世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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朝焼けを抱く

アルヴァの願い

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 この世界は、ひとりの魔女に支配されている。
 
 魔女を倒して諸悪の根源を絶ち、魔物と洪水の脅威から世界を救う――。
 魔女探し達は、300年前から叫ばれているその考え方のもとに行動している。
 
 魔女探しの中に紛れ、仲間を破滅に導く魔女の手下。
 メルド湖沼地帯に隠された魔女の罠、巨大な蛇の門。
 そして、魔女の情報を記録したという古書の出現。
 
 300年間、倒すべき魔女を探し続けていた者達にとって、見当もつかなかった探索先が、やっと見えてきたところだった。

 
 なのに。
 よりによって魔女は、協会の創立者であるクレイとシヅキの人脈の中に存在していた。
 
 ふたりがうけた衝撃は、一晩中続いたらしい。


 
「……はぁ。世界を支配する魔女。その手下の悪行をみても、したたかに悪行を極めた女を想定していたんたが……。まさか、あの男が……ぁーくそっ……」

 酒を飲んでいる訳ではなさそうだが、特にクレイがうけた衝撃は、重傷だったようだ。


「えっと……総議長様と協会代表、両方のお知り合いが、魔女の仮の姿である男性だったって事ですよね?」
 おそるおそる発言したアクアの言葉が、状況を纏めてくれる。
 
「そうだ。後からではあるが、アルヴァから容姿を教えて貰ったにも関わらず、気付けなかった……。私的な感情で手下のゼロファの存在に気を取られ過ぎた、俺の責任だ」

 
 
 アルヴァは、そっと窓をあけた。
 小雨の降り始めた冷たい空気が、すう、と部屋に満ちる。

 ――ここに帰還して報告すべき事は、山ほどあった。
 
 だけど、友人が魔女だったことに、盛大に落ち込んでいる代表達がいるとは――――。
 
 …………これは、たぶん最初で最後の機会だ。
 アルヴァは冷たい空気を吸い、締め付けられるような襟元を、ぎゅっと握りしめた。
 
 
「……総議長様。魔女の仮の姿だったその人は、ここの聖女様の先生だったと聞いています」
「ああ。ミラノさんからもう聞いてたのか」
「はい。……悪い人なんかじゃない、と仰っていました。それは、代表達にとっても、同じですか?」
 
 ……いまここに居ない聖女様を引き合いに出すのは、卑怯だ。
 だけどいきなり真っ直ぐに聞くのは、怖かった。
 世界を支配する魔女を倒す為に人生を捧げてきた人間の、代表者達。
 長年の怨恨を、勝手に想像することはできない。

 押し黙ってしまった代表達をみて、ひとつ、息をととのえる。


「あの人は、絶対悪なんかじゃない……世界中にある悪いことの原因が全部あの人のせいだなんて、ありえない」

 俺は、知っている。
 あの人を味方にしていたのなら、あの不思議な魅力に、触れた筈だ。


「アルヴァ。……もしかして、ずっとそう思って……?」

 小さくシヅキが呟いた言葉に、頷く。
 魔女を恨み、倒そうとする集団のなかでは、決して言えなかった想いだ。
 ここでこの代表達が自分を追い出すのなら、それでも良い。
 できることは、してきた。

 
「……そうか。今までよく、黙って付き合ってきてくれたな」
 
 そういうクレイの言葉に、さっと姿勢を正し左手を胸に添える。
 
「では俺は、ここで貴方の傘下から外れます。飛行機械についてはリースとアクアにお聞きください。……行こう、ソーマ。ノーリと合流しよう」

「へ? いきなりどうした?」
「アルヴァ、待て。どういうことだ? 聞いてないぞ」

 ぱっと肩を掴んできたリースの手が、暖かい。

「俺は組織の体制から抜けます。……『すべてが魔女のせい』ではない。俺一人だけがそう言っていたら、組織の調和を乱すでしょう」


「……今までもそう思っていたのか。なぜ今になって、そうなる?」

 クレイの静かな様子に、アルヴァも淡々とこたえる。
 
「知らなかった事については、どんな捉え方も仕方無いと思います。だけど、知ったうえで考え方を見直せないのなら、今後別の問題が起きた場合も、同じではないですか? ……それに巻き込まれるのは、御免です」


 誰もが幼い頃から、この世界の悪は魔女のせいだと教えられて、生きてきた。
 その価値観は、今すぐ覆せるものではないだろう。

 だが協会という情報組織を纏め続けなければならず、飛行機械の販売経路としての役割も求められている立場であれば、状況に合わせた判断力が要る。

 それは、クレイ達もわかっている筈だ。


 リッド=ウインツ総議長が、満面の笑みで、ポンとクレイの肩を叩いた。

「……クレイさん。アルヴァはリュディア王国の中央教会所属でしたね。そっちの組織体制から抜けるなら、俺が貰ってもいいですか? こんな人材、野に放つのは勿体無いです」
「!?」
 
「えっ? ちょっと、アルヴァもいきなりだけど総議長様もいきなりですね!」
「アルヴァの良さが分かる総議長様、かっこいいな~」

 アクアとソーマがうるさい。
 だが、凍てつくような雰囲気が少しだけ和らぐ。


「おい、ちょっと待てよ。アルヴァの事はシルヴィス陛下にも頼まれてんのに、国籍変わったら何て言われるか……それに、俺はアルヴァの考え方を否定したつもりはないぞ」
 
「……え?」
 
「あー……アルヴァ。お前の言う通りだ。どんな物事も、変化する。それに対応出来ない奴は、落ちぶれる。そういうのは俺も沢山見てきた。今度は俺も、変わっていかないとな」
 そういってくしゃりと頭を掻いたクレイは、真っ直ぐに、向き直る。

「アルヴァ=シルセック。これからも力を貸してくれ。……今、どうすれば良いのか……思う事があれば、教えて欲しい」


「クレイさん……」

 正直、驚いた。
 クレイ=ファーガスは、アルヴァが子供の頃から活躍している人脈の広い熟練の双剣士だ。
 そんな大物が、遥かに若輩のアルヴァに、こんな低姿勢をみせるとは。


「俺の方こそ、早計な事を言ってすみませんでした。……リース、ありがとう」

 肩に載ったリースの手をポンと叩くと、彼は無表情に手を引いた。
 ――引き留めた人間が、いなくなってどうする。
 たぶん、そう言いたかったのだろう。


「残念。アルヴァ、クレイさんのところが嫌になったら、いつでもフェルトリア連邦に……」
「リッド。それはわざとか? もう煽るのはやめてくれ」
「はは、ばれましたか」
「……はぁ。強かになりすぎだろう」
 
 どうやら、さっきの総議長の言葉に助けられたらしい。

 気に掛かるのは、ずっと話題に入ってこない、シヅキだ。
 彼女は黙って、じっと状況を見守っていた。

「シヅキさん、あの……」
「いいわよ」
 話し掛けた途端、シヅキはあっさりと頷いた。

「私はこの教会に常駐してた。聖女様の先生をしてた彼とは、最近まで何度か会ってたわ。……セトを魔女として恨めって言われても、難しいわね。だからアルヴァの考えに異論はない。この一晩で凄く悩んだ事だけど……協会の方針としても別の道があるのなら、それを探すのも、悪くないと思う」

 魔女を恨んでいる、とはっきり言っていた彼女のこの判断は、凄いとしかいえない。
 この街に暮らしていたセト=リンクスが、総議長にも協会の代表者にも信頼されていたというのも、凄い。

 
 ――俺だけが、もうずっと、あの人に会えていない。
 アルヴァはシヅキに小さく一礼して、その想いをのみこんだ。

「……魔女の歴史を記したフェイゼル=アーカイルの古書。その詳細を紐解けば、魔女のしてきた事に対して、関わりのない事も検証できる筈。全ての悪事が魔女に帰一する訳ではないこと、圧力により戦争が止み、時間が経った今となっては、逆に、世界を平和にしているという事。それが証明できる。そしてこの協会は、その情報を広め、各地で魔女のせいにしている悪事を抑止する。……それが、俺が考えてきたことです」

 
「…………かなり壮大だな。だが、わかった。各方面に、すぐに納得して貰うことは難しいが……飛行機械の販売経路としての柱を確立したうえでの活動ならば、どうにか形になるかな?」
 
 あっさりそう頷いたクレイが、ちらりと総議長をみる。
 
「うん、その方が良いでしょうね。商売の事なら一旦この件にアキディスをお貸ししますよ」
 少し考えるふうにしていた総議長も、頷いた。

 ――『わかった』?
 目の前の代表達の会話に、言い出したアルヴァの方が呆然とした。

 ついさっきまで、胸に秘めていたこの考えは、彼らにとって異常だった筈だ。
 それがこうも、全部、受け入れて貰える日がくるとは――。


 複数の、暖かい手。
 おもわず座り込んでしまったのを、リースとソーマが、支えてくれていた。
 
「よく頑張ってきたな。アルヴァ」
 ソーマの、甘く優しい声が、耳元に響く。

「いきなり何を言い出すかと思った。……しかし、結果的に良かったな」
 リースにも挟まれると、少し滲んだ視界が、綺麗な黒だ。
 


 深く、息をつく。
 ――安心するのはまだ早い。
 目の前で掴んだ機会を生かせるかどうかは、これからだ。
 
「……そうだ。『光明の聖女』様にもこの話を。力を貸して頂ける筈です」

 同じ想いを持つ『光明の聖女』ミラノ=アート。
 彼女がこの話を聞いたら、きっと、喜んでくれる。

 だが、そう聞いた総議長とシヅキの顔が、さっと曇った。

 
「……聖女様は……いま、行方不明なのよ」

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