6 / 275
第一章 入所編
第6話 オフィウクス・ラボ入所試験
しおりを挟む
「うわ、えぐ」
ホテルの一室にて、モーズはフリーデンが即興で作成したペーパーテストを受けていた。制限時間内に無事に解き終え、採点に回った答案はケアレスミスさえない全問正解。
テストの勉強や対策など事前準備なしでこの成果、とフリーデンが慄くには充分だった。
「全百問中百点満点とか引くわ……。俺が受けたテストは89点だったのに……」
「何故、引かれなければならないんだ。基本的な化学知識に医療知識に薬学知識、そこからの応用。そして珊瑚症の知識があれば解ける問題だった。珊瑚症を専門とする私が間違える訳にはいかないだろう」
「意識高すぎぃ」
喋りながらフリーデンは電子タブレットを操作し、問題文と答案を撮影している。どこかに、恐らくラボに送信するつもりなのだろう。
「筆記は余裕で合格だな、こりゃ。そんじゃさっさと面接に移るか~」
「何を答えればいい?」
「あ、面接するのは俺じゃなくてあっちな。あっち」
フリーデンが手の平を向けた先に居たのは、全開にした窓の下框に腰をおろし、タバコを吹かすニコチンであった。
「……彼と?」
「ラボで一番求められる仕事は《ウミヘビ》の使役と管理だ。てか極論、予算の差はあれど実験や研究なんて他所でも出来るからなぁ。ウチに入所したいんなら、あいつらの手綱をどうにか握るのが肝」
「セレンと面接では駄目なのか」
「セレンはウミヘビの中でも特に温厚で癖がなくて人懐っこい。だから調査員として派遣されてた。事前に交流もあったことだし除外だな」
「そ、そうか」
面接対象外となってしまったセレンはあからさまにしょんぼりと肩を落としつつ、定点カメラをセットしている。面接の様子は一部始終記録しておくようだ。
モーズはひとまず席から立つと窓辺へ歩み寄り、ニコチンへ声をかける。
「ええと。ニコチンさんと、呼べばいいのだろうか?」
「ニコチンでもニコランでもハビトロールでも、好きに呼びな。俺に決定権はない。あと敬称はうざったいからやめろ」
「わかった。ではニコチン、よろしく頼む」
心の中で身構えつつ、モーズはニコチンの質問を持つ。
「……」
「……」
しかしニコチンはマイペースにタバコを吸うばかりで、何も言わなかった。
「その、私は何をすれば?」
「知らねぇよ。お喋りしたいならセレンとしな」
「しかしフリーデンは君と面接をしろと」
「《クスシ》が増えようが減ろうが俺にゃ関係のない話だ。命令があれば処分する、それだけだろ」
《クスシ》。単に薬師の事を言っているのではなく、どうも含みを感じる言い回しだ。
「そもそもモーズお前、よく知りもしないラボに本当に行きてぇのか? 生半可な覚悟で行きゃ後悔するぞ」
「あ、ちょっとニコちゃんっ! ネガキャンやめてっ!」
「うるせぇよ、ちゃん付けすんな。俺はただ、騙し討ちみてぇに事を運ぶのが胸糞悪いってだけだ」
氷のように冷ややかな赤い瞳が、モーズを睥睨する。
その迫力に怯みそうになりながらも、モーズは自身を鼓舞し更に彼との距離を縮めた。
「ならば私から訊くが、君から見たオフィウクス・ラボの話を聞きたい。お願い出来るだろうか?」
「おー。人間様の命令となりゃ逆らえねぇからな、答えてやるよ」
「いや私は命令したつもりはなくてだな」
「俺にとってのオフィウクス・ラボは『監獄』だ」
ニコチンはモーズの言葉を無視して答え始める。
「ウミヘビが囚人、クスシが看守。規則で塗り固められた箱庭で過ごし、時には人の形をした『珊瑚』を屠る処刑人となる。救命が仕事な医者が死体作りに加担するんだ。特に重症患者だろうと人間の意識があるって信じてるお前ぇじゃ、精神がヤラれるんじゃないか?」
そう言って、ニコチンは意地の悪い笑みをモーズに見せた。薄く開いた口の中、舌の上にピアスをしているのが見える。やはり彼の見た目は不良だ。
“見た目”は。
「君は、優しいな」
「あ゙ぁ゙?」
「見た目と態度で勘違いをしていてすまなかった。これほど真摯に忠告してくれるとは」
「俺は事実を言っただけだぞ?」
「その事実が有難い」
モーズは自身の胸に手を置き、宣言する。
「その上で、私はラボに行きたい。保身の為だけではない。オフィウクス・ラボは珊瑚症研究の最前線を走る組織。珊瑚症根絶を目標とする私が、元より目指していた場所なんだ。こんな形で縁が出来るとは思ってもいなかったが」
「……本気か?」
するとニコチンは窓の下框から降りてモーズと向かい合った。
「お前。俺の言ったクスシがなんだか、知ってるか?」
「看守に例えていたクスシか。薬師とは違うニュアンスで使っていたようだが、それ以上はわからないな」
「略して言ってたが、正式に言うと《クスシヘビ》だ。ラボにいる人間の通称。何でそう呼ばれるのか。理由は単純明確。『珊瑚』に対抗する為、俺たちを従える為――身体を改造するからだ」
反射的に、モーズはフリーデンの方へ視線を向ける。
視線を向けられたフリーデンはマスクの頬部分をぽりぽり掻いて迷ったような素振りをした後、肯首した。ニコチンの言う事は事実なのだ。
「つまり普通の人間じゃいられなくなる。お前、蛇になる覚悟、あるのか?」
どんな改造を施されるのか。《クスシ》にあたるフリーデンの外見は普通の人間そのもの。何をされるのか、どう変わるのか何も読み取れない。ラボは機密だらけで全てが未知数だ。
「ある」
それでも、モーズの意思は変わらない。彼はニコチンを真っ直ぐ見詰めて、ただ一言、決意を表明した。
途端、ニコチンはげんなりした表情を浮かべタバコの先端を携帯灰皿で押し潰した。
「かーっ! セレンが気に入るだけあってドの付く変人だな、お前ぇ。やめだ、やめだ。こいつここで置き去りにしようが自力でラボに来るだろ。手段選ばないタイプだ。話すだけ無駄」
そしてまた新しい紙タバコに火を付けている。結局吸うらしい。ただ先程吸っていたタバコと銘柄は異なる。どうやら気分で変えているようだ。
「お~っ! 平和的に終わって何よりだモーズ!」
ぱちぱちぱち。
フリーデンがモーズに拍手を送ってくれる。
「俺が聞いた話だと、面接中にウミヘビと取っ組み合いの喧嘩になった人もいたらしいからな。ハラハラしたな~」
「それは穏やかじゃないな。しかし終わり、でよいのか?」
「ニコチンが話す気なくなったからな、いいんだよ」
だがこれでは面接は中断されたようなもの。
果たして自分はラボに入れるのだろうかとモーズが内心、狼狽えていると、フリーデンにぽんぽんと軽く肩を叩かれた。
「そんじゃ最終試験いくか~」
「最終試験?」
「おう。オフィウクス・ラボの創設者かつ最高責任者。我らが所長との、面接」
ホテルの一室にて、モーズはフリーデンが即興で作成したペーパーテストを受けていた。制限時間内に無事に解き終え、採点に回った答案はケアレスミスさえない全問正解。
テストの勉強や対策など事前準備なしでこの成果、とフリーデンが慄くには充分だった。
「全百問中百点満点とか引くわ……。俺が受けたテストは89点だったのに……」
「何故、引かれなければならないんだ。基本的な化学知識に医療知識に薬学知識、そこからの応用。そして珊瑚症の知識があれば解ける問題だった。珊瑚症を専門とする私が間違える訳にはいかないだろう」
「意識高すぎぃ」
喋りながらフリーデンは電子タブレットを操作し、問題文と答案を撮影している。どこかに、恐らくラボに送信するつもりなのだろう。
「筆記は余裕で合格だな、こりゃ。そんじゃさっさと面接に移るか~」
「何を答えればいい?」
「あ、面接するのは俺じゃなくてあっちな。あっち」
フリーデンが手の平を向けた先に居たのは、全開にした窓の下框に腰をおろし、タバコを吹かすニコチンであった。
「……彼と?」
「ラボで一番求められる仕事は《ウミヘビ》の使役と管理だ。てか極論、予算の差はあれど実験や研究なんて他所でも出来るからなぁ。ウチに入所したいんなら、あいつらの手綱をどうにか握るのが肝」
「セレンと面接では駄目なのか」
「セレンはウミヘビの中でも特に温厚で癖がなくて人懐っこい。だから調査員として派遣されてた。事前に交流もあったことだし除外だな」
「そ、そうか」
面接対象外となってしまったセレンはあからさまにしょんぼりと肩を落としつつ、定点カメラをセットしている。面接の様子は一部始終記録しておくようだ。
モーズはひとまず席から立つと窓辺へ歩み寄り、ニコチンへ声をかける。
「ええと。ニコチンさんと、呼べばいいのだろうか?」
「ニコチンでもニコランでもハビトロールでも、好きに呼びな。俺に決定権はない。あと敬称はうざったいからやめろ」
「わかった。ではニコチン、よろしく頼む」
心の中で身構えつつ、モーズはニコチンの質問を持つ。
「……」
「……」
しかしニコチンはマイペースにタバコを吸うばかりで、何も言わなかった。
「その、私は何をすれば?」
「知らねぇよ。お喋りしたいならセレンとしな」
「しかしフリーデンは君と面接をしろと」
「《クスシ》が増えようが減ろうが俺にゃ関係のない話だ。命令があれば処分する、それだけだろ」
《クスシ》。単に薬師の事を言っているのではなく、どうも含みを感じる言い回しだ。
「そもそもモーズお前、よく知りもしないラボに本当に行きてぇのか? 生半可な覚悟で行きゃ後悔するぞ」
「あ、ちょっとニコちゃんっ! ネガキャンやめてっ!」
「うるせぇよ、ちゃん付けすんな。俺はただ、騙し討ちみてぇに事を運ぶのが胸糞悪いってだけだ」
氷のように冷ややかな赤い瞳が、モーズを睥睨する。
その迫力に怯みそうになりながらも、モーズは自身を鼓舞し更に彼との距離を縮めた。
「ならば私から訊くが、君から見たオフィウクス・ラボの話を聞きたい。お願い出来るだろうか?」
「おー。人間様の命令となりゃ逆らえねぇからな、答えてやるよ」
「いや私は命令したつもりはなくてだな」
「俺にとってのオフィウクス・ラボは『監獄』だ」
ニコチンはモーズの言葉を無視して答え始める。
「ウミヘビが囚人、クスシが看守。規則で塗り固められた箱庭で過ごし、時には人の形をした『珊瑚』を屠る処刑人となる。救命が仕事な医者が死体作りに加担するんだ。特に重症患者だろうと人間の意識があるって信じてるお前ぇじゃ、精神がヤラれるんじゃないか?」
そう言って、ニコチンは意地の悪い笑みをモーズに見せた。薄く開いた口の中、舌の上にピアスをしているのが見える。やはり彼の見た目は不良だ。
“見た目”は。
「君は、優しいな」
「あ゙ぁ゙?」
「見た目と態度で勘違いをしていてすまなかった。これほど真摯に忠告してくれるとは」
「俺は事実を言っただけだぞ?」
「その事実が有難い」
モーズは自身の胸に手を置き、宣言する。
「その上で、私はラボに行きたい。保身の為だけではない。オフィウクス・ラボは珊瑚症研究の最前線を走る組織。珊瑚症根絶を目標とする私が、元より目指していた場所なんだ。こんな形で縁が出来るとは思ってもいなかったが」
「……本気か?」
するとニコチンは窓の下框から降りてモーズと向かい合った。
「お前。俺の言ったクスシがなんだか、知ってるか?」
「看守に例えていたクスシか。薬師とは違うニュアンスで使っていたようだが、それ以上はわからないな」
「略して言ってたが、正式に言うと《クスシヘビ》だ。ラボにいる人間の通称。何でそう呼ばれるのか。理由は単純明確。『珊瑚』に対抗する為、俺たちを従える為――身体を改造するからだ」
反射的に、モーズはフリーデンの方へ視線を向ける。
視線を向けられたフリーデンはマスクの頬部分をぽりぽり掻いて迷ったような素振りをした後、肯首した。ニコチンの言う事は事実なのだ。
「つまり普通の人間じゃいられなくなる。お前、蛇になる覚悟、あるのか?」
どんな改造を施されるのか。《クスシ》にあたるフリーデンの外見は普通の人間そのもの。何をされるのか、どう変わるのか何も読み取れない。ラボは機密だらけで全てが未知数だ。
「ある」
それでも、モーズの意思は変わらない。彼はニコチンを真っ直ぐ見詰めて、ただ一言、決意を表明した。
途端、ニコチンはげんなりした表情を浮かべタバコの先端を携帯灰皿で押し潰した。
「かーっ! セレンが気に入るだけあってドの付く変人だな、お前ぇ。やめだ、やめだ。こいつここで置き去りにしようが自力でラボに来るだろ。手段選ばないタイプだ。話すだけ無駄」
そしてまた新しい紙タバコに火を付けている。結局吸うらしい。ただ先程吸っていたタバコと銘柄は異なる。どうやら気分で変えているようだ。
「お~っ! 平和的に終わって何よりだモーズ!」
ぱちぱちぱち。
フリーデンがモーズに拍手を送ってくれる。
「俺が聞いた話だと、面接中にウミヘビと取っ組み合いの喧嘩になった人もいたらしいからな。ハラハラしたな~」
「それは穏やかじゃないな。しかし終わり、でよいのか?」
「ニコチンが話す気なくなったからな、いいんだよ」
だがこれでは面接は中断されたようなもの。
果たして自分はラボに入れるのだろうかとモーズが内心、狼狽えていると、フリーデンにぽんぽんと軽く肩を叩かれた。
「そんじゃ最終試験いくか~」
「最終試験?」
「おう。オフィウクス・ラボの創設者かつ最高責任者。我らが所長との、面接」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――
EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。
そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。
そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。
そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。
そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。
果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。
未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する――
注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。
注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。
注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。
注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる