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第一章 入所編
第5話 バイオテロ組織の策略
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「いや~っ! 災難だったね君!」
オフィウクス・ラボの関係者が待つと言っていた拘置所の門の脇で、金髪の若い男が軽薄な手振りでモーズを迎えてくれた。
その男は先輩が着ていたものと同じ、裏地が蛇柄という妙なデザインの白衣を着ている。ラボの人間だというのは本当なのだろう。しかしその服装よりも目に付いたのは、顔全体を隠すフェイスマスクであった。
「君、そのマスクは?」
「これ? 感染対策に決まってるっしょ! 医者の不養生とか恥ずかしいし~?」
植物のオリーブの柄が描き込まれた、落ち着きのあるデザインの白いマスク。
感染病棟でもフェイスマスクを使う者はモーズ以外いなかったので、つい気になってしまった。
「君も医者、なのか」
「医者であり化学者であり薬師であり……。今は研究者と言うのがいいのかね? ま、肩書きなんてどうでもいいんだ。ほら移動するぞ。お偉いさん出てきて大事になったら面倒だし」
「その前に、名前を訊いてもいいだろうか?」
「ん? あーっ! まだ名乗ってなかったか!」
すっかり忘れていたらしい彼は元気に手を差し出してきた。
「俺のことは『フリーデン』って呼んでくれ! よろしくなっ!」
「わ、私はモーズだ。よろしく」
声が大きくテンションが高い。モーズは戸惑いながら握手を交わした。
(平和か。珍しい名前だな)
◇
「あ、先生。お待ちしておりました」
「セレン!?」
拘置所の敷地外、道路脇に停められていた車の後部座席に招かれたモーズは車内でセレンとの再会を果たす。
ちなみに助手席には先輩のニコチンが座っていて、ここでもタバコを吹かしていた。助手席の窓を全開にして。
「君たち病棟から姿を消していたが、何処にいたんだ。あとセレンは研修医ではないと警官が言っていたが本当なのか?」
「本当ですよ」
セレンはあっさりと肯定をする。
「実は私、研修医ではなく調査員として感染病棟に潜入していたんです。院長からの依頼で。仮の身分として研修医として振る舞っていました」
「調査? 一体、何の調査をしていたんだ?」
「《ペガサス教団》」
モーズに疑問に答えたのは、ニコチンであった。
「大自然主義の思想団体が宗教化した組織。寄生菌『珊瑚』を神からのギフトとし、治療や処分をよしとしない実質バイオテロ組織だな。お前をハメたのもそいつらだろ」
「その教団のことは私も知っているが、何故!? 私は教団と接点はなく恨みを買うような事をした覚えもないが!?」
「逆だ、逆。モーズを気に入ったから陥れようとしたんだろよ」
運転席でカーナビを操作しながらフリーデンが言う。
「セレンから聞いたんだけど、珊瑚症の進行度が進んでも患者は人間としてのく意識がある、って学説を唱えているんだって? いかにも教団好みな学説だ。しかも優秀なお医者さま。珊瑚患者処分反対主張の根拠ってか材料として、仲間に引き入れたかったんだろうな」
「そ、そうなのか?」
「俺の予想じゃ、患者の母親を生贄に重症患者と言う名の祝福されし者を増やしつつ、モーズに冤罪ふっかけ孤立した所に救世主として付け入る!
ってシナリオだったと思うんだよ。ま、その前に俺が連れ出した訳だけど~。セレンが熱烈に推薦してたし、優秀な医者が欲しいのはこっちも同じだし」
陽気に鼻歌を歌いつつ車を発進させるフリーデン。尤もフルオート運転なので、彼はナビを操作した以外何もしていないが。
「セレンがとっとと教団の内通者見付けてりゃ災害も避けれただろうに、失敗しやがって」
「私が病棟に潜入したのは一週間前ですよ!? そんな直ぐに見付けられませんって!」
ニコチンの鋭い指摘にセレンはあわあわと弁明をする。
「院長は感染病棟の関係者にバイオテロ組織が潜んでいると怪しんでいたのか。私は全く気付かなかったな」
「先生は患者に真摯で他のお医者さんにあまり興味なかったですしねぇ。コミュニケーションの場である食事も、いつも一人で籠って済ましていましたし」
「うぐっ」
今度はセレンの鋭い指摘にモーズは言葉が詰まってしまった。彼の言う通り、モーズは職員との交流や連携よりも、患者とその身内のケアに注力してきた。
職員の名と顔は流石に覚えているが、人柄を訊かれたら答えられる気がしない。
「まー、時系列順に整理するとだな。ペガサス教団の内通者がいるっぽいから調べて欲しいって院長から依頼が来たから、セレンを潜り込ませた。そんでステージ4患者が出たって報告あったからテロを警戒し、先んじて待機したら想定通りバイオテロ災害が起きたと」
「待機て。肝心の時にゃお前ぇ居なかっただろが」
「だってまさか飯買いに行っている間に災害起きるとか思わないじゃん!? ちょっと離れただけなのに~っ!」
「そのお陰様でこそこそ隠れるハメになったんだぞ、俺たち」
フリーデンの姿が病棟になかったのは、食事の買い出しをしていたかららしい。
「私達《ウミヘビ》は本来、お目付け役が居ないと外で行動してはいけないんですよ。人権ないんで。だから独断行動したのがバレると面倒でして、申し訳ありませんがお巡りさんに見付かる前にとあの場を離れさせて頂きました」
「今さらっととんでもない事を言わなかったか!?」
補足として伝えてくれたセレンの情報の中に聞き捨てならない単語が出てきて、モーズはそこに気を取られてしまった。
「人権がないなど、そんな事が現代でまかり通るのか!?」
「《ウミヘビ》は人間じゃないから人権作りようがないのよ。精々、物とか愛玩動物レベル?」
「そんな。どう見ても人にしか見えないのにか」
「法律難しいから俺もよくわからんけど、駄目らしいぞ」
フリーデンの説明は随分とあやふやだ。
「ちなみに病棟内では院長が私のお目付け役でした。調査の為とはいえ楽しい研修医ライフが送れましたし、何より先生にも出会えて最高でしたね~っ」
「お前ぇな……」
黒目がちの目を輝かして語るセレンに、ニコチンは呆れ返っている。
「大方はわかった。いや、訊きたいことはまだ山程あるが……。まずはこの先、私の処遇がどうなるのかを知りたい」
「そりゃこのままラボに直行! って出来たら楽なんだが、流石に無条件じゃ連れて行けなくてな。入所試験を受けて貰わなきゃになる。勿論モーズには人権があるんだ、断る事も出来るぞ?」
「その場合、私の下車場所はどこになる?」
「そりゃあ、拘置所かな?」
その返答にモーズは思わずマスクの下でフッと笑ってしまう。
「それでは選択肢などないようなものだろう」
冤罪をなすり付けられるのも避けたい出来事だが、ペガサス教団の関与がわかった今、そちらに巻き込まれる方が厄介だ。組織の手の届かない場所にいるのが今は最善のはず。
だがそれ以前に、モーズは前々からオフィウクス・ラボに強い関心を抱いていた。珊瑚症研究に特化した組織、気にするなと言う方が無理だろう。
故に、迷いなくこう答えた。
「フリーデン。その試験、受けよう」
「そーこなくっちゃな!」
オフィウクス・ラボの関係者が待つと言っていた拘置所の門の脇で、金髪の若い男が軽薄な手振りでモーズを迎えてくれた。
その男は先輩が着ていたものと同じ、裏地が蛇柄という妙なデザインの白衣を着ている。ラボの人間だというのは本当なのだろう。しかしその服装よりも目に付いたのは、顔全体を隠すフェイスマスクであった。
「君、そのマスクは?」
「これ? 感染対策に決まってるっしょ! 医者の不養生とか恥ずかしいし~?」
植物のオリーブの柄が描き込まれた、落ち着きのあるデザインの白いマスク。
感染病棟でもフェイスマスクを使う者はモーズ以外いなかったので、つい気になってしまった。
「君も医者、なのか」
「医者であり化学者であり薬師であり……。今は研究者と言うのがいいのかね? ま、肩書きなんてどうでもいいんだ。ほら移動するぞ。お偉いさん出てきて大事になったら面倒だし」
「その前に、名前を訊いてもいいだろうか?」
「ん? あーっ! まだ名乗ってなかったか!」
すっかり忘れていたらしい彼は元気に手を差し出してきた。
「俺のことは『フリーデン』って呼んでくれ! よろしくなっ!」
「わ、私はモーズだ。よろしく」
声が大きくテンションが高い。モーズは戸惑いながら握手を交わした。
(平和か。珍しい名前だな)
◇
「あ、先生。お待ちしておりました」
「セレン!?」
拘置所の敷地外、道路脇に停められていた車の後部座席に招かれたモーズは車内でセレンとの再会を果たす。
ちなみに助手席には先輩のニコチンが座っていて、ここでもタバコを吹かしていた。助手席の窓を全開にして。
「君たち病棟から姿を消していたが、何処にいたんだ。あとセレンは研修医ではないと警官が言っていたが本当なのか?」
「本当ですよ」
セレンはあっさりと肯定をする。
「実は私、研修医ではなく調査員として感染病棟に潜入していたんです。院長からの依頼で。仮の身分として研修医として振る舞っていました」
「調査? 一体、何の調査をしていたんだ?」
「《ペガサス教団》」
モーズに疑問に答えたのは、ニコチンであった。
「大自然主義の思想団体が宗教化した組織。寄生菌『珊瑚』を神からのギフトとし、治療や処分をよしとしない実質バイオテロ組織だな。お前をハメたのもそいつらだろ」
「その教団のことは私も知っているが、何故!? 私は教団と接点はなく恨みを買うような事をした覚えもないが!?」
「逆だ、逆。モーズを気に入ったから陥れようとしたんだろよ」
運転席でカーナビを操作しながらフリーデンが言う。
「セレンから聞いたんだけど、珊瑚症の進行度が進んでも患者は人間としてのく意識がある、って学説を唱えているんだって? いかにも教団好みな学説だ。しかも優秀なお医者さま。珊瑚患者処分反対主張の根拠ってか材料として、仲間に引き入れたかったんだろうな」
「そ、そうなのか?」
「俺の予想じゃ、患者の母親を生贄に重症患者と言う名の祝福されし者を増やしつつ、モーズに冤罪ふっかけ孤立した所に救世主として付け入る!
ってシナリオだったと思うんだよ。ま、その前に俺が連れ出した訳だけど~。セレンが熱烈に推薦してたし、優秀な医者が欲しいのはこっちも同じだし」
陽気に鼻歌を歌いつつ車を発進させるフリーデン。尤もフルオート運転なので、彼はナビを操作した以外何もしていないが。
「セレンがとっとと教団の内通者見付けてりゃ災害も避けれただろうに、失敗しやがって」
「私が病棟に潜入したのは一週間前ですよ!? そんな直ぐに見付けられませんって!」
ニコチンの鋭い指摘にセレンはあわあわと弁明をする。
「院長は感染病棟の関係者にバイオテロ組織が潜んでいると怪しんでいたのか。私は全く気付かなかったな」
「先生は患者に真摯で他のお医者さんにあまり興味なかったですしねぇ。コミュニケーションの場である食事も、いつも一人で籠って済ましていましたし」
「うぐっ」
今度はセレンの鋭い指摘にモーズは言葉が詰まってしまった。彼の言う通り、モーズは職員との交流や連携よりも、患者とその身内のケアに注力してきた。
職員の名と顔は流石に覚えているが、人柄を訊かれたら答えられる気がしない。
「まー、時系列順に整理するとだな。ペガサス教団の内通者がいるっぽいから調べて欲しいって院長から依頼が来たから、セレンを潜り込ませた。そんでステージ4患者が出たって報告あったからテロを警戒し、先んじて待機したら想定通りバイオテロ災害が起きたと」
「待機て。肝心の時にゃお前ぇ居なかっただろが」
「だってまさか飯買いに行っている間に災害起きるとか思わないじゃん!? ちょっと離れただけなのに~っ!」
「そのお陰様でこそこそ隠れるハメになったんだぞ、俺たち」
フリーデンの姿が病棟になかったのは、食事の買い出しをしていたかららしい。
「私達《ウミヘビ》は本来、お目付け役が居ないと外で行動してはいけないんですよ。人権ないんで。だから独断行動したのがバレると面倒でして、申し訳ありませんがお巡りさんに見付かる前にとあの場を離れさせて頂きました」
「今さらっととんでもない事を言わなかったか!?」
補足として伝えてくれたセレンの情報の中に聞き捨てならない単語が出てきて、モーズはそこに気を取られてしまった。
「人権がないなど、そんな事が現代でまかり通るのか!?」
「《ウミヘビ》は人間じゃないから人権作りようがないのよ。精々、物とか愛玩動物レベル?」
「そんな。どう見ても人にしか見えないのにか」
「法律難しいから俺もよくわからんけど、駄目らしいぞ」
フリーデンの説明は随分とあやふやだ。
「ちなみに病棟内では院長が私のお目付け役でした。調査の為とはいえ楽しい研修医ライフが送れましたし、何より先生にも出会えて最高でしたね~っ」
「お前ぇな……」
黒目がちの目を輝かして語るセレンに、ニコチンは呆れ返っている。
「大方はわかった。いや、訊きたいことはまだ山程あるが……。まずはこの先、私の処遇がどうなるのかを知りたい」
「そりゃこのままラボに直行! って出来たら楽なんだが、流石に無条件じゃ連れて行けなくてな。入所試験を受けて貰わなきゃになる。勿論モーズには人権があるんだ、断る事も出来るぞ?」
「その場合、私の下車場所はどこになる?」
「そりゃあ、拘置所かな?」
その返答にモーズは思わずマスクの下でフッと笑ってしまう。
「それでは選択肢などないようなものだろう」
冤罪をなすり付けられるのも避けたい出来事だが、ペガサス教団の関与がわかった今、そちらに巻き込まれる方が厄介だ。組織の手の届かない場所にいるのが今は最善のはず。
だがそれ以前に、モーズは前々からオフィウクス・ラボに強い関心を抱いていた。珊瑚症研究に特化した組織、気にするなと言う方が無理だろう。
故に、迷いなくこう答えた。
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