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朝焼けを抱く
アルヴァの血濡れた剣
しおりを挟む魔女の師匠ヒカゲの影響をうけた『光明の聖女』ミラノの《祝福》と、《真名を掌握》するソーマの助力。
『王都リュセルの英雄』ハーディスの天才的な魔法。
『魔女探し協会《ホライズン》』の最強双剣士クレイ。
それに、ユリウスを代表とする各国の後ろ盾。
――たしかに、『世界を支配する魔女』を倒す条件は、揃っている。
逆にこれだけの環境がなかったら、いつ、魔女を倒せるというのだろう。
英雄としての華々しい能力を持つ、仲間達。
だけど自分には、特別な力なんて、何もない。
せいぜい最近になって、《双剣士》に適性があると判った程度。
魔女にとっても、人質として扱われる始末だ。
踏みしめた足元の遺跡は、脆く、冷えている。
「……すみません。やっぱり俺には、この人を傷付ける事は、できない」
――聖女ミラノに冗談のように言った事が、現実になるとは。
最後に皆の敵になるのは、自分かも知れない、と――――。
シュ、と背中に収まっていた双剣を抜き、構える。
その相手は、ついさっきまで一緒にいた、信頼する、仲間だ。
迷いも後悔も無い。
何も言わず、自分の言動を認めるようにそっと佇んでいるのは、《魔女》イオエル。
だた、それだけが、心の底から、嬉しい。
――これだけはハッキリしている。
洗脳でも、催眠術のせいでもない。
イオエルを護るのは、この身体に宿る、魂の意思だ。
「アルヴァ、お前……!」
想像どおりの、クレイの貌。
でも、それでも、イオエルに剣を向けるよりもずっと、痛くはない。
温かいぬくもりが、ふわっと頭の上を覆う。
「私を、庇ってくれるの? アルヴァ。ふふ、小さい頃と変わらない、優しい子ね」
「……俺は、絶対に、貴女を護ります」
断言した、自分の声。
目の前には、優しく微笑んだ緑色の瞳のイオエル。
俺は……自分は……。
この女性と、共に在るために、生まれてきたんだ――。
ひとつに結んだ髪の、白い髪留めを外す。
これは、魔女と再開したいという密かな願掛けだった。
視界の端で自分の金髪が、サラッと軽く冷たい風に揺れる。
「…………その双剣、どうしたの?」
「俺の適性は《双剣士》だそうです。ソーマが用意してくれて……――!」
話をしている間に、ザッとクレイの俊速剣が斬り込んできた。
咄嗟にその太刀筋を防いだ足元を、イオエルの魔力が補助してくれる。
ギリ、と金属音がクレイとの間に擦れるのは、これで2回目か。
「アルヴァ、目を醒ませ! いくらセトが友人でも、各国の代表者に呪いをかけた、討伐対象……『世界を支配する魔女』だ!」
「わかってます。でも、だったらクレイさんは、大事な人に剣を向けられるんですか?」
すうっと、冷静に言葉をかえす。
クレイを相手にしているのに、負ける気がしない。
「……お前……どうしてそこまで……」
怯んだ隙に、ジャッと刀身を滑らせて重心を外し、足を払う。
さっきやられた技法をそのまま返させて貰った。が、崩した姿勢からババッと距離をとったクレイの動きは、流石だ。
口風琴の低音。圧縮した空気が身体を拘束してくる。
同時にばあっと強烈な《祝福 》の輝きが炸裂し、視界が真っ白に染まる。
――さすが、英雄たちの連携。
もし俺が魔女に操られているのなら、最善の対応だっただろう。
だが――。
「――聖女様に、感謝を。……全部、想い出した……」
小さな魔力で風魔法の圧縮方向を反転。
僅かに乱れた拘束力の隙間を脱出。
四肢にからみついた魔力を双剣の魔力で、斬り捨てる。
そこに秒もかからない。
人間を相手にした戦場では、風魔法で拘束されることは死に直結した。
戦争が無く、魔物としか戦闘経験が無い剣士は、知らない技能だろう。
キリ、と双剣を構え直した姿勢に、魔力を載せる。
――目の前に布陣する、敵軍3万。背後に布陣する、自国の軍勢3万。
あの時の重責と壮絶さに比べれば、少数精鋭の英雄程度、脅威ではない。
だが、彼らと戦闘になれば、手加減はできない。
「……っ! ……アルヴァの気配が、変わった……!?」
「な、なんて威圧感……!」
そうつぶやくハーディス達の位置まで後退したクレイは、ぐっと双剣を低く構える。
「……大切な人……お前にとっては、本当に、彼女が…………」
「…………」
アルヴァは威圧感を残し、背後に立つ魔女イオエルに、そっと向き直った。
――今なら、ヒカゲが一言だけ残していった言葉の意味が、わかる。
レトン王国『緑の戦士』の片割れ、双剣士『レイティア』――。
それが、この身体に宿る魂の、ひとつ前の人生の名前。
彼女はいつも、イオエルと共にあった。
今すぐ名乗って、抱き締めたい――……。
けれど今、そんなことをしたら、余計な混乱を招くだけだ。
ぎゅ、と手の中の双剣を、握り締める。
「イオエル。これからは戦争の抑止力には、《ホライズン》が動きます。もう……やめましょう」
「……私は、引かないわ。共通の敵がいないと、国って本当に些細な事で、無駄な喧嘩をはじめるのよ」
ポンとアルヴァの肩を叩いた魔女イオエルは、息をのんで見上げる勇者たちの前に出る。
「――各国代表者に呪いをかけて皆を集めたのは、私の脅威を改めて知らしめるため。ティユを倒したのは凄いけど……友人であるセトを、貴方達は、ほんとうに、殺せるの?」
すう、と両手をひろげた魔女イオエルの足元から、再び無数の黒蛇と暗闇が立ち昇ってくる。
それ自体は幾度仕掛けたとしても、聖女ミラノの《祝福》で対処できるだろう。
が、皆の眼差しに迷いがあるのは、確かだ。
「先生! みんなの呪いを解いてください! 私は、先生と戦うつもりなんて――」
――蛇が魔女の足元にしか発生しないということは、ない。
ミラノが祝福の光を炸裂させた足元で、ドオッと黒蛇が立ち昇る。
「っ!」
即座に対応したユリウスの、風魔法を乗せた剣捌き。
権力者の肩書に実力を甘くみていたが、長剣遣いとして天才の域だ。
「やれやれ。皆さん、ここは挑発に乗るのが、礼儀というものですよ」
長剣を軽く構えたユリウスは、クレイとハーディスの前に歩をすすめた。
「『世界を支配する魔女』――。私とは、セト=リンクスの死体を運んだという縁がありますね。今度は、魔女の棺を、運んで差し上げましょう」
「ふふ、随分と格好良い護衛ね」
小さく笑ったイオエルは、軽く右手を翳した。
ザアッと出現した無数の大きな水球が、高速で打ち出される。
クレイとユリウスの素早い剣捌きが水塊を粉砕するも、急角度でハーディスに軌道が集中した。
「ハーディス!!」
「……!!」
はっとした次の瞬間。
水塊がハーディスの全身を包み、その音を、完封していた。
「魔法使いは詠唱を防がれたら、何も出来ない。楽器ごと封じさせて貰ったわ。さて、ハーディスの息は、どのくらい持つかしら?」
「……彼に死んで貰っては困りますね。シェリース王国と繋がる、貴重な人脈です。――クレイ! 貴方は元々魔女探しでしょう。迷いを捨てて下さい!」
「っ……! くそ、どいつもこいつも!!」
ダッと攻勢に入った瞬速のクレイに、後発連携したユリウスの風魔法が載る。
最強の域にある剣士が、ふたり。
だが――。
ガガガガガッ!
速く重い2人の剣撃を、受け流し、撃ち返す。
どんなに速くても、目標はひとり。
その動きを見切るのは容易い。
――ソーマから貰った双剣が、人間の血脂を吸ったのは、残念だ。
アルヴァはふたりの剣撃を払い退け、体勢を姿崩しつつも距離を取ったのをみて、ビッと刀身の血を払った。
「……彼女は、傷付けさせません」
「な……アルヴァ……その剣術、一体……」
「これは、見誤りましたね……」
呻くように顔をあげたクレイとユリウスの右肩は、もう、あがらない筈だ。
――戦争を知らない人間なんて、相手にならない。
ハーディスは……。
やりようは色々あるが、このまま気絶したところでイオエルは魔法を解くだろう。
すぐにソーマが治癒すれば――。
ふと、息をのむ。
さっきまでいたはずのソーマの姿がない。
突然、後頭部にトッと衝撃が響いた。
揺れた視界の隅で、サアッと薄紅色の回復魔法が前衛ふたりを包む。
「双剣の使い心地はどうだ? アルヴァ」
「ソーマ?! な、離し――」
まったく、動きが見えなかった。
ソーマに胴を抱えられている状況に、声をかけられてから気付くなんて――。
「――イオエル。こいつは貴女のものだ。お返しするぜ!!」
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