69 / 115
幕間
世界の果てから
しおりを挟む地平線の彼方まで続く、砂。
踏みしめる足元がざくざくと音を立て、少し沈み込む。
ひたすら砂しか無い景色の中を、まっすぐに、西を目指して、歩く。
少しずつ水筒の水で唇を濡らしてきたが、その水も、もう殆ど残っていない。
最後に食べた物は何だったろう?
ただひたすら西へ、足を動かす。
止まってしまえば、俺は、この砂の一部になるだろう。
まだこの足が動くうちは、砂になる訳にはいかない。
沢山の人々を殺してきた。
それは事実だ。
世界の果ての砂漠で野垂れ死ぬというのは、似合いの最期だろう。
だが、ここで死ぬつもりはない。
西の砂漠の果てに何があるのか、俺は知らない。
誰も、知らない。
誰も、行って戻ってきた事がない。
だから辿り着く。
歩かなければ、辿り着けない。
日が昇っては沈んで、星がきらめく。
まっすぐ進んでいる事にだけ注意してきた。
もう俺が生きているのを知っているのは、星ぐらいか。
ぐるぐると斜めに巡る星の回転の中心に、ただひとつ動かない北の星。
それを目印にしながら、ずっとずっと歩いてきた。
いつもの星空に、不意に厚い雲がかかる。
どうせなら水をくれ、と心の中で呟いていると、本当に水がおちてきた。
久しぶりの水滴が、辺りに満ちていく。
喉が潤ったのを喜んだのも束の間で、視界は暗く塞がり、足元はあっという間に泥水が溢れて、しかも流れ出した。
歩くどころではない。
流れに足を取られて、泥に流される―――。
雨水と泥水にもみくちゃにされて、今まで歩いてきた速度よりずっと速く、砂の大地の上を滑っていく。
水に埋まらないように必死で息を確保するので精一杯だ。
ただでさえ疲れきった状態で、これはまずい。
何度か意識が飛びかけて、もう無理だ―――と思った瞬間
いきなり尻から硬い地面に滑り落ちた。
「いって・・・!」
暗くてよく見えないが、どうやら砂地の窪みにある岩に滑り落ちて、そこに引っかかったようだ。
尻は激しく痛いが、そのかわり意識がはっきりして、ついでに泥水の奔流から少しばかり外れる事が出来たのは、幸運だった。
左肩を打つ泥の滝からそっと離れ、口に入った砂利を吐き出して、呼吸を整える。
疲れた。
たっぷり泥水を吸った服が、もう動きそうにない四肢に重くのしかかって、気持ち悪い。
ぼんやり目を開けていると、空が明るくなってきた。
いつのまにか雨雲はどこかへ流れ去り、傍を流れる泥水も、小さくなってきている。
こんな水に殺されかけたのか、と小さく笑って足元に目を落とし、一瞬、目を疑った。
なんでここに、緑があるんだ。
引っかかった岩場の下に、朝焼けにきらきら輝く、小さな緑の森が広がっていた。
四肢の疲れも吹っ飛んで、転がるように緑の中へ駆け込む。
木の匂い。
生きているものの気配。
ただそれだけを、これだけ有り難く感じた事はない。
清流の音まで聞こえてくる。
温かい木々につかまりながら、よろめく足を引きずって先へと進む。
きれいな水が飲みたい。
きらきら光る澄んだ湖面をみつけるなり、重い服を剥がし取って、突入した。
やわらかく冷たい水に全身を包まれて、ひどく安心する。
口をすすぐと甘くて、まさに生き返る心地がした。
ひとしきり水を飲み、ずぶ濡れになった髪を搔き上げて、溜め息をつく。
顔をあげると、木々の隙間から朝日がさしてきていた。
「ひとまず生き延びたか。流石に、人は住んでねぇよなぁ」
久しぶりにまともな声を出してみたが、ああ、生きていたなと実感する。
落ち着いてから改めて周りを見渡すと、この水場は、ちょっとした湖の淵のようだ。
人の気配も、魔物の気配もない。
さっき身に付けていたものを全部脱ぎ捨てたから丸腰だ。
勢いで水に突っ込んだが、もし魔物がいたら危険な行動だった。
湖の奥に、木々の森がある。
脱ぎ捨てた服と装備を拾って泥汚れを洗い、手近な木の枝に掛けておく。
乾いたら回収しよう。
冷たくて気持ち良い湖をスウッと泳いで森に近づいてみる。
針のように細い葉の常緑樹が生い茂り、人の手が入っている様子は無い。
もう何日もつきあってきた砂の景色と、全く別次元の光景だ。
湖から出て、森のなかにそっと足を踏み入れる。
ふわりとした腐葉土の感触。
広大な砂漠地帯がすぐそこにあるとは思えない地面と、空気。
静けさの中に、鳥の囀りがきこえてきそうだ。
ざあ、と木々を鳴らす風が吹く。
針のような常緑樹の葉を踏んでいくと、すこし拓けた場所に出た。
黒い幹の見事な緑の木が、涼しげな木陰をつくっている。
ただの、木の筈だ。
なのにどうして、胸が熱くなるのだろう?
今必要なのは、食糧になる何かであって、実の無い木ではない。
そういう理性的な考えを無視して、足が勝手に、その常緑樹にむかった。
そっとその黒い幹に触れる。
突然、ぱあっと回復魔法のような紅色の光が木から溢れた。
緑の木が、一瞬で、薄紅色の満開の花を咲かせる。
俺は、これを、知っている。
「・・・桜・・・」
限界を迎えていた体力が急激に回復する。
そして頭の中に、知らない筈の場所の記憶が差し込んでくる。
吹雪のような桜の景色―――
何度も生まれ変わる前に、自分が、いた場所。
―――やっと、また、出逢えた。
さあ、と薄紅色の桜吹雪が目の前で渦巻く。
それはあっというまに、小さな女の子の姿を象った。
滑らかな黒髪の毛先は、まるで桜の精霊のように、紅色だ。
「また、あえたね。なんまんねんぶりかな?」
幼い―――涼やかな命の声。
「・・・ちょっ・・・どう、して・・・」
ドッと落ちてきた豪雨のような、記憶の洪水。
両手で頭を抱えても、こんな重さ、かかえきれない――――
「おもいでは、ひつようななところだけ、とりだしなさい。桜咲くJP自治区―――日本にいきた、わたしの、おとうと」
地球は、一度、壊滅した。
月が砕けて降り注いだからだ。
それから何万年もの歳月をかけて、氷河期を越え、緑の大地が戻ってきた。
だから、この文明は、自然を尊ぶ教会を持つ。
それがこの世界の夜空に、月がない、理由だ。
「・・・御影姉さん。姉さんと呼ぶには、縮み過ぎだぜ」
「ん?? たしかに。毛先も赤いし、じゃあ、緋影ちゃんってよんでくれる?」
「そういうのは似合わない」
少しずつ抱えた頭が整理され、ようやく軽くなってきた。
この世界は、人類の2回目の文明だ。
だが俺は2回目どころではない。
前の文明から、何度も何度も生まれ変わりを繰り返している。
この、常軌を逸した存在である、姉のせいで―――。
「この森の西側には、何があるんだ?」
「せんそうの無い、せかい。いっしょにいこう。ソーマ」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる