世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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可愛い勇者が好き

魔女とあった人

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 フェリア中央教会。
 賑やかな街並みの南側に位置するこの由緒ある教会は、火事や政変に巻き込まれながらも、街の人々の大きな支持を得ている。

 それは、新しく就任した『光明の聖女』の力だけじゃない。
 歴代の聖女が、貴族にも平民にも―――そして奴隷にも、寛容な姿勢を貫いてきたからだ。


 リッドが総議長に就任したのは、3年前だ。
 前職の総議長であったリッドの父が、その職を息子に引き渡した。

 どうしてそういう事になったのか?
 リッドの護衛官になった元盗賊団の仲間達から、都度、色々な事情を聞かされた。
 でも、あまり頭に入ってこなかった。
 元盗賊団の仲間達に危険が及ぶような内容じゃなかったし。

 政治なんて、自分には関係ない。
 平民の身分で得難い情報に一喜一憂したところで、出来る事は何もないのだから。





 灰色のにゃんこが、ぴょんとセト先生の荷物に飛びついた。

「あ、こら、駄目でしょ」
 ミラノは荷物に引っ掛かった猫の爪を、いそいで外した。
 忙しく動き回っているセフィシスが見当たらなくて、結局一日中、にゃんこと一緒にいる。

「あはは。目敏い仔だね。今日は、パンが入ってるんだよ」
 古書の荷物から、ほんわり温かいパンが出てくる。
 先生が小さく千切って私の腕の中のにゃんこにパンをあげると、ぱっと咥えて先生の肩に飛び乗った。

 ふわふわの毛並みがさらりとした茶髪に纏わりついて、くすぐったそうに笑う先生。
 なんだか物凄く癒される。

 肩ににゃんこを載せたまま、先生は机の上で古書の荷をほどく。
 一緒に入ってたパンの紙袋から、ほんわり良い匂いがひろがる。
「友人のお嫁さんが作ってくれたんだ。ミラノちゃんも、どうぞ」

 あったかくて、素朴なパン。
 ―――なんだか、先生みたい。
「ありがとうございます。お昼を食べたばかりだから、あとでおやつに頂きますね」

 にゃんこが勝手に食べないように、棚の上に置いておく。
 友人のお嫁さんが作ってくれた・・・
 ってことは、やっぱり先生も、結婚していてもおかしくない年代の筈だ。


「・・・先生は、結婚しないんですか?」

「僕は本と結婚してるんだよ。皆が幸せになるのを見てたら十分。―――それに・・・」
 ふと言葉を切った先生の顔を覗き込んでみると、ぱっと爽やかな笑顔がかえってくる。

「僕の事より、ミラノちゃんはどうなんだい? 聖女様でも、恋愛禁止な訳じゃないよね」
「わ、私は全然! 考えた事もないですっ!」

 いきなりぶわっと顔が熱くなる。
 聖女業で頭が一杯になっていたから、本当に、そういう気持ちは忘れてた。

「恋愛は、考えるものじゃないさ。僕が本を愛してるようにね」
「もう・・・本当に本が好きなんですね」
「古語を読めるようになれば、ミラノちゃんももっと本を好きになれると思うよ。さて、昨日の続きを始めようか。わかりやすくまとめてきたんだ」

 そう笑いながら古書と解説文をならべた先生の隣に、少しだけため息をついて座る。
 ちょっとドキッとする冗談だったけど、やっぱり、先生は先生だ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 大地が火を噴き、海がめくれ上がり、すべての生き物が飲み込まれ
 一面に燃え盛る大地と、真っ黒な海がひろがりました。

 星の欠片は 大地に馴染み
 新たな命の 夜の光に
 謳えば星は 柔らに道を照らす―――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 文章の途中に、唐突に詩のような表現が出てきた。
 全然意味がわからない。

「たぶん、これは魔法の発祥を示唆していると思う。古い文献には、魔法の前身に呪術っていうのがあって・・・これは今も一部の地方でまだ存在してるけど。その前には、複数人で唄を唱える儀式みたいなのがあって、それで明かりを取ったり、怪我とか病気を治したりしたみたいだからね。今でも、『詠唱』っていうぐらいだし」

 すっかり古典の世界に入り込んだ先生の、わかりやすい解説に、関心を奪われる。
 そういう前知識がない私には、これを読んだだけじゃ、何の事だかさっぱり分からなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 焼けた大地に、再び緑が蘇るまで、幾万年。
 ひとつだけ現れた緑の大地に、人々が生きる場所ができました。
 それからの緑の大地は『グラディウス大陸』とよばれました。
 世界は、そうして再び、始まったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「先生、これって時間軸的にも、本当に見た人はいない筈ですよね。どうして、こういうふうに古書に記録されてるんですか?」

「未来を見通す聖女様が存在していたように、過去を知る事が出来る人がいたんじゃないかな。でも、もしずっと生きていて見てた人がいたら、凄いよね」

 真面目に話をしているかと思うと、突然話題が違う方向に飛んで行く。
 だから、先生の話は面白い。



 あとの時間は入門書をひらいて、古語の基礎を勉強した。
 今日もまた合唱の声が聞こえてくる時間まで、勉強とお喋りとで、日が暮れる。

「そうだ。総議長様に相談があったんですけど、日中、官公庁にいらっしゃらなくて。今教えて貰ってる創世記って、政治をするような立場の人達しか見ちゃいけない伝統があるみたいなんですけど、今、魔女探しの人達が色々歴史を調べてて。一部だけでも、公開って出来るものでしょうか」

「う~ん、一般人の僕に解読を任せるぐらいだから、伝統ってだけで、具体的に罰則とかがある訳じゃないのかな? 一応聞いてみないと分からないね。何かマズい事が書かれてる訳じゃないし。・・・あの総議長、今日、僕の所に来たよ。最近ちゃんと護衛がいるからって、結構出歩くみたいだから、先に予定をおさえておいた方がいいかもね」


 先生は膝の上でスヤスヤしている猫をそっと長椅子に寝かせて、ひろげた古書の資料を片付けた。
 起きる気配がないにゃんこ。
 そんなに先生の膝が気持ちよかったのかな?
 
「明日は、今日持ち込まれた総議長からの仕事を一気に片付けたいんだ。授業はお休みでいいかな。入門書は置いて行くから、時間があったら見ておいてね」
「わかりました。お仕事、頑張ってください」
「君も、頑張りすぎないようにね」

 そう笑った先生を見送りに、いつものように門まで一緒についていく。

 丁度門の前で、キリッとした姿の金髪の魔女探しが、辻馬車の代金を馭者に精算しているところだった。

「じゃあまたまた明後日。予定が変わったら、連絡するよ」
「はい。お待ちしてますね」

 先生を人混みの中に見送る。


 それからそっと正門の端に立って、金髪の魔女探しが教会に向かってくるのを、出迎えた。

「こちらが、フェリア中央教会ですね」

 丈の長い聖女の聖衣を着ているから、私が聖女だというのは一目でわかるだろう。
 彼は丁寧に一礼して、左手を胸元に当てた。

「リュディア王国中央教会より参りました、アルヴァ=シルセックです。先行したリースとアクアはこちらに到着していますか?」

 折り目正しく、真面目そうな態度。
 リュディア中央教会の魔女探しは、皆こういう軍人気質なのかな?
 でも、アクアは普通の感じだったし、リュデイア王国の人の性質は、色々なのかもしれない。

「はい、お話は少し伺っています。出掛けてるかも知れませんが、中にご案内しますね」



 アルヴァ=シルセック。
 前髪からもわかる、真っ直ぐな長い綺麗な金髪。
 後ろ髪をひとつに結ったところから白い布で覆っているのが、勿体ないくらいだ。
 綺麗な立ち姿。
 綺麗な顔立ち。
 冷たく凍ったように真面目な顔が、この青年の、厳格な雰囲気をつくっている。

 ふと彼が腰に帯びた長剣をみて、そういえば、リースは武器らしいものを持ってなかったかな? と今更気付く。
 今日リースとアクアと合流するって事は、彼が、魔女と会ったことがある人だろうか。


 ・・・すごく、聞きたい。
 でも、興味本位で聞いたら、失礼かな・・・?



「あ、あの・・・魔女ってやっぱり、美人さんですか?」
 宿舎の廊下を歩きながら、ちら、とアルヴァを見上げる。

 彼は少しだけ驚いたように目をひらいてから、ふ、と笑った。
「ーーー悪役として描かれるような美人とは、違いましたね。素朴に綺麗・・・というのが、近いです。俺が持ってくる情報は、伝わっているようですね」

「はい。リュディア王国の証人さんとして、魔女と一緒にいたと聞いています。魔女はその時、占い師の男性に姿を変えていたって・・・アルヴァさんは、魔女としての女性の姿も―――」

 無表情だったアルヴァが意外に優しそうに笑んだのをみて、おもわず気が緩んでしまっていた。
 私の口数が多くなった一瞬で、アルヴァの表情が、スッと冷静に戻る。

「―――占い師の青年とも魔女とも、俺は、あの人と、言葉を交わしています。多くの魔女探しが求めるような、希少な事例です。でも、あの人は、見世物ではありません。―――人なんです」

 キンと冷えたようなアルヴァの蒼い瞳。
 ―――魔女と会ったことがある人。

 世界を支配する魔女。
 それを倒すことで、世界は魔女の支配から自由になる。
 ・・・そう、皆が思ってる。

 でも、アルヴァのいうとおりだ。
 魔女は、人だ。
 魔物でもなんでもない。

 人なんだ。

 私があっさり魔物を消せるような、簡単な話じゃない。
 どんな強い魔物でも、手をかざして簡単に消すことができる私だから、よくわかる。

 倒して解決、というものじゃない。
 魔物よりも怖いのは、生きている、人なんだ。


「―――聖女様に、失礼を。申し訳ありません。つい感情的になりました。私もまだまだ、修行が足りぬ身ですね」
 私が硬直したのを見て取ったのか、アルヴァがさっと柔らかい声で優しく一礼する。
 咄嗟にそういう態度が取れるなんて、尊敬するぐらい凄い事だと思うんだけど。


「い、いえ、興味本位な質問をしたのは私ですし」
「『光明の聖女』様。俺からも、質問をしても良いですか?・・・魔物を一瞬で消すと聞き及んでいます。―――魔物とは、何なんでしょう」

 アルヴァの、真面目で真摯な蒼い瞳。


「・・・魔物は、人です。―――苦しみや悲しみのままに、自分の姿を喪って迷った、人の心。本当は、皆が思うように、幸せに生きていく筈だった、魂の欠片・・・。私の力は、魔物としての殻を外してるだけなんです」

 私が魔物を消す力を持っているのは、偶然でしかない。
 魔物が、亡くなった人の心だと伝えるのは、簡単だ。
 でも、だからといって誰も私と同じように魔物を消す事はできない。


 魔女探しの人達が戦闘技術を鍛えて魔物退治に赴く姿勢には、いつも頭が下がる。
 皆が魔物に対して最強と慕ってくれる私は、人には、無力だから。

 魔女を相手にしたなら、私は、何もできないだろう。


「私より退魔師の方々や魔女探しの方々のほうが、すごいです。私にどうにかできるのは魔物だけ。みんなは魔物だけじゃなくて、人間関係とか組織的な事とかとも、戦っていますよね。私も少しずつ、そういう事にも対応できるように勉強はしてるんですけど・・・まだまだ、ですね」

 なんだか静かになってしまった空気をかき消すように、小さく笑ってみせる。
 アルヴァも、そういう私に合わせるように、少しだけ笑んでくれた。

 ―――真面目で、いい人だ。


 話ながら歩いているうちに、共同宿舎で魔女探し達が資料をひろげる広場に着いた。
 人数がいるから、資料も結構な量になっている。

「これは・・・」
「リースさんが言ってた、伝承とかの調査に、皆が動いてくれたみたいですね。―――あ、シヅキさんっ」

 資料のなかに埋もれたようになっている協会の代表者をみつけて、声をかける。
 こちらに気付いたシヅキが、顔を上げて、いそいで紙の山から脱出してきた。

「リースさんの言ってた方が着きましたよ。リュディアのおふたりは、どちらに?」
「わざわざ聖女様が―――ありがとうございます。リースは出掛けてくるとかで・・・アクアは浴場に行っていますし、私がお引き受けします」



 ちょっと埃臭いシヅキにアルヴァを任せて、聖堂のほうへ引き返す。
 夜の礼拝の準備にまた遅れてしまう。
 いつも私を補佐してくれてるセフィシスに、あまり余計な気苦労をかけたくない。


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