世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

文字の大きさ
上 下
49 / 115
展望が紡ぐ絆

言葉の力

しおりを挟む


 慌しく出ていったアキディスと総議長様を見送ると、急に部屋が静かになる。
 つん、と服をひっぱるハーゼが、不安な目で見上げてきていた。

「・・・ミラノ。・・・だいじょうぶ?」
 先日まで鉄球に繋がれていた少女に、懸命に背中を押されてきたんだ。
 そう気づくと、急に情けなくなってきた。
「ありがとう。大丈夫よ」
 くしゃりと金髪を撫でてあげると、ようやくホッとした笑みがこぼれた。

「お主達。そこの棚に焼き菓子があるから、自由に食べて今日は早く寝るがよい。おそらく彼らの帰りは明日になる。気を揉んでおるより、ずっと良かろう」
 平然として総議長様達をそんなふうに言う黒髪の女性は、手元の仕事に没頭していた。

 邪魔をしないようにそっとお礼を言って、棚の中に纏めてあった焼き菓子をひろげる。
 沢山の種類に、ぱっと顔を輝かせてそれを頬張るハーゼ。
 その隣でそっと口に運んだ焼き菓子は、ほんのり甘い。
 不安と緊張とが、一気に和らいでいく気がした。
 たぶん、ハーゼがいなかったら、喉を通らなかったと思う。

 いきおい良くお菓子を食べたハーゼの瞼が重くなったのをみて、恐る恐る隣の部屋を開ける。
 仮眠室とはいえ高価そうな調度品が揃った空間に、やっぱり少しだけ、圧倒される。

 それでも、ハーゼをふかふかの寝台に連れて行くと、彼女はあっという間に寝息をたてはじめた。

 可愛いなと思ってから、服も昨日よりずっと流行の可愛いものになっているのに気付く。
 金髪を束ねている薄紅色のリボンはユリウスが整えてくれたものだし、服とあわせて小柄なハーゼに、よく似合ってる。

 床にぺたりと座り込んで、ふかふかの寝台に頭を預けると、それだけで、十分気持ち良い。
 ―――横には、なれなかった。
 どうしても、アリスの白い顔が、頭から離れない。



 トン、と小さい音に顔を上げると、さっきの黒髪の女性が、仮眠室の入り口に立っていた。

「こら、そこで眠る気か。ハーゼを見習うのだな」
 最初から気になっていたけれど、この人の独特な喋り方は、どこの出身なんだろう。

「眠く、ないんです・・・えっと、お名前をお伺いしても良いですか? 私、ミラノ=アートです」
 座ったままペコリと頭を下げてみる。
 総議長様より身分の高い人はいないだろうけど、多分この人も貴族のひとりなんだろうと、ぼんやり思っていた。

「シェリース王国女王補佐官、セキ=アドリスと申す。今回こちらへは協定の正使として参じておるが、リッドとは縁あってな。ここでも補佐官をさせられておるところだ」
 ふう、と息をついた彼女の口から、なんだが凄い言葉を聞いた気がした。

「―――正使様?!」
「まぁ、そんな訳で私がいる所は治外法権。安全と思って貰って良い。逆を言えば私はこの件に直接介入する事が出来ぬ立場にある。アキディスを使うか、伝書鳥を飛ばすしか手助けが出来ぬ事、容赦願いたい」

 真っ直ぐな言葉が、涼しく胸を撫でていく。
 淡々とした言葉の中に温かさが滲んでいる。

 緊張するより、どこか、ささくれていた気持ちが緩むような気がした。

「・・・私、結局何の役にも立てなくて。アリスちゃんも助けられなくて、イリス様の力になる事も出来なくて・・・イリス様を見失ったら、もう何をしたらいいかもわからなくって・・・本当、馬鹿ですよね・・・」

 勝手に言葉がこぼれていく。
 自分でも、何を言いたいのかわからない。
 初対面の偉い人にこんな弱音を呟いてみても、何もならないのに。

 いきなり正使に腕を掴まれて、ぐいと立たされる。
 びっくりして顔をあげると、きり、とした真顔が間近にあった。

「悩んでおる元気があるなら、私の仕事を手伝うのだな。そうやって悶々とするのは、頭が暇なのだ。忙殺されれば、思い煩う事はない。それとも、きちんと寝台に横になるか」

 厳しくて強く優しい瞳。
 一国の王の補佐官。
 その凄みが、暗く沈みかけていた私を、ひっぱりあげてくれている。

「・・・お手伝いします」
 小さくそう言うと、少し元気が出てきた。


 少しだけ笑んだ正使の背中に続いて仮眠室を出る。
 改めてみる執務室の書類の量に、目を擦った。

「地方別に奴隷の状況と所属・経緯などが積み上がっておる。これを経緯の傾向で区分して、奴隷制廃止の後にどう処遇するかを法案として書面ではっきりさせねばならぬ。様々な状況を想定して明確にしておかねば、反対派の叩きどころとなるし、不正の種となる事もある。先刻までリッドがやっておったのは、傾向別に分けた内容に目を通して概要を纏める作業。これを今度は私がやるから、ミラノは地方別の山を傾向別に分配するのを任せたい。出来そうか?」

 一気に事務色に染まった現実が展開したのに、気を引き締めて頷く。
 さっきまで正使がいた場所にすっぽり入って、一枚一枚紙を色々な区分に分けていく作業に取り掛かって、思ったよりも複雑な内容に、さっそく息が詰まりそうになった。

 これを総議長様と正使が、たったふたりで全部やろうとしていたんだ。

 ちら、と正使を見れば、紙の束をバラバラと捲って目を通し、気になった所でピタリと止めてはさっと書き留めるという作業を、物凄い速度でこなしている。



「・・・ところでミラノ、先程自分の事を馬鹿だと言っておったが、それほど卑下するような事ではない。人間は皆必ず馬鹿な部分を持っておる。問題はその馬鹿が善い馬鹿か、悪い馬鹿かだ」
「善い馬鹿と悪い馬鹿・・・ですか?」
 アドリス正使の手元の速度は変わらない。
 仕事が速いうえに違う話も一緒に出来るなんて、凄い。

「王国出身の私には、王に忠実に仕えるのは臣下として当然と忠義だ。問題は、その忠義が国の為なのか、王の為なのか、自分の為なのか。そういう確たるものを自認しているかいないかは、大きい。きちんと自認している者は、誰に何を言われずともおのずと必要な働きが出来る。あやふやなまま周囲に同調し続ける者は、いざという時、信が置けぬ」

 どうしていきなりそんな話になっているのか分からないけれど、ぼうっとしかけていた頭は、醒めてきた。
「じゃあ私は、悪い馬鹿ですね」

「悪い馬鹿は容易く善い馬鹿になれる。善い馬鹿は容易く極悪人になる。難しいのは、いかにして善い馬鹿であり続ける事が出来るかだな」

「・・・善い馬鹿が、極悪人になるんですか?」

「例えば奴隷の解放を目的に行動をおこすのは人道的に概ね良い事であろうが、聖女は方法が悪い。争乱になれば、魔女の魔物に双方とも潰されてしまう。戦場には魔物か水難、というのは、300年の魔女の世の鉄則であろう。そこに、解決や勝機というものは期待できぬ事だ。我が国の内乱の折も、多くの魔物が出た。当人にそのつもりが無くとも、多くの犠牲をつくることは避けられぬ。しかも、善い事をしておる自覚が強ければ強いほど、引き返す道を当人が選ぶ事は、難しい」

「―――戦場には、魔物・・・。300年前の、昔話じゃ、なかったんですか」



 イリス様の事を出されて、どきりとした。

 魔女が世界を支配しているっていう実感が、あんまり無い。
 本当に戦場に魔物が出たり洪水になったりするんだろうかっていうのは、何となくぼんやり頭の片隅にはあったけれど。

「以前の元聖女反逆の際も、この街に多くの魔物が出たと聞いておるぞ。魔女の支配と法則は、伝説ではない。現実だ。魔女探し達も協会を作って情報の共有を始めておる」


 頭の中で、ばらばらに散っていた何かが、ひとつの形になったような気がした。

 6年前、セフィシスに引き留められて『降魔の聖女』の半分として教会に残ることになったこと。

 イリス様が当時からずっと奴隷解放の活動をしていて、私には今まで何も求めていなかったのに、最近になって仲間入りさせてくれたこと。

 セフィシスが当たり前のように、イリス様が私を守らなきやいけないと言ったのに、イリス様も自然に納得してしまっていた事。



「・・・そっか。私には、魔物を消す力があるから―――」

 6年前みたいに、魔物が出たら、すぐに消してしまえば、大きな被害にはならないだろう。
 私は、そのためにイリス様の傍で、守られていたんだ。


「―――何、魔物を消す?」
 正使が手を止めてこちらを見ているのに気付いて、慌てて首を左右に振る。
「いや! あの、な、何でもないんです!」

「・・・『降魔の聖女』は魔物を消す力を持つと聞いたが・・・しかし、その聖女は実は解放活動の首領か。おぬし、もしかして、利用されておったのか」

 率直な言葉に、胸が痛い。
 でも、逆にすっきりした気がする。

「利用だなんて・・・。でも、そうかも知れません。私も、わかってて、それでも私に出来る事をしたかったんです」

 ―――できることをしたい
 なんて、何もできなかった昔の自分の、言い訳かな―――?
 
「ありがとうございます。私、イリス様の為に出来るのが何なのか、わかりました」

 首を傾げながらも、どこか温かい正使の視線を、うけとめる。
「利用した者の為に―――? 何故、そんな事をする気になれる」


「イリス様が、私を遠ざけていたことも、今も遠ざけてしまっている事も、多分、何も知らなかった私への優しさだから―――そういうあの人が、どうしても、好きだから・・・」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!

日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」 見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。 神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。 特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。 突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。 なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。 ・魔物に襲われている女の子との出会い ・勇者との出会い ・魔王との出会い ・他の転生者との出会い ・波長の合う仲間との出会い etc....... チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。 その時クロムは何を想い、何をするのか…… このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

処理中です...