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朝焼けを抱く
辿り着いたふたり
しおりを挟む「??!?!!!」
ゴオッと風魔法を纏い、物凄い勢いで、投げ飛ばされた。
人を空から放り出したり投げ飛ばしたり――ソーマは本当に、適当すぎだ!
咄嗟に受け身を取る着地点を確認するが――イオエルが、何をする気配もなく、突っ立っていた。
「な、イオ……避け……っ!!!!」
ぶつかりながら咄嗟に彼女の身体を抱え、位置を反転する。
ドオッと背中から廃墟の石畳に叩きつけられた衝撃に、息がとまった。
巻き上げた土埃。
イオエルの茶色い髪が、ぱら、と頬にかかる。
「……レイ……ティア……?」
目をあけると、イオエルの、困惑したような顔が覗き込んでいた。
――同じ戦場を駆け抜けてきた、レトン王国『緑の戦士』の相方。
おたがいの戦い方は、もちろん、よく、わかっている――――。
そっと、冷えた白い頬に手を添えた。
「……そうだよ。傍にいられなくて、ごめんね……」
イオエルのつめたい手が重なる。
大粒の涙が零れて彼女の頬を流れ、俺の頬に落ち、伝っていく。
いま自分の口から出てきた暖かい声は、自分だけど、自分じゃない。
アルヴァという自分の奥にいる、レイティアのものだ。
「……イオエル。今の俺は、アルヴァです。……みんなの呪いを解いて、俺と一緒に、どこか遠くへ行きましょう。どこまでも一緒に行きます。……今度こそ」
飛行機械を活用した将来的な《ホライズン》の活動で、説得をするつもりだった。
でも、説得とか利害とか、そういう、理屈なんてものは、イオエルには届かない。
彼女は、感覚で動いている。
それはあの戦乱の時代に培われた、生きていくための手段だ。
零れ落ちる涙と一緒に、長く、深い溜め息が、ゆっくり落ちてくる。
「……あなたを、ずっと……」
突然、ぱあっと真昼のような輝きが頭上で炸裂した。
高く響く、口風琴の魔力。
――ハーディスが、集中力の切れたイオエルの水魔法を破ったのか!
「どけ、アルヴァ!!」
俊速のクレイが斬り込んできた――が、イオエルを庇う為にさっき双剣は手放してしまっていた。
咄嗟に彼女を庇って、斬撃に背中を向ける。
『風よ』
イオエルの一声で、強烈な風の斬撃がクレイに直撃する。
『水よ』
継いだ水魔法の矢が、ユリウスを至近距離から襲う。
『炎よ』
ずぶ濡れで咳き込むハーディスに、火炎弾が降り注ぐ。
一気に放った攻撃魔法で煙った視界のなか、そっと地面に触れたイオエルの声が、高く、響く。
『盟約のもと 来たれ 《大蛇神ティユポーン》――!』
――ドドドォオオオッ――!!
猛烈な地鳴りと共に足元から現れた、巨大な紫の羽根蛇。
ただそれだけで、地面の上に載っていた石造りの砦が、おおきく崩れる。
「やっぱり眠らせただけじゃ、駄目か……!」
「くっ……退路に配置した隊員達は――」
「聖女様、僕達の傍に!」
巨大な蛇のうねりで庭園を囲んでいた砦が崩れ、瓦礫が凶器となって飛び散る。
イオエルの攻撃魔法をなんとか凌いだ仲間達の声が、倒壊の轟音にかき消されていく。
「……ティユ、もういいわ。私に戻りなさい」
イオエルの落ち着いた声。
羽根蛇の姿が解け、その重厚な存在感が彼女の胸元に吸い込まれる。
黒い蝙蝠の翼が、ざあ、と彼女の背中に顕現していく。
――ティユポーンと存在が重なった、《世界を支配する魔女》の姿――。
アルヴァは必死に掴んでいた魔女イオエルと一緒に、庭園の空に浮かんでいた。
大きく崩れた砦の瓦礫の砂埃で、足元が見えない。
「……これで、お終いにしましょう」
彼女が翳した手の先に、ゴオッと水魔法が渦巻き、猛烈な速度で巨大化していく。
「っ! 待ってください、皆を消す必要なんて……!」
「……アルヴァ。あなたが私の味方をしたのが広まったら、危ないでしょ?」
少し伏せた、緑の瞳。
――迷ってる。
本当に殲滅するつもりだったら、火炎魔法を選んだ筈だ。
「ふたり一緒なら、危ない事なんて、無い。……英雄は、戦争の無い世界を続けるのにも、必要です」
翳した手に手を重ね、そっと握り込む。
つめたい指先が、手のひらに抵抗なく収まった。
ざあ、と霧散した水魔法の雨が、たちこめた土埃を消していく。
「…………。レイ……アルヴァ。お願い。――私を、殺して」
「っ……! だから、そんなことしなくても、呪いを解いて立ち去れば……!」
「私、もう300年も生きてるんだよ? ずっとずっと、あなたを待ってた。師匠が、また出会えるからって……! そのために大地の神獣であるティユと盟約したの。でもだから、私は、歳をとって死んだりしない。またあなたを失うのに怯えながら生きるなんて、嫌……! だから――!!」
小柄な身体がちいさく暴れる。それでも、握り込んだ手は、離れない。
ずっと一緒にいるという、約束。
果たせなかったのは、レイティアのほうだ。
イオエルはずっと、約束を、守ろうとしてくれていた。
世界中から憎まれる役割を負って、戦争という、レイティアが死んだ災厄を、押さえ込みながら――。
「――イオエル!」
身体が勝手に動いた。
ドッと、胴体を衝撃が貫く。
抱き寄せた彼女の髪から香る新緑の匂いと、血の、味。
――イオエルの背中にまで通り抜けた剣先から、2人分の血が滴る。
「イオエル様。……僕は、あなたのお役に、立てましたか?」
白い髪の男が、アルヴァの背中で、握った剣柄をグッと押し込んでくる。
全く気配を感じなかった。
まるで、ソーマと同じように――。
「ぐっ……ノー……リ……!」
「ゼロファ……?」
ズザッ
身体を突き抜けた剣が、容赦無く引き抜かれる音。
ドッと、命が、零れていく。
「っ……! ……ありが、とう…………」
ぎゅっと抱きしめてきた彼女の身体が、淡い緑色に輝きはじめた。
――しまった。
いまこの瞬間、イオエルはティユポーンと存在が重なっている。
駄目だ! この人だけは――……!
「あぁっ……駄目!! イオエルさん! アルヴァさん!!」
ぱあっと叩きつけるような白い輝きが、視界を染める。
『光明の聖女』ミラノ=アート。
だけどその《祝福》は、傷を治癒するものではない。
イオエルの魔力が――命が、淡い光と共に失われていくのがわかる。
それでも羽根蛇の最後の力のおかげか、瓦礫のうえにドサッと軟着陸できた。
すぐに駆けつけてきたミラノが、悲鳴のような回復魔法を、何度も何度も詠唱する。
「嫌……いやあぁぁっ!! こんなことの為に、追いかけてきた訳じゃないです……!! 待って、おいていかないで! 先生!アルヴァさん! 私、わたし……、ふたりとも、大好きなのに……!!」
瓦礫を乗り越え、皆が近付いてきた。
――そんな辛そうな顔をさせるつもりでは、なかったんだが――。
少し離れた場所に着地した白い魔女の手下の傍には、ソーマがいた。
もしかして二人は、こうなることを目論んでいたのか?
腕の中で淡く輝くイオエルが、そっと、ミラノの手を握った。
「……世界を……よろしくね……」
「っ……やだ、先生……私、もっといっぱい教えて欲しいことがあるんです……また季節限定のお菓子一緒に食べたいしっ……ぅう、困ったことがあったらいつでも言ってって言ったの、先生ですよっ……!?」
「……周りの人に頼る力を、あなたは、持ってる。それが私には、出来なかった……。他人を信じる力、他人を揺り動かす力……。それが、あなたが願う、未来に繋がる。――大丈夫だよ。ミラノちゃんなら、乗り越えられる。傍にいる誰かと、一緒に……」
淡く光る白い手が、ミラノの頬を伝う雫に触れる。
イオエルの手を伝ってきらきらと零れる、新緑の輝き。
――薄れていく意識に、その色だけが、残った。
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