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可愛い勇者が好き
可愛い聖女と
しおりを挟む満天の星が、キラキラと中庭の水面に輝く。
旅路に出た魔女探し達には、嬉しい天気だ。
明かりの乏しいなかで、急ぎたい者は、星明りの夜道を進む事ができる。
聖堂の奥の開け放たれた扉から、冷たくて柔らかい風が、そっと吹き込んできていた。
魔女探し達がいなくなってから、静寂が深くなった気がする。
今までもこの時間帯は騒々しいとは思わなかったけれど、寝起きしている人数がこれだけごっそり居なくなると、静けさが違った。
天使像の前でいつものように両膝をついているのに、なんだか眠くなってきてしまう。
風が、ふと目の前で遮られた。
「―――こんばんは。お邪魔するよ」
どこから現れたんだろう。
開いているのは中庭の扉だけ。
こんな、目の前に来るまで、全然気付かなかったなんて。
「・・・先生?」
やわらかく風に揺れる、さらりとした茶髪。
見慣れた、ゆるやかな笑顔。
だけどどうして死人に着せる白衣なんて着てるんだろう。
そして、どうして、女の子みたいな感じがするんだろう。
「え? どうしたんですか・・・? いつのまに―――」
折角、こんな遅くに先生が訪ねて来てくれたのに、頭が、ぼうっとする。
「『光明の聖女』・・・魔物を理解し、解放する。暗い魂の、希望の光。やっと現れていた―――」
する、と先生が延べた指先が、私の手とぶつかるように絡まる。
深い緑色の瞳に見つめられて、どうしたらいいのか、わからない。
先生の瞳って、緑色だっただろうか。
軽く握り込まれた指先の、きれいな、細い線―――。
「あ・・・の・・・」
いきなりドキドキしてきた。
これって、どういう状況なんだろう。
目の前にいるのが男の人なのか女の人なのかも、自信がなくなる。
「フェイの本は、読めた? ひねくれ者だから大変だったでしょう」
「あ・・・あれ、先生の本だったんですか。えっと、簡単に内容を紙に書いて貰って・・・」
―――持ち主が、開けなかったから譲って貰ったって、言ってなかっただろうか。
「・・・先生って、女の人・・・」
ふ、と視界が暗くなる。
吐息が頬をくすぐって、やわらかい体温に唇を塞がれていた。
ぼうっとしていた頭が、白く、とける。
「―――ふふっ・・・可愛いね。沢山学んで、考えて、行動して、強くなってね。貴女の光が、世界の闇を、照らせるように・・・」
唇から零れる小さな呟きが、直接、身体の中に入ってくる。
いきなり、どうしてそんな事を言うんだろう。
なんで、こんなに―――・・・。
なめらかな指先がほどけると、さっと不安が立ち昇ってきた。
離したら―――離れたら、どこかに、消えてしまう。
「待って! セト先生。あなたは、私の、先生なんですっ・・・!」
「・・・うん。だから、先に行くよ。焦らなくていい。一歩一歩、追いかけておいで」
ざあ、と中庭の木々が緑の風に揺れる。
白衣姿が、やわらかな星明りの中に、とけるように見えなくなっていく。
「・・・だめ、行かないで・・・―――セト先生―!!」
咄嗟に中庭に飛び出していた。
草の中のせせらぎに足を取られて、バシャンと転ぶ。
私の声を聞きつけた誰かが、素早く駆けつけてきた。
「聖女様! 今呼んだ名前は・・・?!」
肩を掴んできたのは、アルヴァだ。
彼の驚いた顔に、びっくりする。
「セト先生が・・・いなく、なっちゃったんです・・・。死人の白衣を着てて・・・それと・・・」
「セト=リンクスという男性―――。それが、女性にかわっていた?」
小さく頷いて、深く、息をつく。
肩を掴んでいるアルヴァの手が、小さくふるえていた。
「・・・こんな近くに・・・。どうして、気付けなかったんだ・・・」
アルヴァの声で、ゆるやかに、醒めた頭がやっと働きはじめる。
ごく普通の人間として存在していた、世界を支配する魔女―――。
さっき目の前にいたときに、どこか、頭の中で気付いていたのに、私には引き留められなかった。
意地でも握られた手を離さなければ、少しは違っていたんだろうか。
凄い力を持つ魔法使いが、そんな事で捕まえられる訳はないのは、わかってる。
だけどまだ、あの細い指先の感触が、残ってる。
優しい唇の体温が、残ってる。
明日、古本屋さんを訪ねて行けば、いつもと変わらない姿で、何の事?って言われる。
そうならいいのに。これは、たぶん、そうじゃない。
「―――聖女様。聖女様は、あの魔女が嫌いですか?」
ぽつ、と小さな声がおちてきたのに、強く首を横に振った。
嫌いな訳がない。
―――こんなに、大好きだったのに。
「・・・皆は、魔女を憎む。探し出して、倒そうとする。・・・殺そうとする。それが魔女探しです」
「あの人はっ・・・悪い人なんかじゃ、ないじゃないですか。戦争を止めただけ。・・・なのに、なんでっ・・・」
それで、起きた悪い事を全部、あの人のせいにされて、憎まれるなんて、違う―――。
そう言いたくて、喉がつまって、声にならない。
見上げたアルヴァの瞳から、一筋、涙が流れていった。
「・・・だから、俺は、探し出します。絶対捕まえてみせます。そうしたら、証明できる。300年間の誤解も、絶対にとけない事なんて無い。あとから歴史が修正される事なんて、珍しくない」
表情のすくない、真面目な魔女探しだと思ってた。
こんなに、烈しい切なさを抱えていたなんて、知らなかった・・・。
「・・・追いかけておいでって、言われたんです。アルヴァさん・・・私にも、お手伝いさせて下さい」
会いたい。
もう一度、あの人と会いたい―――。
アルヴァが、優しい顔で頷いてくれるのを見て、やっと少しだけホッとした。
それから、今日の出発じゃなかったのかな、とようやく気付いて、ごしごし目を擦る。
「今日は、皆さんと一緒に出発しなかったんですね。荷物はできてたみたいですけど・・・」
「リースが急用とかで、出発する時になってから出掛けたんです。俺達は魔女探しとしての活動以外にも、リュディア王国の指示を受ける事がありますから。・・・しかし、結果として、よかった。こうして聖女様と、話が出来て・・・。」
―――彼は、ずっと、黙って耐えていたんだ。
皆が魔女を憎む中で、ひとり、それを哀しみながら、力を貸してくれていた。
それは、凄いことだと思う。
夜が明けて一番に、平民服の総議長様が教会に駆け込んで来た。
お互いに目が赤い理由は、やっぱり先生の件だ。
「―――リーオレイス帝国の護衛は、魔女だから、正体を現してうまく逃げられるのを防ぐために即断で刺した、と言っていました。セトは、男だし、元盗賊団の仲間も大勢いる。だいたい、俺の・・・目の前で・・・絶命したのは、はっきり確認したのに。それが安置所から、姿を消した―――」
それでやっと、死人の白衣を着ていた理由がわかった。
これが魔女の話じゃなければ、物凄く怖い話になる。
いや、魔女に接していたっていう事事態が怖い話になるのかもしれないけど。
「・・・それで、そのあと、私の所に来たんですね。すぐにどこかへ消えてしまいましたけど・・・。魔女に会ったことがある人にも確認しましたが、先生が魔女だったのは間違いじゃないです。外交問題に障害の出ないようにしてあげて下さい」
こういう事をスラスラ言える自分が、不思議だ。
落ちるような眠りから醒めてみると、朝から、感覚が澄み切って、頭もよく回るようになっていた。
なんだか魔力も余裕がある。
力が漲る。
哀しみ以上に、頑張らなきゃという気がしてくる。
アルヴァっていう味方がいてくれたのが、ものすごく、大きいかもしれない。
協会の情報と事の顛末を総議長様に説明すると、目を擦りながら、やっと納得したふうだった。
「俺も、セトが・・・魔女が、一般に言われているような奴じゃないっていうのは同感です。盗賊だったから悪い事はしてたけど。それと人間味とは、また別だ。だから、勉強の先生として紹介したんです。・・・もう少し早く、協会の情報共有が出来ていれば、どこかで気付けたかも知れませんね」
「あ・・・それなんですけど」
為政者の立場だけに絞られた、古い歴史の閲覧。
その伝統をどうにか出来ないのか。
制限されているのは、何か理由があるのか―――。
伝統の理由はは、総議長様にも、よくわからないようだった。
「少し、確認してみます。問題が無ければ、少しずつでも自由に見られるように工夫しましょう。今回の件に限らず、知らないよりは、知っておいた方が解決できる事は増える筈ですから」
「お願いします。・・・このまま、礼拝に出ていかれますか?」
「・・・いえ。セトは、居なくなったけど、死んでいない。冥福を祈る必要は、ありませんから」
駆け込んで来た時は憔悴していた顔に朱が差して、元気をみせたこの国の盟主に、ほっとした。
―――そう。
こうして、人の胸に、光を灯す事ができると、本当にうれしい。
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