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朝焼けを抱く
聖女様の秘密の計画
しおりを挟む馬車がアーペの広場に着くと、前回来たときとは比較にならない程、国籍さまざまな旅装姿の人間で街中が大盛況を呈していた。
先に到着していた寄せ集めの魔女探し達に、分散集合してきた国防隊員達。
すべて揃うと3000名を越えるのだから、当然といえば当然だ。
「『光明の聖女』様が到着したぞ! お前ら、道をあけてお通ししろ!」
情報を掴んだ魔女探しの一行がどこからともなく現れた。
聖女ミラノはユリウスに手を取られて馬車を降りた。
突然集まった視線に戸惑いながらも、なんとか笑顔で周囲に手を振る。
ドッと歓声が湧き、周囲はあっというまにお祭り騒ぎだ。
大騒ぎのなか、アルヴァにとって見慣れた顔が2人出てきた。
「待ってたぜ、アルヴァ。アーペの街の守備計画は順調だ」
「おー、アルヴァか。先日は見送りも出来ずにスマンな! 飛行機械の商流の件、感謝してるぜ」
単独先行していた魔女探し協会《ホライズン》の代表者クレイ=ファーガス。
そして街を出た時には意識不明のままだった、アーペの『守護の聖者』バルド=レイフォンだ。
大物年長者ふたりに、聖女様よりも先に名前を呼ばれた事に、妙な緊張にとらわれる。
「クレイさん、先行対応お疲れ様です。聖者様も。無事に回復されたようで、本当に良かった」
アルヴァは左手を胸元に添え、簡易な敬礼を取った。
「いやぁ、まじで死んだと思ったんだけど生きてたぜ。おかげで久しぶりにクレイに会えた訳だ。ついでに魔女を倒すとかいうスゲェ宿題が皆で達成できたら、もっと旨い酒が飲めるな!」
明るく豪快に笑った聖者バルドは、前回出会った時と同じ作業着姿だ。
――胴体の真ん中を刺されて土気色の顔をしていた初老の男性の印象が、一気に吹き飛んだ。
無事に元気を取り戻した姿に、安心する。
ともあれ、いまこの場の主役は自分ではなく、代表たちと聖女様の筈だ。
「――聖者様、こちらが中央都市フェリアの『光明の聖女』様です」
ユリウスに手を引かれた聖女ミラノに、聖者バルドの前に立ってもらう。
衆目の注目を浴びているこの状況、あとは彼らに任せたい。
……そういえば、各地の教会の代表者である聖女・聖者同士が顔を合わせるのは、稀なのではないだろうか。
目論見通り代表たちで話が始まったのをみて、そっと身を引きハーディスと並んだ。
「アルヴァさん、顔が広いんだね」
「いや、つい先日までアーペにいたからな。君は旅が好きなようだが、この街に来たことは無いのか?」
「いつもここはお兄ちゃんが通ってたから、僕が来るまでも無かったっていうか……機械ばっかりで音楽とか絵とか無さそうで、あんまり興味無かったのが本音かなー」
少し周囲に申し訳なさそうに声をおとしたハーディスの気遣いも、才能のひとつだろう。
つい先日までこの街に住んでいたソーマは、街に着いた途端、車列から離れてどこかへ行ってしまった。
彼の行動を制限するようなものは無いが、自由もここまでくると、何もいえない。
フェルトリア連邦東地区アーペは、メルド湖沼地帯に隣接する技巧の街だった。
つい数週間前に飛行機械が開発され、その商流が魔女探し協会《ホライズン》に委ねられたという情報が街中に広まってるようだ。
アルヴァは、魔物の脅威と隣り合わせながらも逞しく生きている人々の街を見渡した。
……色々な物事が濁流のように一気に進んでいる。
馬車を降りた一行は、そのままアーペ教会の宿舎に向かった。
特に協会《ホライズン》要員は、教会宿舎に宿をとることになっている。
急勾配の道をすすんでアーペ天使教会へたどり着くと、聖者様の指示で、聖女様の歓迎会が始まってしまった。
前回の凄惨な殺戮現場は綺麗に清められ、魔物が湧きそうな気配もない。
……この、徹底して明るいところも、湖沼地帯と共にある街の知恵なのだろう。
歓迎会という名の宴会は、繁盛している大衆居酒屋と大差ない光景だった。
後から持ち込まれた酒と、肉や野菜の煮込みなどの大味の飯が、テーブルに山積みになる。
用意してくれた現地の人間と魔女探し達があつまって、大宴会になってしまっていた。
地域柄といえばそれまでだが、中央都市の整然とした雰囲気の天使教会にいた聖女ミラノには、きつい状況だろう。
早く、聖女様を解放してあげなければ――。
そう席を立とうとした隣で、いきなりハーディスが机の上に飛び乗った。
「こんにちは、お集りの皆さん! この『王都リュセルの英雄』より、元気の出る一曲をお贈りします!」
少年は明るい声を響かせて、圧倒的音量の手風琴で、あっというまに衆目を惹きつけた。
突然はじまった演奏に、居酒屋状態の広間からワッと歓声があがる。
『王都リュセルの英雄』。
数年前、シェリース王国の王都リュセルに、大規模な魔物の襲来があった。
魔女探しも退魔師も出払っている中で、一晩中王都に侵入した魔物と戦い、ほぼ1人で殲滅した謎の青年……というのが、アルヴァのいたリュディア王国まで流れてきた噂話だ。
「ハーディス……まさか……」
ぽかんと見上げてしまったが、ハーディスは演奏しながらちらりと聖女ミラノのほうを目配せした。
角が立たないよう、離席の機会を作ったのか。
アルヴァは小さく頷き、そっと聖女ミラノの後ろに立って、その袖を引いた。
「ふあぁ……疲れたぁ……」
静かな教会の中庭に出たミラノの息が、白く、風に流れる。
「アルヴァさんには、また助けて貰っちゃいましたね。それに、ハーディスにも。あの魔力と真心が綺麗に調和した旋律、本当に凄いですよね。私もまだまだ、歌、頑張らなきゃ」
そう言って白い息を吐くミラノ。
彼女の瞳は、よく晴れた冬の星空に、きらきらと光っていた。
アルヴァはおもわずそれに、目を惹かれる。
……不思議だ。
この聖女様は、誰にも為し得なかった『魔女討伐』という重責を負わされているのに、緊張している様子はない。
「……聖女様。メルド湖沼地帯は実際、危険です。怖くは無いですか?」
「あはは……フェリアを出る時にもみんなからすっごく言われました。……でも、私は独りで前に出る英雄とかじゃないです。沢山の人が動いて、協力してくれて、ユリウスさんが背中を押してくれて、ハーディスもアルヴァさんもいる。ヒカゲに教わった『世界の力』も……って、すみません! 私、なんか、お喋り過ぎですねっ……!」
夜空を見上げたまま声をおとしていたミラノは、唐突に、恥ずかしそうに背中を向けてしまった。
「いえ……正直、俺が怖いんです。……メルド湖沼地帯を越えて、本当に魔女と戦うことになるかも知れない。魔女探し達はその気でしょうが、魔物と闘うのとは格が違います。それに俺は……あの人を攻撃するなんて……」
車列では人の目があって、こういう話をする機会がなかった。
魔女を討伐しろと言われて、それがこの聖女様に、やれるのだろうか?
「――――ずっと、考えてたんです。今まで居場所を眩ませていた魔女が、どうして今になって、『メルド湖沼地帯で待ってる』って言ったのか。どうして空から入って辿り着く『ディールの丘』じゃないのか。……この前、リースさんの魔物の部分だけを消して、人間としての身体を取り戻せたでしょう? もしかすると湖沼地帯も、ディールの丘を覆う、魔物みたいなものなんじゃないかなって思うんです。だから実は私は、魔女を倒しにきたんじゃない。……メルド湖沼地帯を、消しに来たんです」
思いがけないことを言った聖女ミラノが振り向いて見せた笑顔は、強く、眩しい。
「なぁんて、こんなお話ができるの、ユリウスさんとアルヴァさんぐらいです。聞いて貰えてよかったぁ……! 黙ってるってことには、結構ドキドキしてたんです!」
「……聖女様……」
アルヴァはそっと左手を胸に添え、目の前の眩しい女性に、敬意の姿勢を取る。
「……俺は、自分の都合しか考えていなかったんですね……。魔女の目的が『戦争のない世界』なら、《ホライズン》でそれを続けることで、代わりになる。あの人が全部悪いなんて世界を、終わらせることができる。……こんなのは、押し付けだ。魔女が……イオエルさんが何を望んで、何を求めているのか……それに、向き合わないといけなかったのに……」
胸に添えた手に、そっとミラノの白い手が重なった。
その小さな温もりに、どこか冷えていた胸の奥が、いきなりドッと熱くなる。
「アルヴァさんは、ちゃんと考えてますよ。私は皆にかけた呪いを解いてくださいってお願いすることくらいしか考えてなかったです。……イオエルさんに会えたら、一緒に、お話しましょう。まず、会えるかどうか、ですけどねっ」
「…………っ……は、はい。え、と、メルド湖沼地帯の事は、俺に何か出来ることはありますか……?」
「それなら、私を、支えていて下さい。イオエルさんの事を想う気持ちが一緒の貴方なら……って、だ、大丈夫ですか?」
――自分でもどんな表情になっているかわからない顔を、咄嗟に片腕で隠していた。
温かい手を握り返したい。
そういう衝動を、ぐっと抑える。
「だ、大丈夫です。あの、近くて……」
「え? あ、ごめんなさい! ……?」
ぱっと手を離してくれたが、小さく首を傾げるところをみると、彼女自身に他意はないのだろう。
しかし聖女様が可愛いというのは、心臓に悪い。
「いえ……長い馬車旅に宴会でお疲れでしょう。今日はもうお休みください、聖女様」
おもわず顔を逸らしてしまったが、視界の端で、可愛い聖女様は何故か不満そうに腰に手をあてていた。
「アルヴァさん、みんなには言えない志を持つ仲間なんですから……名前で呼んで下さい。聖女様ってよばれると、なんだか距離感があるみたいで嫌です」
「え……いえ、それは流石に……」
ユリウスや総議長様は重職にある立場だから良いだろうが、アルヴァ自身は、特に役職もない隣国の人間だ。
まるで立場が違うのに、隣国の中央教会の聖女様を名前で呼ぶ訳にはいかない。
「こんな風に、ふたりだけの時でいいんです。それなら良いですよね?」
そういわれると、逃げ場がない。
アルヴァは、まだ燻っている胸の熱を落ち着けるように、深く息を吐いた。
「わかりました。……ミラノさん。よろしくお願いします」
「はい! よろしくおねがいします、アルヴァさんっ」
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