世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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可愛い勇者が好き

洞窟古書店

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 『洞窟古書店』

 フェリアの通りのはずれにある小さな書店は、小奇麗に店仕舞いしたままだ。
 もしかすると何事も無かったように、店主が現れるかも知れない―――
 そう、薄い期待をもって、店の様子を見守っていた。

 だが、昼になっても、店主が現れることは、なかった。
 物陰から古書店の様子を見守るアルヴァに、アクアが大きな欠伸をする。


「ふぁぁ・・・もういい加減諦めて、本屋さんの中、調べようよ。官公庁から合鍵貰ったんだから、堂々としてればいいのに。そんなに慎重にする必要、ないでしょ?」
「・・・そう、だな。こうしていても、仕方無いか・・・」

「もう、なんでそんなに慎重なのよ。殺されたのは聖女様の先生だったんでしょ? 他に怪しい人が出入りする訳も無いし、私もリース様と一緒にあの古本屋さんに行ったけど、凄く普通の店主だったわよ?」

 アクアには、古本屋の店主が魔女だったことは、言っていない。
 突然官公庁で殺害されてしまった、聖女の先生。
 彼が例のフェイゼル=アーカイルの本の出所だった事もあり、他にも何か重要な資料がないか、確認するという話になっている。

 単独行動はいつもの事だが、リースは結局、戻っていない。
 古本屋の店主について、セトと会ったことがあるリースは気付いていた筈だ。
 そういえば急用があると言い出したのは、官公庁で事件が起きた頃だった。
 
「アルヴァ? もう、本当にどうしたの? なんで緊張してるの?」
「―――何でもない。本屋に入ろう」


 合鍵で本屋の扉の鍵を開こうとして、もう開いている事に気付いた。
 施錠を忘れたのか、誰かが、いるのか。
 小さく息をのんでから、そっと店の扉をあける。


 古い紙のにおい。
 薄暗い古本屋の本棚は綺麗に整頓されていて、店主が本を大事にしていたことがわかる。

 ―――ここに、魔女―――あの人が、いた。

 魔女探し達と行動を共にして、ずっと、探していた。
 あと少しで―――本当に、あと少しで、会えたかも知れない所まで、来ていたんだ。


 入口から差し込んだ明かりに薄暗く照らされた本棚の間で、黒い人影が、古書をひろげていた。

「リース・・・!」
 アルヴァは、おもわず厳しい声をおとした。
「どうして、教えてくれなかったんです。フェイゼルの本は、あの人が持っていたと―――早く、捕まえていれば―――レギナさんに見つからなければっ・・・!」

 それにリースは目をあげて、淡々と、古書を片付けはじめた。

「・・・セト=リンクスは、平和に暮らしていた。そのままにしておくのが一番だったんだ。その方が、混乱を招かない。だが、リーオレイスの護衛にみつかったのは、運が悪かった」
「・・・俺にも黙って、ですか」
「教えれば、放っておけないだろう。お前は」

 リースは、アルヴァの魔女へのこだわりを知っている。
 10年前、無理矢理アルヴァを監視の任務から引き離して連れ帰ったのは、彼なのだから。

 それにしても、やはり、セトがレギナに殺されたという情報は、得ていたようだ。
 昨日から戻っていないのに、どこで知ったのか―――。


「ちょっと、何の話? ほらアルヴァ、他に資料が無いか、見に来たんでしょ。リース様は先に来てたんですねっ! 遅れてごめんなさい♡ 今読んでたの何ですか??」
 少し押し黙った隙に、アクアが割り込んできた。

 リースがひろげていた古書は、古語で書かれているものだ。
 古語が読めたのか―――というのも驚きだが、それは、今この状況に関係があるのだろうか。

「魔法の派生についてだな。言葉の意義による呪術が根本としてあり、それと魔力を合わせて周囲の自然環境を操作する。魔女は、そもそも戦場で活躍するほどの魔法使いだったのだろう。であれば、その力の源が、魔法の探求の過程にある可能性はあるだろう」
「なるほど! 流石リース様♡ 私そんなの考えた事無かったです~」

 割り込みによって、完全に話が逸れてしまった。
 確かにそういう事を調べに来た訳だが―――。



 灰色の猫が、開け放した古書店の入り口からスルリと入ってきた。

 ぴょんと店主の机に飛び乗り、堂々と丸くなってくつろぎだす。
 ―――この猫は確か、『光明の聖女』が抱いていた猫だ。

「こら! 先に勝手に・・・!」
 薄紅色の私服を着た『光明の聖女』が、慌てて猫を追い駆けて古書店に入ってきた。

 聖女特有の丈の長い聖衣を着ていない彼女は、ごく普通の可愛い女の子にしかみえない。
 今日の予定は聖女様には伝えてあった。
 仕事の合間をみて、駆けつけてきてくれたらしい。

 彼女にとっても、あの人がいたこの場所は、特別なものだろう。

 しかし、本屋に足を踏み入れた所で、ピタリと止まる。
 その顔が、真っ青だ。

「聖女様! 可愛い服ですね、一瞬誰だかわかりませんでした。・・・聖女様?」
 アクアが、ぱっと彼女に駆け寄っていった。
 

 すう、と聖女の右手が上がって、ふわりと白い魔力のようなものが滲む。

『―――消えて―――・・・!』
 空間が、ゆがむ。

 その先に立っていたリースから、ドッと煙が噴き出した。
 赤黒い―――
 魔物の気配の、かたまり。

 何が起きているのか一瞬分からなかった。
 苦しげに呻いたリースの身体が、白くなっていく。

「やっ・・・やめて・・・!」
 アクアが聖女の手を押しのけて、白い力が解けるように散る。
 そのまま二人で崩れるように倒れ込んだ。
「リース様が苦しんでるの。お願い、やめてくださいっ・・・!」

 びっくりしたように少し目を瞬かせた聖女は、そっと身を起こして、リースをみた。
「―――リースさん、あなたは・・・」
 蹲ったままのリースを、そっと窺う。

 苦しげに顔をあげた彼の右目が、魔物の色に、暗くぼんやりと光っていた。

 息を、のむ。
 10年も一緒にいて、全く気付かなかった―――
 いや、不思議だと思う事はよくあった。
 素手で剣に打ち勝ち、魔物を切り裂く。
 そして猫のように素早く、しなやかな動き。

「・・・魔物・・・」

 ぽつ、と誰かが呟いた声に、リースがふらりと後退る。
 ドンと背中を本棚にぶつけて、バラバラと古書が崩れ落ちた。
「俺は・・・まだ・・・」

 いつもより低い声が、掠れた息を吐いた。
 白く硬直しかけた身体の色が、うっすら血が通っていくように、黒に、戻る。

「リース様っ・・・」
 ぱ、とアクアが傍に行こうとした瞬間、それをかわすように床を蹴って一気に扉の前まで跳躍したリースは、あっという間に外に出て行ってしまった。

「えっ・・・ちょっ、待って下さい~!」
 アクアが急いで追い駆けていくのを、ただ立ち尽くして見送る。

「リースが・・・」

「あっ・・・あの、ごめんなさい。いきなり、こんな事して―――」
 聖女の慌てた声に、ぼうっとした頭が醒めた。

「い、いえ。いつ気付いたんですか」
「実はお会いした時からずっと、何か怖いなって思ってたんですけど・・・今入ってみたら、魔物の気配が凄くしてて・・・。あの、やっぱり皆さん、ご存じなかったんですよね・・・」

 それは、そうだ。魔物と一緒に魔女探しをしているなんて、おかしいだろう。

 魔女の手下だったのか―――
 いや、それならクレイさんが顔をみて気付く筈だが、手下が一人じゃないとすれば―――

 不安気に覗き込んでくる、可愛い私服姿の聖女。
 彼女を不安にさせる訳にはいかない。
 混乱した感情を、そっと、鎮める。

 リースの言動に、魔女探しを陥れるようなものは、10年、まったく無かった。
 積極的に魔物退治だってしていたし、帝国に於いては国王の信頼も厚い。
 魔物だから敵だ、というのは、魔女だから悪だ、という先入観にも通じるものがあるのかも知れない。
 それにしても、こんなに長く一緒にいて、気付けなかったとは。

 部屋の片隅に逃げていた猫が、ぴょんと机の上に乗った。
 散らばった紙をガサガサと踏むのを、聖女が慌てて抱き上げる。

「私、リースさんを探してきます。今ならまだ気配が分かるかも。アルヴァさんは、ここにいて下さい。私がいなければ、逆に、リースさんが戻ってくるかも知れません」


 聖女がそう言ってぱっと飛び出して行ったのを見送り、手近な椅子に腰をおろした。

 リースが、魔物・・・。
 まだどこか、信じられない。



『―――あの魔物は、魔女とは無縁の存在だ』

 傍らの荷物の中から、ぼうっと仄かな青白い光が零れる。
 古書店の薄暗い本棚のあいだに、唐突に、本に宿った魂―――フェイゼルが姿を現していた。

「・・・驚かさないで下さい。フェイゼル」
 東地区への出発にあたり聖女に返して貰った本を、荷物の中に入れて持ってきていた。

『君と同じ時に一度会っただけ。魔女の支配下にはなく自我を持つ、珍しい魔物だ』
 フェイゼルは、俺を、知っているのか。
 だから自分一人だけになったときだけ出現するのだろうか。

 昔一緒に行動していたとき、セトはこの本を持っていなかった。
 という事は、フェイゼルは、離れていても魔女の状況がわかる、ということだ。

「―――今、魔女は何処にいるんです」
 低く声をおとしたのに、フェイゼルは黙ったまま眉を寄せた。
 介入しない、と言いたげだ。

『・・・知った所で、何も出来まい。魔女は私を回収しなかった。仮に私が彼女の居場所を示唆したとしても、何の脅威にもならないということだろう』
「では、―――どうしたら良いんです?」


『魔女探し達には、彼女を倒す事は出来ない。―――例えばこの国の盟主。例えば隣国の王。世界を、人々の生活を変える事の出来る影響力。その善政が行き渡り国同士を繋いだ時、魔女の支配は形を無くす。歴史的観点でみれば、それが、真に魔女を倒すという事だ。その点からいえば、この国の盟主は、無自覚ながら平穏の中に彼女を捕らえ、勝利していたといえる』


 思わぬ言葉に、言葉がみつからなくなる。
 これが、歴史家の考え方かのか。

「・・・だとしても、魔女は一人の人間だ。社会そのものではない」

『社会、そのものだよ。例え彼女を今倒せたとしても、戦争が復活するだけで、人々は世界の理不尽を、別の魔女を作り上げて、そのせいにするだろう。それが、人間の歴史だ。それを断ち切る事が、彼女の・・・』

 ふ、と言葉がとまる。
 そっと目を伏せて、フェイゼルは、はじめて少しだけ、笑った。
『・・・喋り過ぎた。話に火が点くと、いけないな』
 そのままスルリと掻き消える。

「フェイゼル! 今重要な事を言いかけましたね。きちんと最後までお話下さい!」
 急いで荷物の中から本を取り出して、直接呼びかけてみたものの、しんと静まり返ってしまった。
 確実に重要な事を聞きそびれた―――。
 次に出てきたら、真っ先に確認する必要がある。




「・・・アルヴァ」

 いつのまにか黒い影が、扉にもたれていた。
 逆光だがリースであることは間違いない。
 
「―――助けてくれ―――」

 リースらしくない言葉に、おもわず息をのむ。
 咄嗟に駆け寄ると、倒れ込んできた身体を受け止めきれず、ドッと床に倒された。

「っ・・・どうしたんです、貴方らしくない―――」

 こんな、肩で息をしているような姿は、見た事がない。
 リースは強い。
 いつも助けられてばかりで、助けを求められた事なんて、なかった。

 弱っている筈なのに、腕を掴んでくる手の力が、強い。

 すぅ、と全身から何かが流れ出すような感覚と共に、急速に力が抜けていく。
 視界が、昏くなっていく。
 リースの黒髪が目の前にあって、必死に押しのけようとするのに、力が、入らない。

「な・・・にを・・・」
 まずい。
 このままでは気を失う。
 意識が、身体の感覚が、白くなっていく―――。

 意識を落とす直前で、ピタリと症状が止まった。
 そっと、リースが顔をあげる。
 弱っていた様子は消えて、いつもの調子を取り戻したようだ。

「・・・すまない。俺は―――ひとりで、捜す。付き合せて、悪かった」

 重くのしかかっていた身体が離れて、冷たい風が流れる。
 自由になったのに、全然身体が動かない。

 待てよ、と言いたいのに、声が出ない。
 うわ言のような音が少し零れて、リースの気配を追い駆ける。
 扉が閉じたのを足元で感じたのを最後に、視界が昏くなった。






「『命の光よ 集い来たれ』―――」

 いつのまにか知らない人間が何度か回復魔法を唱えていて、目を擦った。
 どのくらい気を失っていたのだろう。

「あぁ、良かった。入り口で倒れていたので驚きましたよ」
 知らない、丁寧で和やかな声。
 怠さの残る頭を抱えてゆっくり起きると、薄い金髪の若い男が、柔らかい微笑でこちらを覗き込んでいた。
 「店主は留守ですか? 久しぶりに寄ってみたんですが」
 薄暗い店内に目をあげた男は、旅装姿だ。

「・・・店主は事情があり、不在です。・・・回復魔法を、ありがとうございます。あなたは、魔女探しですか?」
「はい。協会の噂を聞いてフェリアに到着した所です。医者の所までお送りしましょうか?」
「いや―――」

 日差しの傾きから、あまり時間が経ってないのをみて、机に縋りながらぐいと立ち上がる。
 ガタン、と腰にしていた長剣が床に転がる。

 そういえば、リースに対して剣を抜くという発想自体が、出てこなかった。


「―――ごめんなさい、見つからないです! こちらはどうですか? ・・・あれ?」
 走って戻ってきた聖女は、知らない人間がいる状況に、少し首を傾げた。

「仰った通り、リースが一度戻ってきました。力を吸われてたようで、倒れていたんですが、たまたま来店した彼に回復魔法をかけて貰って」
「えっ? 大丈夫なんですか、アルヴァさん―――」
「何とか・・・一体、何だったのか・・・」

 カタ、とアルヴァの長剣を拾った男が、首を傾げた。
「魔力と生命力が消耗しているようでしたね。それは、何者なんですか?」

 私服の聖女に視線をむけるが、彼女も、申し訳なさそうに首を振った。
「―――わかりません。私には、魔物としか・・・。普通の魔物は『命』を求めます。魔力と生命力を持って行ったのなら、命そのものよりも、『命の持つ力』を求めたのかもしれないです」

「・・・それにしても今まで、こんな事はなかった・・・」
「うぅ・・・ごめんなさい。私がいきなり力を使わないで、ゆっくり事情をお伺いできれば・・・」
「いや、それでははぐらかされるだけだったでしょう。俺達もまさか一緒に行動しているのが魔物とは思いもしませんでした。それに、目的は同じです。魔女の力の源を調査する。同じ所に行きつくなら、まだ会う機会はある筈。元々単独行動の多い勝手な人ですから、捕まえれば良いだけです」

 自責のいきおいに駆られて目に涙をためてしまった聖女に、少し慌てる。

「魔女の力の、源・・・?」
 協会にまだ合流していない魔女探しには、情報が共有されていない。
 首を傾げた男から落とした剣を受け取って、簡単に協会の動きを説明すると、ぱっと顔を輝かせてきた。
「それは、凄いですね。よく思いつきましたねぇ」
 自分の力を向上させようとは思っても、相手の強さの原因については、誰も注目してこなかった。
 言い出したのは、リースだ。
 はじめから、魔女ではなく、それが目的だったのだろうか。

「ところで、アクアを知りませんか?」
「わ、わかりません。まだ探してるのかも。その辺りを見て来ます!」
 路上で同じように倒れているとしたら、回収しなくてはならない。
 再び駆け出していった聖女に、頭が下がる。

 深く、息を吐いた。
 ―――魔女と、力の源と。
 また、探さなくてはならないものが、増えるとは。


 聖女がおいていった猫が、男の荷物のまわりをぐるぐるまわる。
「あ、さっき買った保存食を見つけましたね。賢い仔ですねー。ちょっとだけですよ」

 荷物から香辛料を片面にきかせたパンを取り出して、白い部分だけをちぎって猫に与えた。
 彼は猫が夢中になって齧り付くのを見守ってから、ぐい、と残りのパンを渡してきた。

「魔力はともかく、生命力は食事で補えます。お腹、空いてるんじゃないですか?」

 言われてみれば、空腹時の気分の悪さに似ている気がする。
 猫がパンを完食して満足そうに床の上でゴロゴロとお腹を見せるのを眺めて、香辛料に染まったパンを少しだけ齧ってみる。
 フェリアの食糧は、大体旨い。
 おもわず全部食べ切った。
 
「よく気付きますね。ありがとうございます」
「いえいえ、元々僕は回復役ですから」
 世話を焼くのが好きなのか、親切そうな顔を、はじめてきちんと見た。
 誰かに似ている気がするが、よくあるお人好しの顔、という気もする。

 ノーリ=カークランド。
 
 リュディア王国郊外の教会の聖使だったのが、治癒魔法を沢山使いたくて、魔女探しに混ざった、という、一風変わった動機をさらさらと喋った。

「―――つい最近仲間達が解散してしまいまして、いまは一人旅なんですよ。もしお邪魔でなければ、その、力の源を調査しに行くのに、ご一緒しても良いでしょうか?」

 話をしながら何個かパンを貰ったところで、笑顔でそういう事を言われると、断りにくい。
 ノーリは、なかなか処世術に長けているところがあるようだ。

 いつも一緒だったリースがいない状況。
 賑やかなアクアと二人旅になるよりは、まだ良いかもしれない。

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