世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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朝焼けを抱く

メルド湖沼地帯

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 遠くの空を飛ぶ小鳥たちが、夕焼けのなか、遠ざかっていく。
 あと少し近ければ、鳥たちの視界に草原に佇む黒衣の魔女が見えただろうに。
 
 
 ――果てしない草原。
 このディールの丘は、300年前に2国が争った大戦の舞台だった。
 周辺には、かつて栄えた城塞都市や農村があった。
 しかしすべては、雨風と緑によって、大自然のなかに埋もれている。

 洪水と魔物に見舞われた人々の大半は、それぞれ大陸の東西にある安全な国に逃れた。
 人々が故郷を捨てて新しい国に定住したという歴史の記憶は、世代を重ね、ほとんど忘れられている。
 ……10年前に出会った、私と同じ緑の瞳を持つ少女も、おそらく彼らの子孫だろう。
 フェリアに置いてきた元盗賊団の仲間達のように、あの子も、どこかで幸せに暮らしているだろうか。
 

「――流石に、ぜんぶの国の戦力は集められなかったか。魔女探し達の国籍がバラバラだと良いんだけど」
 ぽつりと水鏡に落とした声で、僅かに水面が揺れる。

『其方がそこまで心配する必要はない。これで充分であろうよ』
「ティユ。喋るなんて、久しぶりじゃない」
 
 するりと足元から出てきた紫の羽根蛇は、暖かく着込んだ袖の上に懐くように頭を載せてきた。
 そっと撫でると、細い舌がチロリと掌を舐める。

『決めたのだろう? 私は共にあるぞ、盟約者よ』
「そうね。奴隷はいなくなったけど、あなたがいるわね。……最後まで付き合ってくれる?」
『無論だ。其方の意思は伝わっている。イオエル=リンクス』

 
 羽根蛇は腕を離れ、スルスルと巨大化していく。
 蝙蝠のような羽根が、草原に雨雲のような影を落とす。
 
 この広大な大地自然、そのものの化身。
 大蛇神ティユポーン。
 これが、魔女として盟約を結んだ、命の伴侶だ。
 
 イオエルは仮面を付け、満天の大蛇に手を伸べた。
 
 ――求めていた流れ星は、300年の星空に、みつけられなかった。
 だから、もう、いい。
 
「さあ、始めよう。可愛い勇者さん達が待ってる」






 




「アルヴァ! ここにいたか。ちょっと付き合ってくれんかね?」
 
 大勢の魔女探し達が集まっている教会の講堂。
 そこに突然顔を出した聖者バルドに、アルヴァは小さく溜め息をついた。
 
「また作業着姿なんですね……。ここでの《ホライズン》を代表してかなり手一杯なんですが、どうしたんですか?」
「なんだ、そんなの創設者のクレイにやらせろよ」
「森の中の柵の強化に出たきり、昨日から戻らないんです。おそらく国防軍の駐屯地にいるかと思います」
「あぁ。あいつは元々最前線で動く奴だからなー。苦労するなぁ、アルヴァ」

 喋りながら無理矢理腕を引かれ、講堂の外に連れ出される。
 わざわざ人混みを避けるとは、どんな重要な用事なのか――。

「ちょっとばかり思い切った改良型の飛行機械を、一台作ってみたんだ。試運転を頼みたい」

 どうやら重要な用事ではなかったようだ。

「それは誰でも良いのでは……ディアナさんあたりに頼んでみては?」
「いや~、かなり改良してあるからうまく飛ぶか分かんねぇし。アルヴァの身のこなしなら、万が一事故っても怪我するような事はねぇだろ?」
「事故前提でのお声がけですか……。光栄な任務のようですね」
「だろう? 飛行機械の安全名誉の為にも、頼むぜ!」

 いきおいよく腕を引かれ、教会宿舎の中庭に置かれた小型の機械の前にたどり着いた。
 鳥の翼を模した羽根の部分が今までと大きく違う。
 二重になった羽根の間の丸い機工。それに一人乗りではなく、二人まで乗れるようだ。
 詳しい事はわからないが、凄そうだというのは分かる。

「どうだ、すげぇだろ。魔女討伐に《ホライズン》経由で国からしっかり資金が出てるからな! 街の連中も滅茶苦茶張り切ってるし、心置きなく開発させて貰った訳よ!」
「ああ、なるほど……。って、街をあげて飛行機械作ってるんですか?」
「おうよ。大人数でディールの丘に乗り込むんなら、必要だろ?」

 当然の様子で頷いた聖者バルドの笑顔から、思わず目を背ける。
 …………聖女ミラノは、メルド湖沼地帯そのものを消すつもりだ。
 それが成功すれば、折角作った飛行機械は、すぐには要らないものになってしまうかも知れない。

 そっと黙ったまま試作機に乗り込み、操縦桿を握る。
 飛び立つには風魔法が必要だった筈だが――?
 
「属性に関係なく、操縦桿に魔力を流せば機能する。操作方法は前のと一緒だ。うまくいけばすげぇ速度が出るから、加減に気を付けろよ」
 それに頷き、魔力を少しずつ操縦桿に集中する。
 静かな駆動音とともに、風魔法で宙に浮いたかのようにフワリと機体が浮いた。
 
「……! 水平に上昇できるんですね」
「狭い場所からも飛べるようにしたくてな。どこまで飛べるか、適当に試してくれや」
「わかりました」

 そのままぐっと高度を上げ、一気に屋根の高さを越える。
 いっきに開けた視界いっぱいの夕空、アーペの街並みと、その奥にある東の空の森。
 ――森の向こうには、黒い瘴気に満ちたメルド湖沼地帯が見える筈だった。
 
 だが、あれは……!?
 
 ヒュウ、と冷たい突風に煽られた機体を慌てて制御し、大きく上空を旋回した。
 そしてすぐに聖者バルドのいる宿舎中庭に急いで降りる。
「どうした? 何か不具合が――」
「聖者様! メルド湖沼地帯の上に魔女の羽根蛇が……!!」

 ――瞬間、ドンと突き上げるように大きく地面が揺れる。
「……!」
 これはたぶん、魔物が出る。
「今すぐ退魔師達に魔物討伐を呼び掛けて下さい! できれば魔女探し達にも――」
「――! わかった、任せとけ」
 
 ダッと作業着の聖者が駆け出していったのを見送り、アルヴァはひそかに、大きく深呼吸した。
 最初の激震の次に来る、ぶり返すような揺れと魔物の出現。
 ソーマとリースは、地響きだと言っていたが……だとしたら、あの魔女の羽根蛇が関わっているんじゃないか?


「アルヴァさん!」
 目の醒めるような高い声が、いきなり飛び込んできた。

「せ……ミラノさん?!」
「アルヴァさん、その飛行機械って、二人乗れますか? 出来たら一緒に乗せてください!」
 言いながら、タッと後ろの席に乗り込んできた聖女ミラノに、あわてる。
「いえ、あの、これはまだ試作機で……」
「さっきキレイに飛んでたから大丈夫ですよね? メルド湖沼地帯の方から、沢山の魔物が溢れ出してきます! 速く行ければ、私の力で纏めて消せる筈ですっ!」

 聖女ミラノの真剣な顔に、アルヴァは動揺を鎮めて深く頷いた。

「……わかりました。座席の安全装置をしっかり着けて下さい」
「はいっ! おねがいしますっ!」


 一気に機体を上昇させ、夕闇色がかったメルド湖沼地帯にむけて、加速する。
「ふえっ?! わっ、ちょ、と、飛んでるぅぅ~~!」
 はじめて飛行機械に乗ったミラノの悲鳴が、広い空に響く。
 
 可愛い反応に和んでいる場合ではない。
 メルド湖沼地帯の上空にみえる、魔女の羽根蛇。
 以前飛行機械を使った時には、無かった光景だ。
 
「あ、あれは……!?」
「魔女が直接使役する、羽根蛇型の魔物です!」
「……っ! そこに、いるんですね……。先生……!」
 
 このままメルド湖沼地帯の上を通過して羽根蛇のいる場所まで行けそうだが、目的はあくまで、沸いて出てくる魔物とメルド湖沼地帯本体だ。

 すぐ視界に入ってきたメルド湖沼地帯手前の砂場に、続々と大小の魔物が出てきているのが見える。
 
 
「アルヴァさん、ここで止まって下さい!」
「っ……!? それはちょっと……! 手近な場所に降ります!」
 飛行機械に水平の浮力があるとはいえ、急停止はできない。旋回して下降しなくては。

 操縦桿を傾けたところで、ぱあっと背後から白い輝きが溢れた。
「……!」
 
 
「大丈夫だよ。みんな……この地に、この空に、この世界に――『おかえりなさい』」

 聖女ミラノから発生した眩しい力が、サアッと湖沼地帯から出現した魔物達に降り注いだ。
 砂場を埋めつくすほどの魔物が、一瞬で、白く霧散していく。

 ――歴代の魔女探し達が、あそこで大量の魔物に苦戦し、力尽きてきただろう。
 それをこんな簡単に――。

「アルヴァさん、あの砂場に降りてくださいっ」
「えっ?! しかし、それはあまりに……」
 
「ちゃんと、向き合いたいんです。メルド湖沼地帯に……先生に……。安全な場所から一方的に私の願いを押し付けるなんて卑怯な事は、嫌だから」

 国の方針で派遣された聖女を、何の準備もなく敵地の最前線に置くなんて、普通に考えれば言語道断だ。
 ――しかし――。



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