、友好関係に苦労していなさそうな印象だったのだが、第一印象からは計り知れない事情がフリーデンにもあるのかもしれない。

「着いた着いた、ここがクスシの寄宿舎な!」

 そんな事を考えていると、巨塔から歩いて十分ほどの場所に立つ建造物の前まで辿り着いていた。
 その建造物の外観は高級マンションと言って差し支えない、上質で立派な建造物であった。中も外観に見劣りしない、エントランスの床は大理石が敷き詰められ、革張りのソファが置かれたロビー、天井にはシャンデリアまで飾られている。
 一体ここはどこのリゾート施設なのかと、モーズは困惑した。

「ええと、清掃が行き届いていて好感が持てるな。持ち回りでこなしているのだろうか?」
「いや、掃除も洗濯も自動人形オートマタがしているぞ。ウミヘビに家事手伝いを依頼するのも可能だ」

 エントランスでも腰の高さ程の円柱型自動人形オートマタが床を掃除している。話に聞いていた通り、雑務は全て機械に任せられるのだ。加えてウミヘビをもスタッフとして使用できるとなれば最早、寄宿舎ではなく寮、それもコンセルジュ付きハイグレードマンションと同等だろう。
 ただし生活感は感じない。防音は施されているだろうがそれにしたって生活音が聞こえないし、暮らしていればどうしたって付いてしまう床や壁の傷が極端に少ないし、第一人の気配も一切ない。今エントランスを掃除している自動人形オートマタもモーズらがやってきたから起動したのであって、ついさっきまで動く必要がないほど汚れていない、つまり使われていないのだろう。
 そう言えば先程別れたフリッツも「徹夜した」とサラッと言っていた。皆ラボにこもりきりで寄宿舎(と言う名の単身寮)は放置されているのかもしれない。勿体無い事だが。

「自室は極力、無菌にする為に二重扉がついてる。シャワールームがあるのは扉と扉の間。帰宅して直ぐ使いたい時はあらかじめ着替えとか用意した方がいいぞ」
「着替え……。私は着の身着のままここに来たのだが、日用品はどう揃えればよいのだろうか?」
「ホテルでいうアメニティは最初から部屋に置いてあるからそれ使ってくれ。不足分は通販か売店で購入。これかこれ使えば買える」

 エレベーターで三階に移動しながらフリーデンが見せてくれたのは白いカードと、左手首に付けていた腕時計型電子機器だ。どちらでも内臓されたチップで買い物ができるのだと言う。そしてモーズの分は既に用意されている部屋に置かれている、とも教えてくれた。
 そしてモーズの部屋があるという三階の廊下はやはりというか、上品な床材と壁材に囲われ高級感溢れていた。個室の扉と扉の間隔が広いし中がどれほど広いか廊下にいる時点で察せられる。

「自室にあるパソコンからはラボの研究資料を閲覧出来るぞ~。電子書籍も読めるけど、他の階層には図書館やジムも備えてあるからな、よかったら活用してくれ!」
「転移装置を所持している時点でわかっていたつもりだったが……。潤沢な予算があるのだな」

 これが国連管理下施設なのかと、モーズは違う意味で戦慄した。

「あ、そうそう。モーズの自宅には落ち着いた頃……。そうだなぁ、研修が終わったら行けるよう調整しておくわ」
「何から何まですまない」
「いやいや、これぐらい当然だろ~」

 フリーデンは陽気な声を発しながらモーズのネームプレートが掲げられた扉を指差し、次いで隣室の扉を指差した。そこにはフリーデンのネームプレートが掲げられている。

「俺の部屋は隣! って事で、何かあったら呼び出してくれ。それじゃなモーズ」

 そしてフリーデンはドアノブに手をかけ、生体認証によって開いた部屋の中へと消えていった。モーズもフリーデンを真似てドアノブに手をかけてみる。初めて触れるのでドアノブはまず生体認証登録から始めていたが、やがて記録が終わると自動で開き中へ招き入れてくれた。
 扉を開けて直ぐにあるシャワールームや空気清浄機や殺菌装置が備え付けられた洗浄室の先、モーズに用意された個室は家具備え付けで黒を基調とした内装の、落ち着いた雰囲気の部屋だった。モーズが現在一人暮らしをしているアパートの1DK個室、その三倍はあろうかという広さだ。広すぎて逆に落ち着けない気持ちを抱きつつ、モーズはパソコンが置かれた作業机に歩み寄る。
 パソコンに腕時計型電子機器にチップ入りカードに真新しい携帯端末。これが支給品で、人工島アバトン内で行動するに必要不可欠なものと察せられた。ちなみに机には取扱書も置かれている。

(フリーデンは研究資料を閲覧できると言っていたな)

 ひとまずモーズは作業机に座るとパソコンを起動した。パソコンはラボが管理する様々なデータベースにアクセスでき、その中にはコールドスリープ患者のカルテもあった。モーズはそのカルテを一つ一つ読み始める。読みながら、机に置いてあったメモ帳を手元に引き寄せ、カルテに書かれたとある項目を書き写す。
 その項目は患者の性別でも出身でも年齢でも人柄でもない。モーズが注視したのは、珊瑚症の〈罹患歴だ〉。感染が確認されてからコールドスリープに至るまでの期間。身体の個人差や生活習慣や治療環境によって左右されるとしても、最長期間がいつなのか、モーズは1500万人分のカルテから探った。

(八年、だな)

 そしてその答えは8年だと、導き出した。

(進行緩和剤は年々改良が加えられ、より効果的になっているとはいえ、私の珊瑚症の進行具合を鑑みると楽観視は出来ない)

 モーズは右腕の袖を捲り上げて素肌を露出した。
 一の腕の赤みがかった箇所に触れれば硬い感触を確認でき、ゆっくりと、しかし確実に菌に侵蝕されているとわかる。

(フランチェスコの情報は得られず、珊瑚症感染者の意識レベルの研究が出来るのはまだ先……)

 モーズが珊瑚症に罹患してから既に六年が過ぎている。

 ――残された時間は、2年を切っている。

 そこで彼はガタリと大きな音を立てて席を立つと、キッチン脇の冷蔵庫に仕舞われていた携帯流動食を見付け、一つ取る。
 そしてフェイスマスクを外し、中身を一気に飲み切った。苦味と酸味が混ざった何とも言えない味が舌の上に広がる。

「やはり、不味いな」
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