70 / 115
流れ星を待つ
魔女の住むディールの丘
しおりを挟むメルド湖沼地帯。
魔物が無尽蔵に沸いて出るその地帯に入るということは、勝ち目の無い戦いに挑むの同じだ。
うまく脱出できたとしても、正気でいられるかどうか―――。
しかし、『上空から入る事で、湖沼地帯ではなく平原に入る事が出来る』。
その情報が事実だったことに、不安を抱きながらも上空から立ち入った魔女探し達は、興奮していた。
東地区の街アーペで無理を言って制作して貰った飛行機体を丘陵地帯の一角に固定して、そこを拠点として探索が開始された。
乾いた風が冷たく草を鳴らしていく。
人の踏み入る事の無い、広大な草原。
なだらかな丘陵の地理を記録して歩いていくと、ひときわ小高い丘をみつけた。
古王国のものとみられる荒廃した城砦が、天然の地層を背に佇んでいる。
ただの廃墟か、世界を支配する魔女の城砦か。
魔女探し達はその寂れた城門をくぐった。
遺跡発掘家が喜んで探索を始めそうな、巨大な遺構だ。
しん、とした冷たい空気。
生き物の気配も、魔物の気配すらも無い。
廃墟の奥に、地層の岩肌を抉るようにそびえる、巨大な門があった。
2匹の大蛇の彫刻に圧倒されるその門は、ぴたりと閉ざされ、一見すると門の形をした装飾のようにしか見えない。
しかし、この門には施錠の魔法がかかっていた。
蛇の彫刻のすぐ下に、わかりやすく開錠の条件が刻まれている。
『心臓の血を注いでみると良い。その熱きに応えよう』
動物はいない。
鳥も、魔物すらいない。
一度街に戻って、家畜を連れて来ようという者もあった。
だが―――
初めて探索するこの丘陵地で、再びまたこの門の前に、辿り着けるものだろうか。
ドン、と誰かが、立ち竦んだ集団の中から突き倒される。
「スレイヴ、お前が役に立つ時が来たな。元奴隷が―――。光栄に思えよ」
つめたい声に、驚きと困惑の目が交錯する。
「やめろよ、おい、俺達は偵察に来たんだ。一度戻って・・・」
「わざわざ戻って、門がありましたとだけ報告するのか? 戻るのはこの門の向こう側を確認してからだ。ここまでの労力を考えてみろ。ここで帰るわけにはいかない」
確かに、ここは入り口に過ぎない。
これだけ静かなのだから、この門の向こうは、きっと深い地下が続いているのだろう。
その中を偵察してこそ、大手を振って戻れるというものだ。
ざわ、と異常な空気が満ちる。
急に変わったその場の空気に、突き倒されて呆然としていた元奴隷は、立ち上がろうとした足をもつれさせた。
「な・・・何考えてんのよ。冗談じゃないわ! 私、もう奴隷じゃないのよ!」
悲鳴のような叫びは、逆効果だった。
数人に両脇を抱えられた元奴隷が門に押し付けられる。
その左胸を、仲間だった筈の人間の長剣が、躊躇なく貫通する。
差し込んだ剣を捻って引き抜くと、おびただしい出血が門を彩った。
両脇をかためていた人間も、おもわず後退る。
―――門から、ぼうっと暗い闇色の魔力が立ち昇る。
重い石門が地面を低く鳴らして、ゆっくり、細く、開いていく。
そこに赤く染まった元奴隷が倒れ込むのを、内側から誰かが、受けとめた。
「・・・ようこそ。そして、さようなら」
澄んだ女性の声。
門に彫られた大蛇が突然実体化し、巨大な牙が呆然としていた魔女探し達を襲った。
一瞬で凄惨な状況になった門前。
悠然と立っているのは、門の中から姿をみせた、彼女だけだ。
「仲間を殺すような人間は、自分自身を殺すことになる。あなた達は、ここまでね」
石畳の床が、ドロリと黒く溶ける。
生き残っていた者達も、悲鳴と共に、あっという間に溶けた地面に沈んで消えていく。
食い散らかされた残骸も一緒に落ちていき、跡形も無くなった。
血まみれの元奴隷の女の身体を、細い腕が黒い床にそっと横たえた。
たちまちそれも沈み込んで、消えていく。
すう、と彼女が門に中に戻ると、細く開いていた門は、あっというまに閉ざされた。
大蛇は彫刻に戻り、黒い床も消える。
あとには、しん、とした静寂だけが残った。
門には、血の跡が残っている。
溶けた床に消えた魔女探し達は、どうなったのだろう。
あのまま床と一緒に溶けてしまったのか―――。
リースは身を隠していた天井の梁から、トンと石畳の床に降りた。
あの場の空気がおかしくなった時に離脱しておいて、正解だった。
そっと床に触れる。
何も変哲もない、ただの石畳だ。
しかし今までも恐らく、辿り着いた魔女探し達は、ここで消えていったのだろう。
何が起こるのかを見届けたは良いが、肝心の門は、閉まってしまった。
「・・・困ったな。俺は、魔法は使えないんだが」
小さく声を出してみるが、門に反応は無い。
丁寧にあたりを探索してみるも、見事に何も無い。
結局またこの門の前に戻ってきて、ただの入り口のように、蛇の門を叩いてみた。
コンコンと、軽い音が響く。
軽い、音。
試しに力を込めて開いてみる。
相当な重量はあったが、魔力的な抵抗は何もなく、あっさり開いた。
さっきこの門が細く開いたのを見たが、見た目の門の大きさに反して、どうやらこの幅までしか開かないようだ。
細い入口にそっと入って、様子を見る。
ごく普通の寂れた城砦の地下通路。
明かりの無い地下だが、自分の魔物としての目には、暗闇は問題にならない。
古い地下道の通路が、奥の方まで続いている。
かすかに冷たい空気が動いている、ということは、行き止まりでは無い筈だ。
足音を立てずに奥へ進む。
よくある罠のように、背後で門が勝手に閉まるという事も無かった。
緩やかに曲がりくねった一本道の通路を進んでいくと、古い装飾の扉に行き当たる。
ここが終点か。
明かりが無ければ見えないだろう、小さな取っ手がある。
取っ手に触れると、驚くほど軽く、扉が横に動いた。
あまりの軽さに驚きつつ、咄嗟に扉を掴んで、大きく開くのを止める。
差し込んできた外の光に、目を細めた。
涼しい―――けれど暖かい陽の光。
「・・・これは・・」
まるで小さな教会の緑の庭園のような光景が、ひろがっていた。
足元を横切る小さな清流を跨いで、草木の柔らかい香りにつつまれる。
周囲を取り囲む建物は廃墟の続きのようだが、寂れた感じはしない。
小さなせせらぎの音を聞きながら、緑の中に続く石畳の小路をすすむ。
二本の低木に渡した布が、ひとりの人間の重量に、ゆるやかに揺れている。
厚手の外套がほとんど地面に垂れ落ちていて、暖を取る役割を成していない。
さらりとした茶髪の女性が、眠っていた。
陽が暖かいとはいえ、じっと風に当たっていれば、この季節は寒い筈だ。
外套のうえに無造作になげだした、線の細い手。
冷えきったその手を取り、トンと、吐息を落とす。
静電気のような抵抗は無かった。
下を向いていた長い睫毛の奥から、深い、緑色の光がさす。
「・・・また、会ったわね。リース=レクト」
「――――もしかして、お招き頂いたんでしょうか」
彼女の名前は、わからない。
世界を支配する魔女。
セト=リンクスという男性として、少なくとも10年以上の時を過ごしていた。
彼女の今の姿が真実なのかも、わからない。
さらりとした長い茶髪に、深い緑の瞳。
素朴な、ふわりとした雰囲気の20代くらいの女性にみえる。
「不思議な魔物。あなたの話を、聞かせてくれる?」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!
日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」
見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。
神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。
特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。
突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。
なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。
・魔物に襲われている女の子との出会い
・勇者との出会い
・魔王との出会い
・他の転生者との出会い
・波長の合う仲間との出会い etc.......
チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。
その時クロムは何を想い、何をするのか……
このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる