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可愛い勇者が好き
にゃんこの癒しと魔女探し協会
しおりを挟む天使教会の根本的な教義は、自然への感謝。
すごく自然の事だと思っていたけれど、今日読んだあの貴重な本の内容を思うと、もっと深い歴史がありそうだ。
聖女を任されたからには、せめて教会の事だけでも背筋を伸ばせる自分でありたい。
教会が天使の名を冠しているのは、昔話で天使が自然を尊重するように人々を導いたことからきている。
皆が字を習うときに読む、昔話。
あの簡単な物語にも、たぶん、沢山の秘密があるような気がする。
全部セト先生に翻訳して貰っても良いかも知れないけど、少しぐらいは自分でも読んでみたい。
―――翻訳しているときの先生の、優しい仕草が、どうしてか印象に残ってる。
今までも色々な事を教えて貰ったけど、流石に古本屋さんだからだろうか。
セト先生も、古いお話が好きなんだろう。
もっと沢山の本を一緒に読みたいな・・・
そんなことを思っている自分にふと気付いて、ぱんと自分の頬を両手で叩いた。
気を抜くとボーッとしてしまうのは、昔からの、悪い癖だ。
夜の礼拝のあとには、当番の聖使が作った夕食をとって、聖堂では聖使達が思い思いの時間を過ごす。
夜が更けて人がいなくなると、聖女一人の礼拝の時間だ。
ひとりで何を祈るかというと、実はかなり沢山ある。
解放奴隷の事、それに関わる周りの人達の事。
また貴族達も、変化を上手に越えていけるように。
この街が、より豊かに、まわりの地域や国とも良い関係を築いていけるように。
その他にも沢山の事があるし、身近な細かい事も全部祈ってると、すっかり夜が更けている。
聖使達が寝静まった宿舎の廊下を抜けて、聖女の離れに辿り着くと、いつもすぐ眠りにつく。
今日はその部屋の前で、シヅキが待ち構えていた。
「お疲れ様です聖女様。仲間から土産に良いお酒を貰ったので、寝酒にひとつお持ちしました」
小瓶を揺らして笑顔をみせた彼女に、ちょっと困った。
「私、お酒、飲んだことないですよ―――」
聖女っていう大役に、皆忘れているかも知れないけれど、私は今年でやっと18歳だ。
ずっと聖使として過ごしてきたし、お酒を勧められる事も、自分から飲む機会も無かった。
「あら、美味しいですよ。無理には薦めませんけど、気が向いたら是非あけてみて下さい」
ひんやりした小瓶を渡されて、そっと頷いてみる。
夜の繁華街で酔い潰れている人を見慣れてしまっていると、きっと美味しい飲み物なんだろうけど、なんとなく飲む気にはなれない。
「今日着いたリュディア王国からの魔女探しの話、明日、聖女様にも一緒に聞いて頂けないでしょうか。お忙しいですか?」
「あの、リース=レクトって人ですか?」
ふと、怖いなと思ったのを、どうにか疑問の言葉で鎮める。
「ご存じでしたか。これからの協会の動きに関わる話になります。もしお忙しければ、日を改めます」
これからの魔女探し達の協会の動き。
今までと違う活動を始めるのなら、内容を把握しておく必要があるだろう。
好き嫌いの問題じゃなくて、聖女として聞いておかなくちゃいけない。
「わかりました。朝の礼拝の後なら時間がありますから、応接室を開けておきますね」
よろしくお願いします、と一礼したシヅキが廊下を歩いて行くのを少し見送ってから、自分の部屋にはいって、深い息をついた。
別に、あのリースって人が何かした訳じゃないし・・・
会いたくない、とか思うのは、失礼だっていうのは、よくわかってる。
そのうえ私は聖女なんだから、人の好き嫌いは良くない。
でも、どうしてあの人だけ、嫌な感じがするんだろう。
捉えどころの無い、形の無い魔物と対峙した時みたいな、不安と焦りに似ている。
どんな魔物でも、姿形がはっきりしていれば、手をかざして消す事が出来る。
だけど霧みたいに姿がはっきりしない魔物には、どう向かい合ったらいいか迷ってしまって、焦った事があった。
人型の魔物―――吸血鬼には、まだ遭った事がないけど、仮にも王国の中央教会から来た魔女探しが、吸血鬼な訳がない。
まわりが、すぐ気付く筈だ。
・・・じゃあ、全然別の種類の、人の形をした魔物が存在するとしたら―――
ぞっと、寒気がはしる。
急いで聖衣から暖かい寝間着に着替えて、布団に潜り込んだ。
考え過ぎるのは、よくない。
明日、明るい時にもう一度会えば、きっと、普通の人間だって確認できる―――。
「セフィシス、ちょっと午前中、にゃんこ借りていいですか?」
朝の礼拝の片付けをして、忙しく動き回る古馴染みの聖使に、そっと声をかける。
「いいけど、ごはんあげ過ぎないでね。いつも、いつの間にか魔女探しの人達からオヤツ貰って来ちゃうから」
彼女の灰色の猫を抱いて、応接室をあける。
机上の花瓶を窓枠に移動させているところに、扉を叩いて協会の人達が入ってきた。
「お時間を頂き、ありがとうございます」
礼儀正しく挨拶してくれたリースに、やっぱり寒気がしてしまう。
腕の中に抱えたにゃんこの体温で、昨日程の悪寒は抑えられたけど。
協会の顔ぶれはシヅキと、いつも出入りしている顔が3人。
そして新しい顔がもうひとり。
「はじめまして。リュディア王国中央教会から来ました。アクア=エルタスです」
ペコリと頭を下げてくれたのは、セフィシスみたいな魔導杖を持つ、同い年位の女の子だった。
リースと同じ所から来てるって事は、一緒に旅してきたんだろう。
にゃんこも特に変わった様子はないし、やっぱりリースが苦手なのは、気にしすぎだ。
長椅子に皆が座ったところで、シヅキがいきなり本題を切り出した。
「今日の話は大きく分けて2つ。一つ目は、実際に魔女を一度見つけた事例。二つ目は魔女に対抗する手段について」
魔女を見つけた―――。
ただそれだけの言葉が、執務室の空気を、ぴり、と引き締める。
「クレイさんが今まで皆に共有した情報は、今までの魔女の、魔女探しに対する行動。手下を仲間の中に紛れ込ませて全滅させてみたり、その手下が偽魔女を仕立てて活躍させたり。実質的に手下のへの注意喚起だったわ。でも、注意するだけじゃ、何も解決しない」
それはそうだ。
現に300年も、誰も魔女に辿り着けずにいるのだから。
シヅキの視線をうけて、リースが静かな声をおとす。
「まず、10年ほど前にリーオレイス帝国内に政変があった事を、ご存じでしょうか。表沙汰にはなっていませんが、内政に大打撃を及ぼしました。絶大な力を誇っていた帝王が、魔女と戦い、敗れたからです」
「魔女と戦った・・・?!」
協会の3人は疑うような険しい顔をした。
「どうやったら魔女を探し出し、そんな都合よく帝王と戦闘になるんだ。帝王が戦って敗れた相手を、面子を立てる為に、相手を魔女だとしたのなら、まだ、理解できるが」
難しい顔をした協会の男が、他の2人の発言を制して、きびしい声をおとした。
「そうですね。しかし、勝利を確信していた帝王は、わざわざリュディア王国の退魔師を証人として立ち会わせた。彼はリーオレイス帝国の軍人と一緒に、魔女と旅程を共にした。・・・リーオレイス軍人によって探し出された魔女は、当時、ごく普通の人間として過ごしていました。小さな村の、占い師の青年として」
物凄い話が、なめらかに流れていった。
リーオレイス帝国に政変があった話は昨日聞きかじったばかりだけど、まさかそんな背景があるとは思ってもみなかった。
「あ、証人になってた本人は、明日には着くと思います。ちょっと王様に呼ばれてて。詳しい容貌とかは、彼から直接お話させて頂きますね」
黙っている協会の顔ぶれに、アクアがにこやかに一言添えた。
「しかし・・・過去の顔が分かっていたとしても、今も同じとは限らないだろう? 重要なのは、その軍人が、どうやって探し当てたかじゃないか」
「残念ながら、彼はその後の政変に対応するために帝国に戻ってから、音沙汰がありません。帝王の惨敗を見た訳ですから、消されている可能性もあります」
消されてる―――
厳しい言葉に、緊張する。
柔らかいにゃんこをぎゅっと抱いた。
「仰る通り、探し方も重要です。が、同じように探し出せたとして、勝算はありません。自然の龍を駆使する帝国最強の帝王が、あっさり敗れた訳ですから。そこで、シヅキさんが前置きしてくれた、ふたつ目の話になりますが・・・」
どうしてか、リースが私をちらりと見る。
「・・・実際に帝王の龍に対して魔女が使ったのは、大蛇でした。俺も大蛇には遭いましたが、蛇そのものは倒す事が出来るし、『光明の聖女』様の能力でも、恐らく消せるものだと思います。問題は、魔女自身の、謎の力・・・。300年以上生き続け、龍をものともしない、彼女自身が持っている能力。これを越えるか打ち消すような備えが無ければ、探し出した所で手も足も出ません」
だから日頃から体を鍛えているんだ、という声が、魔女探し全員から聞こえてきそうだ。
でもリースの話は、そういう問題じゃない。
「そもそも魔女は、いつ何処で、魔女に成り得る力を手に入れたのか。各地の聖者や聖女のように特殊な能力を持った方々でも、300年も生きたりして人としての常軌を逸している事は、まずありません。初めて魔女が出現したとされるメルド湖沼地帯。あれは彼女が最初に沈めた古戦場だというのは、魔女探しなら知っている事かと思いますが、そのあたりの歴史や記録、伝承に手掛かりが無いか、一度総浚いする必要があると考えています。・・・力の源が明らかになれば、対抗手段を具体的に探る事ができるようになる」
―――あ。
だから、本―――。
先生のことを訊いてきたんだろうかと思い当たって、ちょっとだけ、ほっとする。
考え込むふうに視線を落とした協会の3人をシヅキが見渡す。
「当然、メルド湖沼地帯に接している東地区には、今も昔も魔女探しが多く集まるし、そこに目をつけて調べた事がある人間もいると思う。ただ、そういう人達が何か掴んだとしても、魔女探し全体には全然そんな内容は聞こえてこない。『情報共有』。これが私達の強み。これを生かさない手はないわ。どうかしら」
シヅキの声に、真面目な顔した3人が頷いた。
特に欠点のある提案ではない。
軍人が魔女を探し出した手段も知りたいが、今ここでそんな贅沢をいっても仕方ない。
それが彼らの心境だろう。
「―――聖女様、ひとつ、お願いがあります」
リースの静かな視線に、もういちど、緊張する。
咄嗟に先生の古書店の事かなと思って、どうしてか喉が渇いた。
「古い伝承・・・特に、創世記や古い国々の記録は、王国でも連邦でも、一般平民には禁書とされていて、為政者や一部の貴族にしか見る事が出来ないという伝統があります。フェルトリア連邦は、古戦場に接していますから、当時の記録があるはず。何とか、その辺りだけでも読ませて頂けるようにはできないでしょうか」
・・・総議長様に借りた古書。
昨日読んだあの本は、多分、創世記なんじゃないかと思う。
あれが、禁書だとは知らなかった。
総議長様も、私が聖女だから大丈夫だと思って貸し出してくれたんだろうか。
「相談、してみますね」
多分大丈夫だと思うっていうのは、飲み込んだ。
いつも総議長様の判断に頼りっぱなしになってちゃいけない気もする。
「東地区の調査は、今現地にいる協会の人間に伝書鳥を飛ばすわ。私達は当面、この中央都市で集められるだけの情報を集めるわよ。本屋も大事だけど、民謡とか、埋もれた話をご年配から聞き取るのも良いかも知れない。集まってきている魔女探しの手伝ってくれそうな面子にも声を掛けて、この機会に漏れなく確認しましょう」
シヅキの声は、明快だ。
昨日リースから話を聞いた時点で、だいたいの段取りを決めておいたのだろう。
協会の3人を先に退出させて、シヅキはふわりと私の腕の中のにゃんこを撫でた。
「国の記録のこと、お任せして大丈夫でしたか?」
「少し、心当たりがありますから。私も色々勉強したいですし、やってみます」
ほっと、笑みをみせたシヅキが、お願いします、と一礼して出て行く。
それに続いたアクアを見送って、ふとリースが足を止めた。
ぴり、と緊張してしまう。
「・・・こうしていても、俺が、怖いですか?」
飾らない、感情の見えない言葉に、息が詰まる。
同じ部屋の中で長話を聞いて、彼が信頼できる人だっていうのは、わかった筈なのに。
「い、いえ・・・あの、ごめんなさい・・・」
どうすればいいか、わからない。
顔を上げられなくて、にゃんこのフワフワの背中を撫でてみる。
長い尻尾で、ぺし、と叩かれた。
「いえ、貴女が謝る事はありません。ところで、昨日の古書店の先生は、どこでお店をしているんですか?」
「あ・・・街の西側の外環通り沿いです。『洞窟古書店』っていう看板が出てれば、いらっしゃるかと思います」
ありがとう、と出て行ったリースの背中を見送ってから、急に、先生が心配になってくる。
私以外の人はリースに何も感じていないし、アクアっていう女の子なんかは、彼に懐いているふうだったから、悪い人じゃないし、きっと心配要らない―――。
そう、頭ではわかっているのに。
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