世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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朝焼けを抱く

消えた魔女の手下

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「『風よ 我が意に従い ――』……っう……!」

 風魔法を詠唱しようとしたユリウスが、赤黒い霧の毒のせいで、ふらついた。
「……!」
 総議長も外套で呼吸を抑えつつ、膝をついた護衛の背を守る。


 物理攻撃も魔法攻撃も聞かないこの魔物は、厄介だ。
 毒を吸わないように走り回るしかない。
 
 この赤黒い霧も、標的は総議長のようだ。
 ここは一旦霧の中から離脱して、風魔法が使える誰かを呼んでくるしか……。


 突然、頭上から手風琴アコーディオンの低重音が鳴り響いた。
 

「……!?」

 音に込められた強い魔力の風圧が、赤黒い霧を一気に吹き飛ばす。
 開けた視界の先には、踞ったユリウスと総議長の姿。
 
 そして、見上げた先には、楽器を抱えた少年。
 ――彼の綺麗な黒髪は風になびき、自身に満ちた笑みをうかべている。
 
「な……君は……?!」
「お兄さん、リッドお兄ちゃんを助けてくれてたね。ありがとう!」
 おもわずアルヴァがあげた声に、黒髪の少年は、ふわりと同じ屋根の上に降りてきた。
 
「まだ霧は消えてない。お兄さん、得意魔法の属性は?」
「……光だ」
「わ、珍しいね! じゃあ僕があの霧を一ヶ所に固めるから、光で焼き切ってくれる?」
 彼はそういって、首に掛けていた口風琴ハーモニカを構えた。

 高音が、大きく空気を震わせる。
 ――この子は、楽器を魔法の詠唱に使ってるのか!

 口風琴ハーモニカ手風琴アコーディオンの魔力の演奏。
 かき集められた赤黒い霧が、目の前で家の扉程度の大きさまで圧縮されていく。
 
 ――感心している場合ではない。

『光よ 我が意に従い 闇を焼け!』
 長剣に纏わせた光魔法を、集められた霧に叩きつける。
 少年が奏でる口風琴ハーモニカの高音と、闇と光の圧縮。

 赤黒く濁ったような水滴の魔物の感触――。

 パァァァン!!!

 刀身が魔物の存在を斬った手ごたえとともに、押さえつけていた風圧が、霧散する。
 
 ――砂になり、ポロポロ地面に散っていく霧の魔物。
 ……こんなに簡単に倒せるものだったろうか?

 
「……君は……」
 口元から口風琴ハーモニカを外した少年は、ぱっと屋根から飛び降りて真っ直ぐ総議長のもとに駆けていく。
 
「リッドお兄ちゃん!」
「ハーディス?! 助かった……けど、どうしたんだ、その姿」
 落ちてくる砂を払いながら、驚きをうかべた総議長と少年が合流する。

 アルヴァもあとに続いて駆けつけると、ユリウスが周囲をみながら背中を叩いてきた。
「ここで話し込むのは止めましょう。とにかく官公庁へ。アルヴァ、ハーディスと一緒に警戒をお願いします」
「はい、勿論です」
「すまない、協力を頼むよアルヴァ。行こう!」
 肩を叩いてきた総議長も、走り出した。

 街中で発生した魔物達の標的が総議長なのであれば、人口密集地にいること自体が災厄になりかねない。
 ダッと駆け出した総議長達の足は速い。
 平然と続く少年も速い。

 ……この国の最高権力者は、平和な街に住んでいる筈では……?
 

「お兄さん、アルヴァさんっていうんだ。僕はハーディス=タイド。旅楽士です。よろしくね!」
 少し離れて併走する少年の、よく通る声。
 どうやら総議長の弟という訳ではないらしい。
 
「俺はアルヴァ=シルセックだ。……君は、凄いな」
 アルヴァ自身も、子供の頃から退魔師として魔物と戦ってきた。
 剣と魔法の違いはあるが、ハーディスの実力は突出している。
 
「ふふ、すぐに連携してくれたアルヴァさんもね。新しい護衛さん?」
「いや、リュディア王国中央教会に所属している。魔女探し協会の絡みで、総議長とご一緒させて頂いていた」
「そうなんだ。リュディア王国も色々楽しい所あるよね~!」
 かなりの速度で走っているが、ハーディスは余裕の笑顔で雑談をはじめてしまった。
 
「ハーディス、アルヴァが困るでしょう。お喋りは着いてからにしてくださいね」
「はーい!」
 ユリウスの声に明るい返事をして、ハーディスはちらっと舌を出した。
 子供らしい仕草に、少し和まされる。


 途中で数体の魔物を瞬殺し、難なく官公庁の大きな建物にたどり着く。
 その大きな正面入口ではなく、総議長達は側面の通用口にむかった。
 総議長がいるからか警備員から声をかけられる事もなく、実務機関の複雑な廊下を速足で通過して、高級感のある扉のひとつをバンと開けて駆け込む。


 貴族の部屋――。
 まさにその呼称がぴったり合う、広い、高級な空間。

「あー! なんで俺を狙うんだ。政敵が何か仕掛けてんのか?!」
「仕方無いですよ、人気者ですからね」
「要らない人気だな。それより街の中の様子はどうだ?」
 
「ふむ……護衛隊は結構活躍してくれています。それに教会からの人員も退治活動にあたっています。魔物の発生も増えていないようですし、国防院は必要なさそうですね」
 
 少し目を閉じてそう断言したユリウスの言葉に、アルヴァは首を傾げた。
 外との連絡は取っていない筈なのに、どうしてそこまでわかるのだろう?
 ――教会に馬車が到着する時間を正確に把握していたのも、同じ手段だろうか。

 アルヴァの視線に、ユリウスは目を上げて小さく笑ってみせた。
「どうしてわかるのかって顔ですね。私は、鳥達と意識を共有できるんですよ。小鳥の視界は、私の視界です」
「……そんな能力が……」
 
 つまり、外を歩いている限り、その行動はこの男に筒抜けだということか。
 馬車の時間のことがなかったら信じられないような、便利な能力だ。

「鳥が集まってたから、僕もすぐにリッドお兄ちゃんの居場所がわかったんだよ。便利だよねっ」
 ハーディスが高級そうな赤い長椅子に手風琴を置いて、当然のように座って寛ぎ始めていた。

 
「ところで、この部屋は総議長様の……?」
 どうやら魔物の襲撃の心配は無さそうな雰囲気に、少し落ち着いて部屋の中を見回す。
 貴族専用の高級そうな部屋だとは思ったが、実際、椅子から調度品に至るまで、かなりの高級品だ。
 
「ああ、官公庁内の私室だ。ウインツ家の邸宅にはほとんど帰ってなくてね、ほぼここに住んでいるよ」
 そう言いながら、リッドは上級貴族議員の官服にさっと着替えていた。
 執務卓の奥に座った彼は、さっきまで平民姿で全力疾走していたとは思えない、上級貴族の最高権力者の姿だ。


 机上に積み上がった書類をサッと見たリッドは、ほっと息をついた。
「はあ……。議会までの急ぎの案件が無くて良かった……。さて、一緒に走ってきてくれたアルヴァにはお礼をしなきゃな」
 
「いえ、お気遣いは不要です。あの流れでは必然だったでしょう」
「はは、真面目だな。いや、実は俺が、君と仲良くしたいんだ。セトの理解者が増えるのは嬉しいからね」

 ――この人は……。
 
 セトの名前を呼ぶ、温かな声。
 改めて実感させられる、最高権力者としての生活の姿。

 アルヴァは目を瞑り、深く、息をついた。
 こんなことで羨ましいと思っても、仕方ない。

「? アルヴァさん、仲間になるのかな? だったらここで僕の報告してもいい? 結構急いで帰って来たんだよ」
 長椅子でゴロゴロしていたハーディスの声に、ユリウスが頷く。
 
「君がその姿ってことは、魔女の手下の件ですね? アルヴァは魔女探し協会にも属していますし、丁度良いです」 
「ああ。何があったんだ? まさか、魔女の手下を倒したのか?」
 
「倒してないよ! まだ見つけてもいないし!」
 ぱっと長椅子から起きあがったハーディスが慌てて首を振る。

「魔女の手下……?  え、な、どういう事ですか?」
 唐突な話題に、話がみえない。
 クレイが注意喚起していた、白髪の魔女の手下。
 まさか総議長は、彼とも縁が――?
 
「あ……すまない。アルヴァには唐突な話だったな……。ハーディスは今まで、魔女の手下の魔力で、20歳位の姿に成長させられていたんだ」
 総議長の口から、なんだか凄い情報が零れた。
 
「えっと、一週間前に何か違和感があって、3日位でゼロファの力が全然感じられなくなったんだ。それにあわせて体も元の大きさになっちゃった。折角大人になってたのに~」
 そういって口を尖らせるハーディスの仕草は年相応だが、大人の姿でも同じ調子だったのだろうか?

「一週間前というと、ミラノさんが姿を消したのと同時期だな……アルヴァ達が東地区を出たのも同じ頃か。それに、今朝の地震と魔物……。何かが、繋がっているのか……?」
 
 全体を見渡したリッドの言葉に、アルヴァもはっとする事があった。
 
「……アーペでは魔女の手下の仕業かと思われる事件がありましたが、姿を現すことはありませんでした。もしかすると、手下本人は、力を失いつつあった……のかも知れません」
 
「……あいつが……?」
 しん、と沈黙がおりる。
 
 あいつ、ということは、総議長は、やはり手下にも面識があるのか。
 
 …………魔女の支配する世界を終わらせる鍵は、この総議長じゃないのか?

 
「ん? ……ハーディス。君は手下の魔力をうけて、最強格の退魔師の魔法が使えましたよね。さっきも同じ魔法を使っていませんでしたか?」
 
 ふとユリウスが溢した疑問に、ハーディスは、得意気な笑顔をうかべた。
 
「ふっふ~! 使ってるうちにコツを掴んだんだ。貰った力が無くても普通に使いこなせるから、大丈夫!!」
 
 
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