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幕間2
白い魔女の手下
しおりを挟む「なんだ、あの積み荷? 機工の街の新作機械か??」
荷台に小型の《飛行機械》を積んだ馬車は、なかなか結構、目立っていた。
「あの馭者のお兄さん、かっこいいね~」
「服装もアーペ製のやつだよね。宣伝車かな?」
馬車の馭者を買って出ていた《吸血鬼退治屋》のソーマも、目立っていた。
一度中央都市フェリアに戻ってから、この《飛行機械》を魔女探し協会の代表であるクレイ=ファーガスに持っていく予定だ。
来たときとは違って、馬車に載せた機械のために、ゆっくりとした移動の旅になっている。
「はぁぁ~。やっぱりリース様がいてくれると、落ち着きます~♡」
リースにベッタリなアクアに、アーぺでみせた頼もしい様子は無い。
「記憶があるなら、もう少し背筋を伸ばせ。俺は愛玩動物ではない」
アクアから逃げるのを諦めたリースが、何気無く呟いた言葉は、なかなか上手い。
「ノーリ、そろそろ馭者をソーマと替わってくる」
そういって腰をあげようとしたアルヴァを、ノーリはぱっと引き留めた。
「いえ、僕が交代しますよ。ソーマにあの古書の話をして貰わないといけないでしょう?」
「・・・しかし、最近、調子が悪いだろう。今朝も野営なのに、なかなか起きられなかったようだし」
「ああ、朝はすみません。でも、大丈夫ですよ」
そういってサッと馬車を出た薄い金髪のノーリの背中が、元気がなくて、心配になる。
「リース。最近ノーリの様子がおかしいと思いませんか?」
「―――薄々感じていたが、この数日で、生命力が希薄になってきているようだな。・・・俺ではないからな?」
リースの正体は、魔力と生命力を糧にする、魔物だ。
本人の口から生命力が薄い、などと聞くと、食べたせいでは?と思ってしまう。
「しかしこのまま薄まり続けたら、いつか朝起きたら息をしていないかも・・・」
「まさか・・・!」
「すまん、失言だな。人間なのだから、しっかり食べてしっかり寝れば、生命力は回復する筈だ」
ガタン、と馬車が停まった。
「―――この先の橋が明日まで工事中で、馬車は通れないってよ。今日はこのへんで適当に休もうぜ」
ソーマがひょいと顔を出す。
「わかった。ノーリは?」
「隣にいるよ。気分が悪いみたいだからちょっと一緒に水場に行ってくる。馬車を頼むぜ」
「気分が悪い・・・? 調子悪そうにしてたが、大丈夫か?」
「アルヴァは優しいな~! この俺がついてるんだから、安心して任せなさい!」
ソーマはいい笑顔を残し、ノーリと一緒に馬車を離れていった。
「回復役のノーリも、アーペの件で疲れが出ちゃったのかしら?」
さすがにアクアも、首を傾げる。
大勢の負傷者の対応にあたっていた時のノーリは、誰が見ても、凄腕の治癒魔法使いの働きをしていた。
「―――治癒となると、あとはソーマに任せるしか無いだろうな」
ザアッと紅葉の中に、白い髪の男が、倒れ込む。
「はぁっ・・・はぁ・・・っ・・・」
「ノーリ。大丈夫か? 無理しないで俺に全部任せてくれれば、そこまで苦しまずに済むんだぞ?」
「・・・ソーマ・・・貴方は、僕を、どうしたいんです。僕が魔女の手下だというのも、皆に隠して、一緒に旅をするなんて・・・」
じり、と睨みつける、緑の瞳。
赤と黄色の枯葉で飾られた、白い髪。
ノーリの真名は、《ゼロファ=アーカイル=レトン》。
魔女が生まれ、魔女に滅ぼされた国の王族であり、今は、魔女の手下だ。
「俺がお前を、どうしたいかって―――?」
する、と綺麗な白い髪を梳く。
その行動にも、怯えたように首を竦めるのが、おもしろい。
「俺は、お前を助ける。だからお前の魂と同化している魔女の色を、外させて貰う」
「・・・っ!」
ザッと紅葉の中に押し倒されたノーリ―――ゼロファは、それでも、抵抗しようとする。
夕焼けが差す木立の中。
ざあ、と吹く風に、ふと、新緑のような香りが混じった。
「・・・私の奴隷を、かえしてくれる?」
ふわっとした、高い声。
白い冬服に緑色の外套を纏った、茶色の髪の女性が、背後に出現していた。
「―――ふふ、やっと会えたな。この世界を統べる、300年の魔女よ」
丁寧に東方の正式な礼をとるソーマに、魔女は、首を傾げた。
「あなたは何者? どうして、ゼロファの盟約を―――」
「・・・俺は貴女を知ってる。レトン王国の『緑の戦士』、《イオエル=リンクス》」
「―――!!」
ゴッと冷えた風が巻き上がる、
しかし、すぐに落ち着いて、綺麗な紅葉はソーマの足元を彩った。
「・・・なるほど。あなたはフェイゼルの古書を読み解いたのね」
「いや、それだけじゃないぜ。―――貴女に、礼を言いたかったんだ」
「・・・?」
ソーマは静かに息を整えて、漆黒の瞳で魔女を見据えた。
「・・・俺が死んだあの後、ゼロファを救ってくれて、ありがとう。イオエル」
一瞬 ―――音が、消えた。
「・・・まさか貴方、エイル王子・・・?」
「そう。エイル=アーカイル=レトン。それが俺の前世だ。だからこうして、ゼロファが可愛いくて仕方がない。・・・俺の、弟だったんだからな」
ソーマはそういって、紅葉の中に埋もれたゼロファを抱き起こし、すり、と頬を撫でる。
「え・・・な、何言って・・・」
「ふふ、びっくりしただろ? 俺もまさか300年も経ってるのに、またこうして会えるなんて驚いたよ。これも全部、お前を生かしてきてくれた、イオエルのおかげだ」
少しだけ驚いていた魔女は、しかしすぐにまた、静かな表情に戻る。
「・・・なのに今あなたは、そのゼロファの命を削るような事をしているんだけど。私との盟約が消えれば、ゼロファの身体は、時間の経過に晒されることになる」
「ふ。俺が何故、貴女とゼロファの盟約に介入できると思う? ああ、愛かと言われれば半分正解だが―――」
日差しが落ちて、夕闇がおりてくる。
ソーマの背中に、大きな影が差した。
ばさ、と枯葉を巻き上げ、柔らかに大きくひろがる―――漆黒の、翼。
「今の俺は《呪術師》ソーマ=デュエッタだ。真名を見通し、魂に直接干渉する」
漆黒の翼に反応したか、魔女の影から紫色の羽根蛇がスルリと出現した。
「ふぅん・・・? それって凄いの?」
羽根蛇が警戒態勢を取っているのに相反して、魔女の反応は薄い。
「一軍ほどの人間の魂を、戦わずに奪える位の力はあるぜ。何なら今すぐ貴女の魂を食い尽くす事も簡単に出来る。そして、本来の色に戻したゼロファの魂を俺の色に染めてやれば、時間の流れに晒されて今すぐ死ぬという事は無い」
「でもそうしたら、貴方が生きてる間だけの命になるんじゃない?」
「300年も引き延ばした命だ。俺が、最期まで幸せにする。・・・だからイオエル。俺に、ゼロファを、任せて欲しい」
「―――ちょっと待って下さい。黙って聞いてれば・・・! ソーマ! 僕は貴方と一緒に死ぬ気なんてありません!! イオエル様、助けてくださいっ・・・!」
「えぇ~?! 今格好良く決めたのに!」
割って入ったゼロファとソーマの会話に、魔女は、そっと笑った。
「ゼロファは、私に助けて欲しいみたいね?」
「イオエル様・・・! これまで何度もソーマに致命傷を負わせたのですが、死なないんです。回復魔法も使っていないのにすぐに傷が塞がって・・・」
「・・・へえ? それって結構、怖いわね」
「世界を支配する魔女に怖がって貰えるなんて、俺って結構凄いな。でもイオエル。貴女も、似たようなものだろう? 300年の魔女。・・・存在の本質が、その身体だけでは無いようだな」
茶色の魔女が、深い緑色の目を眇める。
おちてきた夕闇にまぎれるように、羽根蛇がスルスルと足元で巨大化していく。
「《呪術師》が凄いのはわかった。でも慣れ親しんだ便利な道具を、はいどうぞ、とあげる訳にはいかないわ。・・・300年も待ち続けて、やっと、世界が動き出そうとしているのに・・・」
「ああ。貴女のその意図は、フェイゼルも気付いていたな。各国の有力者が協力し合い、共通の敵である魔女を倒させる。それで、魔女の支配が無くなっても、戦争の無い世界を続けていける」
「フェイ・・・余計な事を」
「俺は、恩人の敵になるつもりはない。その計画、手助けさせて貰うぜ。―――ゼロファと、一緒にな」
<続章 執筆中>
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