世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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展望が紡ぐ絆

魔物を消す光

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 信じられないような惨状が、目の前にひろがっていた。
 泥と、金属と、血の臭い。
 重い、気が遠くなりそうなほど重い暗がり。
 自分の光魔法がそれを照らし出してしまったことが、怖くなる。

 それより、強い光を放った事で、警護官に向かっていた魔物達が、一斉にこっちに向かってきた。

 その光景に、息を飲み込む。

 恐怖じゃない。



 光につられて歯牙を伸ばしてくる魔物の姿が、助けを求める叫びの姿にしか、みえなくて。
 両手をあげて、彼らを迎え入れるように、手を伸べた。


『あなたの姿は、本当の姿じゃない。怒らないで。怖がらないで。悲しくないよ。ほんとうの姿をとる、その時まで・・・』

 光魔法じゃない薄紅色の何かが、迫ってきた魔物に染み込んでいく。
 胸が、あたたかい。

『―――消えて―――・・・!』






 大量の赤黒い魔物が、さっと白に染まっていく。
 一瞬の硬直の後に、ぱんと弾けた。
 虹色の光鱗が泥色の戦場の上をキラキラと舞う。




 いつのまにか、うっすらと夜明けだ。

 警護官も奴隷達も国防院の兵士達も、呆然として、その現象を見上げていた。


「・・・ミラノさん、あなたは―――」
 総議長様の声に、ふと我に返ると、物凄い数の視線を浴びているのに気付く。

「あっ・・・あの、な、なんでもないんですっ!」
 一気に顔が熱くなって、慌てて載せて貰っていた馬車の上から飛び降りる。



 呆然としている国防院の人達の間を掻き分けて奴隷達のもとに辿り着く。
 同じように向こうから駆けてきた泥だらけのセフィシスと、ぶつかるように会えた。

「アリスちゃんが、いたの・・・!」
「えっ? どういう―――」
 いきなり飛び出したセフィシスの言葉に、びっくりする。
「消えた魔物の、光の中に・・・」
 ふら、と倒れ込みかけたのを、慌てて受け止める。

「・・・魔物は、本当は人なんです。人じゃなくなった人の、命と形とを見失ったのが・・・」
 言葉の途中で小さく頷いたセフィシスの背中を、そっと撫でた。
 この泥沼の戦場にいたこと自体が、凄い。

「イリス様は―――」
「無事よ。この中に・・・」

 疲れ切った顔をあげたセフィシスの表情が、凍り付く。
「もう止めて・・・もういいですっ・・・イリス様!!」
 掠れた声をあげたセフィシスにびっくりして視線の先を追うと、遠く、屋根の上によじ登ろうとする赤い短髪の背中をみつけた。

 一時的に戦闘が停まっているとはいえ、危険過ぎる。
 飛んでくる矢を剣で叩き落としながら、登り切っていった。






「また会うとはな。降魔の聖女イリスローグ。とっくに逃げたかと思っていたが」
「・・・聖女は、死んだ。あなたが殺したんだ」

 イリスは長剣の刀身を引きずって、息を整えた。
 シャロンが、自分が落としてきた剣を握っているのをみて、きり、と睨み付ける。

「ふむ、その件は不幸な間違いがあったようだ。だが、こちらの狙いは当たった。大人しい奴隷達が武器を取る。それが解放活動という反逆者を制圧する理由になる。貴様も、聖女の死を巧く利用したものだ。世間は同情しているぞ。このうえは、綺麗さっぱり、消えて貰わんとな!」

 ダッと肉薄するシャロンの動きに、咄嗟に剣をあげて反応する。
 鈍い金属音がガンと外れて、上腕を削った。
 屋根の上を横に転がって、2,3と閃く斬撃を避ける。

「どうした。腕が落ちたんじゃないか」
 笑いながら剣を構え直すシャロンの動きには、無駄がない。
 体力の余裕の差も大きい。
 加えて、馬力のない女の身体だということが、焦燥になる。

「―――そうだ。ユリウス、横から手を出すなよ」
「大事なご主人様の実戦ですよ。支援ぐらいはさせて下さいよ」
 少し離れて見守っていたユリウスが詠唱した風魔法が、ふわりとシャロンに纏わりつく。

 イリスはそれを見届けず剣に炎魔法をのせて、起き上がると同時に斬りかかった。

 炎と風とが触れた所から黒煙が飛び散る。
 斬撃がいくつもの金属音をつくって、熱風が頬を焼く。

 ―――強い。

 ガン、と剣が逸れて、脇腹を熱いものが通っていく。

 一瞬、意識がとんで、ドッと背中を打った。



 心臓の音が、大きく鳴る。

 剣先を向けて見下ろしてくるシャロンの声が、聞こえない。
 だが恐らく、自分のものだったその剣が胸にめり込んで来るだろうことは、理解できる。



 ―――アリス。
 こんな時に、ミラノが消した魔物の輝きの中で、妹の笑顔が見えたのを思い出していた。

 死んだら、魔物になるのか。
 魔物になって、ミラノに消されるんだろうか。

 ぼうっとした視界の中に、ぱっと、赤が咲く。
 温かいものが頬を打って、耳に音が戻った。




「―――ぐぅっ・・・」
 刀身が胸から突き出て、鼓動に合わせて鮮血が噴き出してくる。



 口からも鮮血を吐き出したシャロンの手から、長剣が奪われる。
 
「・・・誰にも、殺させませんよ。シャロン様。貴方は私が殺して差し上げるんですから」

 まるで恋人に囁くような、甘く低い声が、静かに響いた。


 ユリウスは、背後から串刺しにしたシャロンを戦場に向かって晒す。

 右手に握った自分の長剣をその喉に当てて、すぅ、と横に引いた。
 どうなったか、見るまでもない。
 屋根の下の方で、緊張と動揺がひろがっていくのが分かる。



「・・・お前、は・・・」
 絞り出した声が、脇腹に響く。

「これは、私の個人的な愛情です。わかって頂けましたか?」

 いつもの軽いユリウスの口調を聞いたのを最後に、意識が、熱い鼓動の中に落ちていった。



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