世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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朝焼けを抱く

アルヴァの秘密の計画

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「はあぁ…………」
 アルヴァは宿舎の部屋に入るなり、ボンと寝台に頭から倒れ込んだ。
 手強い魔物と闘った時より、心拍速度がおかしい。
 ……アクアにからかわれた通り、聖女ミラノに惹かれてしまった。

 ――とはいえ、ここで悶々と倒れていても仕方ない。
 ゆっくり起き上がり、背中の双剣を外した。
 長年左腰に剣を装備していたから、妙な気分だ。
 
 無造作に投げ出した荷物の中身を点検し、フェイゼル=アーカイルの古書をトンと机に置いておく。
 ここ数日、古書の亡霊が突然喋りかけてくることはなかったが、いつまた魔女の秘密を喋りだすかもしれない。

 ……いや、今更だが実は、少し、寂しいのか。
 
 人間の身体になったリースとは、もう肩を並べて魔物と戦う機会は無いだろう。
 アクアと魔法の練習をしてはいるが、魔物と戦える程の力をつけるには、普通、幼少期からの訓練が必要だ。
 アクアも飛行機械の運搬を理由に、わざと出発を遅らせてる節がある。
 
 前回偵察隊が全滅した事を考えれば、正しい判断だ。
 《ホライズン》での事務仕事はこれから膨大になるだろうし、リースの安全を考えれば、これで良かった。


 ガチャ、と、ひとまわり軽い二振りの両手剣を、手に取った。
 普通の両手剣をひとまわり小さくした構造。
 クレイが持っているような、刀身も柄の形も湾曲した双剣とは全く別のものだ。

 
 ……ソーマの《真名を掌握》をする力。
 名前を呼ぶだけで最強の魔物である吸血鬼を懐柔し、消えかけたリースを人間として留め、アルヴァ自身も気付かなかった、才能のある武器装備を見抜いた。

 ――本当に、ソーマは、何なのだろう。
 《吸血鬼退治屋》なんて初めて聞いた職種だし、最強の魔物の専門家ということは最強の退魔師だということだが、そんな人物がいるという噂は聞いたことがない。
 『日の昇る国』『地平線の向こうから来た』
 それが冗談ではないとしたら、メルド湖沼地帯の向こう側……300年も交流が途絶している、グラディウス大陸東側からきたことになる。
 しかしそれは、大陸中央部で東西を分断しているメルド湖沼地帯が存在している限り、不可能な旅だ。
 無意識に可能性の選択肢から外していたが、ディールの丘に上空から入れたということは――……

 
 
「あー! 疲れたあぁぁ~~!!」
「っ?!」
 部屋の扉をバンと開けたのは、手風琴アコーディオンを抱えたハーディスだ。
 静かに過ごしていたぶん、余計驚かされた。
 
「あれ? 僕もこの部屋で合ってるよね。あ、さっきは聖女様の事、ありがとう。あの場は一旦凄く盛り上げてから、曲調を落として雰囲気的に解散に持っていったよ」
「あ、ああ……。助かった」
 
 『王都リュディアの英雄』ハーディス=タイド。
 正しく最強の退魔師というのは、彼のことだろう。
 ハーディスはひとつ大きな欠伸をして、隣の寝台にぽんと横になった。
 
「……ハーディス。君が今回の遠征に入ってきたのは、総議長様の指示なのか?」
 ずっと、唐突に《ホライズン》に参加してきたことが気になっていた。
 フェルトリア連邦総議長にとって、アキディスとハーディスの兄弟は、私兵である専属の護衛官とは違った意味で重要な位置にいるような気がする。

「違う。僕が行きたかったんだ。シェリース王国で魔女の呪いを受けたのは、国の重役の人達。その中に、僕のお姉ちゃんもいるんだよ」
「……ハーディスのお姉さんは、シェリース王国の重役なのか」
「あ……あはは、ちょっと色々あったんだ。女王様にも補佐官にもお世話になってるし、今回は流石に僕も遊んる訳にはいかなくてね」
 
 愛される人柄と細やかな気配り、洗練された魔法の戦闘能力、国の統率者達との信頼関係。
 ここで少し恥ずかしそうに笑っている少年は、まさに、絵に描いたような英雄だろう。

「そうか……。呪いは、解いて貰わないとな」
 
「うん、そういえばアルヴァって、元々双剣使いだったの? そんな普通の剣みたいな双剣、初めて見たよ」
「あぁ……いや、俺も初めて扱う筈なんだが……」
 そう聞かれてはじめて、この手の中の武器に愛着が湧いていることに気付かされる。
 
 
「……僕、小さいときに初めて触った楽器、習ってないのに弾けたんだ。多分そういうのって、前世で身に付けた能力なんじゃないかなって思うんだよね。記憶は無くても、本当に習得したことは魂が覚えてる……。そう思うと、面白くない?」
「前世か……」
 
 リースも、ひとつ前の人生の話をしていた。
 自分の事は全く考えていなかったが、もし自分に前世があるとしたら、本当に双剣士だったのだろうか?

 
『あの子をよろしくね、レイティア』
 ふと、一瞬聞こえた魔女の師匠の声を思い出す。
 ……
 あれは、なんだったのか。

 
 すう、とハーディスの寝息がきこえてきた。
 考え込んでしまった少しの間に、少年は眠ってしまったようだ。
 「……おやすみ。ハーディス」
 アルヴァもそういって、布団を被って目を閉じた。
 

 ――魔女も聖女も、目指している到達地点は、同じだ。
 戦争の無い世界。
 今そのために築かれているのは、たった一人の、『世界を支配する魔女』が諸悪の根源だという価値観。
 
 魔女はどうしていまこの時期に、動いたのだろうか?
 魔女の……イオエルの本当の願いは……?
 
 
 ――すうっと、涙が溢れ落ちていく。
 ……もしこの涙が、前世の人間の想いだとしたら……
 自分は、いったい、誰なのだろうか……。





 机上の古書のうえに、ぼうっと薄く青白い男が現れた。
 魔女の歴史を記し続ける古書の亡霊。
 彼は寝台の傍に置かれたアルヴァの双剣をみて、触れようとした。
 が、するりと通り抜けてしまう。
 ――魂を載せている古書本体にしか、干渉できないようだ。
 
「この双剣が、どうかしたのか。フェイゼル=アーカイル」

『…………。起きていたのか』
 
 アルヴァは布団を外して、そっと起き上がった。
 亡霊が出現すると、相変わらず寒気がする。
 だが、それだけだ。

『…………あいつは、ずるい』
 無表情にそう呟いた亡霊は、改めてじっと見てみると、誰かに似ている気がする。

「狡い? ……ソーマか?」
『……しかし、これでやっと、本当に、終わるだろう』

 
 その言葉に、ドッと緊張する。
 
 この本が完成するのは、魔女の物語が終わるとき。
 それはつまり――
 
「まさか! 特別な力も何も無い、ただの人間の集まりだ。魔女を倒せるわけがない! それに、魔女探しには倒せないと言ったのは、貴方だろう……!」
 
『……。条件は揃った。彼女を倒すのは、国々の意志。そして、彼女自身が紡いだ、絆。――――終わらせるのは、お前だ。双剣士』
 
「……な……」
 何を言っているんだ?
 
 
 そのままスウッと消えた亡霊の影に、なにも、言えなかった。
 いそいで古書を手に取ったが、やはり本の鍵は開かない。
 
 
「……もし、俺が魔女を倒す筋書の中にあるなら……」

 亡霊の描く筋書になど、従ういわれはない。
 たとえ、国々を敵にまわすことになるとしても
 

「……思いどおりには、させない」

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