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朝焼けを抱く
同世代の最高権力者
しおりを挟む『光明の聖女』ミラノ=アートは、7日前、忽然と消えた。
最後にいた筈だという聖堂には事件性のある痕跡もなく、静かに冷たい空気が流れていた。
アルヴァはそっと壇上の天使像の前に膝をつき、左手を胸に添える。
「――只今戻りました。『光明の聖女』様」
話したい事が、沢山あるのに。
事情を最初から知っているリースの他に、はじめて魔女に対する想いを共有できた人だ。
「……大丈夫ですよ。きっと戻ってきます」
そう声をかけてくれたのは、総議長の護衛ユリウス=ハーシェルだ。
彼は隣に膝をつき、右手を胸に添える。
「ミラノちゃんは、大人しそうに見えて結構大胆ですからね。心配している私達をびっくりさせる感じで、突然元気に帰ってくるでしょう」
総議長様も聖女様を名前で呼んでいたが、ちゃん付けとは……。
しかしこうして隣に座ってみると、ユリウスはソーマにも引けを取らない程、端正な顔立ちをしているのに気付かされる。
護衛として隙の無い動きの中に、王侯貴族のような上品さもあるのが不思議だ。
「ユリウス。俺にはそんな事言ってくれなかったじゃないか」
一緒にきていた総議長が呆れたように腕を組んだ。
「いまここに来てみた、直観ですよ。私が適当な事を言う訳無いじゃないですか?」
「はぁ……もっと早く知りたかった……。だが、引き続き捜索は続けよう」
「そうですね」
総議長様は護衛のいう”直感”を信用しているのか。
であればおそらく、各地の聖者や聖女が持っている個別の特殊能力に近いのだろう。
ソーマが古書の中身をクレイとシヅキに直接伝えているあいだ、リースとアクアは運び込んだ飛行機械の確認と荷解きをすすめる。
アルヴァは、総議長と一緒に官公庁へ向かうことになった。
一緒に歩きながら、魔女の話を聞かせて欲しい、と言われたら、断る理由はない。
一国の盟主である総議長の一日には、多くの予定が詰まっている。
「急かしてすまない。アルヴァ、そろそろ行こう」
ユリウスの他にも教会の随所で警戒体制を敷いていた緑の護衛が数人合流し、厳格な雰囲気になる。
教会の門を出ると、ユリウス以外の護衛は、綺麗な連携で少し離れた位置からの警戒体制を取った。
「……専属護衛と聞きましたが、精鋭のようですね」
アルヴァの言葉に、総議長は、少し困ったように茶色の癖っ毛を掻いた。
「ああ。……セトが率いていた元盗賊団の奴らなんだ」
「盗賊団ですか?」
「そう。セト=リンクスは、リュディア方面から流れてきた盗賊団の戦略家的な首領だったんだよ。クレイさん達と一緒に説得して、俺が雇い上げる形で足を洗わせたんだ。だから、護衛達もセトの事をよく知っているし、全幅の信頼を寄せてるんだ」
「……それは……。聖女様の先生だったのでは?」
「ひとりで古本屋をはじめたセトを、俺がミラノさんに紹介したんだ。決して悪辣な盗賊じゃなかったし、博学で、集団を纏めてきた手腕を見込んでね」
――なんてことだ。
魔女探しとして各地を巡っていた間に、あの人は、盗賊団として山野にいたのか。
「それより、アルヴァにとっての魔女の話を聞かせてくれないか? 俺は結局、セトとしての面しか知らない。容姿はほぼ変わらないとミラノさんから聞いてるんだが」
「……そうですね。男性から女性に変わったという感じで、顔が全然違うという事はありません。ただ、雰囲気は大きく変わります。ふわっとした優しい男性から、ピリッと澄んだ厳しさを持つ女性へ」
子供の頃の記憶がより鮮明に思い出せるようになったのは、アーペで発生した”魔女の顔をした吸血鬼”のおかげだ。
総議長は少し考えるふうにして、小さく笑った。
「なるほど。盗賊団をやっていたせいか、俺の知るセトは両面併せ持っていた気がするよ」
「友人だったと聞きましたが、結構親しくされていたんですね」
「私兵としての護衛達が信頼を寄せる人と親交を深めるのは、大事な事だ。それに、セトには不思議な人間味の魅力があった。きっとそれは、魔女だった事に関わっていたんだろうな」
すっかり総議長の話を聞くような形になってしまったが、実際、アルヴァが女性の魔女と触れ合ったのは、ほんの僅かな時間しかない。
「……魔女の事を記した古書の亡霊が、言っていました。『この国の盟主は、無自覚ながら平穏の中に彼女を捕らえ、勝利していたといえる』と。……その通りのようですね」
古書の亡霊フェイゼルの言葉を思い出す。
まさか亡霊もそれが本人に伝わるとは、思っていなかっただろう。
「……それは――――」
突然、ドンと地面が縦に揺れた。
「! 今朝と同じか?」
ぱっと周囲を確認する。
幸い道幅のある大通り上のため、倒れたり落ちてくるようなものはない。
だが、早朝と違い、今度の揺れは小刻みに長引いている。
最初の突き上げるような振動程ではないが、小さな揺れが惰性のように続く。
困惑顔の住人が、バラバラと外に出てきていた。
「なんだ? 今朝と同じかな」
「ふぁぁ……すぐに収まるんじゃない?」
今朝一番の揺れが一瞬で済んだからか、フェリア住人の反応は、鈍い。
次の瞬間。
ひときわ大きな揺れが、ドン、と足元を突き上げた。
視界にうつる街並みが軋みをあげる。
「――第二部隊は東、第三部隊は西! 報告不要だ。被害確認と援助を!」
リッド=ウィンツ総議長の的確な指示が、緑の護衛隊に浸透していく。
「……!」
最高権力者となれば、普通は自分の安全が優先の筈。
そういう総議長だから、あの人も、友人にしたのだろうか?
ふっと漂う、嫌な違和感。
その一瞬、ユリウスが総議長を抱えてザッ飛び退いた。
「っ!?」
ぶわっと赤黒い影が立ち上る。
ユリウスの判断は、正解だ。
咄嗟に抜いた長剣は影の勢いに弾かれ、柄を握り直すついでに身を翻してタタッと距離を取った。
大通りのど真ん中。
赤黒い蛇型の魔物が実体化し、大きく威嚇の牙をむく。
「こんな街中で――?!」
「……他の場所にも多数出現してますね。魔物の展覧会並みです」
「要らねぇ展覧会だな!」
総議長とユリウスの息の合った声が聞こえてくる。
それより、巨大な魔物蛇が不気味に睨んでいるのは、リッド=ウインツ総議長だ。
目の前に対峙したアルヴァを気に留める様子もない。
「総議長様、狙われています。離脱してください!」
「逃げても別の魔物に遭うだろう。倒すぞ。ユリウス!」
『風よ 我が意に従い 拘束せよ』
『水よ 我が意に従い 突き通せ!』
ゴッとユリウスの風が蛇を捕え、同時に総議長の水魔法が氷の矢として炸裂する。
魔物蛇は一瞬で穴だらけになり、ザッと砂になった。
二人の連携も凄いが、総議長が戦えるなんて、万能すぎるだろう。
「……失礼しました。心配の必要は無かったようですね」
「いや、正しい判断だ。しかし街中に魔物とは……地震のせいなのか……?」
いつのまにか揺れは止まっている。
だか、街中の各所から住人達の悲鳴が聞こえてくるのは、たぶん、魔物のせいだ。
「やれやれ、街中の魔物に対応しなくてはね。護衛団は仕事してくれるでしょうが、国防院も動かしましょうか」
「ああ、急いで官公庁に戻ろう。すまない、アルヴァ。君は他にも出現した魔物の討伐にまわって欲しい。こちらのことは心配ないから」
そういって総議長とユリウスが駆け出した背中を、一瞬、見送ってしまった。
退魔師としての実力もあるなんて、どんな為政者だ。
……だが、魔物が獲物を選択するのには、理由がある。
戦えるとはいえ、もしも今総議長の身に何かあれば、協会の方針も揺らぎかねない。
アルヴァはサッと大通りを外れて、商店街の屋根伝いに二人の後を追った。
ざあ、と小鳥の一群が上空を旋回し、小さな集団が時折市街地に急降下していく。
あの鳥達の行動は、発生した魔物に対処しようとしているかのようだ。
「……自然までもが、総議長の味方みたいだな」
正直、羨ましいと思ってしまう。
同世代にして一国の最高権力者。
なにより、探し続けていたあの人と親交を深めていたこと――。
旋回していた鳥の一群が、突然パッと散った。
禍々しく赤黒い霧が、ぶわっと辺りに溢れる。
「っ!?」
咄嗟に外套で鼻と口を塞ぐ。
――霧状の魔物。
呼吸器に入り込み、神経毒のように攻撃してくる。
動けなくなるのはまだマシだ。
深く侵食されると、身体を乗っ取られることも――。
(……総議長……!)
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