世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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朝焼けを抱く

激震の前の静寂

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 魔女探し協会という名前は、天使教会という拠点と被っていて、よく誤解される。
 「組織に名前をつけろ」というのが、アキディスからの最初の任務だった。

 創立者の名前でいいのでは?という案は、本人に拒否されてしまい、名称に皆が頭を抱えることになった。
 しかし他にも、決めるべきことは沢山ある。
 アキディスが業務の叩き台を作り、とりあえずの役割を目の前にいる人間に割り振っていた。
 
 ――
 飛行機械の占有権の取得や、資金管理の枠組み作り。
 墜落という危険もある機械の安全な操舵技術の基準、各国の力関係に影響しないための購入権利の審査基準、占有権のための製図の秘匿方法と運用管理。
 ――
 アキディスが簡単に並べた仕事の詳細は、どれも失敗の許されないものだ。
 実際に事業が始まる前にここまで想定で作り上げたアキディスの手腕は、驚異的だろう。

 
「事業はひとつの国家みたいなものです。長期的な運用による信頼構築はもちろん、従業員の帰属意識と報酬面の安全保障が、業務の責任感と精度につながります。怠慢と裏切りを抑止する方策も忘れないように――。」

 
 直接機械に関することはリースとアクア。
 金銭や権利に関することはクレイとシヅキが担うことになった。
 
 墜落した実績のあるアクアが操舵技術関係を任されて、真っ先に悲鳴をあげる。
「アキディスがなに言ってるのか、全然わかんないよ……!」
「……まぁ、目の前の任されたことをやるしかない」
 リースは理解した様子だが、今までやってきたこととは掛け離れた事態に、少し困惑しているようだ。

 
 アルヴァは、そっと総議長に貰った”お礼”を確認した。
 官公庁の入館許可証だ。
 総議長の居室までの訪問が特例として許可されている。
 専門機関室への立ち入りは流石に除外されているが、官公庁内を自由に歩けるのはありがたい。

 これを活用して、権利関係の部署へ手続きに行くというのが、最優先の仕事だ。
 アキディスが用意した必要書類を持って行くだけだが、一度で承認が降りる訳ではなく、何度も往復させられる事が多いらしい。
 今朝通用口から駆け込んだ官公庁だが、またすぐ訪れる事になるとは……。

 クレイとシヅキがアキディスと話をしている傍で、占有権申請書の詳細に目を通す。
 開発の経緯から魔女探し協会の関係性が記載されていて、全く隙のない内容になっている。
 
 弟のハーディスは楽器魔法の天才だが、兄であるアキディスは商売の天才、といったところか。

 
 問題は、組織名が決まらないと書類を持っていけないということだ。
 
「……クレイさん、先に名称を決めて頂けませんか? 候補は出ています」
「いやいや、この候補、どれも魔女探し協会からかけ離れすぎだ。『飛行機商会』なんてそのままだし、『雲』『大鷲』とか空にあるものを適当に並べただけだろ」

「――『地平線』はどうかなぁ?」
 こちらの会話をきいていたのか、アクアがポツリと新しく案を出してきた。

「ほら、ソーマが”地平線の向こうから来た”とかって言ってたじゃない。魔女の見方を変えたり誰もやらなかった事を始めるんだし、地平線の向こうを見に行くって意味で…………。ん? 私今なんか、凄く良いこと言っちゃった?!」
 アクアにしては物凄く冴えた案だと思ったが、何故か自分でびっくりしている。
 
「自分で言うと台無しだぞ……。しかし確かに、良いんじゃないか」
 クレイも頷いたところで、珍しくリースが声をあげた。
「……『ホライズン』というのはどうでしょう? 地平線という意味の言葉です。名称というなら、ただの単語より良いのでは」
 
「ほう、名前の響きもいいな。どこの言葉なんだ?」
「――とても遠い場所の言葉で。Englishという言語です」
 リースはちらりとアルヴァに視線をむけて、小さく笑みをみせた。

 聞いた事のない言語の発音。
 ……リースが人間として生きていた時代の言葉……なのだろうか?


「? まぁいいか。じゃあアルヴァ、組織名称は『ホライズン』で書類を持って行ってくれ」
「わかりました。リース、表記はこれでいいですか?」
 サッと紙の端に小さく書いた文字をみて、リースは軽く頷く。
 クレイが手近な紙に大きく決定名称を書きおこし、壁に貼った。
 
 「名前決まったぁぁ! 空欄埋まるぅぅ!」
 アクアの叫びは、理解できないと嫌がっていた割には、熟練の事務職員のようだ。


 

 あっというまに昼過ぎになったが、ノーリのいる診療所へ向かったソーマがまだ戻らない。
 立ち寄って様子をみようかと思ったが、やめた。
 しっかり休養することが治療になるなら、あまり邪魔をするのも悪いだろう。

 今朝の大通りではなく、商店街の賑やかな道にアルヴァは足が向いた。
 事業の立ち上げに関わってみると、商売に少し好奇心が湧いてきたのが、正直なところだ。

 商店街には住人だけでなく、旅行者で賑わっていた。
 朝の地震の名残があるものの、どこからか香ばしいパンの香りが漂い、軽快な音楽が満ちている。
 
 ――この平和は、魔女が戦争を抑止している世界の上で、成り立っている。
 改めてそう思ってくれる人は、どのくらいいるのだろうか……。

 
 ふと、商店で買い物をしている一人の旅行者に目が留まった。
 ……深く外套を被り、顔を隠すように襟巻きを高めに巻いている。
 背格好から見て、女性だろうか?
 
 旅人は店先に並んだ雑貨の中から買い物を済ませ、人混みのなかに消えていった。
 ――行方不明の聖女様も、あんなふうに顔を隠していたら、小鳥達でも分らないかもしれないな。
 
 アルヴァはそっと、旅人が立ち去ったあとの店先で足をとめた。 
「……綺麗なお店ですね。一番売れているものは何ですか?」
 
 店先に並んでいるのは、色々な雑貨だ。
 陶芸作品、個性豊かな装身具、アーペで作られた魔物除けのお守りもある。
 
 気さくそうな店員は、アルヴァの質問ににこやかに反応した。
「いらっしゃい! 最近は観光客が増えて、アーペの魔除けが人気だよ。ここで買うと国内産だから安いしね!」
「なるほど。さっきの旅行客も、それを?」
「いや、あのお姉さんは仮面を買っていったよ。えーと、コレと似たヤツ」

 ――目元を隠す、機械美をおもわせるような仮面。
 そもそも顔を隠していたし、何か、引っ掛かる。
 
「じゃあ俺も、それをひとつ買います」
「おっ、ありがとな!」
 アッサリと心地好い買い物が出来る、良い店だ。
 何に使う訳でもないが、仮面を荷物に入れる。
 
 ……さっきの旅行者が歩いていった先の北側は、目的地の官公庁だ。
 あらためて、少し足早に目的地へ向かう。

 
 フェルト連邦国の行政の中心である官公庁。
 小高い立地にあり街中からも仰ぎ見られる、威厳ある施設だ。

 正門で入館許可証を提示し行先の部署を伝えると、簡単に入ることが出来た。
 許可証の無い訪問者は関係部署に確認を取る手続きがいるようで、正門の外に待合所のようなものが設けられている。
 
 来る途中で注意深く周囲をみてきたが、さっきの旅人の姿は無かった。
 ……同じ方向に消えたからといって旅人の行き先が官公庁という可能性が相当低いのは分かっている。
 
 しかし、何故こんなに気になるのだろうか?
 省庁内は黒い制服の警護官が随所に立ち、厳格に警備されている。
 不審者がいればすぐ捕まるだろう。
 
 ――それにしても、静かな雰囲気だ。
 リュディア王国王城では、関係者が忙しく行き交っているものだが。
 
 
 正門で案内された通りの部署へ足を運ぶ途中、ふと人の好さそうな護衛官に声をかけてみる。
「お疲れ様です。初めて遣いに来たのですが、この省庁は静かですね」
 
 黒い制服の警護官は、見た目通り和やかな笑みを浮かべた。
「中央議会が開かれている時間帯だからな。終わった途端一斉に職員が仕事を再開する。今のうちに用事を済まるのがお勧めだ。部署の場所がわからなくなったら、遠慮なく近くの警護官に声を掛けてくれ。不審者を警戒するより、俺達も気が楽だからな」

 中央議会……。
 当然、リッド=ウインツ総議長も出席しているはずだ。
 
「ご厚意感謝します。議場はどこにあるんですか?」
「省庁中央に吹き抜けで構成されてるが、入口はそっちの南館2階の……」
 
 ……聞いておいてこう思うのもおかしいが、身分を改めもせず、省庁内の情報を漏らしていいのか?
 王政ではなく議会制だから、職員が多いのはわかるが……。


 突然、ドン、と建物が揺れた。
「……?!」 
 揺れは続かなかったが、その直後、大勢の悲鳴が議場の方から聞こえてきた。

 ――まさか、また魔物が――?!

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