世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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可愛い勇者が好き

東の空の朝焼けへ

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 フェルトリア連邦国 中央都市フェリア。
 行政機関である人事院の、地下牢。

 この中央都市で重大な犯罪を犯した人間が、裁判を待つ間に収容される場所だ。

 レギナは、その一角に収容されていた。



「・・・はぁ。なんで、生かされたのよ・・・」
 燭台の明かりがひとつだけ灯された地下牢で、目を醒ましたレギナは、息をついた。
 地下牢。
 殺人事件を起こして、次に目を醒ました景色としては、納得の場所だ。

 第二皇女には、即刻切り捨てるように叫んだ筈だが。
 リーオレイス帝国内ならもう自分は切り捨てられていただろう。
 だが、ここは平和なフェルトリア連邦だ。
 問題が複雑になることに、息を吐いた。

 ―――あの男性は、10年前に言葉を交わした事もある、魔女の擬態だ。
 そう周囲に説明したところで、10年前と同じで、なかなか信じる人間はいないだろう。

 皆が信じないうちにダラダラと状況は変わり、結局、逃がしてしまうことになる。
 だから、見つけた瞬間に、殺した。
 先手必勝とはこのことだ。

 これで、魔女が世界を支配する世界は、おわる。
 自分の人生もおわるだろうが、長い歴史の終止符を打つ事が出来るなら、上出来な締め括りだ。
 それに誰も気づかなかったとしても、世界は、ゆっくり変わっていくだろう。




「ひさしぶり。レギナ=クッシュ」

 何気ない、静かな女性の声。
 死体の白衣を纏った人間が、鉄格子の向こう側に、佇んでいた。

「ツァーレ帝王から奪った力、折角貴女にあげたのに、返したんだね。確かに使い道は任せたけど」

 急速に、喉が、渇く。

「・・・致命傷だった筈・・・。まさか、不死身だとでも・・・」

 それに、白衣の女性は、小さく首を傾げた。
「心臓を刺したぐらいで、私が死ぬ事は無いよ。すごく、目は覚めたけど」

「・・・は・・・はは・・・なにそれ。私、馬鹿みたい・・・」


 外交上の問題を超越した、英断の筈だった。
 なのに、問題だけを残して、魔女はこうして、健在だ。
 リーオレイス帝国人としてあるまじき失態。

 あとは、死ぬだけだ。
 ―――多くの仲間達のように。


「顔色が悪いよ。大丈夫?」
「大丈夫な訳ないでしょ! なんで、心臓刺したのに、生きてんのよ・・・!」
「心臓は私の一部だけど、私じゃないから」
「そういう屁理屈はもう結構、外交問題とか面倒だから、早く私を殺しなさいよ!」

 勢いの会話に息をついて、レギナはちらりと目をあげた。

「じゃあ、殺していい? セトの、おかえしに」
 言う事は普通じゃなかった。

 しずかに鉄格子に触れてくる仕草に、ひやりとする。
 どう転んでも、未来はない。

 
「・・・どうして総議長と一緒にいたの? 国を陰ながら操るって、そういうこと?」
「私、国の偉い人に何かした事は無いよ。面倒臭いし」
「じゃあ悪政の裏に魔女の支配があるって話は?」
「悪いことを全部私のせいにしてくれているんだよね。面倒臭くなくて、助かってる」

「・・・わざと、悪の根源になってるって、事なのね」


 鉄格子に触れていた魔女の細い指先が、するりと外れる。

「そう。私一人が、諸悪の根源。戦争を無くせるなら、それで良い」

 さらりとした茶髪のしたで、魔女の緑色の瞳が、揺れる。
 それで、はじめて彼女の瞳が緑色になっているのに、気付いた。

 これが、300年、世界を支配している魔女―――。
 20代半ばのセトから女性の姿に変容したからか、10年前に見た時よりも、大人の女性にみえる。

「私の身体に刃を届かせたのは、貴女だけ。貴女はこれから、どうしたい?」
「どう、って・・・」

 する、と魔女の影から深い青色の蛇が現れる。
 帝王と戦闘になった時に見た、あの強大な羽根蛇とは違う。

「忠節のレギナ。あなたに、敬意を。これは私からの贈り物よ」

 深い青色の蛇。

 足元からするりと登ってきて、これで殺されるのかと思ったのに、懐くように肩に乗った。
 赤黒い魔物とは、違う。
 帝王が使役する、水龍と似ている。

「・・・どうして、また私を、殺さないの?」

 魔女を探しだす為に多くの仲間を喪ってきた。
 惨敗した帝王の力を奪った元凶たる魔女は、その力を渡して、消えた。

 そして今も、一方的に、力を渡してくる―――。
 世界的にも憎むべき対象に優遇されているわけが、わからない。

 顔をあげると、もう魔女の姿は、なかった。
 













「―――もう、充分だったでしょう」

 冬が近づく風の中、日が傾く時間帯に、白い短衣を一枚だけ、というのは、かなり肌寒い。
 小さくクシャミをした所に、静かな男の声がそういって近付いてきた。

「・・・うん。これで良かった。ねぇ、何か暖かい着るもの持ってない?」
 細い手足が薄い短衣から出ていると、自分の身体なのに、久しぶりで変な感じがする。

 厚手の外套を外した男の白い髪がふわりと冷たい風に揺れた。
 そっと丁寧に肩に掛けられた彼の外套は、どこか、薬臭い。

「じじくさい臭いがする」
「古書にのめり込んでいた誰かほどではありませんよ。薬の勉強をしていたんです。次の立ち回りに、使えるかと思いまして」

「薬は、毒にもなる。―――刃の効かない私を毒殺するのは、実は簡単かも知れないわね」
「ご冗談を。僕は、貴女の奴隷ですよ」

 足元に膝をついた彼の白い髪は、フェイーーーフェイゼルと、同じ血筋のものだ。
 素足にトンと唇が落ちてきて、少しだけ、暖かくなる。

「・・・最近は、ノーリ、と名乗っています。協会と本のおかげで、本名が出せなくなりましたから」
「その、白い髪もね」
「奴隷を解放した現フェルトリア議会は、どうするつもりですか? 崩壊させましょうか」
 穏やかな貌のしたに、黒い影がちらついた。
「・・・放っておきなさい。どこまでやれるか、見せて貰うわ」



 よく晴れた星空の下で、どこまでも、冷たい風が吹き抜ける。

 創世記の時代。
 夜空に浮かんでいたといわれる「つき」の光は、暖かかったのだろうか。



 魔物を解放する、光明の聖女。
 フェルトリア連邦総議長。
 シェリース王国の女王。
 それに、魔女探しの協会。
 おそらくリーオレイス帝国も、足並みを同じくしようと動くだろう。

 やっと、役者が揃いはじめた―――。



 東街道は大勢の魔女探し達が使った馬車の轍で、ちょっとした悪路になっている。
 白い奴隷がフェリアの街中に消えていくのを片目でみて、冷えた暗い道を、歩きはじめる。


「―――おーい、こんな所を一人で歩くなんて、危ないぜ、お姉さん」
 車輪をガタガタいわせながら通りがかった馬車の馭者が、声をかけてきた。
「それに街は反対の方だ。今から明かりも無しで何処に行くんだ? 金があれば、乗せてやるぞ」

 辻馬車か。
 魔女探し達が街中の馬車を使いきってしまった訳ではないらしい。


「乗り物なら持っているから、大丈夫」
 足元を、羽根蛇がぐるりと回りながら音もなく巨大化する。

 その背中にひらりと飛び乗れば、少しだけ、楽しくなる。

 ぽかんと青い顔で見上げた馭者に、にっこり笑顔を残して、スルリと蛇の身を道の先へおどらせた。

 東へ―――

 まどろみの先で、朝焼けが迎えてくれるだろう。









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