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朝焼けを抱く
繋いだ世界
しおりを挟む「あ~~もう! ここのリーオレイス帝国への予算と実績が合わないの、なんでこう毎年同じなんですかっ! ここで4国協定の調整取れないと、全体の見直しが滅茶苦茶面倒臭いんですけど~~~!!!」
すっかり事務職に染まり切ったアクアの絶叫が、《ホライズン》本部の社屋に響き渡る。
「……うーん……リーオレイス帝国の国力の底上げが足りないんだ。交渉だけじゃ駄目だな……アキディスが仕込んだ世論操作の成果が出るのは……」
「ああぁぁ~やめて~汚い大人の事情が、いっぱいだわぁ……」
「お前も大人だ。アクア」
フェルトリア連邦 中央都市フェリアの一等地に設立された、飛行機械専門機関 ホライズン。
設立から3年で、第5の国家勢力と言われる世界情勢への影響力を持つようになっていた。
世界を300年支配していた魔女を倒した、設立者。
その周囲を、各国の権威者たちと、最強の英雄、聖女、聖者たちが後援している。
――まさになるべくして成った、多国籍勢力だ。
「リースさん、最新型に不具合が出てるらしいんですけど、確認して頂けませんか?」
トン、と扉を叩きながら、隣の部署の職員が申し訳なさそうに入ってきた。
「? 不具合って、仕様を確定したときには問題無かっただろう」
「それが、なにもしてないのにおかしくなったらしくて」
「……”なにもしてない”は、”何かしてる”んだぞ。……はぁ。仕方ないな。どの工房だ?」
「はは、それが、またアーペの工房でして……」
「……。すまない、アクア。3日ほど出張してくる」
「な……、も、もうっ……!! 不具合の、馬鹿あぁぁあ!!」
――それでも、馬車で片道7日かかっていた日程を、往復3日に短縮できている。
それもすべて、飛行機械の発着が、安全に運用されているからだ。
ばさ、と外套を羽織って外に出る。
賑やかなフェリアの街並みの、中心地。
本来は設立者の国で、商業国家であるリュディア王国に本部を作る筈だった。
だが飛行機械を開発したのは、フェルトリア連邦の地方都市事業。
設立経緯を含め色々な事情を汲んで、フェルトリア連邦の中央都市に本部を設立することになった。
それにここには、フェリア中央教会がある。
『光明の聖女』様は、《ホライズン》の重要な後援者だ。
「リース! 今日はもう上がりなのか?」
街並みに紛れている警護官が、気さくに声をかけてくる。
「いや、出張になったんだ。アーペに行ってくる。変わった情報があったら教えてくれ」
「ん~、特にないな。俺としては明日の『光明の聖女』の新曲発表をお勧めしたかったんだが、出張じゃ、しょうがないな~!」
何故か胸を張る警護官の話に適当に頷きながら、冷えてきた夕方の街並みを歩く。
――敬意の視線。
街の人達が自然と道を開けてくれている気がする。
あまりこの時間帯に外に出ないから、不思議な感じだ。
隣に警護官がいるからだろうか――?
「あ、自分はこっちの道の巡回だから、ここまでな。アーペの土産、期待してるよ!」
勝手についてきて勝手にいなくなった警護官に適当に手を振り、入り組んだ路地に入る。
……警護官がこちらの家の位置まで把握しているのは、第5の国家勢力といわれる《ホライズン》の要人警護の為だろう。
自分が要人かといわれると、首を傾げたくなるが――。
「……はぁ。人間になってから、なんだか、忙しいな……」
「はじめから、人間だったでしょ?」
艶やかな黒髪。
その毛先の赤色が、さらりと涼しい街風に揺れる。
突然隣に出現した少女は、リースを覗き込み、にっこり笑った。
「……っ!! ヒカゲ=ディシール……!」
おもわず距離を取り、ザッと膝をつく。
魔女の師匠。
この、人間の身体を準備してくれた人。
……数万年の時を生き、世界を見守ってきた存在。
長い年月、どれだけ捜しても見つからなかった重要人物が、どうして、いきなり――。
「今まで、どこに――」
「ミラノのお部屋でお菓子食べてた。みんな忙しそうなんだもの」
「え? あの……」
「あはは。えっとね、今の世界を、みてきたよ。……私の愛弟子が作った、平和な世界。あなた達が、上手に受け取ってくれたんだね。航空機と武力を結びつけないように頑張ってくれて、ありがとう。……エイト」
「……わかっていますよ。……御影さん」
果てしない、広大な草原。
ディールの丘を越えた土地の探索は、ホライズンの飛行機械を使った調査で、着実にすすんでいる。
リュディア王国が呼び掛けた、4国協定。
そこに魔女討伐の足並みが揃い、多国籍集団の魔女探し達が奮闘し、多くの犠牲を払いながらも魔女を倒した。
――そういうことに、なっている。
アーペの発着陸場に青い機体を安全に着陸させ、上空の冷たい空気を纏いつつ、ザッと地面を踏む。
出迎えてくれたアーペ常駐の《ホライズン》職員――かつての”魔女探し”が駆けつけ、機体を安全な場所へ搬送していく。
アーペの発着陸場は、4国のなかでも一大技術拠点として、一番利用頻度が高い場所だ。
「リース! 度々すまんな。もういっそ、アーペに住んじゃどうだ?」
作業服姿の聖者バルドに出迎えられ、小さく、息をつく。
「いえ……いや、実際それが良いかも知れませんね。本部の仕事を、代わりにやってくれる人がいれば……」
「そんなに気負うなよ。任せちまえば、案外何とかなるもんさ」
高台の発着場を出ると眼下にひろがる、アーペの街並み。
新天地への調査を名目に、各国から人が集い、明るい活気に満ちている。
「――それで、不具合というのは……?」
バルドについて歩いているうちに、工房へ向かう筈が、馬の厩舎に辿り着いていた。
聖者は、茶色の愛馬を撫で、そっと、目を閉じる。
「…………アルヴァが、見つかった。迎えに行ってやれ。お前さんにしか、頼めない」
「……! いま、どこに――」
「この馬が導く。頼んだぞ」
そういって一方的に見送ったバルドの様子に、どっと、不安になる。
300年の魔物発生地帯が消滅し、魔女討伐の衝撃が世界中を駆け巡った、あのとき。
アルヴァは凱旋のあと、ひとり、いなくなってしまっていた。
――10年以上。
ずっと魔女にこだわり――まるで恋い慕うように追い続けていたのを、リースは、ずっと見てきた。
だから、いなくなった時、無理に探し出すべきではないと思っていた。
やるべきことは、山のようにあった。
何の相談もせず消えたアルヴァに、怒りたくなる時もあった。
だが。
それは、どんな辛い状況でも、生きていると、信じていたからだ。
”見つかった” ――。
それは、生きている捜索対象に使う言葉ではない……ことが、多いのではないか……?
きり、と締め付けられるような胸元を抑え、軽快に駆ける馬の手綱を握りしめる。
新天地に連なる森の中。
横道に逸れた茶色の馬は、ポクポクと速度を落とし、ぽつんと建つ家屋の前で停まった。
周囲に人の気配はなく、時々手入れされた跡はあるものの、人が住んでいる気配はない。
馬を降り、そっと、家の扉を叩いてみる。
「…………」
鍵は、かかっていない。
そっと扉を押すと、ほんのり甘い香りが溢れてくる。
「これは…………米麹……? いや、まさか……」
「お。知っているヤツがいるってのは、やっぱり嬉しいね」
「?!」
人の気配は、なかった。
なのに、声の主は、家の真ん中で大きな椅子に背を預け、優雅に古書を読んでいた。
「ソーマ……!? 魔女の手下を攫って、消えたと聞いていたが――」
「ああ。だからここに俺がいるのは、バルドにだけの秘密だ。あのじいさんは、ゼロファに借りがあるからな」
「……そうか……。でもどうしてすぐ近くに……?」
「本の、完成を待ってたんだ。フェイゼルの魂が解放されるのを見守るのも、俺の役割だったからな」
のんびり椅子から立ち上がり、ソーマは手にしていた古書を丁寧に布で包む。
――フェイゼル=アーカイルの古書。
作者の魂が宿り、魔女の歴史が綴られた、メルド湖沼地帯を破る最初のきっかけになった本。
「…………。それは、アルヴァが持っていた筈だ。聖者様に、アルヴァを迎えに行けと言われて来た訳だが…………」
ぎゅ、と握りしめた拳。
パリパリッと操作された魔力の電圧が、小さな火花を散らす。
「そう怖い顔すんなって。ふたりをちゃんと連れて帰って貰うために、呼んだんだからな」
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